1 2 次のページ> 1/2page
2005年08月
 厄ドコロ 今日で子供の夏休みも終了だ。
物事には一つ一つの節目があるが、夏休みもその一つだろう。
そう考えると私にも様々な節目があったと思うが、最近考えるのは年齢的な事だ。
現在38才だが今年の11月で39才になる。と言う事は来年40才になるのだ。
「えー40.。。うーん。。」
自分の父親が40才の時、私は小学校6年だった。その当時の父親と今の自分を比べると、自分の方が各段に子供っぽいような気がする。
「うーんなんか違う?」
40才を前に少し考えるものがある。

先日嫁が「パパ、来年大殺界で前厄やで」とココロなしか嬉しそうに私にいうのである。
「えーほんまかいな?」
「うん!前厄は前から言うてたから知ってるやろけど、大殺界はしらんかったやろ!」
「今日立ち読みして調べてきてん!」

買えよ。。。。。

「あーそれとな、来年一気にドカンと不幸がくるん違って、今年あたりから徐々に来てるらしいねん!」 「ひょっとしてドカンと来る人もいるかもしれんけど!」
どっちやねん!!分割か一括化!どっちにしても来るんやないか!!
完璧にひとごとである!

うーん。。。腰椎間板ヘルニアもか?売上が悪いのもか?海に行って雨に祟られたのもか?えーとそれから。。。。
出来たら今後の失敗はすべて厄と大殺界のせいにしたい!
「君!今月売上できてないぞ!(怒)」
「あっ、ハイ、それが前厄と大殺界に入ったものでぇ。。。」
「そうか!それは仕方がないね!はっはっはっ!!!!」
ってそんなわけないわな。。。。。(悲。。。。)


「あっ!それからな絶対アカン期間とはちゃうねんて!今後の為の努力をはじめる時らしいで!」
「そうか!アカンわけではないんやな!」
「でも、なんにもせんかったらあかんわ!なんかしてんの?」
「ブログ。。。。」
「それの何処が努力なん!もっとお金になること考えなぁ!なんかいっぱいいるんやろブログ書く人!」
「大体書く人の方が多いんとちゃうの?読む人いるん?みんな書いてるだけちゃうん!」

ハイごもっとも、考えます。。。。。。。。

ちなみにその時、以前の大殺界周期を考えると、なんか結婚した当時に相当するが、恐ろしくて心の中にしまった。

という会話が先日あったのだが、確かに節目である。特に厄はなるほどなと思う。
確かに体の変調をきたす時期に相当するし、実際変調があった。

ある女性に「35歳という年齢を中心に、人間にとっては大きな転機の時期だ」と教えられた。確かに様々な自分を取り巻く環境を考えてもそうだと思う。

 花形敬のスカーフェイス4花形敬の存在は、戦後日本の政府レベルでの歴史観ではなく、一般庶民史観としての戦後日本の事実を探求するスイッチである。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。


戦後愚連隊初期の存在は、後の無法振りとは一線を画す。
たしかに非合法的性格集団であったことは間違い無いが、侠気を備えていた。

現代のVシネマで繰り返し愚連隊の実録シリーズが作られる背景には、一つの正義を備えていたためではないだろうか。

一般的には体系化された社会現象として表向きには決して取り上げられないが、終戦後の混乱期に従属的に連行された朝鮮半島の人達が徒党を組み、旧来及び戦後日本の体制に対して爆発的に反抗(日本側から見るとであるが)を各地で繰り広げたのは事実である。
しかし批判は出来ない、当然それまで従属的にそして差別待遇を強要してきたのも事実である。終戦を期にアメリカの占領となり、自由な存在が確立できるという機運が訪れた時、それまでの鬱屈したパワーが、自分たちを虐げてきたものに向かうのは自然の理である。

しかし度のすぎたパワーに発展したとき、民族の問題ではなく、公序良俗という観点から鎮圧すべき問題となる。
しかし、当時の日本には警察は存在したが、法体系及び実力の武装が存在しませんでした。
では、一体誰に治安を守ってもらうのであろう?

間違いなく当時は既存のヤクザは勿論であるが、愚連隊も例外ではなかった。
やくざ・愚連隊の存在と戦後日本の朝鮮人暴動は、戦後史の重要な問題点であると同時にその後の社会形成上の核である。

それは戦後日本が高度経済成長を続ける過程での差別体系確立や、やくざの存在を社会の既成事実にする一端となった起点でもある。

間違いなく、京都のある警察署は戦後襲撃をうけ、それを守ったのは地元やくざである。
今、その事実を警察側が明確に自身の戦後史で語っているだろうか?
「〇〇組にあの時守ってもらって助かった-―!」と言うのは聞いた事がない。
しかし国権の治安機関が、戦後という混乱期にせよ無頼の徒に保全を求めたのである。

けっしてヤクザが素晴らしいということを言っているのではない。
歪が存在するのである。
しかし、歪そのものは問題いではないと思う。どんな環境にも歪は存在する。
問題は一方的に隠蔽することにあると思う。
いつまでもちくちく後ろ指さされるもとである。その体質がいろいろ問題なのである過去も現代も!
だからといって現代のヤクザ組織を肯定しているわけではない。

 マクドやろ 人気blogランキングをチェック よろしくお願い致します。

関西ではマクド、関東ではマックと言うらしい。
私達関西人は小さい頃より“マクド”なので、もし子どもが“マック”と言おうものなら、「こらっ!ちゃんとマクドと言いなさい!」と言ってしまうかもしれません。

