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2005年11月
 誕生日  11月30日。。

今日は誕生日、39歳になった。
だからどうという事はないのだが、誕生日だ。。
誰かに言うと、なんか“おねだり”しているみたいなので中々言えない。。。。。


39年前生まれた時は、2,800グラム。比較的小さいほうであった。

体も弱く、物心つくまでは、かなりの泣き虫で、母親が心配したみたいだ。

現在、親が住んでいる家に引っ越してきたのが35年前、それまでに2回住まいが変わっている。

生まれてすぐに住んでいたアパートはもちろん記憶にない。しかし僅か数枚の白黒写真が残っており、当時を想起させてくれる。

そしてなぜか“ちんちん”を撮った写真が、このころの男のあかちゃんの場合、どこの家にも結構存在する。何故だろう?と以前は思っていたが、自分が父親になり息子が出来た時、

“うーん解るような気がする!撮っておこう!”となる。

多分理由は3つある。一つは「おまえ!こんなラッキョみたいな”ちんちん“してたんやぞぉ!」と言えるのと、もう一つは客観的に自分自身の成長を感じられるモチーフとなる、そしてなによりも可愛いのだ。

“うーん、大きくなったなァ!!”むすこのむすこも!

その後引っ越した“平屋の長屋”は記憶にある。
父親に手を引かれてよく銭湯にいっていた。毎晩父親と怪獣ごっこもしていた。
この頃の写真で印象的なのは、ランニングにパンツそしてヘルメットを被っているのものがある。

そのヘルメットには!

【全ガキ連】

とマジックで太く書かれてあった。。今思っても洒落が効いてて面白いなァ!と感心する。それと今は無き世相も反映しているなぁ!と考えさせられる。。
このころより物心がつく。

この時分の母親の映っている写真を見ると気持ち悪くなる。

「俺とそっくりやん!」
「なんか、俺が女装したみたいな。。。。。」

ものすごい強いDNAを感じる。

そう言えば自分の子供が出来た時も感じた、「俺の小さいときにそっくりやん!」と感じた。

金太郎あめ親子だ。。

先日近くに住んでいる小学校時代の同級生の女性に、下の男の子U君の事を言われた。

「びっくりした!あなたにそっくりなんで!顔ももちろんだけど、しぐさや、うーん、なんていうのかなぁ!雰囲気が!!」


脈々とDNAが受け継がれている。。。。
  釣りキチBoys 参 チャリンコで走る事2時間。

やっと秘密の釣り場に到着。

行くのも帰るのも友達同志のグループ、収獲を夢見るのも皆平等。
しかし釣り自体は個人のゲーム。
競争でもある。釣れる子もいれば、釣れない子もいる。全員釣れない事もある。
しかし連帯で結果を得るものではない。

目聡い近隣のチビッ子は、この場所を察知しており、到着すると数名のグループが存在していた。しかし明かに秘密の釣り場然としており、子供心に緊張が走った。。。

確かに“居そうだ!”

いよいよスタート。

何投もルアーをスローイング。しかしまったくヒットはなかった。

ある意味釣りも才能である。道具の優劣ではない。独特の嗅覚が必要で、俊敏な反射神経と感性が必要である。ここにハッきりしない実力の差と運の違いが存在するのだが、子供にはそんな事皆目見当もつくはずもなく、我こそはと貪欲に獲物に向かって行く。。

一時間後、M君に“ヒット”!!!

「きっ、きたぁー!!うぁあぁあぁぁぁ!!!」
皆おどろきと興味で走って行く。。

「ほっほんまや!ごっついんちゃうかぁ!」
M君。。
「。。。。。。。。。。」
竿がしなり、リールを巻く。数分後一気に釣り上げる。

見ると“ナマズ”だ、なんと50cm以上ある。
「うわぁ!ナマズやん!ごっつうぅ!ええなぁ!」
と集まった我々全てが羨望の眼差し!立派なひげを生やしたナマズが、口をパクパクさせ草の上に横たわっていた。。
当時確か“スピナー”と呼んでいたルアーでイヤリングみたいな形状、本にはマスなんかのサケ化向きと書いていた。

釣り上げたM君は自慢げだった。

俄然みんなの気持ちが、俺も!と一気に盛り上がった。

“くっそぉー!次は俺や!もっとデカイの!”

