1 2 次のページ> 1/2page
2005年07月
★★さらばショーケン★★萩原健一。
ショーケンである。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。

私は正直いうと“前略”や“傷だらけの天使”はリアルタイムで見ていたわけでは無い。
しかし、ショーケンは私より少し年上の世代には特別な存在であったのは理解していた。
私がショーケンを好きになったのは、彼が黒沢明の“影武者”に出演し、その後大麻所持で捕まった時分である。その頃より遡るようにして、彼の出演作品や音楽活動を見聞きするようになる。

あるとき詩の雑誌をみていると“アルチュール・ランボー”の特集をしていた。ランボーに関連したエッセイを著名人が書いていたのだが、その中に演出家の蜷川幸雄の文章がありました。
萩原健一が“傷だらけ”や“前略”で若者の支持を得ていた時分、昭和の大詩人“金子光晴”から自身訳のランボーの詩集をもらったというエピソードでした。
ショーケンは、金子光晴もランボーの事も知らなかったので蜷川幸雄に電話をしてこの二人に関して聞いたみたいである。一通りの説明を聞き終わり、いたく喜んだという内容と、その時期大麻所持で世間を騒がせていたショーケンに対しての蜷川幸雄の所感が述べられていた。
蜷川幸雄曰く、おそらく金子光晴もショーケンの存在はしらなかったはずだが、金子の周りにいた若者達にその存在を聞かされ、ブラウン管の中で躍動するショーケンの姿態にフランス詩壇に突如現われたアナーキーな天才の姿を感じ、自身の訳詩を贈る気になったのであろうとのことでした。ショーケンは大麻所持そしていしだあゆみとの離婚とマスコミの好餌となっていく、そしてそれは今にいたるまで。。。。。。。
たしかに“太陽にほえろ”や“傷だらけの天使”その他映画の中の彼は、ランボーを彷彿とさせるボヘミアン的な要素が溢れていた。そして並行して活動していたバンド活動の彼のパフォーマンスは、独創的でリズム&ブルーステーストが効いた反商業的な雰囲気が充満していた。なによりも“ノンポリ”とよばれた若者を筆頭に、どの時代の若者にも共通して持ち合わせる大人社会との衝突とやるせない欲求の渇望感が、彼の演技には演出家を超えるパワーとして存在していました。あの松田優作をして“萩原には適わない”といわしめたのは解るような気がします。

アルチュール・ランボーは15歳で突如フランス詩壇に登場し20歳前後で文学界を去り、
その後武器商人となりアフリカの砂漠を放浪し、そして37歳の若さでこの世を去る。

その詩人は底知れぬ渇きをかかえて

■◆ハッちゃんフォーエヴァー◆■先日「奥目のハッちゃん」こと岡八朗が亡くなった。
このテーマを本当はもっと前に書こうかと思ったが、土曜日まで待ちました。岡八朗と土曜日そして吉本新喜劇というワードは、関西に育ったわれわれ世代には特別なものがあるはずです!
昔小学校は現在の様に週休二日では無かった。しかし土曜日は4時間授業で12時過ぎに終わり、小学校時分はこの土曜日が楽しみで待ち遠しかった。もともと休みではないのだから半日で授業が終わるのは少し得な気分があり、家に帰ってから友達と遊んだり等のスケジュールが目白押しだった。
でもスケジュールは午後1時から始まる吉本新喜劇を見てからしか始まりませんでした!


人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





これは、みんなそうでした!だからみんなとの約束は午後2時からなのです。
12時過ぎに学校が終わり、みんなダッシュで吉本新喜劇のオンエアーに間に合うように家に帰り、用意していた昼ごはん、大抵“チキンラーメン”“昨日の残りのカレー”とかなのだが、取りあえず食べてテレビに噛り付き,
「えげつなー!」「くっさー!」と毎週同じタイミングでのギャグなのではあるが、笑っていました。

こういう小学校時分の土曜のスケジュールは私だけの思い出かと思うと、大学に入って別の関西地域から通学していた友人も同じ思い出を共有しており、その状況がまったく同じであった。「そうや、そやねん!汗かいてダッシュで帰って見ててん!」
「俺も!俺も!」類は友を呼ぶで集まった傾向かなーとも思いましたが、これが実はそうではなく結構なムーブメント?いや関西人DNA!!。
“おはよう朝日”で岡八郎訃報のコメントを宮根誠司アナが喋っていたが、まったく同じ思い出を語っていた。「とにかく土曜は走って学校から帰り見てましたねー」、彼も1963年生れでわれわれ世代だ。

吉本新喜劇の笑いは洗練された都会の笑いとは違い、泥臭く直接的でおしゃれではない。
関東の人には受け入れがたいものが存在するんじゃないだろうか、特に当時の吉本新喜劇の笑いというのは。
確かに笑いに種類が存在するのは認めるが、笑う側には笑い方の種類はない!おしゃれな構成とか洒脱な会話とか以上に、笑えるか笑えないかが絶対的な基準で、私は吉本の泥臭く直接的で“これでもか”の笑いを体いっぱいに充満させて育ちました。

笑わせる行為は、人間にとって一番崇高な行為ではないかと思います。人間以外に状況を笑う生き物は存在しますが、考えて相手を笑わす生き物は存在しません。。

■ハイウェイ・ブルース■最近はめっきり車で長期の出張に行くことが少なくなった。26歳から34歳くらいまでの8・9年間は、以前書いたと思うが月の1/3~半分は車で出張に行っていた。出張期間中の走行距離は長いときで約2,500キロ程にもなった。かなりの時間を高速道路上で過ごしていたことになる。