マクドは普遍的な人気がある。私が5才の時に銀座にオープンして以来34年になるが(京都はその1年後に藤井大丸にオープンしたのが1号店だ)
各時代を経ても今だ子どもは大好きであるし、そして我々も大好きであり、ナショナルフードだ。あくまでこの尊称は、マクドを指してでありハンバーガー全般ではない。モス等他のものは違うのです。

特に子どもにとっては、“ハッピーセット”はご馳走であり、おもちゃまで付いて大満足のメニューだ。しかも300円台のスーパープライスが我々親をも泣かせてくれる。
我が家もある種のお気に入りキャラクターがおもちゃの場合、全て揃うまで毎週末食べに出かける時すらある。
そして大人も朝のメニューは、喫茶店のモーニングを頼むより各段にリーズナブルで、
ボリュームもあって助かっている。

私が長期出張をしていた時分、知らない街での朝食・昼食はとにかく“マクド”であった。
知らない街で食事場所を探す楽しみをもった出張員もいましたが、私は面倒臭いこともあり迷わず“マクド”に入りました。確実に駐車場があり、スピーディーで、味が全国均一である点が魅力でした。
終いには各地域で決まって行く所が出来、ピットのような感覚で入っていました。
だからいまだに昼食にはマクドをよく使います。新メニューがでると結構真っ先に食べにいったりするのです。

そんなマクドもたまに健康問題で槍玉に挙げられる。高カロリーが肥満につながり
成人病を誘発する食べ物的な扱いをうける。
確か以前に毎食マクドを食べた場合どのようになるかという映画があったくらいだ。そこにはかなりひどい結果の模様が出ていたように記憶する。
しかし、実際にはマクドでというより高カロリー摂取自体の問題で、言いがかりのようなものである。
その映画に対しての疑問を、ある人が実際に実験しホームページで紹介しているので参照してください。(実に面白い!!)
1ヶ月キッチリ毎食食べ平気でしたよ!!(多少のオプションはあるが、立派な人です。)http://keiziweb.com/kikaku/maclife/maclife01.html

私達の小さい頃は、相対的に高い商品だった記憶がある。メニューも今ほどあったわけではなく、ましてや今のように期間限定の企画品もなかった。大体ファーストフードなどという言葉もなかったし、おもちゃも付いていませんでした。そんなに頻繁に食べた記憶もないし、そうそう食べさせてもらえなかったように思う。

 さよならだけがじんせいだ 今日のこのエントリーで50篇目になる。
しかし過去のエントリーと掲載写真を眺めると、まったく色気と言うものが無い。
そして内容も大半が汗臭いものばかりである。
記念すべき50エントリー目は麗しき女性の写真を使うことにしました。

ジェリ・ライアン。
プレイメーツではない。
TV・スタートレック・ボイジャーのセブンオブナイン役の女優である。
いつのころからかは忘れたが、毎週KBS京都で放映されているこのシリーズを見るようになった。見るものが無かったので最初は見ていたような気がしたが、今はかなりハマッている。(いずれ別稿で紹介したい。)
中でもこの女優が大好です。クールな役柄、パーフェクトなスタイル、彼女を紹介するのにはこれらの言葉が適しているのだが、私が好きになったのはそれらが中心ではなく、何故か以前に逢ったと確信している妄想からきているのだ。(笑)

何年か前、仕事でアメリカに行く機会があり、その時ロサンジェルスのステーキハウスに行きました。実はその時見たウェートレスだと今も勝手に信じこんでいるのです。
そのステーキハウスはあのロッキー青木の“BENIHANA”の隣にありました。(べにはなだぁーと喜んだら、その前を通りすぎたのでガッカリしましたが)

食事のオーダーを、案内していただいたエージェントの方に任せたのですが、オーダーを取りに来た女性が、間違いなく生れてから初めて見るくらい、いや間違いなく初めてみる美しい女性でした。
私がポーと見ているとエージェントの女性が、
「綺麗なおじょうさんでしょう!ここはハリウッドに近いから、映画関係者がいっぱい来るのよ。だからチャンスを求めて綺麗な女性がいっぱいアルバイトしてるのよ!」と熱心に説明してくれたのだが、私はほとんど説明を聞いていなかった。
心の中で「この女性の傍に一生いたい」というオスの本能が一気に吹出しました。仕事も嫁も子供もほってこのレストランの皿洗いをしている自分を瞬時に夢想していました。
食事を終え店を出るのは断腸の思いでした。

それから何年もたち、スタートレッックをみていてジェリライアンはあの女性だと勝手に信じこんでいるのです。

ジェリライアンには絶対逢う事はできないし、ましてやあの時のウエートレスとも二度と逢う事は出来ない。でもジェリライアンはホームページで現在を確認できるので、たまに見ていると、確かアメリカの下院議員と結婚し1児をもうけたと書いてあった。そしてその後の記事では離婚訴訟をしていると書かれていた。ヨーロッパを夫婦で旅行したとき旦那にいかがわしい店につれて行かれ恥ずかしい行為を迫られたらしい。

  夏休みの宿題 写真はkyoちゃんの夏休みの工作の宿題、ミルモの貯金箱です。


夏休み最終の週末だ。
心なしかkyoちゃんもU君も元気が無い。
私もそうだったが、地蔵盆という地域のイベントが終わると、夏休みが無くなるという寂寥感を感じ、いままで夢のような毎日から突然現実と向き合わされるのである。
「学校があった。。。。」
学校が爆発したらなーとか物凄いハリケーンが来て学校が飛ばされないかなー
とか、究極は戦争が起きないかなーというような愚かな事を夢想していた。