しかしその後まったく誰のロッドにもヒットはなかった。
悔しいから、誰も帰ろうとは言わなかったが、いよいよ薄暗くなり

「なぁ、帰ろかぁ。。。」
「うん。。」

と皆、しょんぼり帰路に着いた。

帰ると皆、M君の家までついていった。M君は釣った大きなナマズを“大きな水色のゴミ箱”に入れた。皆で覗きこんだ。

「おおきいなぁ」
「うん。」

その後何回か秘密の釣り場に行ったが、結局私は釣れなかった。

そして何時の頃からかブームは沈静化し、個人として趣味になるものもいれば、それっきりの者もいた。私はどちらかと言うと後者で、その後釣りに対しての興味をもったまま忘れて行った。

数年後、確か高校生だったと思う。ある休日の朝、家の裏に探し物を取りに入った時、フッッと竿が目に入った。“あっ!子供の時分のや”と懐かしさもあり当時の一式を引っ張り出した。

  釣りキチBoys 弐 チビッこ釣り師軍団は毎週末、近所の釣り場?(川・野池)を席捲していた。

しかしルアーの対象魚となると限られてくる。近所の川には“ふな”や“鯉”しかおらず
ルアーの対象ではなかった。

我々の子供時分には、現在ほどブラックバスが知られた存在ではなく、居たとしても琵琶湖くらいであり、子供同士では到底釣りにいける対象ではなかった。

結局、追っかける魚は、“ナマズ”“雷魚”になるのだ。

私は今でも“ナマズ”という魚が大好きだ。ひげを生やした愛嬌のある顔と、他の魚と形態がまったく違う個性的なフォルム、なにより釣りキチ三平でもよく取り上げられる魚だったからだ。

しかし都合よく何処にでも居るわけではない。

私達の街の近辺に、案外いないのだ。。。

しかしある時、ナマズが一杯生息する“秘密の場所”を発見したのだ。大きな川から小さな川へ側面から合流する場所で、遮断し田畑に水を供給するシステムがある場所だった。比較的水の流れがなく、澱んだ状態の場所で、ナマズや雷魚にとっては恰好の住処であった。

そして永年釣りをするものも少ないため、大きいのがいたのだ!

ある月曜日の朝、その情報は持ち込まれた!!

「おっおい!みんな!あっ、あったどー!」
「なになに?」
「ナマズと雷魚がウジャウジャおるとこが!」
「えー!ほんまか!どこや!」

「ないしょ。。」

だったら教えなきゃ良いのに。。子供時分必ずこういう“イケズ”がおるのだ。。

「そんなこと言うなよ!友達やんかぁ!なぁ頼むわぁ!」
「あかんあかん!みんなで行ったらおらんようになる!」
「なんでぇ!さっきウジャウジャおる言うとったやろ!そんなケチなこと言うなよ!」

「うーん!仕方ないなぁ、ほんなら。。。。。。」

とある種の子供同士の取引を開始し、無事、数名教えてもらい、その週末皆で行く事になった。。なんと1週間が長い事か、日曜日までとにかく我慢我慢であった。

“ウジャウジャおるからなぁ、大きいのが!どうやってもって帰ろうかなぁ?”
“もし、釣りキチ三平が釣るみたいな大物に引っかかったらどうしょ!川の中に引きずり込まれるなぁ!着替えが要るかなぁ?”

