2007年11月
今日、11月30日は誕生日だ・・
今日で満41歳。
昨日母親と親戚の葬儀に出かけていたのだが
「あっ!俺今日誕生日!」
「あっ、そうやね」
「そうやね?って産んだ日やで?」
「ははははは・・そんな昔のこと」
「ところで前から聞こう聞こうと思ってたんやけど、俺何時くらいに産まれたの?」
「朝」
「何時?」
「午前6時過ぎかな??忘れた・・」
「へぇ~」
そうなのだ
41年前の午前6時くらいに
始まりの始まりが始まり
終わりの始まりが始まったのであった・・・
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今日で満41歳。
昨日母親と親戚の葬儀に出かけていたのだが
「あっ!俺今日誕生日!」
「あっ、そうやね」
「そうやね?って産んだ日やで?」
「ははははは・・そんな昔のこと」
「ところで前から聞こう聞こうと思ってたんやけど、俺何時くらいに産まれたの?」
「朝」
「何時?」
「午前6時過ぎかな??忘れた・・」
「へぇ~」
そうなのだ
41年前の午前6時くらいに
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投稿者 junca 30日 08:46 | コメント(1) | トラックバック(0) | スタート
このような式が存在する。実は、これが野球において相手に勝つためには重要な基本的数式であり、
野球の本質となるのである。
しかし、不思議なことに、近年までこれを基本的な軸に据えた、もしくは解析してきた球団が少ないのである。。。
やはり、今でも野球は打率と防御率が中心にチーム力が語られる。
これが今、妙に違うんじゃないか?という視点が向けられている。打率が低くても
好成績を上げるチームの存在があるのである。基本となるものは一体なんなのか?
独自の理論展開が必要なのかもしれない・・・
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打球がヒットになるかどうかは、敵の守備陣形に大きく左右される。鋭い当たりでも、野手の正面に飛べばアウトだし、当たり損ねでも、野手の間に飛べばヒットになる。また、打撃の目的は何だろうか。ヒットを打つことでもなければ、もちろん打率を上げることでもない。得点することである。野球は点取りゲームであり、得点しなければ勝てないのだから。打率は、試合の勝敗や局面に関係なく、ヒットを打てば上がるのだから、打者がいかに得点に寄与したかを、必ずしも反映していない。
この出塁率に注目し、オークランド・アスレチックスは少ない資金でチームを運営しているにもかかわらず好成績を挙げた。アスレチックス のGM ビリー・ビーンは他チームの出塁率が高いがその他の理由で試合に出られない選手を格安で集め、地味だが得点効率の高いチームを作った。詳細はマイケル・ルイスが記した「マネー・ボール」で述べられている。
この話数年前に何かで読んだのか見たのか?忘れたが記憶に残っている。
野球は不思議なゲームだ。以前にも書いたが、ディフェンスとオフェンスが球技の場合同じ人数で行われるのが普通だが、野球の場合、オフェンスの基本は一人だ。一人が打席に入り、ヒットになれば次に繋がり、この連鎖が続くとフィールドにはオフェンスの人員が増えていく。これが実は野球の本質だ。だから普通に考えれば、出塁率と呼ばれるものが攻撃にとっては一番信用の置けるデーターであり、かつ、勝利に導くための人員のフォーメーションにももっとも役立つデーターとなる。
打率の高い選手をいかに寄せ集めても勝利に必ずしも近づくわけではない。これは過去のケースを見ても瞭然とした事である。よく言われるが、強いチームが勝つのではなく、勝つチームが強いのである。強いという客観的及び主観的な自信は、勝負にとって必ず最大有効なものではない。あくまでも気持ちの上でのことだけであって、実際には勝負をやって見ないと分からないものだ。
投稿者 junca 28日 17:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | スタイル
といっても、U君が野球を辞めたいとか、怪我をしたとかという事ではない。
チーム運営に関わることについて、親たちが集まり話し合ったのである。
では、話し合った内容、問題点とはなにかと言うと、この少子化時代には珍しいのであるが、人数が増えすぎて1チームで運営するには無理が出てきたという事なのである。。。
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なんでこんなに増えたのか?数年前はサッカーに押されチーム存続すら危ういのが普通だったのであるが、U君の学年だけ異様に数が増え続けていった。考えられるのはひつとしかない、あのWBC以降確実に増えている。やはりああいうものは、自己犠牲であってもプロ選手は参加すべきだなぁ!とつくづく感じるのである。これほどすさまじい勢いでスポーツの底上げができるとは、大いに感心した。。。
5年生だけで20人。
そこで、なにが無理なのか?と言うと、所謂、試合に出られる選手と出られない選手についての問題である。
野球は9人で試合に出るわけで、必ず正選手と補欠、もう少し細かく言うとその狭間の選手という構成が普通である。しかし、少年野球団は勝つためだけの集団ではない、先日も集まりで野球団の代表が熱弁を振るっていたが、
“われわれ野球団の主旨は、野球を教えるではなく、野球で教えるです!”