私は基本的には運転は大好きで、長距離もさほど苦にはならない。しかし商用車(ワンボックスタイプ)の乗り心地は極めて悪く、燃料も当時はほとんどが軽油でパワーが全然ありませんでした。シフトレバーもコラムシフトでした。高速道路で120キロでも出そうものならエンジンが唸りをあげ、うるさくてラジオ(もちろんAM)もろくに聞こえませんでした。

プロのドライバーじゃなくても永年高速を運転しているといろいろな経験に出くわす。
特にサービスエリアの各所にお気に入りを作り、休憩するのはささやかな楽しみでした。
距離と時間の感覚も体が覚えて行きます。目的地までの距離と、現在地までの進行距離、
今のように到着想定時間の電光掲示板は当時ありませんでしたので、路肩の距離ポストで時間を計算していました。いつしかサービスエリアの配置、オービス(速度監視カメラ)の位置、交通違反取り締まりのポイントそれらが経験で積み重ねられ覚えていきました。

困るのは“トイレ”です。突如腹痛が襲うのです!
“うーん、一番近いトイレポイントまで20キロかぁー”あと12・3分はかかるなー!
その瞬間怒涛のような便意が襲ってきます。遠くをみたりして気をそらそうと思うのですが、
思えば思う程意識がお腹にいってしまいます。気晴らしにタバコに火をつけると、タバコの煙が胃腸を刺激するのか、余計に危険な状態へと誘ってしまいます。
“うーんあと少し うっっ。。。がまんがまん。。。”
サービスエリアの看板が見えてきます、すると突如便意がおさまるのです。
“あれっ、痛くない。うーん大丈夫だ!”こういう時は大抵約束の時間に遅れており1分でも無駄にしたくないときなのです。
“うん、大丈夫、時間が勿体無いからこのままいくかぁ”えいっとアクセルを踏み込みサービスエリアを通りすぎます。すると!また来るのです、強烈な便意が!(悲。。。。)ぷりっ?

忙しく時間に追われながら高速をひた走った時間でした。しかし初めて富士山を見たときは感動しました。それまで新幹線の車窓からしか見た事が無かったのですが、高速から見る富士は眼前に広がり頭の上から覆い被さるようでした。そして由比海岸からの富士は、葛飾北斎の富嶽図そのままで、江戸時代の風景を夢想しました。

■□■ 久米通賢という人 ■□■歴史小説が大好きである。
中学校2年のとき司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読み、それ以来ずっと歴史小説ばかり読んでいる。TV番組も歴史ものは欠かさず見る事にしている。歴史といっても私の場合日本史に限定され、外国の歴史に関しては特に興味がない。
NHKの午後9時15分から始まる「そのとき歴史が動いた」は結構好物である。このNHKの時間帯はかなり以前より歴史番組であり、何度かコンセプトとタイトルを変えたが今も続いている。

比較的どんなものも興味をもって見るようにしているが、平安時代があまり好きではない。
特に理由はないが何故か好きではない。
以前は歴史の中心に存在する人物や事件に対し興味をもって見ていたが、今は隠れた存在などに興味を惹かれ、そういった人物に関心を持っている。

偉人・いじん・えらいひと・というのは基準はない、しかし有史上登場するかどうかで一般の認識下に置かれるかどうかの差ができ、その後の人物像等その人に関わる事が資料等形成されるかどうか決定づけされる。したがって歴史の中にはぜんぜん知らない偉人がたくさん存在する。
歴史という物語を中心に考えると人物はキャストになり、本筋からはずれるキャラクターは案外疎外され、全体からコアな世界の中心人物となり一般の認識からは遠ざかって行く。
しかし中にはその特異なキャラクターによってミニマムな世界から、吹出しのように飛び出す人物が結構多いのも特徴の一つだ。

なぜこんな事をグダグダ書くかと言うと、評価されないどころかまったくその存在の顕彰を歴史上でしていない人物がいるからである。地域の偉人と捉えられているが、明かに違うだろうという人物に最近出会った。

久米通賢。(くめみちたか・つうけん)
四国香川県出身の偉人だ。
同郷の歴史上の人物で有名なのが平賀源内である。平賀源内は卓越した発想とアイデアで歴史上名を残しているが、久米通賢も同じく卓越した知能を有する科学者であった。
しかもずば抜けているといっても過言ではないだろう。平賀源内が1779年伝馬町の獄中で死ぬ5年前の1774年に生れている。生まれ変わり説まで存在する。
一般に日本地図を作成したのは伊能忠敬と小学校の教科書で教えているが、間違いではないのだが測量器具の精度が久米通賢の作ったものの方が遥かに優れており、しかも伊能が実測するずっと以前にその技術を持ち合わせていたらしい。しかし高松藩が伊能の全国測量に先駆けて実測するためだけにその技術が活かされたみたいである。当時のヨーロッパの技術と比べても比肩するというより越えていたらしい。この測量の件だけではないその他多数の発明を成し遂げているが、江戸時代の国はすなわち藩であり、結果国内的にしか評価されていない。それは国内(藩内)に相対比較するものがなく、理解しがたい絶対値として奇異な存在でしかなかった。しかし現在の歴史上の相対比較からいくとかなりずば抜けた人物であるのは間違いない。