そして山のように溜まった宿題を前に“どうしよー”と悩むのであるが、“あしたから”ということで、とりあえず今日は遊ぼうとなるのである。
終業式の日は、毎年最後に苦労するから早めに済まし、あとは目一杯遊ぼうと決意するのだが、ふたを開けると最後の1週間、地蔵盆終了まで手付かずなのだった。
私はどうも毎日平均的にコツコツやるのが苦手であり、このブログにしてもダイアリー的な事がまったく出来ない。
気の向いたまま好きな事を書いているから続けられるのであって、日記のようなスタイルだとおそらく当に崩壊していたと思う。そう考えると茫漠とした目標の中で生きているのかなと少し反省はするのだが、とりあえず明日からと言う事にするのだ。

最終的には宿題は親や兄弟に手伝ってもらうのが常なのだが、1度妹の宿題を手伝って“大失敗”をした。妹はきっちりした性格で、夏休み初めからコツコツと片付けて行くのだが、絵の宿題が大の苦手であった。
母親から手伝いなさいというか教えてやりなさいと言われました。絵なんて教えるとか手伝うなんてことは実際出来ないので隣でマンガを読んでいたのですが、ふっと気になり作業の進行具合をみると、人形をモチーフに選び描いていたのだが、とてつもなくヘタクソで大笑いしてしまいました。「はっはっはっ!!!!」
すると妹は真剣に描いていたのに、あまりにもの冷たい私の対応に泣き出しました。
さすがにやばいと思い、手伝うからとなだめ再度作業を始める事にしましたが、やっぱりヘタクソで私もいらいらして、ついついキツイ事を口走りました。
しまいには、「貸せ!こうやって描くんや!」と筆を取り上げ描き出したのはいいのですが、最終的には私が全部仕上げてしまいました。
私と妹は4歳年の差があるので明かに画力が違います。
その後、妹の宿題の絵(?)は学年で表彰され、地域の絵画展に出品すると言う事になってしまいました。もう正直には言えませんので、妹は黙って各展の表彰状を貰ってましたが、複雑な気持ちでその間を過ごしました。

 塙義一という生きかた 塙義一、日産前会長である。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。


人間には働く使命がある。それは自分で選べるものを語っている程度では品格がない。
そして自分のためだけに人間は働けない、自分以外の存在があるから働ける。

カルロスゴーンの名は、日本のビジネス界に身を置く者で知らない者はいないだろう。
日本的経営の革命者、日産V字回復の立役者など賛辞は無数に存在する。
しかし現日産会長のカルロスゴーンは知っていても、前日産会長の塙義一を知っている人はかなり少ないと思う。

私が就職をした時分はバブル景気の最後期であった。なにもかもが飛ぶように売れ、前途悠々たる雰囲気が日本中に広がっており、自動車産業もヒット商品を連発していた。中でも日産は“シーマ現象”と呼ばれるような大ヒット車種シーマをリリースし磐石な環境を確保したかのように見えた。
当時は都心部及び日本全国の土地が高騰し、いくら所得が増えても新築はおろか中古家屋ですら手が出ない状況であり、庶民はそれまで貯蓄していた住宅購入資金があまりにも購入のためには過小であることに気づき、住宅購入を諦め浮いた資金で車それも高級車を買い出す。
そこに登場したのが日産のシーマであった。トヨタとは違うアーバンな雰囲気が当時の浮揚した可処分所得をもてあます庶民にひじょうにウケ、シーマ現象という、社会現象を代表する言葉が生まれた。
しかしバブル崩壊と共に日産の栄華も終焉を迎え、それまで不動の販売台数2位という地位からも転落し、巨額の負債を抱える事となる。今の日産の姿から当時の衝撃は想像出来ないが、その当時かなりショックだったのは覚えている。それは私だけではなかったはずだ。

塙義一が社長として在任したのはこの時分である。
その後ルノーとの提携、カルロスゴーンの招聘そして村山工場閉鎖、その後新車戦略、V字回復と日産の復活が始まる。
この時分私の記憶として日産の株主総会後の株主へのインタビューが記憶に残っている。
マスコミは過去例が無い日産の業績悪化に対して、株主の怒りをテーマに取材を行っていた。
そして世間もこのままでは日産が崩壊するのではという想像をうっすらと感じていた時期でもある。しかしこの日今後の日産の進路を発表したと思われるが、ほとんどの株主はマスコミのテーマに促した回答だったが、唯一初老の紳士が「大丈夫!今日の決意があれば大丈夫」と何を根拠として言っているのか分からなかったが答えていた。おそらくマスコミは批判的な意見だけではインタビューの構成上偏りがあるので反対意見も入れたのであろうが、私はすごくひっかかると同時に気になり、今日までこのときの画像を記憶に残している。

 neo放屁論(後編) 屁はどのようなメカニズムで出るのだろう?
そんな事に興味をもつのは私だけかと思っていたが、実はyahooで屁の事を調べると
なんと!おならというキーワードで検索すると108万件ヒットし、放屁というキーワード
に至っては312万件もあるのだ。
文中に出てくるワードにヒットというより“屁の”ホームページが大半なのである。
医学的なものから屁の音まで出す滑稽なものまで多士済々の内容に圧倒されました。