これは大いに賛成であり異論はまったくない。しかし、野球をやる限りにおいてその主旨を多少なりとも加味し深めていこうと考えると、やはり試合出場も大きな指導の一つとなる。しかし、20名もの人数があつまると、全ての子供に試合経験を踏ませるというのは実に難しいことになってくる。それだけで済めばいいのだが、これが現代の大きな病理の一つなのだろうが、親がでしゃばってくるのである。。。。
うちの子はいつもベンチで●●さんちはレギュラー扱い、●●さんちの子はお父さんが監督やから外されたことがない。などと言う、昔もあったことなのであるが、現代はそれらのことをあからさまに言い募り、親たちを緊急招集するところまで問題を拡大してしまうのである。
明らかに運営側批判と監督の采配に対する懐疑的な感情であり、二つ分けることにより全てが解決すると言うことをもって、補欠選手の親が立ち上がったのだ。
私などは非常に無責任な親なので、我が子が試合に出ようが出なかろうが一向に気にならない。
投稿者 junca 23日 17:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 子供
U君が大声で音読の宿題をしていた・・
われは草なり
高見 順
われは草なり
伸びんとす
伸びられるとき
伸びんとす
伸びられぬ日は
伸びぬなり
伸びられる日は
伸びるなり
われは草なり
緑なり
全身すべて
緑なり
毎年かわらず
緑なり
緑の己れに
あきぬなり
われは草なり
緑なり
緑の深きを
願うなり
ああ 生きる日の
美しき
ああ 生きる日の
楽しさよ
われは草なり
生きんとす
草のいのちを
生きんとす
気持のなかに一滴
ぽトンと・・・・
奇麗な波紋が広がった。
U君?
良い詩だね。
もう一回、読んでくれる?
。。。。。
嫌な顔されたが
二人で最初っから読んだ。
われは草なり
生きんとす
草のいのちを
生きんとす
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投稿者 junca 22日 04:22 | コメント(0) | トラックバック(1) | 子供
★
斯ノ如クシテ、
コノ敗戦最露出ノ憲法ハ生ル
「今に見ていろ」
と云う気持抑へ切レス
ヒソカニ涙ス
白洲次郎は一人占領軍と向き合った。
日本の敗戦処理に右往左往し、卑屈な
終戦連絡事務局の面々に
戦争に負けたくらいなんだ!
我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない!
そう言い続けた。
性急に日本の国情を無視して、アメリカの都合による憲法制定を迫るGHQに精一杯一人立ちはだかり
彼は一通の手紙をGHQへ書いた
ジープウェイレター。
GHQ案は日本固有の事情を顧みないで民主化を実現しようとする
エアウェイ(空路)のようなものであり
日本側が用意した案は山道を走る
ジープウェイだ!
回り道のように見えても、日本の国情に即した後者のやり方のほうが
混乱を招かない。
一人GHQに刃向い続けた。
しかし、ジープウェイレターは黙殺された。GHQにも日本にも・・
そして憲法は制定され
白洲次郎は、すべてを胸にしまい
一人咆哮した。
斯ノ如クシテ、
コノ敗戦最露出ノ憲法ハ生ル
「今に見ていろ」
と云う気持抑へ切レス
ヒソカニ涙ス
この涙は誰も知らなかった
本人しか・・・
参ったって
言わなきゃ
どんなにボロボロでも
人にどう言われようが
負けはない
勝ってなくても
負けたわけではない
そう信じている。
プリンシプル=principle
白洲次郎は生涯言い続けた。
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日本の敗戦処理に右往左往し、卑屈な
終戦連絡事務局の面々に
戦争に負けたくらいなんだ!
我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない!
そう言い続けた。
性急に日本の国情を無視して、アメリカの都合による憲法制定を迫るGHQに精一杯一人立ちはだかり
彼は一通の手紙をGHQへ書いた
ジープウェイレター。
GHQ案は日本固有の事情を顧みないで民主化を実現しようとする
エアウェイ(空路)のようなものであり
日本側が用意した案は山道を走る
ジープウェイだ!