◆◆◆ 早く人間になりたい ◆◆◆昨日のブログは面白くなかった、突如仕事で壁にぶち当たったのでなんか現実逃避気味になってしまった。本来は別のテーマを用意していたが、テンションが上がらなかった。
私は攻撃をうけるととてつもなく弱い、攻撃側のときは限りなく“いちびって”いけいけドンドンになるのだが、ちょっと攻撃をうけると“どうせ”とか“でも”とかネガティブメーターが振れる。そういう意味ではバブルエイジなのだろうか?よく親父に、おまえらの世代はこんな景気がいい時代に就職して、不景気になったらみんな駄目になるぞ!とよく言われたが、なんか分かるような気がする。安物の温室育ちなんだろう。半熟卵は旨いが半熟人間は手に負えない。


人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





半熟人間で思い出したが昔「妖怪人間ベム」というアニメがあった。普段は人間の容貌だが事情により妖怪に変身する。人間の容貌時に唯一妖怪的な要素は指が三本という点だ。
妖怪だがあくまで正義の味方という設定で何とも言えない寂寥感漂う雰囲気があった。
昔のアニメのダイジェスト版特集がよくテレビの1時間半企画であり、妖怪人間ベムもたまに出てくるが、大抵のコメンテイター役のタレントが触れることが無い。しかし私たち世代にはキョーレツなインパクトがあり、私などは“名作”だと今でも思っている。世の中のブームになった訳ではないが、確実に私たち世代の脳裏には残っているはずだ。
しかし友達同士の懐かしい会話のテーマになることは希なアニメでもある。

ジャズテーストのビートにのった主題歌、“早く人間になりたい”という分かりやすい台詞、
どこかヨーロッパの陰鬱な風景、全く明るさのない、そして明日に向かっての活力を感じないテーマどれをとってもビターな大人テイストであった。子供がおおっぴらにファンというのが憚られるタイプのアニメであった。しかし確実に子供向けアニメであり、制作側のアバンギャルドな感性に感動する。そしてこの手のファンによるインターネットのサイトを見ると間違いなく“おどろおどろしい”雰囲気が漂っている。

私は小さい頃よくアニメを見たが、どうもディティールに異常にこだわりを示す子供であった。この妖怪人間もそうだが、科学者によって造られた妖怪がいろんな事件を解決していくのが大筋であるが、私の興味は別にあった。大抵ストーリーの展開はベム・ベラ・べロの待ち合わせからスタートするのだが、かならずベロが待ち合わせ場所に早くつき待っている間に事件に巻き込まれる。そのことは別段気にならないのだが、私は“こいつらは一体待ち合わせまでどこで何をしているのだろう?”とか“働きもせずどうやって飯食ってるんだろう?”とか“決まって事件に巻き込まれるベロをどうして単独行動させるのか、一緒にいればいいのにとか”とにかくストーリーと違う部分に異常な興味があった。それは他のアニメでもそういう見方を毎回していた。デビルマンが変身するとき服がビリビリに破れるのだが、毎回同じ服を着ているのは同じところで買うんだろうか?その場合毎回買うのにどういう理由を言っているんだろう?店の人は不思議がらないんだろうか?そして地球を守るために変身し服を破るのだがその経費は自腹なんだなぁーとかどうでも良いことをとにかくキョーミを持って見ていた。

◆◆◆ 壷中天 ◆◆◆今から思うと、いろいろ悩みがあった。その時々は真剣に悩み、自身の生活の中でその悩みはかなり大きなウェートを占めていた。しかし今の時点で思い返すと“なんであんな事くらいで悩んでいたんだろう?”と思うことが多々ある。
自分が成長したというよりも経験の差なのかなと考える。もちろん次元が変わっているので同じ悩みが降ってくる事はないため、常に余裕をもって客観的に考える事が出きるのだろう。

しかし仕事の場合は少し違う。自分が経験した事を後輩がもしくは部下がというように完全に客観的になれない状況が介在する。本質は一緒なのだが、環境がその時々によって違い、本筋の解決策は同様なのだが枝葉の部分で躓く事もある。

悩みは尽きる事がない、人間は喜怒哀楽という感情を持ち合わせているがその全てに渡って悩みは存在する。悩みの背面に喜びが存在し、悩みと同居する怒り,怒ってしまう悩み、悩み哀しみ、哀しみ悩み、悩みからの解放策としての楽しみ,,悩む楽しみが存在する。

学生時分は基本的にはバーチャルな世界観で議論をする。いわゆるシミレーションである。同じ悩みに対しても、ネガティブな捉え方をするもの、ポジティブに向かうもの、と両極存在するが意外とネガティブそれも厭世的な考えが出てくることが多かった。
私の学生時分の世相はバブル真っ最中でした。どこか享楽的なにおいが現実世界に漂い、労せずして豊満な世界が約束されているような錯覚がありました。そのせいなのか楽観的で無責任な厭世観があったのは事実です。

あるとき後輩と話をしているとき、テーマとして宇宙の話がでました。宇宙という言葉は知っているが、では実態としての宇宙というと説明がつかない。大体規模がわからないし、“果て”エンド“終わり”があるのか無いのかが解らない。地球にても昔は水平線の向こうは滝になっているという論理が基本であったように、現在一般の我々からすると宇宙の果てについての観念は水平線の向こうは滝という論理と同様である。そんな事を科学としてではなく哲学的論理で考えるとものすごく深みにはまってしまう。地球創生からの時間のなかで我々の人生は、時計に例えると1秒にも満たないという話がよくあるが、ものすごい虚無感を感じてしまう。人に言わすとだから人間の存在はちっぽけで、その人間の悩みなんか鼻くそほどの価値もないという、相対性のかけらもない比較にて論理を展開する。