と、夢をみるというより、誇大妄想に取り付かれていた。。

そして待ちに待った日曜日の朝、皆で集合し目的の秘密の釣り場へ行く事となった。

「ところで、どこなんその場所?」
「H市のK川の側。」
「えーー!どこなんそれ?」

分からないくせに驚くのである。。なんせ秘密の釣り場だから。。

 釣りキチBoys 壱 先日出張で東京へ行ったとき、帰り際時間があったので
久しぶりに表参道から渋谷へ向かって散策した。

散策には理由があった。KYOちゃんとU君への“おみやげ”を探しにいくのが目的であった。

23日という祝日でとてつもない人出があり、JRの渋谷駅前はてんこ盛り、センター街はほとんど歩けなかった。人波に酔った感じになったので早々におみやげを決め、この場を退散しようと決めた。手っ取り早く決めるためLOFTに入りおもちゃ売場風のフロアーに直行した。

あまり高価なものは買えないので安い物を中心に探していると“知恵の輪”が目に入った。

“なつかしいなぁ”と思い手にとって選んでいると、脇から若者が次から次へと手に取り買っていく。

“おっ!新しいのがある”とか“このタイプはまだやってないなぁ”という事を言いながら買っていくのである。

流行に疎い私であるが、さすがに短時間にポンポン売れていく様を見ていると“流行っているのかなぁ?”と考えさせられた。

自分の知らないところで、小さいながらも“ブーム”みたいなものが存在するんだなぁ!

確かに他の商品に比べ展示什器や商品数も多かった。

帰りの新幹線の車中、フッと小さい頃を思い浮かべた。。。全国的なブームになるもの以外に、クラスでブームになるものが結構あったなぁ。。

ペット、プロレスごっこ、等々

大体、私の時分の小学校は一クラス40名程で、男女半々であった。そのうち男子の半分位が、このクラス内ブームに参加していた。

私のクラスで一大ブームを巻き起こしたのが“釣り”だ!

私たち京都の人間の釣りは基本的に川か池だ。周りに海が存在しないから、おのずと子供同士の釣りとなると近所の川へとなる。

ブームのきっかけは、京都市内から転校してきた二人の男の子が持ち込んだルアーだった。

この時分にルアーという釣り方がボツボツ国内で行われるようになり、今の隆盛を極めるまでになる。そう!今から約30年前だ。

そしてそのブームを支えるバックボーンとなったのが“釣りキチ三平”という漫画だった。

今から思うと素晴らしい漫画だった。釣りというテーマを通じて大自然、人間の知恵、環境問題等、現在でこそスローライフやいろんな意味での自然回帰や環境保全の問題を提起する書物がたくさん存在するが、この時分子供に向けて人間をはぐくむ自然というテーマを投げ掛けていたのは、この漫画だけだったような気がする。(あと闘犬の漫画があったような?伝書鳩も。)

 CROW西村真悟民主党衆議院議員が非弁活動疑惑で現在耳目をあつめている。


彼は比較的テレビメディアにも登場していたので、この事件に対してのマスコミの関心も高い。

今日のニュースを見ていると、事実上違法行為であった事を認めたようで、弁護士資格を失い、来週には議員辞職の問題が噴出するだろうとのおおよその見方みたいである。


当然の流れで最終的には政治家としての弱体化は免れないであろうし、体力がなければ政治的に抹殺されるであろう。


彼の父は故西村栄一・民社党委員長。かなりの策士で、あの昭和政治史の中でも希有な政局として後世にも残る「バカヤロー解散」を仕掛けた張本人だ。あの吉田茂を国会答弁で追い込み、小声でつぶやいた「バカヤロー」という言葉を聞き逃さず、大きな政局へと誘導した人物だ。野党議員としては、現在の無能な議員とは比較にならない智者だと想像できる。


西村真悟の父親は記事でしかしらないため、実際にはどのような雰囲気だったかはわからないが、西村真悟はテレビでよく見かける、その独特の雰囲気は他の議員とは少し違う。それが父親譲りなのかどうかわからないが、顔は笑っているが、目はするどく鉛のようだという印象が私は強い。話ぶりも言葉を選ぶ様なのだが、当たり障りのない言葉を選ぶというよりも、相手の急所をどう付くかを無表情で探るような、自己の主張を如何に効果的かつ脅威として印象付かせるかを集約するような明確な文言、話しぶりで、その様子も私にとっては他の議員に比べると強い印象がある。なによりも終始無表情で一定の感情の枠内、しかもかなり幅の狭いゾーンを振幅するような状態が、ある種の魅力でもあった。

今回の件は自身も認める不法行為であるので、社会的制裁を加えられ自省せざる負えないが、しかし疑問が少しある。事件そのものに対しての疑問ではない。

なぜ今なんだろう?

