2006年05月
彼については何度か書いてきたが
彼に対しての私の興味が尽きる事がない。
これは何故だか分からない。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
市井の愚連隊でしかなく、歴史に名を残す偉人でもなんでもない。
他人にこの人物に対しての興味を喋ったことはないが、20代前半から細々と途切れることなく意識が繋がっている。。
先日ある方からコメントをいただき
“疵”を久しぶりに部分的に読み返していたとき、本田靖春氏の言葉に引っかかった。。
多分全てではないが、この部分かなぁ?と思えた。。
それは、戦後という時期が終わり、高度経済成長を向かえる時、愚連隊と呼ばれたアウトロー達にもその波は押し寄せてきた。。
その時、愚連隊は腕一本の世界から本格的ヤクザへの転換期にさしかかり、花形が所属した安藤組も転身を模索した。
そこには戦後の愚連隊とは各段に規模の違う政治経済“暗部”への結びつきが必要となり、それは現代ヤクザに通ずる経営マインドの創出の起点となる時期でもあった。
そんな劇的な過渡期に差し掛かった時、花形の存在、あくまでも素手一本の喧嘩に男の誇りを貫こうとしたアウトローの姿に、ある種のドラマを感じても不思議ではない。
しかし本質はそのドラマティックな悲劇性ではない。
時代の波に上手く器用に乗れるのは、ほんの僅かな人間でしかない。
誰しもいつかは時代から取り残され、そして新たな潮流に飲みこまれる。。
大半の人間がそうであり、若かりし頃の大志が忘却の彼方に運び込まれてしまう。
自分の変容を現実とか大人という言葉で処理するか、無視しつづけるのではないだろうか。。
ヤクザは本来社会の“異端者”のはずである。
花形は、その世界での“正統”を歩いていこうとした。
しかし戦後は過去に送りこまれ、ヤクザの世界にも“秩序”が求められ始めた。
そうなった時、花形の存在は“異端者”に変質してしまったのであった。。
この部分になにか感じないだろうか?
私の興味が尽きない部分は、多分このストレートな人生に感じるものがあるのだと思う。
いや、彼がもし、その後も生きていたらおそらくこんな純粋な形では居られなかったのも事実で、これは結果論かもしれない。しかし彼の死は、必然を抱えた不器用さと純粋さがあることも事実だ。。
彼の人生に仮託して、小さな枠組みの中での安定と引き換えに
良民と呼ばれたい自分が売り渡した多くを感じる事ができないだろうか?
投稿者 junca 28日 02:48 | コメント(3) | トラックバック(0) | 花形敬
私が中学から高校へ行く時分、政治の世界はこの言葉に支配されていた。
所謂派閥政治のピークであり、この5人が国会運営を牛耳っていた。。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
しかし、上手いこと表現も出来ていると関心させられる。。
それぞれの頭目の頭文字をとっただけなのだが、もう一つの揶揄的意味として
“大福”は三角でも丸でも味は変わらない!!