回り道のように見えても、日本の国情に即した後者のやり方のほうが
混乱を招かない。
一人GHQに刃向い続けた。
しかし、ジープウェイレターは黙殺された。GHQにも日本にも・・
そして憲法は制定され
白洲次郎は、すべてを胸にしまい
一人咆哮した。
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投稿者 junca 17日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
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この人物を最初に知ったのは今から27年前、確か中学2年の夏休みだったような気がする。
親戚の大学生の書棚を見ると、竜馬がゆくが綺麗に全巻並んでおり何気なく手にとったのが最初だった。
それまでに記憶の片隅にこの偉人の名は薄っすらとあったのは間違いない。しかし具体的にどういった事跡があるかなどまったくしらなかったが、偉人たる業績を残したのであるから凄い人であるということは子供の私でも客観的にその程度は掴めていたと思う。
それまで本らしい本もあまり読まず、もっぱら漫画だった私が、その時になぜこの小説に興味をもったのか、それも本の表紙で、今もってわからないが、何かに手をとられたようにこの本のページをめくっていた。。
一行目、そう冒頭からおぼろげなイメージを抱いていた私は大きなギャップの溝に突き落とされた。
鈍童で、「坂本の寝小便(よばあ)たれ」と、12歳まで寝小便し、周囲から笑われ続けてきた坂本竜馬。
愚鈍、薄のろ、気弱、泣き虫、はなたれ、、あいさつもできない。 塾の師匠からも「手に負えない」と見放された落ちこぼれ…・
などと言う内容が、ある意味衝撃だった。
えぇ?どういう事?確かに偉人の中には後の業績からは想像も出来ないくらいの劣等性であったりなどということが多々あるが、坂本竜馬のこの話は、どうもそういうのとは何か違い、我々子供から青年期にいたる時にどこにでもいる愚鈍なタイプ、かなりリアルな等身大の人間として映った。それから行くと何かに突出した天才よりも、もっと大きな存在としての期待をもたせる人物なのでは?と読み始めた小説から強烈に感じとったのだった…・
そして、それから数日で全八巻を読みきった。読みきったときには、もう坂本竜馬の虜になっていた。こんな若者が発刊以来いままで数数え切れないぐらいいるのではないだろうか?そのなかの代表選手がソフトバンクの孫さんじゃないかなぁ?孫さんなんか今でも事あるごとに坂本竜馬の話するし、自分自身の立志伝なんかダブルものもあるもんなぁ!
とにかく子供だった当時の私は、大きなそして魅力的な男に見えた。
私の魅了されかたはなかなか激しいものがあった。それまで特に芸能人などのファンにもなることのなかった私は、部屋にアイドルなどのポスターもなく殺風景だったのであるが、竜馬がゆくを読んだ直後には伏見の寺田屋に行き、大きなポスターを買ってもらい、長らく自分の部屋に張りつづけていたくらいだ。当時、大事に坂本竜馬の肖像を拝んでいたのは、金八先生と私ぐらいだったんじゃないだろうか?。。。。
投稿者 junca 16日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | スタイル
金沢には数年ぶりだ。
何度か仕事で行ったのだが、不思議な事にどんなに遅くなっても泊まることはなかった。しかも毎回車の日帰りであったのだが、今回は電車で初めて行くことになった。
今回の出張、私一人ではなく取引先の営業の方とご一緒だった。このお得意先の営業のK氏から申し訳ないが販社の販売促進の営業会議に参加してもらい販売強化に一役買ってもらいたいと依頼されたのだった。
どんなに色々なものが発達し、インターネットなどの情報伝達のツールが発達しても、やはり、営業、商売は“人と人”である。何時間もかけ出かけ、人と向き合い、情熱を伝えなければならないことがある。結局そのコツコツに敵うものはない。最後はどれだけ足を使ったか、汗をかいたかになる。しかし、これは悲しいかな、必ず比例するものではない。何度も何度も徒労感を味わってきた・・・