しかし私はかえってその話は虚無感と虚脱感を感じてしまう。

先日“ぷかぷか”というタイトルでタバコの話をしましたが、もう一つの嗜好品お酒も
私にとっては良き相棒です。
正確にいうとここ5年位でよき相棒になりました。それまでは“べろべろ”に酔うまで飲まないと気が済みませんでした。
私の酒は比較的“陽気”な酒だと良く言われます。暴力を振るったり、泣いたりという事は基本的にはありません。しかし唯一の問題が“寝てしまう”のです。それはどこでも寝てしまうのです。この事による失敗はかなり多いのです。



人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





正体を無くすというのがありますが、私はまさしく“それ”です。起きた瞬間一体どこか解らない事が多々ありました。

その日も大学の友人と久しぶりに会い、週末という開放感も手伝い愉快な酒を飲んでいました。友人の半数が大阪から来ていたので終電の時間で散会という予定でした。
実に愉快に飲み会も終わり各自帰路につき、私も帰りました。
私は乗り換えが1回あり自宅までは約1時間の行程です、終電前だったので余裕でのんびりと電車に乗り込みましたが、週末の終電前という事もあり満員で、まだ初夏前で冷房をかけていなかったので車内はムッとした熱気が充満していました。
「この暑さは酔いがまわるなぁ」と心の中で思いました。酔いがまわると眠くなるので寝過ごしには注意しなくてはとこの時まではしっかりしていました。
乗り換えの駅に着き次の電車に乗り込むとさっきとは違い空いていました。でも座ると寝てしまい乗りすごしてしまうので、ここは最後まで立っていようとしましたが、三角のしっぽを生やした自分が「大丈夫!大丈夫!」と語りかけてきて座ってしまいました。「ちゃんと起きてれば大丈夫さ!」と曖昧な自分と三角の尻尾を生やした自分が語り合っていました。

瞬間両脇が“ぐっと”持ちあがり、「お客さん!降りてくれなきゃ困るよ!」
「えっ?」「なっ何?」
目を薄っすらあけると制服をきた車掌が2人ムッとした表情でこちらを覗きこんでいました。
瞬間なにが何かわからず、ぼーとしていました。
「あのね、お客さんこの電車これから車庫に入れるの!はやく降りてくれない!」
その瞬間、あっ~乗り過ごしたぁ~っと気づきました。
しかし酒が回っていたせいか気持ちが大きくなっており「すいません!すっかり寝てしまって、はっはっ、すぐ降ります」と意外と冷静に答え電車を降りました。しかしこの時はまだ乗り換えて帰れると思っていたのですが、回りを見渡すと電気が消え改札から駅員が私を手招きしていました。「お客さんこっちこっち!」
■  男どアホウ甲子園  ■先日、横浜ベイスターズのクルーン投手が161キロを出した。
私は偶然その瞬間をテレビで見ていたが、一瞬知覚の反応が遅れた。気のせいかもしれないがスタンドも実況も同じような感じを受けた。
それほどすごい事であり大変すばらしいことであると思う。
永年野球ファンが夢みていた剛速球の誕生の瞬間であった。
只残念なのは日本人ピッチャーがこの偉業を最初に成し遂げて欲しかったという気持ちが強くある。

現在プロ野球人気の低迷が深刻な問題として取り上げられている。特にジャイアンツの視聴率の低落がここ数年著しく、ドル箱の放映権も今後はどうなるか解らない状況で、一説にはこれ以上視聴率低下の場合、ゴールデン・プライムの時間帯をはずれ深夜枠(録画)に移行する案まで出ているらしい。

野球人気はいろいろな形で支えられてきたが、一般にはジャイアンツがその牽引役であったとの見解は間違いではないだろう。しかし私は主役ではないにしろ野球人気の側面を支えたものとして“マンガ”が重要な役割を果たしたと信じている。
私と同世代(前後5~10年)の人とは共通の野球マンガの話題が出きると思う。
サッカー人気の下支えをしたのが“キャプテン翼”であることは疑う余地がないのと同様に、往時野球マンガはかなりのチビッ子の野球人気を支えたと思う。今との比較において娯楽の多様化とゆう指摘があったとしても、私は少なからず野球マンガというバーチャルの世界と実際のプロ野球そして自分がやる野球はそんな多様化に負けない自負がある。

確かに面白かった!巨人の星、キャプテン、侍ジャイアンツ、アストロ球団、ドカベン、男どアホウ甲子園、野球狂の詩、等々。
今のマンガももちろん面白いのだが、もっと泥臭く、なんとも言えない心の中にその世界のコミュニティーを作り出してくれるこの時代のマンガは独特のものがあったし、少なからず私はマンガからかなりの知識を得たのも確かである。
荒唐無稽のものもあり、技術的にしっかりしたものもあり、メンタル面を深く掘り下げたものもあり、とにかく面白かった。

特に私は男どアホウ甲子園が大好きであった、阪神と大阪の街を中心にしたストーリーという事もあったが、直球の速さ威力だけで敵に向かう主人公“藤村甲子園”にしびれたものだ。
全28巻、プロ野球のスーパースター長嶋茂雄に4歳の時に出会い、長嶋が引退するまでに阪神タイガースのエースになって対戦し剛速球で三振をとるという、たったそれだけの夢を藤村甲子園の成長を通して物語を展開する。そこには当時の大阪の街、世相の情景描写が細かく盛込まれ、なんとも言えない臨場感を創出していた。