なるほど~上手いではないか。。
現代の“麻垣康三”やそれ以前のYKK、安竹宮、などと比べ物にならない。。
まぁ、対象になる人物も比べ物にならない。。
結局この三角大福中、紆余迂曲説はあるが、全員総理になっている。
そう思うとこの権力闘争の客観的本質は、総理になる順番?だったの?と考えられなくもない。
じゃ!ジャンケンで仲良く最初から決めれば良かったのに、それぞれ任期1年を期限にして!とこっちは考えるのだが、しかし権力闘争とはそういう事を許さない。
だから密室で5人で話し合って決めるとか、権力者の裁定を仰ぐなどは、本質的には間違いであり、ある種の機能不全と淀みを創出してしまう。。。
三角大福中の戦闘及び先頭を切ったのが“角”である。こんな事は誰も知っているが、しかしこの“角”が先頭を切る、しかも憲政史上まれにみる政争の幕開けになり、現代までこの闘争が引きずられていくなどとは世人の想像の及ばない所だったのではないだろうか。。。
小泉総理の初期モチベーションは、理由とその根拠は他にすり替えられたのかもしれないが、間違いなくこの角福闘争の恩讐から生まれている。。
当節、盛んに時期総理についてマスメディアは騒いでいるが、本当にそれぞれにその資質があるのか?と疑いたくなる。。
私は正直政策面を見ていっているのではない、面構えもしくは面魂について言っているのだ。。
確かに現代は選挙制度も変わり、以前の派閥政治が解消されているが、それでも一国の総理という権力の最高峰に到達するにおいての闘争があまりにも脆弱に感じてならない。。
政治世界は一寸先は闇と言われる。
また、これは私の意見だが、任侠の世界でもある。
そのとおり小渕首相があの時死ぬなどと誰が思ったであろう?また角栄の盟友・大平総理が、まさか衆参同時選挙突入時に死ぬなどと想像できたかであろう?そしてその後各派閥が協調して選挙に大勝するなどと。。
それ以外にも様々な政局など、想像だにしない出来事が起こる。。が、それを強烈な権力志向で粉砕していくのが政治家、権力奪取ではないのか??
投稿者 junca 24日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(1) | think
鴨川つばめ。
なんでなくなり、いなくなった??
気づくと“夏”??
物凄く暑い~ではないか、今日!!
服がついていってない。。。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
今日の晩御飯??
う~ん??
ソーメン!
決定!!
家族で顔をつき合わせて食べた。。
ツルツル~!!!
四隅にプチトマト??白に赤のワンポイント!
ふふん!
アート??
会話!
どんな職業が一番儲かる??
歌手??
いや~??
マンガ家!!
そうそう!!
儲かるネぇ~!!
ぴぴぴぴぴぴピン!!!
マカロニほうれん荘って知ってる??
知ってる知ってる!!
鴨川つばめ…・どうしてる????
どうしてるんやろ????
もう30年くらい前の人??
。。。。。。。。。。ネット見ると。。。。。。。。。
発狂したらしい。。。
前略、鴨川つばめ様
いかがお過ごしでしょうか?
あなたは間違いなく天才でした。。
あなたが去った以降、そして
現代もいろいろな漫画が洪水のごとく生産されていますが、あなたの作品を越えるものに出会う事はありませんでした。。
おもしろいと話題に上るものをみても、あなたの域をとてもじゃないが越えられる代物ではありません。。。
一体いまどこでどのようにしておられるのですか??
あなたも切ない方ですね。。。
「やぁねぇ」「うひょひょ。」
って誰も知らなくなってしまったじゃないですか。。(涙。。)
ノォォーッ!!
草々
投稿者 junca 21日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(2) | 人物
この言葉を知っている人も現在は少ないだろう!!
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
ガチャマン景気。昭和30年代日本が繊維業で栄えた時代、とりわけ愛知岐阜とくに“一宮”は空前の好景気を迎えた。。
織機が一度動き“ガチャン”という音をたてると、ジャラジャラ金を生み出す!
その形容としての言葉だ!!
日本経済の峠の群像!そんな時代の話だ。。
昨日その一宮に我が社の会長と行った。約10年振り位だ。。
長年のお得意先であった会社の社長が亡くなられたのでお参りに伺ったのだ。
亡くなったのはゴールデンウィーク期間中で関係者に迷惑を掛けないよう、ひっそり身内だけで密葬を営まれた後だったので、昨日は葬儀に伺ったわけではなく、ご自宅兼会社に伺い焼香させていただいた。。
長年の取引先ではあるのだが、ここ近年は実質的な取引は全くなかった。丁度私が現在のセクションの仕事を始める頃に完全に疎遠となり、現在この会社社長を知っているのが私ぐらいなので会長のお供をすることになった。。
我が社にとっては取引以上に20年前商品の海外生産の橋渡しをしていただいた事もあり、我が社の会長もその社長が亡くなられた事についてはある種のショックがあったようだ。。
実は我が社の会長もここ1・2年は体調が悪くあまり出社されておられない。。
実は私も久しぶりに合ったのだが、やはりかなり衰えておられた。原因はパーキンソンと糖尿で、体の自由が効かないのだ。
会長と取引先の社長は同世代で、同じように戦後いまの商売の興隆に関わり、そしてバブル景気を迎え、そしてお互い現在の過酷な環境を向かえている。
商売は違うが“ガチャマン”の世代である!!