という事が私にとってはかなり興味があり、問題がメディアで流れた瞬間から疑問があった。

彼のキャラクターを客観的に見た場合、次の3点に大きく分類出来る。

?? 超タカ派(核武装論者)
?? 野党議員
?? メディア露出が高い

ここからは私見だが、
現在、国政は諸処の問題はあるが、外交を中心とした大局的観点から国際上の日本という存在と、今後の日本の執るべき立場が大きくクローズアップされている。それは自民党結党50周年、党是としての憲法改正と自主憲法制定に象徴され、その箇所が問題の根幹であるような論調が盛んである。

 カレー臭??加齢という言葉をつい最近まで知らなかった。

だから最近巷の話題によく上がる“加齢臭”も実は、“カレー臭”だと思っていた。

“なんで年いくとカレーの匂いがするんだろう?”と真剣に思っていた。。。。

こっそりと脇の下なんか嗅いだりして、“うーん、少しカレーの匂いがするかなぁ?ボンカレー?”というような事を、少し前まで隠れてしていた。

ある時、新聞を読んでいてこの文字にぶつかった!“加齢”うん?カ・レ・イ?

☆ !!カレー=加齢!そうか!

他人に聞かなくてよかったぁー。。。。  思いこみとは恐ろしい。。

そう言えばある人が、こんな思い違いをしていたという話を聞いたことがある。

巨人の星のオープニング曲の一節に“おもいこんだら~”というのがあり、その時のアニメのシーンが星飛雄馬がグランドの地均しをする石のローラーを引いているのだが、ある人は、そのローラーの事を永年“こんだら”だと思っていたらしい。確かに文脈から間違いではないのだが、普通“思い込んだら”くらい分かるだろーっ!なんで“重いこんだら”になるのぉーてな具合になるのだが、人の思いこみとは実にそんなものなのだ。。。。

以前ミヤケマイさんの作品に寄せるエッセイを読んでいて、思わず微笑んだのが

「手持ちブタさん!」だ。彼女は永年「手持無沙汰」をそう勘違いしていたらしい。そしてその状景を絵にしているが、これが実に“かわいい”のだ。

このような間違いは可愛いのだが、私のような間違いは、単なるボキャブラリー能力の欠如でしかない。そしてなんともジジクサイ匂いのする間違いが、どうにも、なんだかなぁ~なのだ。。

話しは加齢臭に戻すが、確か1・2年前のテレビを見ていると、この加齢臭の事を調べる女性研究員のことを取材していた。確か資生堂の香水を開発するスタッフで、永年の研究により加齢臭の成分を突きとめたらしい。実際に彼女が合成した加齢臭と思しき液体を試験管に入れ、テレビスタッフが町行く若い女性に匂いを嗅がせ意見を聞いていた。すると。。

「いやーん、おじさんの匂いがするー!くさーい!」

との反応。。どうも具体的におじさんになると体から噴霧する揮発性の成分が存在するらしい。

化学が証明した瞬間だ。。

そんな事調べてどうすんのぉ。。神秘のままでいいじゃない。。

大体、香水の原料も、もとは獣のオスの体臭からで、何万倍にも薄め調合して作ると聞く。元々メスに対してのセックスアピールのもので、良い匂いものではない。だから体臭が臭くても本来なんら問題はないのだ。元来臭いもで、女性のDNAが反応するようになっているはずなのだ!

 結納 実は、今日は結婚記念日だ。

東京出張からさっき帰ってきた。だから結婚記念日には不在であった。

嫁の機嫌が悪くならない様に、時間を見つけ、日本橋の三越へ贈り物を買いに行く。手渡しは流石に恥ずかしいので配送してもらった。

おそらくこれで年末までは、ご機嫌の方も“もつだろう”と勝手な推測をしている。

もう結婚してから13年になる。
今年39歳。なっなんと人生の“三分の一”も一緒に生活してるのかぁー。。。。。。。。

私の上司は結婚して25年。

「あー、愛情?そんなもん!今や老後を一緒に生きていく同志やでぇ!そやな、さしずめ愛情から、いまや“友情”やなぁ!はっはっはははは。。」

「。。。。。。。。」

思い返すと、特別な意識も気概もないまま、流れの中で結婚したような気がする。正直笑われるが、新婚旅行から帰ってきた時、思わず“お疲れさん!!!”と解散するような、“あー楽しい旅行だった”みたいな、親が聞いたら怒るような、なんかとんでもない心情でいたのは真実だ。