・・・・モロッコの肖像・・・・    モロッコの辰。
本名、出口辰夫。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。

この人も戦後の横浜愚連隊で有名な存在だ。
若くしてヒロポン中毒で亡くなっている。柳葉敏郎主演で数年前映画化されているが、風貌や雰囲気は寺島進が演じたのが良かったと個人的には思う。柳葉敏郎では“影”が無さ過ぎ爽やか過ぎるような気がした。もっと以前には北島三郎が演じたがこれは噴飯ものだった。
ちゃんとキャラクターや背景を調べろよと思わず叫んだ。それと本人も自分には無理だという事を理解しろよと思う。

特に誉められた人生を送った人ではない。
写真と異名から想像できると思うが、おしゃれには相当うるさかったみたいである。
そもそも“モロッコ”という名は映画から来ているらしいが、本人もモロッコに相当行きたかったみたいである。
出かける前にYシャツは自分でアイロンをあて、何時も映画俳優なみにキメ、戦後の横浜の街を闊歩していた。彼の身長は160cm以下で、街でモロッコを知らない不良が見かけると“このチビなにをカッコつけているんだ”と絡んだらしいが、大抵数分でノされたらしい。
その強さの背景にはボクシングがあったみたいである。

戦後の横浜には四天王と呼ばれる愚連隊の頭目が存在し、モロッコはその内のひとりで
舎弟の数も多かったみたいだ。以前インターネットで調べていると戦後横浜の3面記事がありその中に“モロッコ一味大暴れ”というのがあった、確かに戦後横浜のアウトローの中では際立った存在のようであった。
事実、既成のやくざの親分から恐喝することによって収入を得ていたみたいで、横浜中の親分から恐喝していた。とにかく収入は恐喝一本槍でそのやり方が凄まじい、モロッコの辰・金・何円拝借と書いた名刺を舎弟に届けさせるだけで希望通りの大金を手にした。

その後、稲川会の会長と出会うことで既存のヤクザの世界に入ろうとする矢先に死んでしまう。
彼が舎弟に残した言葉。
“俺たちはここ一番の最後の瞬間、逃げずに腹をくくって事に当たれればそれでいいんだ。”“それ以外はたいした問題じゃない”“その時の為に男を磨くんだ”
決して誉められた人生を送った人物ではないが、なにか惹かれるものがあるのも事実だ。
どんな人物でも、人の上に立つ人間には絶対的な魅力が備わっている。ましてやアウトローを束ねるとなるとその人間的パワーは並大抵のものではないだろう。

彼を知る人は数少ないと思う。一般の人間にしたらただの戦後不良の頭目でしかなく、

侠気・おとこぎと読むらしい。
しかし私がこの言葉の意味として理解しているのは、決して男だけの事ではない。性差は無いように思う。
作家の安倍譲二が愚連隊の神様“万年東一”に、この言葉の意味を教えてもらった時のエピソードを種々のエッセイで書いているが、その説明が一番的確であると思う。
“平然と損を承知で物事に向かえる”それが侠気だ。それが出来る人間は全て侠気があるんだ。侠客という言葉は決して“やくざ”を表す言葉ではない。他人が決める善悪ではなく、自身の信念に基づいて行動する人間の事だ。

人気blogランキングへ
よろしくお願いします。。

損得とは一体なんであるのであろうか?
金が儲かる事を得とするのだろうか?こんなに損得が高い次元で捉えられ、行動の指針になるのは一体何時からなんだろうか?
ソニー創業者盛田昭夫さんがトランジスタラジオを持ってアメリカ全土を営業に廻っているとき、ある大手企業の目にとまり大口の契約(創業以来最大)を結ぶ直前まで行った。しかし契約内容を確認するとOEMであったらしい。あくまでも大手企業のブランドで販売するとの事、この時ソニーの前身会社は経営危機に陥っており資金難に喘いでいた。本来なら会社運営上契約を結ぶのが常識であるが、盛田さんはこの契約を破棄した。あくまでもソニーの名のもとにソニーが作ったソニーの製品に拘ったらしい。この時の判断は損であろうか得であろうか。結果的に世界的企業に成長した時点より考えても損か得か?なんかそんな下卑た判断では無いように思う。
自身の信念との問答の結果だと思う。

現在、世界といってもイスラム世界以外の価値観から見た場合であるが、テロとの戦いというスローガンを掲げている。しかしイスラム側から見ると“聖戦”なのだ。自爆テロという戦中の特攻と同じ行為を平然と敢行してくる。“国家”の定義として拉致問題以降、国民の生命と財産の保全と保障という概念が取り沙汰されているが、確かにそうだとは思う、しかし国民側からの国家に対する概念はどうなのだろう、国家の為に生命を投げ出し国家存亡を守るのだろうか?
このイスラム世界の価値観は最終防衛線がどこにあるのだろうか?自身の生命すら投げ出す行為は何故なんだろう。現在のイスラム世界は一国との敵対ではない。
ある論説者が言っていたが、明治維新の尊皇攘夷の志士と同じで各国に同志が散らばっていてアラーの神を中心に糾合されているらしい。アルカイダはさしずめ明治維新時の奇兵隊でヴィンラーディンは高杉晋作のようなものらしい。彼らは損得で動いているのだろうか国家という保護枠も無しに。参加せずにいれば自爆テロなんかせずに済むんじゃないのか?アメリカの標榜する民主主義を享受し、イスラム教を信奉すればいいんじゃないんだろうか、その方が生命と財産が保障され“得”なんじゃないだろうか?
 風の男 白洲次郎である。
この写真は1951年のものである。今から50年以上前の日本人紳士の姿だ。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。