私は入社まもなく亡くなった社長の会社を担当することになった、今から15年位前の話だ。
その当時社長の会社は一小売店から脱却し、海外で商品を生産し、連戦連勝街道を驀進している最中で、経験のない営業マンの私などとりあってもらえる環境ではなかった。。しかし往年の取引を知っている会社の先輩、上司から、営業力不足を指摘され、私にとっては非常に行きにくい得意先の一つであった。行っても“どうせ商談にならん!”と捨て鉢で、出張予定の訪問先から削除していても、上司から“何故行かん?!”行って社長にあってこんかい!と
毎度毎度叱られていた。。
でも、実際は。。あってもくれないし、商談できる商品もないし。。
と、弱気で嫌・嫌毎月訪問していた。。
投稿者 junca 20日 11:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | スタート
今日5月18日は びっくり★(ギツクリ腰…腰椎間板ヘルニア)発症から
丸一年目に当たる!!
目出度いのか目出度く無いのかよく分からないが、とにかく一年たった。。
このブログの名前になるキッカケとなった出来事で、私にとっては生まれて初めての寝たきり状態になった瞬間だ!!
おおよそ3週間近く会社を休み、最初の一週間は便所にはもちろん、立つことも寝返りを打つことも出来ない状態であった。。
なった瞬間目の前が真っ暗になり
本当に治るんだろうか。。。。と強烈な不安に苛まれた。。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
しかし以前にも書いたが、あの頃を振り返ると、神か仏か分からないが
“少し休め”もしくは“ちょっと考えろ!”と言ってくれたんじゃないだろうか?と一人勝手に考えている。。
仕事においても、自分が居なくなったからといって特段何かが変ることなく平穏に過ぎていく状態を眺めていると、
あぁそうかぁ~。。今までシャカリキにバタバタやってきたが、
本当に自分がこの会社でこれからやらないといけない事は別にあるんじゃないだろうか??
何時までも若いと思っていたが、もう中堅ベテランの域に入っている。
サラリーマン人生、定年60と考えても丁度半分位だ!!あと20年!!
なんか変らないといけない時期なんじゃないだろうか??と横になりながら自問していた。。
そう!変身!
そういう時期だったような気がする。。
へん~しん!!トォ~!!
てな具合かな??(恥。。)
そう考えると人間は節目節目で変身しなくてはいけない。
昨日の小沢一郎と小泉総理の党首討論ではないが、なかなか人間は変れない!というのがあったが、感覚として“変る”というのではなく、バージョンを上げて変身するということだったら結構そういう人、居そうな気がする!!
常に変身願望というものを攻撃的にもってなくてはいけないんじゃないだろうか??