えー?一緒に暮らすの?なんでー?みたいな。。。。
重ね重ね言うが、実際まったく実感として分かっていなかったのである。。。。。
せいぜい“ラブホテル代”が今日から要らない、位の意識だったような気がする。。。。

流れに任せてと書いたが、まったくその通りで、結婚式もはっきりいってどーでも良かった。
今の若い人達のほうがよっぽど立派だ。会費制のパーティーや、古式ゆかしい神前や、色々真剣に考えている。

私などは、まったく考えがなかった。全て、“あっ、それでええやん!”全部それだった。。
親から結納は?と聞かれ、“あっ任せるわ!なんか分からんけど金もっていったらええんやろ!”というような程度だ。
仲人は?

うーん、なんか会社の上司とかいややん!辞めるとき義理がかかるから!叔父さんにしてもらえんかなぁ?

頼んどいて!

全てがこの調子だ。。。今こんな若者が私の前に現われたら間違いなく“ぶん殴る”。。。。。。。。。。

結納も叔父さんにご足労願い、嫁の実家へ。私が運転手として。

「叔父さん今日はすいません。お休みのところ、申し訳無いです。。」
「いやいや、いいよ!気にしなくて!それよりなぁ問題が!」
「どうしたんですか?」
「うーん。。」
「僕なんかまずいことしてます?」
「違う違う。いや、結納飾りやけど。。」
「あー、今日、床の間に飾りますよね。鶴とか亀とか。」
「なんか難しそうなんや、コレが!!初めてやからなぁ。。大事な式やからなぁ。。」

 東京行東京へ出張だ。








今回は21~23日の3日間。

ほとんどビックサイトにいる。どうも付焼刃の感が否めない。。。

いいことがあればいいのだが。。。。

そんな甘くないだろう。。はぁ。。
ジャニス・ジョップリン/パールなんだかなぁ。。という1週間だった。



しかも、1日純粋に遅刻してしまった。。。。。。


この時期の布団のぬくもりは最高至福の喜びで、家族、子供、部下そんなものより“ぬくぬくとまどろむ”あのお布団様の心地良さに完敗してしまった。

お釈迦様に抱かれたらあんな感じだろうか?(。。。。)

モラトリアム!我々が学生時分に少し流行った言葉であるが、今週はなんかそんな1週間だった。会議会議の連続で正直少し疲れた。会議は嫌いではない、私にとっては普段鬱積するものを一気に自己主張できる場なのだが、会議の流れで、ともすれば会議後自己嫌悪に陥ったり、議案如何で集中放火を浴びたりと、結構気苦労も多い。問題があるから会議して進展しようとするのだが、実際は、“まぁその件は、うーん、とりあえず”みたいに雲散霧消するのが常であり、上席の人間が抱える問題であれば特にそういう帰来が顕著で、どちらかというと報告や提言というよりも、慰め会のようなものに変貌する。

実に、なんだかなぁ。。。なのだ。。。
しかし我々サラリーマンはそんなことを繰り返し、居酒屋会議に向かうのである。。。
最後アルコールの力を借りるどころか、奪い取り、俺こそが救世主のように変身して帰宅するのである。。。

まぁ健全なのかもしれない、ある意味。。。

なんかそう考えると、ずーっとモラトリアムみたいな感に陥る。

なんか、ハッきりせんままずーっときたなぁー。。みたいな。。

今は“お酒”という存在があるが、若い時分はなんで自分を盛り立てていたんだろうと考えると、私自身は音楽だったような気がする。

中学2年の時、1年がかりで親に頼んでオーディオセットを買ってもらった。いまでも覚えている25年前、25万円した。パイオニアの最新型だ!はっきり言って分不相応も甚だしいのだが、とにかく自分の部屋に鎮座マシマシやってこられた!