私が初めてこの写真を見たとき、おしゃれとは“かくあるべし”と確信させられました。
それはTシャツにジーパンというアイテムの問題ではなく、人間の内を磨くべしとこの写真は
教えてくれました。
この写真を見たときこの人物の経歴は一切しりませんでした。しかし写真から現れる存在感と雰囲気は只者ではない事を即時に察知させられます。
この写真時、彼は49歳。吉田茂首相に随行する政府高官で、戦後処理のサンフランシスコ講和会議に出席するため渡米した時の一コマです。

【風の男】

戦後日本に駐留したGHQ高官に“従順ならざる唯一の日本人”と言わしめた男。

80歳までポルシェ911を友とした男。

カントリージェントルマン!

全て男としての生き方・哲学がこの肖像からギンギンに50年以上たった今でも現れています。

白洲次郎さんが現在のクールビズをみたらなんて言うだろうか?

多分“馬鹿じゃねぇか”の一言で終わるでしょうね。

人気blogランキングへよろしくお願い致します。
男性週刊誌で“袋とじ企画”というものがある。
ピリピリと破ると特別な企画が掲載されているという、実に中年男性の心理をそそる販売方法がある。しかしいざ見ると“なぁーんや”というものが多い!こんなもの二度と買うかっと思うのだが、これが又買ってしまうのである。実にタイトルやコピーが上手に仕組まれており我々はパブロフ犬のように何度もその戦術に敗れてしまうのである。




人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。






いわゆる“チラリズム”というやつで、古より男子諸氏が甘酸っぱく悩まされてきた性である。どんなに学問を積んだ者も、常識を振りかざす者も、この誘惑の前には“チンケ”な存在に成り下がってしまう。しかし冷静に考えると、この誘惑に対しての男性のパワーも物凄いものが内包されているのも事実である。時として、ある種ドンキホーテのような突進力を発揮する。
一説によると、インターネットの普及は“エロサイト”の賜であるという。確かにむくつけき男性諸氏が深夜コソコソと閲覧しWEBの世界を一般に普及させた側面はあると思う。
「いやー便利になったねー!インターネットやってる?なんでも調べられるよ!」とかと
同僚としゃべっているが、実のところ動機は気軽に閲覧できる女性の裸体なのである。
しかし限りない女性の裸体に対する探求心がインターネットに対しての習熟度合いを高めていくのである。
私などの青春時代(今から25年位前)は今ほどの情報もなく、いわゆる“エロ本”と呼ばれる物が重要な存在でした。しかしエロ本自体を手に入れるのに中学生時分は大変苦労し、深夜友達とコソコソ自動販売機の前に現れ、見張りを立ててコインを入れ、買ったや否やダッシュでその場を逃げるという“電撃作戦”を決行していました。
その後“ビニ本”というアナーキーなものが登場し、かなりワクワクしたのを覚えている。
大体アンダーグラウンドで発刊された時点で問題なのであるが、人目に付かない怪しげな店頭に隠して並べるのにビニールが被っているのである。当時は律儀だったというか奥ゆかしかったのであろう!しかしこのビニールが何とも男性諸氏を引きつけたのではないだろうか!簡単には見れないという制約が我々に対して強烈な“ビーム”を放つのである!!!!

会社の先輩の話であるが、当時出張で四国を担当していた時分(30年位前)宿泊は決まって温泉街だったそうである。ある日食事を終え宿に戻る途中怪しげなおっさんに呼び止めたれたらしい。
ここ数年突如便利な世の中になった。最大の変化はコンピュータの文化であると思う。






人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。





しかしそれよりも凄いのは、この変化のスピードである。私が小さい頃と同じ5年のスパンで変化の状況を考えると、ある意味今の子供は凄いと思う。何事も教えていないのに物怖じすることなくドンドン新しい変化に順応していく。テレビゲームの操作などを見ていると、とてもじゃないがついていけない。
私もマラソン選手がスタミナ切れ寸前のヘトヘト状態に近い姿ではあるが、何とか社会生活を送れるレベルでついていっている。
今ツーカーフォンで話すだけの携帯が売り出されているが、我が家の子供たちは「おじいさんの携帯」と呼んで馬鹿にしている。そんなに遠くない将来ああゆうレベルに自分が立ち入るんだなぁっと思うと一緒になって笑えない。
確かに何事もコンピューターを中心に便利だ、先日もお世話になっている人にお中元をインターネットの予約で送ったが、6月中の早期割引で注文し7月の初め到着というオーダーにした。7月に入ってからお礼の電話を頂いたが、最初何のことかと思ってしまうくらいでした。とにかく人を介在しての煩わしい事が全てショートカットされるのである。

確かに私もこの時代の恩恵を十分ではないにしろ受けているが、こうも人と人のコミュニケーションが希薄で良いのだろうかと考えてしまう。コンピューターを駆使しネット長者なる者が出現し、とにかく時代の寵児として取り扱われている。

先日も嘘の様な話だがある人に聞いたところ、上司がとにかく指示をメールで伝える人らしい。ある意味説教も少なく部下としては良い面もあるのだが、隣のデスクで仕事をしているとプルプルと携帯がなったのでみるとその上司からのメールでした。
“とっ隣にいるのに?” おそらく一斉送信だったと思うのですが、ちらっとその上司を見、返信を隣から打ったらしい。