振り返ると、そんな日々の積み重ねだった。
日本中、色んなところに行かせてもらい、色んな人と出会い
色んな事を教えてもらった。
これからも・・・・そうだろう・・・
会議は月曜の午前中、そうなると私は早朝から出かければ間に合わなくないが、お得意先の営業のK氏は関東からなので到底間に合わない、それではということで前の日から乗り込み、販社の幹部の方と食事でもして軽い打ち合わせということになり日曜日の出立となったのだ。
その日は夕刻の食事の時間までに到着すれば事足りるので、ゆっくり午後から出ましょうと
スケジュールを立てていた。しかし、私が金曜日の出張に出る間際にそのK氏から事務所に電話が入った。
「日曜日なんですが、もう少し早い時間に行けますか?」
「えぇ、大丈夫ですが、なにかありました?」
「いやぁ!美術館にでもご一緒できればと思い・・」
「あっ!ひょっとして21世紀美術館ですか?」
「そうです。どうですか?日曜日いずれにしても潰れますから、それならと思い・・」
そう言えば話題の美術館だ。行こうと思ってもなかなか行けない、ちょうど良いと思い、即座に返答した。
「いいですね!行きましょう!」
「分りました、じゃ午前11時に米原駅で落ち合いましょう!」
「はい。」
という事で日曜日米原駅から特急列車に乗り一路金沢へ向かった。
電車に乗るなり、ご一緒させていただいたお得意先の営業のK氏が一冊の本を取り出した。
「これなんですよ、実は上司にこれを渡されて、しっかり見てこいって・・すいませんつき合わせてしまって。」
投稿者 junca 14日 00:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅
一人大笑いしたものがあった。
異星人が存在する兆候をとらえた「未知との遭遇」の際、日本ではどこが情報を統括すべきか-。
これはお笑いのニュースではなく、真剣な天文学者たちの研究会のテーマなのである。
簡単に言えば
宇宙人を見つけたら“どこに言えばええねん?”ということだ。
確かにと思える。一体どこに言うたらええのやろ?
よくテレビなどで、撮影したビデオや、見たときのことを語る外人の農夫などが出ているのあるが、実際、よく考えると宇宙人などというものは、我々一般人からすると本当にどこに通報したらいいのか良く分からない。警察?消防所、自衛隊、大学?テレビ局?なんかどうもしっくりこない。世の中に
UFOをみたらすぐに通報ください!などと言うキャッチコピーも存在しないし・・
偶然、晩に一人テクテク歩いていたときに、見てしまった場合、俺はどうしたらいいのだろう?と突き詰めれば案外悩むところである。もともといるかいないか良く分からない存在であり、見たといっても嘘をいっていると思われる確率が50%もあるのである。こんなものを見てしまったら、嘘つきと正直者の狭間にはさまれてしまうだけで、見ない方が、
いやぁ,見なかったことに…となってしまうのだろうか??
このニュースなかなか壮大だ・・
「知的な地球外生命体は、電波やレーザー光を発している」と仮定し、その“宇宙からのメッセージ”をキャッチして異星人の存在を証明しようと、世界中の研究機関がしのぎを削っている。世界の研究者の間では「発見者が国家当局に通報し、宇宙からの信号と断定された場合は国連などに通報後、発表される」とされるが、日本では、どこが情報収集を担当するかなど、態勢は未整備の状態。
うーん確かに。しかし世界中が宇宙人を探していて、最後はやっぱり国連かぁ!
国連って地球上の紛争も扱うし、対宇宙人のことも扱うのか?小沢一郎が国連にこだわるのも納得??
ひょっとすると、地球防衛軍なるものがすでに存在するかも…・そうなるとやっぱりわが国では防衛省かなぁ?
まぁ税金も、
防衛省の予算が軍備だけに使われるくらいなら、UFO探しに使ったほうが平和かな?
戦いもしない戦闘機や戦車、災害救助にも役立たないものを“コレクション”するぐらいなら、UFO探しに邁進しているほうが、みていて“おもろい”し、共産党も社民党も少し楽になるんちゃうかなぁ?