中学高校とやはり流行りの音楽が中心で、高校に入るとTVで頻繁に海外のアーティストのプロモーションビデオが流れ出した。1980年代。

様々な物を見、いろいろ聞く様になっていった。この当時日本の歌手はほとんど聞くことは無かった。

大学に入るとバンドをやっている友人T君が頻繁にカセットテープをくれた。
本をもらっても案外読まないが。。音楽は簡便さがあるのか、すんなり全て聞いて行った。

「これ、めちゃええぞ!」
「うん!ありがとう」
と彼から渡されるままに聞いて行った。

基本的に彼はR&B派だ。だから必然的に私もその世界に入っていった。

  花形敬のスカーフェイス5花形敬がなにかの嫌疑で連行される映像の写真。

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久々の花形敬だ。。。。
花形敬のスカーフェイス
花形敬のスカーフェイス2
花形敬のスカーフェイス3
花形敬のスカーフェイス4



少し訂正したい事があってエントリーする。

以前花形敬の映画をつくるならキャストは木村一八かなぁ!と書いたが訂正したい。


佐藤浩市だ。彼しかいない。

根拠はNHK大河ドラマ”新撰組!”の芹沢鴨が実によかった。

傍若無人さと、人に理解してもらえない虚無感と孤高にならざるおえない寂寥感。

少し荒削りで細かい機微までは表現しきれていないが、でも良い!!

少し育ちの良さがチラチラみえるところも。



渋谷物語、期待してなかったが駄作だった。。。

エンディングで登場する安藤昇が、老人になったなぁという点のほうが印象にのこってしまった。




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おそらく彼が“世に出る”までの経路は、龍馬がゆくのようなものではなかったと思う。もう少し泥臭い現実的な、ともすればゲスな手段が多々あったんじゃないかなぁと思う。実際問題として日日生きていくための金銭収入が必要であり、収入を得る手段が存在しないと活動その物ができない。だから大きな権益の“手先”的仕事は、主義主張を殺してでも行うという最低限の行動原理が必要となっていたはずだ。

それはイデオロギーを背景にした過激派のようなものではなく、最終目標が俯瞰した大きな価値変遷をおぼろげながらもにも存在させた形で。

坂本龍馬が生きていたら“あの三菱”のようなものを作れたであろうか?

無理だと思う。

もっと政商の色が強い組織になっていたであろうし、では小佐野賢治や児玉誉士夫のような利己的なフィクサーのような存在になっていたか?というとそれも少し違うような気がする。

しかし、黒幕であることは間違いなかったかなぁとは考える。

権力の中枢に擦りより、権力中枢の食指が動くプランを立て、権力の中枢に良い様に使われるフリをしながら実は権力を使い、自らの大志ではなく野望を完遂しようとしたのが彼の本質的行動原理だったのではないかと考える。

この権力中枢が動くプランこそが大事であり、その洞察力が優れていた。藩という小さな国家のシガラミがないからこそ見えるものが存在したんだと思う。そして大きな儲けを提示できるプレゼンテーション能力に長けていた。手先からプランナー、もしくはコーディネーターに変貌していく過程が所謂“小説”の英雄像に変貌していったんだとも考える。

彼は決して自身が武士という階級ではないということを強く意識していたんではないだろうか。便宜上武士になっていただけで、本質的には武士などはイデオロギーの仮装でしかなく、イデオロギーだけで行動していても飯は食えないというか、生きていくためという本質にいち早く気づいたんじゃないだろうか。民主主義なんかも知識としておぼろげに知っていただろうが、最終的には資本形成が今後の世の中を大きく動かす鍵になる最大の原動力で、その資本を国益、藩ではなく国家にかなった形で生み出す人間こそが世界と対等な国家観を有する人材じゃないかと考えていたんじゃないだろうか。政治・軍事という世界標準の武器を携えないと、資本形成上の侵略ができない。

だから、藩という概念が行動原理の西郷・木戸という存在を、坂本は案外“馬鹿”にしていたんじゃないだろうか?
私なりの龍馬ストーリーといっても大げさなものではない。

ごく自然な考えから来る部分である。一体彼の金銭的な援助部分は?ということが起点である。そもそもどこから金が出ていて、一体その金の意味するものは?