男も女も変身願望をかならず持っている。それはネガティブな現状逃避もあれば、より上へというポジティブな願望もある。
だから、私が小さい時分から今の子供に至るまで、TVの変身ヒーロー、ヒロインものは普遍的な輝きを保っているのじゃないだろうか。。生まれてから以降人間は常に変身願望を強烈に内包しているのだ。。
変身ヒーローものは大好きだった!!男の子にとって強いヒーローは絶対の憧れで、小さい時分の男の子の世界は腕力の世界であった。。
私などは本当に仮面ライダーになりたかったし、将来の夢も胸を張って“仮面ライダー”になることだった。
投稿者 junca 18日 23:57 | コメント(1) | トラックバック(0) | スタート
昨日のエントリー“フェチ”の内容は性欲に
振りすぎた。。。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
今日読み返してみて自分でも訳がわからなかった。。
「この人は何が言いたいんだろう??まるでプログレッシブロック、ビートニックのような??」
みたいな。。
その上目玉の写真までデカデカと掲載して、オドロおどろしい限りだ。。
偉そうに…
はぁ~。。。。
実は今日は少し自己嫌悪である。。
まぁ昨日の内容でいうフェチだと私の場合、まずライトな部分ではおっぱいフェチであることは
間違いない。。これは“おっぱい星人”という、現在では市民権を得た種族に昇格した。振り返れば三度の飯よりもおっぱいが好きかもしれない。。とくに私の場合完璧な美乳と呼ばれるものより、少し垂れ気味の崩れ落ちる手前の美学のようなおっぱいが大好物だ!!それが現実のお相手ではイマダニ納得できる“物”にめぐり合えてない…という事はさておき
その他ではオヘソフェチでもある。案外ブルブルくる。スカトロというのも興味がありビデオを見たこともあるが、気持ち悪くなったので、まぁこれは違うだろう。。。。
私にとってのフェチ自慢は女性の目じりの皺だ!!女性は嫌がるだろうが、この皺がとにかく好きだ!!ただし、笑って目を細めた時に出来る皺に限り、目の当たりにすると“滅茶苦茶シビレル”のだ!!
素敵・・
と、上げれば泉の如く湧き出してくる!!
まだまだ知らない自分の性癖があるかもしれない。。。奥の深い世界だ。。
フェチといっても現代は広義な意味があり、別に性欲に限定したものばかりではない!
比較的性欲に連動したものの印象が強いだけで、それ以外にもたくさん存在する。
それは言い方をかえれば本人にとっては“コダワリ”と呼べるものも入るのかもしれない。
だから性欲直結の事象だけではない。。
そういう意味では私も性欲連動とは別のある種のフェチであることに実は最近気付いた。。
自分の内面をくくる適当な言葉は正確にはないが、
おおよそ当てはめると
廃屋フェチだと思う。。。
そして湿板写真フェチでもある。。。
気付かなかったが、この二つを目にすると我を忘れて没入する。
廃屋に関して一番エクスタシー?を感じるのは“軍艦島”で、写真などみるとドキドキする。
皆が脱兎のごとく去ったあとのわずかな生活の匂いが残った建物や遺物たち。。
うーん!!なんかドキドキする。。浸りたいその空間に。。。
投稿者 junca 17日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
元来はフェティシズムという、なんかファッションムーブメントの一つのような言葉みたいであるが、現代ではフェチという言葉で大いに流通し認識されている。
そのフェチだが、一般通念では性的嗜好を表現する言葉として広く認識されている。
確かに元々の意味は少し違ったのかもしれないが、本来的にはアンダーグランドに存在する言葉であったはずが、現代は日の当たる場所に堂々と出てきている。
そして性的嗜好が元になった犯罪というショッキングな側面に引きずられ、ほぼそれらを指し示す言葉となってしまった。
めがねフェチ
ツインテールフェチ
脚フェチ
尻フェチ
おもらしフェチ
ウェット&メッシー
濡れフェチ
パンストフェチ
タイツフェチ
ラバーフェチ
ミニスカフェチ
大きくは物質・人体パーツ・シチュエーションに分かれるようだ。。。
なんかよく分からないが、ちょっと調べるだけでもこれらがジャーナルの如く流れ出てくる。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
一般的にはそれらが性欲と結びつき、犯罪にまで至るケースからこのフェチという言葉はダーティーなイメージを引きずるのと、もう一つは正常?というか大多数が持つ平均感覚を、平均的に有していると自覚していた人間が、実は内に潜む平均からはずれる感覚を自分が大きなウェートとして有しているのに気づいたとき、その世の中一般と希少的感覚を有している自分との狭間で悶える事に大きな爆発力をひめてしまい、他人に理解されなくても良いという趣味的な嗜好性が無くなり、平衡感覚が破壊された瞬間。。
自分は変質者なのだろうか?という相対感を欠落させてしまう原因が生まれ、認識せざるおえなくなることにより、フェチの世界へ突入していく。。
しかしこの人間の感性の中で相半する関係が、実は秘められた欲望の源泉で上手に操ればある意味楽しい趣味であったりということも考えられる。
してはいけない、しかし押さえられない。。的な心理環境が絶対存在するはずで、それがなく偏向嗜好を全面にだした、もしくは出している人は即時“変態”という次のカテゴリーに送り込まれる。だから犯罪前と犯罪後ではその人間のカテゴリーも大いに違ってくる。。まぁ犯罪という極端な区別は問題があるが。。。
以前、植草という敏腕な経済学者が起した“のぞき”などはその典型ではないだろうか?