話はもどるが屁のメカニズムだが、
屁の成分は、60-70パーセントが口で吸い込んだ空気で,30-40パーセントは腸にいる細菌によって作られるガスからなる。
1日平均5-20回,量は1-2リットルと報告されている。 しかしこれは個人差や食べ物の違いで一定ではない。 でんぷんが豊富なサツマイモやゴボウやキャベツのように
繊維(せんい)の多いものは量を増やす。
屁の成分は、窒素、酸素、水素、二酸化炭素、メタンという気体だが,99%を占めるこれらのガスはにおいがないという。 あの独特なにおいは、わずか1%以下のガスである
アンモニア、硫化水素、インドール、スカトール。これらのガスは、大腸の中の細菌が、タンパク質を分解するときに生まれる。おもしろいのがインドール。うんと薄めると香水の原料になるとか。大腸の中には100種類、100兆個もの細菌がおり, 特に、豆類や肉類などタンパク質の豊富なものは、くさい屁の原因になる。
音のメカニズムだが、
肛門の筋肉は便が漏れないようにがんばっている。
便が出るときは大きく開き、屁が出るときは少し開く。
肛門をガスが勢いよく通ると、粘膜が振動して音が出る。
ガスの通過スピードと出る量で音の強弱や高低が違う。

お年寄りは肛門の筋肉がよわくなり,
屁をがまんしようとしてもできない。
お年寄りで屁の回数が増えるのはそのためだ。そうかぁ~う~ん。。。。。!

大体“屁”といっても人体のこれらの諸条件が揃い発生するのである。知っている人間が如何ほどいるであろう?人間の体が動くメカニズムの起点たるものも一体なんなのか、そして衰える老化の原因がなにか、全てわかっていないのである。それら人体の神秘のなかで屁も生れてくるのである。

そしてもっと驚くのは、防臭パンツや座布団、女性の生理用ナプキンのようなパットまで売られているのである。これらは腸に疾患がある人用の真面目な医療器具であるのだが。屁を真面目に研究し、人の為に仕事している人の存在がある。

屁はかならずこくのである。

 Neo放屁論(前編)  放屁論。
れっきとした平賀源内先生の論文である。
このタイトルだけでも作者が只者でない事が窺い知れる。

屁にTPOはない。そして屁は時としてその人物を限りない辱めにさらしてしまうかなり危険な行為である。出来ればそんなものは、しないというより無い方がいいともこれが実はおもわないのである。お腹が張りひそかに大放屁をしたときの開放感と爽快感、誰にも言えない,そして比べてわかってもらえない物凄い快楽が発生するのである。
屁に不快感を示す,もしくは嘲笑を浴びせ掛けるのは決して先天的な感性ではない。しかしなぜかあの音は後天的に笑いの信号音として認識したものではなく、先天的な滑稽感があるのは不思議である。
そしてどんなに美人で頭が良くても、カッコの良い男性であろうと,おそらく生涯10,000発以上はするだろうと私はひそかに考えている。(いや、そんなものでは効かないと思う!)
口から出る言葉という音は、哲学を語り恋愛を語り時として人を傷つける音をも発するが、
尻の穴からは“屁”という音しか出ない。しかしである生物としてのメカニズムだけでみると言葉も屁も同じ音の発生である。
源内先生曰く、
「漢にては放屁といひ、上方にては屁を“こく”といひ、関東にては“ひる”といひ、女中は都ておならといふ。其語は異なれども、鳴ると臭きは同じことなり。その音に三等あり。ブツと鳴るもの上品にして其形圓く、ブウと鳴るもの中品にして其形いびつなり。スーとすかすもの下品にして細長くして少しひらたし。是等は皆素人も常にひる所なり。」

ある時、江戸の両国で「へっぴり男」なる自在に屁を出す大道芸人が人気を博していたらしい。
うぐいすの鳴き声や、水車の回る音などかなりのレパートリーを持ち、金を稼いでいたらしい。源内先生と仲間たちは早速に出かけその芸を見たらしい。
仲間達はインチキではないかと批判的であったが、源内先生は
「たとえ、からくりがあるにせよ、見せているのは尻一つ。それが誰の目が見てもからくりがわからぬ。それならそれで、立派な芸ではないか。」と言いましたが、仲間の一人が食って掛かりました。
天下の源内があんな「へっぴり男」を誉めるとは、一体どういう料簡か?人前で尻を見せるあの行為のどこが立派な芸なのか?
それに対して源内先生、
「人間が、体内より発するものは、天地の定めにより、貴賎の違い、身分の違いなるものが自ずとあるとこは否定できない。中でも、もっとも身分の高いものは、頭脳より発せられる「思想」であろう。口から生じられる声、歌の類も、身分の高い方に属する。

 食玩大好き!これは昨日買ったフィギア-です(コンビニで)。
激闘!戦国武将シリーズの上杉謙信のカブトです。
このシリーズは全13種あり、本当は信長のカブトが欲しかったのだが、残念ながら謙信だった(でも一応、毘沙門天の前立ての兜で,これはこれで大いに気に入っています)。
今回は武将の刀9種とカブト3種のラインナップである。少し以前のシリーズはグラディエーターシリーズで西洋の甲冑と戦国武将の甲冑のシリーズでした。これらは基本的に選べず、買ってから中身を確認する醍醐味がある。そして私の購買欲をこれほどかきたてるモチーフはないのでした。
ちなみに前回シリーズでのお気に入りは森蘭丸のカブトです。