大抵の維新の志士とは“藩”という帰属組織が存在する。浪人と呼ばれる人達が多く徘徊した時代であり、そういった人達も志士と呼ばれていたが、実際の時代の表舞台で活躍した人物は藩の人間である。

そういった中で、一体坂本龍馬はどの様に反体制側だけでなく、保守組織の中枢に近しい関係を築けたのであろうか?

彼は帰属組織から逃避(?)した人間で、行動上の論理根拠が希薄な存在であり、単純に考えても与信が実に少ない立場であったはずだ。

脱藩初期、彼の行動上の資金は一体どこから出てきたのであろう?実家?それもあったと思う。しかし事業に近いものを起こしてからではなく、起こす前の資金は?豪商の後ろ盾は存在したであろう、しかし彼の行動根拠は基本的に他の志士のような革命戦士としての資金依頼ではなかったはずだ。

そして薩摩や長州、幕臣の勝というその時代の綺羅星の如き逸材とどの様に交流が結べたのであろう?

現代に起きかえると、大企業や代議士という存在に対し、突如出現したベンチャーの青年という関係に近いと思う。たしかに旧知としても、一定の利益原則にしたがって行動しているもの達にとっては、只それだけのものでしかない。自分達に具体的利益をもたらす事が無ければ“知り合い”という関係でしかない。

そう考えると多くの疑問がある。

一体どうやって跳躍力を発揮したのであろう?

坂本龍馬の人間的魅力の本質はそこにあるのではないかと私は考える。。。。。

つづく。。
今日は11月15日、坂本龍馬が生まれた日で死んだ日だ。

といっても現在の月日との整合性となると旧暦という事と、どうも生誕に関しては出生記録など無い時代の誕生日であるため真偽は定かではないらしい。しかしまぁ通説として定着しているので、学者でも研究者でもない私としては、英雄らしさという点でずーっと肯定してきた。なによりも自身の誕生日11月30日に近しい日にちであることが少しお気に入りでもある。

多くの人がそうであるように、司馬遼太郎の“竜馬がゆく”から私も大変な影響をうけた。中学2年の夏休みに親戚の家に遊びに行き、何気なく見た書棚に綺麗に文庫本全8巻が並んでいた。特に意識してではないが、なんとなく手が伸び、1巻目を開くとスルスルと文章が頭に侵入してきた。気がつくと滞在している数時間で1巻目の三分の一位を読んでしまい、結局お願いして全巻を借りる事にした。全巻読むのに幾日もかからなかった。

明かに価値観の広がりが生れたのを記憶している。ある意味で小説の構成なのだろうが、愚童が最終的には日本を動かすという、今までの伝記ものとは違うダイナミックさに伸びやかな感性を感じた。

自由、自由な発想、人間の大きさというそれまで観念すらなかった価値観がムズムズ芽生えたのを昨日のことのように覚えている。

単純なわたしは至極感動し、伏見の寺田屋で大きなポスターを買い、長らく部屋に貼っていた。
その感動は大人になった今もそう変わることはない。。

四国に頻繁に出張に行き出したころ、どうしても桂浜に行きたくて、時間を調整して“龍馬像”だけをわざわざ見に行った。

龍馬像には感動した。

というよりも圧倒された。それまで幾度も写真やTVの映像で見ていたはずなのだが、同じ物とは到底思えなかった!!