捕まる前は人に言えない大いなる個人のフェティシズムであったが、それを世の中で具体的に実行したとき、それはもう“フェチ”とは呼べなくなってしまっている。
投稿者 junca 16日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
それまで四国など行ったこともなく、ただイメージとして海の向こうの遠い所と言うくらいであった。
関わる事がまったく無かったのだ。。
瀬戸大橋が通っても鳴門大橋、明石海峡大橋が通っても自分にとっては全く関係無いニュースでしか無かったのだが、それがこんなに頻繁に行くことになろうとは思いもしなかった。。
私が四国・高松へ行きだした頃、ルートとしては岡山から瀬戸大橋を渡るか、明石海峡~鳴門大橋を渡り途中国道で行く二つであった。現在もこの二つなのだが、当時時間的にはどちらも変わらなかった。だからルートとしての選択は二つであった。
どちらかと言うと、すべて高速でいける分、岡山回りの方が何となく早く感じられたので、このルートを利用する事が多く、時間的にはどちらもおおよそ4時間位であったと思う。値段的には多分鳴門からの方が多少安かったような気がする。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
しかし現在は鳴門回りからでも高松市内への直通高速が開通し、私の自宅から3時間以内になったので、現在の選択はこちらからのルートを使う事にしている。(その上、最寄りの高速京滋BPが天王山トンネルに直結したのでより近くなった。)
この鳴門回りの高速(有料国道)は高松道と呼ばれている。大半が片側一車線で前に遅い車が走っていると追い抜くのに難儀する。しかし徳島から高松に向かう時は右側に穏やかな“海”が眺められそして高松に近づくと五剣山、屋島と歴史的にも有名な山々が眺望出来るので、走っていても楽しい!
この高松道(徳島~高松中央)には一カ所だけ津田松原という大きなサービスエリアがあり、大抵行きも帰りもトイレをするのに立ち寄る。トイレの前に大きな観光案内の看板があり、ぼぉーといつも眺めるのだが、ある時、そう数年前に気づいた。
平賀源内先生遺品館!志度…
へぇ~一度行かなくては!と思いつつもなかなか行けずじまいであった。
高松から京都へ帰るときに、このサービスエリアの場所は遺品資料館を通り越した位置にあり、トイレに入り出て気づいた時には“あっまた忘れてた!”の繰り返しであった。そして大抵遅い時間なのでなかなかスケジュールの調整もつきにくいのである。じゃあ行きはといっても大半約束の時間ギリギリか途中に携帯電話が鳴り忘れたりと、とにかくここ数年念頭にはあったのだが縁がなく行けていなかった。。
先日、今回こそはと、帰りに行けるよう時間の調整を図り、ようやく行くことが出来たのである。
投稿者 junca 15日 23:57 | コメント(0) | トラックバック(1) | スタイル
楽しい事を探す探検家??