いま大人、特に我々世代と少し上の世代が、子供のころになかなか買えなかった“食玩”を、現在食玩を買うには十分すぎる小遣いで思い存分買っているらしい。そしてそれは嘲笑的な記事として取り上げられている。
私もそういった話題があると“へぇーホントー!はっはっはっ。。。”と笑って理性的な大人を装うが、実は死ぬほど食玩が好きなのであるというか、チープなおもちゃが大好きである。
だから“びっくりマンチョコ”“ちょこエッグ”を血眼になって買う大人の気持ちが大いに分かるのである。しかし現在の自身のキャラクターと相談して一応“うーん、よっぽど思い入れがあるんだね-”とかというコメントを表向きにしています。
でもプチカミングアウトとしてこのブログをかりて告白します、私も君達のようにお小遣い全てで買いたいよー食玩!!!うらやましーぞ。。。

この夏にはコンビニで、あるミネラルウォータの景品として、あの世界の“海洋堂”の食玩がシリーズとして景品化された。それは自然のシリーズで、カワセミ・蟹・とんぼ等を実にリアルなフィギュア-としてリリースしており、私は毎日1点(一本)づつ買いました。
いっぺんに沢山買ってはいけないのです、毎日一本づつ買い“どきどき”楽しむのが実に良いのです。そしてこの喜びは決して誰かと共有してはいけないのです。あくまで“ひひひ”と自分だけの楽しみにするのです、そうこの暗~い楽しみには悦楽感があり、実に小市民男子としての健全な喜びが満喫できるのです(私だけかもしれないが。。。。)
断っておくが私は別にノイローゼではない。

しかし私は、コレクション癖はない。買って何日も眺めると、その後はぞんざいに扱うのである。どうも買うときにテンションというかアドレナリンが吹出すのである。だから家族の特に女性陣(といっても嫁と長女だが)にばれてしまうのである。

 映画・竜馬暗殺 竜馬暗殺。
と言っても映画の話である。
この映画は私にとってかなりの衝撃でした。映画で実在の人物をどのように表現するのかを理解させてくれ、リアリズムを教えてくれました。
残念なのだが劇場では見ていない、ビデオでなのだ。機会があれば是非とも劇場で再度見たいと思っている。映画自体は30年以上前で、製作は私の永遠のバイブル“ATG”である。


人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。




この映画で原田芳雄が演じた坂本竜馬を見れば、その後いやそれ以前も含め竜馬役の役者は噴飯ものでしかない。それは、ジェームス・ディーン以降の不良青年の演出・演技が、すべて彼の模倣であるというのに似ている。ディーンは屈折した青年というテーマのエッセンスを出演した3作の映画で全て確立したのだ。原田芳雄の坂本竜馬も私は同じような評価を与えられる。

この映画はくだらない竜馬伝記映画とは確実に一線を画す。史実をてんこ盛りしたものとは違い、暗殺までの3日間に時系列を集約し、あえて竜馬の偉業などを説明しない。暗殺に怯える等身大の人間竜馬を見事に描ききっている。そして原田芳雄が竜馬を演じているという醒めた観察眼が一切出てこず、最後まで本物の竜馬ドキュメンタリーを覗き見しているような感覚にさせてくれる。
そしてモノクロというストイックな画面が実にリアルな緊張感を生み出し、匂いや埃っぽい乾いた空気を、胸が苦しくなるくらい観る者に対して攻撃的に仕掛けてくる。

映画は1974年(昭和49年)の製作で、時代背景を考えると学生運動との関係も濃密に読み取れる。しかし映画の視点は、薩長連合等の回天偉業をドラマティックに演出したものではなく、大きな組織の思惑と陰謀の狭間で身動きが取れなくなり、閉塞感と猜疑心からくる恐怖、そして先行きに対するモチベーションを懸命に維持する青年像を描き出している。決してそれまでのカッコのいい竜馬像からするとかなり情けない人物像が浮き彫りにされている。しかし史実をてんこ盛した伝記映画よりも緻密に竜馬研究がなされ、おそらく何度も何度も脚本を検討したのではないだろうか。実際、今では当たり前の説である薩摩暗殺説をこの時点でかなりリアルに描いているし、その伏線として京都の商人に時代の権力の在処と商売の拡大を語らせ、密告の暗部を示唆させている。なによりも竜馬の存在は、一般には司馬遼太郎の小説に代表されるような痛快な人物像が主流であるが、実際よくよく考えると、大藩によって身分証明されているわけでもなく、時代を動かす組織から見るとかなり胡散臭い人物であったはずであるし、見ようによると、現在日本と北朝鮮の拉致問題の駆け引きで、先般話題になった外務省ルートの“ミスターX”のような人物像とも捉えられかねない。

 花形敬のスカーフェイス3花形敬シリーズ3回目である。

花形敬のスカーフェイス http://junca.wablog.com/13.html
花形敬のスカーフェイス2http://junca.wablog.com/30.html
花形敬のスカーフェイス4http://junca.wablog.com/58.html

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。



にほんブログ村 日記ブログへこちらもよろしく!!