こういう時代に生まれ育つ子供たちは、どのように人とのコミュニケーションをとるのだろうか?そして、人の死をどのように受け止めるのだろう?
最近のアンケートで“人は死んでも生まれ変わる、死なない”という答えをかなりの子供が真剣に答えていたという事をしりました。一体どうなっているのか、社会病理なのか?とてつもなく、うすら寒い感覚が私を包みました。

昔はおばあちゃんやおじいちゃんが各家に存在するか、一緒に住まなくても近い存在としていました。それは今のように孫にべったりのおもちゃを買う存在じゃなく、ある意味うるさい存在だったと思います。しかし自分が成人を迎える頃、大抵の祖父母は死期を迎えます。そのとき、今まで存在した者がいなくなる恐怖や戻ることの無い時間を体感し、実際の人間の死と向き合います。そういうトレーニングが昔は存在したような気がします。それは気づかない間に芽生え育まれる情愛が深く体に浸透しているから感じる事で、殺伐としたビジネス感覚ネット感覚では到底生まれない事だと思います。今の子供たちが答える“死なない”という感覚は一体どこからやって来たのでしょうか?
 U君の休日天気予報  温暖化である。腹がたつくらい暑い。どう考えても昔より暑くなっている。
吉本のギャグで「8月でこの暑さだったら12月はどんな暑さやろぅ!」
というのが満更笑い話ではなくなる。元気なのは子供だけである。

3連休も今日で終わりだ、しかし子供たちは1週間以内に夏休みが始まる。
休み、特に連休の最終日に何故か子供は体調を崩す。あわてて病院へつれて行くと同じような子供が来ていて満員状態。診察が終わるのに、ひどい時には3~4時間かかるのはザラである。小さい子供の体調の変化は山の天候のごとく急転直下変わる。さっきまで走り回っていたのに突如ぐったり、熱を測ると39度と驚くような発熱を起こす。
また元気に遊んでいる時、ふっと体をさわるとヤカンの様に熱く、熱を測ると39度。
しかし元気に飛びまわっている。とにかく連休の最終日は恒例行事のように39度なのである。

今日も例に漏れず恒例行事が開催された。機嫌よく39度の熱を発症、ルンルンと病院に直行したU君。
U君は恒例行事の主役です。
しかし以前、主役のU君も大ちょんぼをし、我々に大恥をかかせてくれました。

その日も休みの最終日でした。食事のあと確か午後7時過ぎだったと思うが、突如
「あっいたたたたたたぁー」と大声でU君はお腹を抱えました。
あまりにもその様子が激しかったので、私も嫁も“盲腸か?”“なんか別の病気か?”と慌ててしまい、食後の片付けもほったらかしにKyoちゃん(小6長女)を積んで車で病院へ直行しました。
病院へ着くと、我が家以外にも恒例行事に見まわれた家庭が多く満員でした。もちろん時間外診察で近所で小児科は一軒しかありません。
受付を済まし体温を測り呼ばれるのを待合でじっと待っていました。その間U君はぐったりとお腹を抱えたままで苦しそうでした。
想像以上に混んでおり午後8時に病院に入りましたが、10時になっても呼ばれませんでした。10時を過ぎようとしたとき、

“ ぷぅ~ん ”    っと、とてつもない臭~い匂いが家族を包みました。

その直後U君はそれまでの苦痛が嘘のように元気を取り戻しました。
私と嫁は顔を見合わせ、「U君、おならした?」
「うん!なんかお腹いたぁなくなったでぇ!」
「・…………」

家に着くと11時を廻っていました。(涙。。。。。。。)

人気blogランキングへよろしくお願い致します。
 花形敬のスカーフェイス 花形敬である。
スカーフェイス。
愚連隊である。

人気blogランキングへ
よろしくお願いいたします。。

最初に彼の存在を知ったのは、20歳だったと思う。
きっかけは本田靖春の「疵」という本だった。彼は実録物として東映で3度映画化されている。最初は菅原文太、2回目は陣内孝則、3回目は哀川翔である。


にほんブログ村 日記ブログへこちらもよろしく!!



戦後の混沌とした時代、既成の権力が瓦解し新興の勢力が台頭した時代に、やくざや暴力の世界も、新しい波が全国であったみたいだ。特に首都・東京では凄まじい抗争で権力争いが繰り広げられており、既存の博徒・香具師がこの愚連隊に駆逐され、花形敬もその渦中に身をおいたひとりであった。しかも彼らの多くは大学中退で英語を駆使し進駐軍よりマシンガン・ピストルを仕込み連戦連勝街道を突き進んだ。当時インテリヤクザという言葉が当てはめられた。しかしやくざではない、愚連隊であった。

一般にはこの時代(戦後~昭和30年代)の愚連隊で有名なのは、渋谷を抑えた頭目の安藤昇と新宿を抑えた加納貢なのだが、なぜか私はこの花形敬に惹かれた。

花形敬の詳細は「疵」を読んでもらえばいいのだが、客観的には腕っ節が強い青年というだけである。しかしその腕っ節が伝説になるくらい半端じゃなかった。
彼は自分の事を「はながたけぇ(鼻が高ぇ)」と言っていたらしい。その通り喧嘩はすべて
真っ向勝負の素手ゴロ(素手の勝負)だったらしい。それは本職になっても変わらないスタイルだった。ずばぬけた体力で都内でもその名が“鳴り響いていた”らしい。
あの麻雀放浪記の色川武大も、その存在を遠巻きに見ていたらしい。