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
誰とでも仲良くなる。
どこかに連れて行っても、行った先で知らない子と突如仲良くなってワァワァ遊んでいる。
相手が障害のある子でもそんな事は関係なく普通の友達として遊ぶ。。
毎日楽しい事を探している。
学校からの連絡書類など家にまともにもって帰ってきた事がない。
他人のカサを持って帰ってくる事や、他人の靴を履いて帰ってくる事も日常茶飯事だ。。
平気なのだ。
自分の楽しい事に関係ないから。。。
突然思い出した様に工作を始め、絵を書き出す。
観察していると実に面白い。。
母親が大好きで
ちいさい子が母親の事を“チャーチャン”と呼ぶが、未だにその愛称で我が家は呼んでおり、U君もそう呼んでいる。。
そんなU君も母親が“チュー”をしよとすると頑なに拒絶する。
以前“虫歯菌”の話をTVで見て以来
“チュー”で虫歯が移ると考え、母親との“チュー”を拒むのである。。
「でも!チャーチャン気にせんといてな!」と言うのである。。。
そんな“ぽーぉー”としたU君!
母親から毎日“あれしたか?これしたか?”と言われ怒られているが、一向に意に介さない。
でも母親は怖いのだ。たまに“ペシィ”と叩かれる事もある。。
だからU君はマズい事があると如何に“この難”を逃れるかばかり考えている。。
というより母親からみると大半がマズいことだらけなのだが。。。
そんなU君が先日“チャーチャン”の涙を見た。。
その日、
昼休みが終わり午後の業務に就くかと言う時に私の携帯が鳴った。
携帯が鳴るのは不思議ではないが、私の持っているボーダフォン3Gの携帯は電波をまったく拾わないので鳴る方が珍しい。。
ディズプレイを見ると嫁からだった。。
「どうした??」
「仕事辞めようとおもうねん!!」
「。。。。。」
と、この内容だと深刻な感じがするが
実は働き始めたのは今週からで、スーパーのパートであった。
別段どうしても働かなくてはいけない事もないのだが、以前から子供が新しい生活に慣れたら働きに行きたい希望を持っており、ゴールデンウィークが終わり次第のスケジュールで行ったのだ。
結論からすると人間関係的なものであったようだが、わずか1週間ではよく分からない。
しかし感覚として全体の風土的なものが嫌であったみたいである。
以前も大きな所帯でのパートに行き、人間関係が蠢くような所でも辛抱して働いていたのだが、今回の所は流石に虫唾が走る事があったようだ。。
投稿者 junca 13日 13:01 | コメント(0) | トラックバック(1) | 子供
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
そうそう買えないが、春夏、秋冬とシーズンごとに年1回づつくらい買いに行く。
まぁ安サラリーマン、良い物は買えないが、かといってあまり粗悪な安いものでもいけない。
我々にとっては色んな意味で“商売道具”である。
正直何度か値段だけで失敗した経験がある。
ある意味値段も嘘は言わない。
しかし高いから良いか?というと結局はその人その人の要望にそった上のバランスの問題である。絶対的な価格ではなく、その人の必要上イメージの相対的価値観である。
私などは始終机に座っているわけではなく、出張も多いし、スーツを着た上での力仕事も結構多い。そうなるとデザインだけが優れていてもいけないし、価格だけが安くてもいけない。かといって時代性のないものでは、自分の個性や仕事柄という観点から拒否したい。そして体形の問題もあるからなかなか難しい。
そしてこれが案外商品との“出会い”であったりもする。
今回はまぁまぁの出会いだったのではないかなぁ。。
しかし久しぶりに百貨店で物を買ったが、自分の物を探すということで改めて百貨店を見ると実に“面白くない・・”。。百貨店は百貨店というビル・建物でしかないのだ。。
結局今回は高島屋に行ったのであるが、別に私としては大丸でも伊勢丹でもよかったのである。要は“物”の問題であり、スーパー・GMSでも良いのである。
そう感じさせられる位、ある意味ツマラナイのだ。。理由があるから行くだけで、理由も無ければあえて行くことはない。。
まぁ私ごときが偉そうに言う事もないのだが、小さい頃から青年に至るまで百貨店は生活に大きな位置を占めていたような気がする。これは時代が変わり商売が変わりといった時代の趨勢を言っている訳ではない。
なんか、もっと大きな絶対的なものがあったような気がする。。存在として。
king of 小売りとして。我々消費者にとって売上高の問題ではなく。
往復2時間、電車に乗って、しかも“余所行き”と呼ばれるちょっと“こましな服”を着せられ朝から晩まで母親に手を引かれ。。
特別な存在だった。。。。
でも今はその大事なものがない、感じられない。
すこし寂しさがある。。。
そして冷たいというか無味乾燥した空間に感じた。。
経営戦略とか小賢しいことではない。。
小林一三翁が夢見た“ダイナミズム”がない。。。
と、考えながら百貨店での目的の買い物を済ました。
投稿者 junca 8日 01:33 | コメント(0) | トラックバック(1) | スタイル
食卓にメモ。
夕方5時過ぎに皆戻る。。。。
ふ~ん!