朝起きて一通りの用事を済まし、レンタルビデオ店に直行した。
今年3月に公開された“渋谷物語”を借りるためだ。劇場に見に行こうかと思いながら、
結局行けずそのまま忘れていたが、朝突然思い出したのでした。
ビデオ店につき棚を探すと全て貸し出し中で、今日は見ることが出来ませんでした。

この“渋谷物語”は安藤昇が主人公の愚連隊ものだが、どのような内容かは知らないが一応見ておこうと思っていた。
実は正直、期待はしていない。過去この手の実録物のおおよそ80%が期待外れだった。
理由は二つ、一つにはキャスティングがイメージと乖離している点(これは映画には付き物なのであり宿命だが、商業性が前に出すぎるキャスティングが気になる)と、個々の登場人物の外見にだけ拘り、内面性がまったく表現しきれない役者不足感、二つ目には脚本が杜撰であり実話の単なる焼き直しでしかない事である。
今まで花形敬は3回主人公として映画化されたが、最初は菅原文太主演の“人斬り舎弟”で花形が安藤組の幹部になってからのストーリーだが、まず人斬りというタイトル自体が間違っている、花形は以前に書いたが、素手の喧嘩をポリシーにしたステゴロ師である。この時点で少し興ざめである。
しかしこの映画の時分は本田靖春の“疵”が出版されておらず、花形自体の存在がまだクローズアップされていなかったので多少の脚色により独特のキャラクターを作ったとしてもおかしくないし、仕方が無いかとも思う。全体には後の2作よりは良作であると判断できる。菅原文太の花形は違和感が残るが、菅原文太が演じるヤクザという見方であるとなかなかニヒルで面白いキャラクターを作り出していると思う。しかし後の2作は間違いなく“疵”をベースにしており、その中の花形をモチーフにしている。しかし映画としては、申し訳無いが“駄作”である。陣内孝則も哀川翔も嫌いな役者ではないが、かなり違和感があった。陣内主演の“疵”は劇場で見ましたが、最後の方のシーンで花形が獄舎にいる安藤に面会する場面で、安藤役の岩城晃一が丸刈りなのであるが、コントの“はげずら”のようなものを被っており、そのシーンの瞬間劇場は笑いの渦であった。これでは駄目である。

 異★人 先程、出張より帰ってきました。
今回は一泊で最後は小倉からの帰りで、久しぶりに電車による長距離の出張でした。
昨日、大阪に商用があったので大阪から新幹線に乗り出張をスタートさせたのですが、新大阪の新幹線のホームで“チャーリー浜”を見かけました。一瞬そうかな?と思い、再度凝視すると間違いありませんでした。多いのか少ないのか分かりませんが、案外有名人と過去遭遇してきました。


人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





直近では1ヶ月程前、京都駅で一人時間つぶしに喫茶店に入ったところ、私の座った隣の席に派手なシャツを着た人物とスーツ姿の二人の計三人が愉快に談笑していました。
コーヒーを注文しタバコに火をつけ何気なく隣を見ると、“うん?どっかでみたなぁ?”
よーく見ると鳩山由紀夫でした。しばらくすると気づいた人が次々と握手を求めにきていました。特に関心のある人物では無いのだが興味をもって眺めていると、確かに政治家だけあってものすごく丁寧な対応とスマートな立ち居振舞いであったのが非常に印象的でした。しかし圧倒されるようなオーラはまったく感じなかった。

こういった偶然の遭遇で、私が自慢にしている事例が二つある。ひとつは東京駅の新幹線ホームで新幹線を待っているとき逢った“吉田拓郎”である。数名のグループで新幹線を待っていたみたいで、本人はメールばかりしていたのを覚えている。ちょうど正午位で乗客も少なく騒がれる事もなかったが、何故か恐れ多くてというか近寄りがたく、近づけないまま遠巻きに眺めていた。何と言うか、虫を観察しているような感じだった。

もう一つは伊丹空港で遭遇した“デビッド・ボウイ”である。
景気の良かった時分、会社でシンガポールに旅行し、その帰り空港の荷物を受け取る所での遭遇でした。ベルトコンベヤーでゴロゴロ荷物が流れてきて、それを各自が受け取る場所でボーッと荷物を待っていると、私の隣に立っていた同僚の女性がツンツンと私を突つくので
彼女の顔をみると、私の隣の人物を指差していました。「どうしたん?」
「…・・」無言のまま人差し指を続けて指すので、その人物をみると外人でした。
「外人珍しい?」と聞き返すと、声を出さず口をパクパクしてなにかを伝えたそうでした。
「はぁー????」と再度見ると、えっーーーーーーーーーーーーーーーー!
うっそーボウイ?と同僚の女性に目で確認すると何度も頷いたので、今度は凝視しました。
すると視線に気づいたのか、私に向かってウインクをしました。イメージより背も高く、その時の格好は今でも覚えています。ギンガムチェックのジャケットに黒のスリムなパンツ、そして耳には変わったピアスをしていました。そして荷物の量が半端じゃなく多く、カートにてんこ盛り状態でした。その当時黒人のモデルと付き合っていたみたいで、その女性がカートの前を悠々と歩き、その後ろを荷物一杯のカートを押しながら“我らがボウイ”はついていっていました。空港を出る間際に大多数の人が気づいたみたいで瞬間的にパニック状態になりかけましたが、あっという間に空港を出て消えて行きました。

 NOBUNAGA様の国家 織田信長は、バブル期に入るあたりから確実にその人物像が変化している。
時代によって、歴史上の評価が大きく変わる人物は結構存在するが、信長の場合は何故か期待を込めた、もしくは理想のような変化が読みとれる。通常歴史上の人物像変化の場合、今まで知らなかった史実の発見や、メディアによって作り上げられた部分と事実の乖離を埋めるような作業が多いのだが、信長の場合、史実全体として大きく変化した箇所は見受けられない。
現代の社会状況、それを検証するための下敷きとしてのリーダー像が近年顕著に取り上げられている。客観的なストーリーではなく、窮地での判断や局面の行動、そして戦術ではなく戦略面にその志向性をかなり細かく検証しているように思います。その評価の高まりは同時代の秀吉・家康の比ではない。