彼の伝説を大きくしたのは、組内の憎しみを買い、抗争でピストルにて2発撃たれたが病院に行く事もなく治癒させた不死身伝説と、なによりも当時絶頂だった力道山と一対一で睨み合い1歩も引かず、力道山を屈服させた凄みである。それ以外も彼の強さを上げれば枚挙に暇が無い。

私が彼に興味を持った最大の理由は、彼の人生もそうだが、肖像をみたいという1点だった。
どんなやつなんだろう?これが一番の理由でした。

過去に3枚の肖像を見た事があった。すべて雑誌に掲載されたものだ。最初は殺害された新聞記事、後の2枚は宴会場の姿と海水浴でのスナップだった。しかしイメージを満足させてくれるものではなかった。
その後もインターネットや様々な所で調べたが見つかりませんでした。インターネットの掲示板で東京のどこかにニュース映像が残っていて閲覧できるという事を知ったが、到底行く事もその場所もわからずそのままになっていました。

1 2 次のページ> 1/2page
カテゴリー
にほんブログ村 日記ブログへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
キーワードアドバイス
ツールプラス

Powered by SEO対策
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加

ブックマークプラス by SEO対策

最近のエントリー
カレンダー
< 2008年05月 >
27 28 29 30 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
サーチする: ?
Amazon.co.jp のロゴ
Google
「甘いのが好きでも嫌いでも!男性におすすめスイーツ」特集
SEO|SEO対策 SEO対策でアクセスアップ
メッセージお待ちしてます!!junca
人気!人気!ランキング

PING送信プラス by SEO対策

はてなRSSに追加
livedoor Readerに追加
My Yahoo!に追加
Googleに追加
goo RSSリーダーに追加
Bloglinesに追加
Technoratiに追加
PAIPOREADERに追加
newsgatorに追加
feedpathに追加
Powered by SEO対策 RSSプラス
最近のコメント
よくわかるよ… (ジャマイカ)
2008年1月19日 10:26
管理人様、シンプルなランキングサイトができましたので是非ご参加下さい。 今なら上位表示確定です。 宣伝失礼しました。 (シンプルM)
2007年12月26日 17:36
オメー☆ 楽しく読ませて貰ってます☆ぉじゃましますo((=゚ω゚=))o  私はおもしろ・びっくりNEWS、笑・泣コピペ、おどろきトリビア、... (辻)
2007年12月1日 04:24
吸い過ぎ防止グッズのご紹介。 節煙補助具「タバコタイムスケジューラー」 詳しくはHPをご覧ください。 (小川)
2007年12月1日 01:16
juncaさん、こんにちは。 現在上映中の仮面ライダーTHENEXT良かったでーす! お父さん世代は、思いっきりストライクのようです(笑)。 (つきちん。)
2007年11月10日 18:40
はじめまして カワセミが飛んでる場所に住んでいらっしゃるんですか? 自然が残っているんでしょうね。 こちらにもびっくりな話題を投... (クリッペディア)
2007年10月23日 11:37
キセイ様ありがとうございました。 (junca)
2007年10月6日 00:44
初めてCAROLを聴いたときの衝撃は30数年たった今でも忘れません。 永ちゃんの嬉しい所は、何時も前を走ってくれる事。 この話はホント?.. (キセイ)
2007年10月5日 18:42
紹介性のアフィリエイトです。一人の紹介で1000円の報酬が貰えます (ヤン)
2007年9月4日 00:12
3バルカンは・木圭子ずペットの亀 。浮気の羊羽子を提出でぃ、『空色でぃ』ッズ ・降り痕3位?まりがたいマリガタシ。 (ナターシャ クドー)
2007年8月1日 16:26
最近のトラックバック
野鳥 カワセミ・翡翠
都立水元公園では野鳥を見ることができます。かわせみの里では一日に2~10回程度は...
2008年3月7日 21:19
大谷吉継 関ヶ原に咲く
佐和山の親友・石田三成に味方することを告げた大谷吉継は7月14日 大坂城に戻っている。この頃名に名を吉隆に改めているようだ。理由は...
2008年2月15日 13:26
グレープフルーツ酒
※グレープフルーツの栄養と効能  グレープフルーツにはビタミンCがたっぷり含まれています。そのうえ、皮には有機酸が含まれており、...
2008年1月27日 09:50
長寿県1位 男は長野、女は沖縄
厚労省の「2005年都道府県別生命表」によると、平均寿命が最も高い都道府県は、男性が長野(79.84歳)、女性が沖縄(86.88歳)だったようです...
2008年1月15日 00:07
映画館に人を呼んだのは映写技師!?
◎わくポン成功事例・・・映画館 ②■映画館に人を呼んだのは映写技師!?はじめは、映画館のフロントスタッフが、暇な時間に 映画の宣...
2007年12月20日 08:59
アーカイブ
読者登録
メールアドレスを入力して登録ボタンを押してください。このブログの新着エントリーをメールでお届けします。
読者登録:
[解除はこちら]
Profile
junca
年齢 41歳
性別 男性
所在地 京都府
血液型 O型
junca's Blog
[エントリーの作成・編集]
カウンター
1,220
930
1,025
1,607
1,128
1,167
989
885
1,030
479
5

8
5

9
5

10
5

11
5

12
5

13
5

14
5

15
5

16
5

17

総アクセス数:32,491件
(30日前~昨日までの総数)
QRコード
qrcode
RSS 2.0
RSS 1.0
ATOM 0.3
XHTML 1.0
CSS
WaBlog