あれは軍隊ではありません、宇宙人を探すということが主目的な部隊ですと、少し国際的な常識接点がもてそうな予感がある。。
投稿者 junca 9日 23:57 | コメント(1) | トラックバック(1) | スタイル
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最初のころ、食べる場所にこまった。毎日コンビにの弁当では体が、というよりメニューが固定的なため飽きてくる。かといって食べる所となると、これが昼食に適当な店がほとんどないのである。
それでも引っ越した数週間は、歩いて近辺の店々を見つけたりしていたが、やはりある程度お店も固定化していく。
本来望むは、毎日メニューがかわり、所謂日替わりというやつだが、それがあって尚且つあまり油っこくない食事なのだが、そうなると、やはりうどん屋さん系のようなところになるのだが、残念ながらなかった。
しかし、あるところに、小さな、あまり綺麗ではない、昔でいう家が二軒繋がっている“2戸一(にこいち)”のおこのみ焼きやがあり、なにげなく入った。おこのみ焼きやなのだが、昼は日替わりメニューがあり、かぼちゃを炊いたものや、しゃけや、煮物の小鉢がついていたりという
家庭料理風の料理だった。これはいい!ということで見つけてからは結構会社のメンバーと行くようになった。
ある日いつものように会社の人間三人と連れ立って、その店にいったのであるが、めずらしく、ほぼ満席に近かった。普段はそれほど混むことはないのであるが、見回すと、近くで工事をしていたのか、ほとんどが現場作業員であり、ニッカポッカをはいた若者がガヤガヤと喋っていた。それらの人間は我々より先にきていたわけであるから、当然我々よりも先に食べだした。ここまではそういつもと変わらない風景だったのであるが・・・
我々がテレビを見ながら、なんということのない会話をしていると、突然前の席の若者一人が大きな声を出した!
「おばちゃん!髪の毛、はいっとるで!」
見るとそのテーブルの他の若者も声を出してはいないが、おいおいどう言うこっちゃ!的な表情を浮かべている。
しばらくすると店のおばちゃんがテーブルに寄ってきて差し出された皿を覗き込む
「えぇほんま、かんにん、どれ?」
「これやがな!」
「あっ、ほんまや、ごめん・・どうしよぉ?新しいのもってこよか?」
「もうええわな!ほとんど食べてしもたし・・」
「そう、かんにんな…」
「ほんま、ちゃんとしてや、一本目まではこらえたけど、二本目はなぁ、さすがにあかんでぇ!」
と聞き、笑うのをこらえるのが必死だった。。
…・そういう問題とちゃうんちゃうか?と……
投稿者 junca 7日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
などという欲求がムクムクと湧いてくるのだが
簡単なパーツの貼り付け程度だと問題ないが、ソースまでいじって変更しようなどと
なると、とてもではないが私の手に余る。。。
以前何度か試しにやってみたが、
見事にページが崩落していった。あまりの惨状に恐怖し
それ以来、ややこしいことは止めておこうとなった。
しかし、最近の動画やそれ以外のもので埋め込みさえすれば、面白いページが出来るということをしってから、また少しずつではあるが、やってみたいなぁ~と言う欲求が勃興し始めている。
先日何気にこのソースというのを調べていて、以前から気にはなってはいたのだが、改めて
ハッと気づき急ぎ調べた!
誰が作ったんや?
いや、それより、誰がどこでこれを決めているにゃ?
英文字で大抵かかれているこのソースという文字。実に不思議だ、このように書き込めばこうなると、物の本やWEB上から切れ切れの知識を得ることはできるのだが、実際にそのとおり行うと赤い背景になったり、文字が大きくなったりなどある種の指示文字の定型があり、それを行うことにより指示どおりの形を示してくれる。
私などのような原理を知らずして物事を行う人間が、この手の仕組みを見てしまうと、クラクラと卒倒しそうになる。なぜ?どうして?
思わず“原始人化”して文明という君主から谷底に叩き落されてしまう…
シッシッ!あっちいけ!
みたいな。。。
もともと、車はなぜ走るのか?などという興味はあっても、キーを挿してエンジンを始動すると
こいつらは動くんだ!と
いう程度で思考をとめている人間である…あとは自動車メーカーとディラーが保証してくれている。つまるところ、自動車メーカーをはじめとする、自動車産業が車を動かしている?という飛躍した解釈で強引の納得している・・
FAXなどもなぜ紙を差込流すと相手に同じものが届くのか???この線を伝っているのだろうか?と少しは興味をもつが、文明がすべてを良くしてくれた・・ありがとう!感謝!合掌!ということで片付けてしまう。
テレビ?なぜ映る?
そんなもん分かるかい!多分テレビの箱の中に小さい“おっさん”やらが入ってるんとちゃうか?
液晶の場合は薄ぺらいおっさんや!
と・・まではひどくないが…いまのITになるとこれに近いものがある。。
メール?よく使うが、原理を考えるなどもってのほかである・・
おそらく
打った文字が空気中を我々が見えない形で飛んでいるんだろう??
投稿者 junca 3日 12:36 | コメント(0) | トラックバック(1) | 人物
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