人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。




それまでの信長のイメージは、若年時の“傾き”振りや比叡山延暦寺の焼き討ちに代表されるような残虐性が強かったが、近年の代表的なイメージは楽市楽座や茶道、毛利水軍との鉄鋼戦艦による戦い、先進的な人材登用等、経済文化軍事組織の先進的戦略性が非常に強いように思う。それは軍事拠点を中心とした領地・陣取り合戦に終始する他の戦国武将に比べ、日本全土を見渡すような国家観が存在するからではないだろうか。そして検証しようがないが、間違いなく宣教師から地球の形態を教示され地動説までも理解していた事を考えると、地球の中の日本というポジションも頭の中にあったと判断できる。
宣教師の地動説に対して、「理にかなう」と答えたという。

信長は歴史に登場する草創期からすでに領土の観念が他の大名とは格段に違ったように思う。
よく言われるがそれまでの基本は、一所懸命で占有地を如何に保守し、その上で領土拡大を謀るかが戦国大名の天下統一への指向性であったが、信長の場合は占領すると次々に居城を移動していく。そして付き従えた綺羅星の如き武将に城及び領土を任せていく。その中で大きく革新したのは専門的軍人を創出した点にあげられる。それまでは兵隊(雑兵)はあくまで半農である。そのため基本的には農繁期に戦はせず、スケジュールの調整をした上で戦に取りかかる。この点が明らかに武田信玄や上杉謙信との違いになる。自身の確保した領土は自己実現のツールでしかない、よって確保した領土はあくまでも手段でしかないのだ。
そして、すでに日本国中に関しての領土分配が計算されていたのではないかと思う程の戦略が読みとれる。

 腰椎間板ヘルニアの心得 今日で“腰椎間板ヘルニア”発症から丸3ヶ月が経つ。
このブログのタイトルにもなった怪我である。

びっくり★http://junca.wablog.com/1.html



人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。




今でも忘れはしない平成17年5月18日午前7時30分、玄関に置いてあったアタッシュケースを取ろうとして前屈みになった瞬間、体のバネが歪んだのである!
そのまま一時間その場で木彫人形の様に固まってしまった。最初はなにが起こったのか理解できなかったし、もちろんその後の療養など想像もしなかった。
病院に行きMRI等の検査の結果“腰椎間板ヘルニア”と診断され、全治2週間、絶対安静と医師から言われたのである。幸い座骨神経痛にならず手術の必要はなかった。しかし、絶対安静の丸2週間寝たきり状態となりました。
最初の一週間はまったく動けず、恥ずかしい話であるが用便に難渋しました。小便はペットボトルの口を切り、尿瓶の代用としたのですが、大便はさすがに体を動かす事が出来ず、家族中の大問題となりました。そこで私は決断しました、“おむつ”という手段もあったのですが、絶食し便を出さないという事にしました。
もちろん最低限の食事はするのですが、立ち上がれるまでは大便をしない事にしたのです。

ある時一人で寝ていると小学校3年生の長男U君が小学校から帰ってきました。U君はひとり楽しそうに遊んでいたのですが、傍らで寝ていた私はその時猛烈な尿意を催しました、その時点では正直まだ一人でペットボトルを使い尿を取ることが出来ませんでした。息子に父親が小便している所を見られるのも恥ずかしかったのですが、下の世話をして貰うのもなんかなぁーと思っていました。しかしそんな余裕もだんだんなくなっていき、まずい!漏らしたところ見られると一大事なので、しかたなくU君に手伝って貰うことにしました。
「おーい、U君ちょっと来て!」
「なにー?」
「あのな!パパおしっこするから手伝ってくれる?」
「うん!いいよ」
おもむろに息子の前に息子を出し、「ちゃんとペットボトルもって受け止めてくれよ!」
「うん、わかった、いつでもいいでぇ!」
「ジャー。。。。。。」客観的にみると実に滑稽であるが、二人はこのミッションに真剣であった。
我慢していたせいかペットボトルから溢れるんじゃないかと思うほどの量で、おそらくU君も一体どれ位するんだろう?とおもっていたと思います。
何とか取り終わるとU君が
「パパ我慢してたやろ!一杯でてるやん!今度から恥ずかがらんとサッサッと言いや!!!」

 radio 現代の若者は深夜ラジオを聞くんだろうか?
まったく今のメニューも知らないのだが、我々の時分、特に中学から高校までの間、テレビとは違う独特の文化が在ったように思う。
私が好きだったのは音楽を主体とした番組ではなく、フリートークを主体としたものだった。



人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





よくよく考えれば延々1時間も2時間も本を読み“ながら”勉強し“ながら”とはいえ聞き続けていたのは、現在から考えるととても奇異に感じる。ある種北朝鮮の工作員が暗号を読み解くために深夜ラジオからの指示を聞き続けていたのと近いような感じもする。個々の内面を刺激するメディアで、大人数で共感するメディアではないが、翌日の友人たちとの会話は案外ラジオ番組が中心で在ったりするのである。
この直接聴覚を刺激するメディアは今となってはアナログであるが、その分想像力や一体感が他のメディアに比べかなり濃いものであるような気がする。それはパーソナリティーの会話が実に個々に語りかけてくるような臨場感があるのと、パーソナリティーたちの世界を覗き見するような悦楽感が存在した。
そしてテレビや新聞というようなメディアに比べ一元的な価値観ではなく、少しアウトサイダー的要素が思考の広がりと多様性を解放していた。