何年かブリで独身、いや
大学時代のダラダラした日常が蘇った!!
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
あの頃は起きた時間が自分の1日の始まりで、自分の家であったり、そうじゃなかったり。。
寝る時間はその時の気分次第。
明日の事を気遣い寝る時間などは考えていなかった。もちろん朝の時間も考えていなかった。。。
はぁ~懐かしい。。。
時計を見ると12時。。
昼は定番のカップメン!
ズルズルとすすっていると
影の軍団Ⅱの再放送をやっていて、ぼぉ~と眺めていた。。
脳が動いていない・・・・ぼぉ~とタイトルを頭の中でなぞる・・・
カゲノグンダン・・・・
はぁ~。。影かぁ~。。
と、影というキーワードで思い出した。。
そういえば
大学時代1年だけ付き合った女の子が
青い影のテープくれたなぁ~・・
何故か気に入って、分かれてからも良く聞いていたナァ。。。
投稿者 junca 4日 23:59 | コメント(0) | トラックバック(1) | 旅
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
今年の桜は例年より比較的長く楽しめたと巷の話題であるが、先日あることを聞きなるほどぉ~!と関心させられた。
桜は開花宣言から日々の平均気温の合計が125度になると満開らしい。
なんとも律儀な花である。。
だから今年は例年より気温が上がらなかったせいもあり桜が長く楽しめたみたいである。
しかし5月に入った今日などは結構暑く、ある人と電話で喋った時に、突如夏になるんじゃないの?5月でこの暑さやったら12月はどれくらい暑くなるの?ってなアホな会話に興じた。。
私も今日から衣替えで夏物のスーツに着替えた!!
とにかく5月、初夏の声が聞こえてきた。。
我が家もこの春から子供達は今までと違う新生活がスタートした。長女Kyoちゃんは中学校に通い“バレーボール部”に入部した。弟のU君も少年野球のチームに入った。二人そろって新たなスタートを切った!!
二人とも練習後は“ゆでだこ”のように顔を真っ赤にしヘロヘロになって帰ってくる。。
まぁしかし父親としては、青白く家に籠もる子よりずっと頼もしく見える。。
特にU君はいつから野球をさせようかと私なりに軽く悩んだ。。
悩む理由があった。
私も少年野球をやっていた。実はずっとやり続けたかった。。。
が、そうはいかなかった。。。
U君にはやるからにはずっとやって欲しい。。
私が始めたのは小学1年の終わり頃で正直体力的には不十分な頃であったが、近所の年上の子達に誘われ入団した。しかし結局丹念な基礎練習の不足などがあり小学5年生の時分に“ひじ”を壊してしまった。。その後、野球と離れてしまった。。まぁそれ以外にも理由があったのだが、また後日話したいと思う。。
だから自分の息子にはそういった事がないよう、始める時期とチームの質を見極めたかった。。
U君は他の子より比較的身体も大きく、私が同学年だった頃と比べても確実に体力はある。。しかも去年まで水泳で毎週鍛えられていた。。
嫁とも話して、“この春からやらしたら?”