物凄く“大きく”今まで見たなかでは一番大きな銅像であった。
人物の大きさを象徴するかのごとく、ある意味怖いくらいの迫力と、龍馬を慕い建立に関係した人達の情熱が伝わってくるものであった。そしてなによりも桂浜の銅像が一番肖像を正確に捉えていると思えた。

たぶん1日中、360度の様々な角度から、日が昇り日が沈むまで眺める自信があった。。

そんな龍馬好きだが、年とともに興味のポイントが変わってきた。別段嫌いになったという事ではない。今もって痛快な人物として憧れの対象であることは変わらない。

段段とドラマチックな小説的内容に心躍らせるのではなく、等身大の人物像を、搾り出す様に考察するのがなんとも言えない愉しみになってきたのである。
 野つぼ 先日、と言っても1週間くらい前の事だが、土日連休であった。

案外私にとっては珍しい休日だ。大概、土日どちらかが仕事になるか、どちらかで仕上げないといけない仕事があったりとフルで休めることが少ない。しかし、そのときの週末はまったくの休日であった。

せっかく時間があるので数日来サボっている“体のケア”に努めようとスケジュールを組んだ。体のケアと言っても大したことをする訳ではない、ウォーキングとヘルニアのための腰痛体操(ストレッチ)をするだけだ。

先ずはウォーキングと家を出た。玄関を出ると“U君”が遊んでいて、何気なく声をかけた。

「U君!一緒に歩きに行こうかぁ!」
しかし今まで何度誘っても、ただ歩くだけなので”ツマラナイ”と断られてきたが、この日に限って、
「うん!」
「えっ?行くの?一時間くらい歩くよ!」
「いいよ!」

と親子二人のウォーキングがスタートした。

ヘルニアになって以降、時間が許す限り家の近辺を歩いてきた。歩き始めたのは6月だった。そのとき田んぼは水田で稲が成長途上であった。その後の月日で段段と稲穂になり、そしてここ最近はきれいに刈り取られていた。そう収穫だ。今まで知識としては認識していたが、時間をかけて眺めると、実に感動深いものがある。親子ウォーキングをしたこの日の道の両脇には、綺麗に刈入れされた田んぼと、綺麗に積み上げられた藁が、実に美しい風景として流れて行った。

瞬間気づいた、大地の栄養で育った作物が我々の食卓に並び、そして食され、その後排泄され、それが又大地を肥やす。食物連鎖とは実に神秘深く、そして日本人が西洋人と違い“八百万の神”の存在を信仰する気持ちが僅かな実感として得られた。狩猟民族とは違う我々の祖先が、自然の恵み、そして肥沃な自然を優しく創造し、そして何よりもその自然に対して最大の畏敬の念を払う、実に美しい生命感覚ではないだろうか。歩きながら一人で関心していたが、フッと気になることがあった。

「あれっ?野つぼは?なんで無いの?」

そう野つぼ。。我々の小さい時分は存在したが、今無いのである。。

昔、野つぼは田んぼに必ず存在し、その秘境(?)に落ちる子供が存在した。
草で覆われるような存在に気づかず落ちる子供や、冬の氷が張る日、度胸試しに氷の張る野つぼの上にロシアンルーレットの如く順番にのって落ちる子供など、我々の小さい時分の思い出には欠かせない存在であった。

落ちた人は結構多いんじゃないだろうかぁ?かく言う私も落ちた、と言っても浅い野つぼで足だけだが。とにかく落ちた瞬間友達が“くものこを散らす様に”にげた!

 酒盗 高松の土佐料理・慎太郎さんの“酒盗”です。

酒を盗むと書いて“酒盗”!!
日本人らしいネーミングだ。。

いままでいろんな酒盗は食べたが、慎太郎さんのに比べると只、ダダ辛いだけで、塩をなめてるのと変わらない。
慎太郎さんの酒盗は一番“おいしい”。。。日本一だと思う。
全日本酒盗選手権があれば間違い無くグランプリだと私は確信している。

大将に聞くとその日の分だけ作るらしいのだが、とにかく手の込んだ技を盛り込んでいるから他店とは“違う”らしい。
たしかに只の居酒屋なのだが、飲んでいるとこの“酒盗”だけを買いに、ビンを片手に訪れる人がいるくらいだ。

そしてこの店には名物の“おかあちゃん”がおり、大の酒好き!仕事中コップ酒を片手に客の注文をとる。自分だけ日本酒の頒布会で購入した逸品を飲んでいるのだが、毎回大将には内緒でこっそりと私に相伴してくれる。実においしいー!!

香川大学そばの“土佐料理・慎太郎さん”いつもありがとう。。。
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よくわかるよ… (ジャマイカ)
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