私が最初に出会ったのは、オールナイトニッポンの土曜日(実際には日曜日)“鶴光”がパーソナリティーをしていた番組だった。たぶん同年代の方はご存じであろうが、その当時中学生だった私たちにとってはかなりエロティックな番組だったのを記憶している。“ええかぁ~ええのんかぁ~”
というような艶めかしい声がイヤホンを通して聞こえ、脳味噌を通さず直接下半身に刺激が行ったのを昨日のことのように記憶している。聴覚によるエロスとの出会い・幕開けであった!
その後いろいろ聞いたが、お気に入りはヤングタウン月曜日の明石屋さんま、金曜日の谷村新司・ばんばひろふみ(これもエッチだった!)、そしてKBS京都土曜日のハイヤング京都の島田紳助だった。とくに私は紳助の番組が好きだった。土曜日に友達同士が集ってウダウダその週にあった事を喋るような展開が好きで、何故かその中の一人のような気分に浸れた。その当時の主流だったが台本らしきものも存在せず、紳助の大谷高校時代の友人がレギュラーとして参加し実に等身大の世界を展開していた。他には鶴瓶・新野新のぬかるみの世界というマニアックな番組も好きでした。たしか日曜の深夜だったと思うが。

1 2 次のページ> 1/2page
カテゴリー
にほんブログ村 日記ブログへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
キーワードアドバイス
ツールプラス

Powered by SEO対策
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加

ブックマークプラス by SEO対策

最近のエントリー
カレンダー
< 2008年05月 >
27 28 29 30 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
サーチする: ?
Amazon.co.jp のロゴ
Google
「甘いのが好きでも嫌いでも!男性におすすめスイーツ」特集
SEO|SEO対策 SEO対策でアクセスアップ
メッセージお待ちしてます!!junca
人気!人気!ランキング

PING送信プラス by SEO対策

はてなRSSに追加
livedoor Readerに追加
My Yahoo!に追加
Googleに追加
goo RSSリーダーに追加
Bloglinesに追加
Technoratiに追加
PAIPOREADERに追加
newsgatorに追加
feedpathに追加
Powered by SEO対策 RSSプラス
最近のコメント
よくわかるよ… (ジャマイカ)
2008年1月19日 10:26
管理人様、シンプルなランキングサイトができましたので是非ご参加下さい。 今なら上位表示確定です。 宣伝失礼しました。 (シンプルM)
2007年12月26日 17:36
オメー☆ 楽しく読ませて貰ってます☆ぉじゃましますo((=゚ω゚=))o  私はおもしろ・びっくりNEWS、笑・泣コピペ、おどろきトリビア、... (辻)
2007年12月1日 04:24
吸い過ぎ防止グッズのご紹介。 節煙補助具「タバコタイムスケジューラー」 詳しくはHPをご覧ください。 (小川)
2007年12月1日 01:16
juncaさん、こんにちは。 現在上映中の仮面ライダーTHENEXT良かったでーす! お父さん世代は、思いっきりストライクのようです(笑)。 (つきちん。)
2007年11月10日 18:40
はじめまして カワセミが飛んでる場所に住んでいらっしゃるんですか? 自然が残っているんでしょうね。 こちらにもびっくりな話題を投... (クリッペディア)
2007年10月23日 11:37
キセイ様ありがとうございました。 (junca)
2007年10月6日 00:44
初めてCAROLを聴いたときの衝撃は30数年たった今でも忘れません。 永ちゃんの嬉しい所は、何時も前を走ってくれる事。 この話はホント?.. (キセイ)
2007年10月5日 18:42
紹介性のアフィリエイトです。一人の紹介で1000円の報酬が貰えます (ヤン)
2007年9月4日 00:12
3バルカンは・木圭子ずペットの亀 。浮気の羊羽子を提出でぃ、『空色でぃ』ッズ ・降り痕3位?まりがたいマリガタシ。 (ナターシャ クドー)
2007年8月1日 16:26
最近のトラックバック
野鳥 カワセミ・翡翠
都立水元公園では野鳥を見ることができます。かわせみの里では一日に2~10回程度は...
2008年3月7日 21:19
大谷吉継 関ヶ原に咲く
佐和山の親友・石田三成に味方することを告げた大谷吉継は7月14日 大坂城に戻っている。この頃名に名を吉隆に改めているようだ。理由は...
2008年2月15日 13:26
グレープフルーツ酒
※グレープフルーツの栄養と効能  グレープフルーツにはビタミンCがたっぷり含まれています。そのうえ、皮には有機酸が含まれており、...
2008年1月27日 09:50
長寿県1位 男は長野、女は沖縄
厚労省の「2005年都道府県別生命表」によると、平均寿命が最も高い都道府県は、男性が長野(79.84歳)、女性が沖縄(86.88歳)だったようです...
2008年1月15日 00:07
映画館に人を呼んだのは映写技師!?
◎わくポン成功事例・・・映画館 ②■映画館に人を呼んだのは映写技師!?はじめは、映画館のフロントスタッフが、暇な時間に 映画の宣...
2007年12月20日 08:59
アーカイブ
読者登録
メールアドレスを入力して登録ボタンを押してください。このブログの新着エントリーをメールでお届けします。
読者登録:
[解除はこちら]
Profile
junca
年齢 41歳
性別 男性
所在地 京都府
血液型 O型
junca's Blog
[エントリーの作成・編集]
カウンター
1,220
930
1,025
1,607
1,128
1,167
989
885
1,030
479
5

8
5

9
5

10
5

11
5

12
5

13
5

14
5

15
5

16
5

17

総アクセス数:32,491件
(30日前~昨日までの総数)
QRコード
qrcode
RSS 2.0
RSS 1.0
ATOM 0.3
XHTML 1.0
CSS
WaBlog