と言うことで4月初め近所のチームの練習を見学に行った。見ると比較的丹念に基礎練習を行い、学年ごとにメニューも変え無理もないようである。指導する大人も多いので一人一人に対しての目配せも出来てるように感じた。。
なにより一緒に見学しているU君の目つき表情が家で見るような物ではなく、真剣に凝視していたのが印象的であった!
投稿者 junca 1日 23:59 | コメント(1) | トラックバック(0) | 子供
ハッ!とさせられることがあった。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
仕事の企画について彼の考えを聞こうと説明していたのだが、その時の彼の一言に思わず唸った!!
「色々な企画、アイデアがあるけど、結局成功した人達の話を総合すると、要は“マネジメント”みたい!」
「マネジメント??」
「うん!儲かりそうなモノを、どういった形の儲かる仕組みにするか!」
。。。う~ん。。。なるほど!
言い方を変えれば“勝つ仕組み”と考えても良い。
そんな事は“当たり前”だと思うのだが、しかしこの仕組みが欠落している。
いや、考えが及ばないのである。
その理由として既存の組織が存在するから、その枠組みを中心に考えるからだ。
アイデアにおいて斬新さを求めるのは現状打開が一番大きな理由であるのだが、マネジメントが旧態では、結果として出てくるものが今まで以上になる可能性は一気に低くなるのは当然である。
だから本来もっと成功するものでもパッとしない状態で終わってしまう事が多いのである。
これが当初から時系列的に勝利の仕組みの過程が構築されていれば、例え計画外の状況が現われたとしても、本筋が変質することなく過渡的状況として認識吸収でき、最終的な大きな成功へ導く事も可能なのだ。しかし、案外多数の者はアイデアの斬新さに蒙昧されてしまいがちになり、勝つ仕組みの構築まで考えを及ばさない。同じ失敗をしたとしても、その下敷きになっている考え方と仕組みで大きな違いが現われてくる。成功への道のり、すなわち勝つ仕組みがキッチリスケジューリングできているものは、成功途上の想定内の失敗と計算できるが、仕組みがないものは毎回の失敗も端から頓挫であると感じるだろう。仕組みの存在の有無により、同じ失敗でもまったく違った意味を持つ事になり、その後の行動を生み出すものとそこで終わるものへの差を明確にする。
勝つ仕組みの概念構築と、勝つだろう的観念では、同じアイデアでも運用上まったく似て非なるものとなるのである。
だから極端に言うと斬新と思えるアイデアも最終総合的な勝利から考えると一つ武器でしかない。ある意味斬新さがそう感じられなくても勝利を掴んでいる事も世の中結構存在するのだ。それはオペレーション上最大のウェートである“マネジメント”の妙にある。勝つ事、そのための勝つ仕組み、それこそがひょっとすると最大の斬新さと考えられなくも無い。派手な表面的な部分、これもある種重要なのだが、実際には運用性が働かなければ只の利の無い情報でしかない。アイデアだけの世界では一足飛びに成功に結び付けてしまうが、そこには必ず多岐にわたる現実が横たわっており、それらを円滑に運用するオペレーションとその的確な指示をだす“マネジメント”が働かないと本質的な組織の勝利には結びつかない、その点が案外、当初から構築できない、もしくは見えない場合が多いのである。
投稿者 junca 1日 00:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 人物
花形敬のスカーフェイス 7
三角大福中
前略 マカロニほうれん荘⇔鴨川つばめ 様
びっくり★!へん~しん!!? 

青い影 
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加

人気blogランキングへ
ブログ王へ
週刊ブログランキング













.jpg)





