2005年10月22日(土)
oyaji 4 
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「大学に進学する前にお父さんの会社にバイトに行かされたやろ」
「そういうたら、そんなことあったなぁ」
「なんでやとおもう?」
「???いや、わからん、なんで?いじめたかったんとちゃうん、ぐーたらしてたから!」
「あほ!」
母親から教えてもらった理由はこうだった、
父親曰く、私は大学に行き、まじめにしていれば少なからず事務職になり、結果として能力の有無に関係なく人の上に立つ。しかし社会の大半は親父自身が経験した要素でもあるが、地べたを這いつくばるような環境で仕事をする人が沢山存在する。そして社会はそういった人達の力で動いている側面が現実的には多数存在する。そういう人間の一つでも階段の上に立つものが、そういった人達の苦しみや傷みを理解しないで存在してはいけないと親父は考えていたらしい。だから僅かでもキツイ肉体労働を経験させ、いつか自分が人の上に立つ時、感じてもらいたかったらしい。そして人の上に立つ人間になってもらいたかったらしい。
だから執拗にこの時のバイトだけに限らず、学生時代を通して肉体労働以外のバイトは決して許してくれなかった。家に帰らないことも、学校をサボることも、留年したことも、女の子から様々な罵声の電話が入っても、父親は知っていても私は1度も怒られた事はない。ただこの肉体労働の件だけは母親を通じての厳命だった。
全然知らなかった。。。。。
でもそのように自然と理解していた、間違いなく私の会社にも日中暑い中寒い中肉体を使って働いている人達がおり、場面場面で土下座に近い形で過去幾度となくお願いをしてきた。
そして普段の気持ちの問題が一番だということも経験の中で感じていった。そして多分それは少なからず肉体を酷使する仕事をホンの一時でも経験し、そういった仕事に従事する人達との交わりがあったからこそ理解できる素地が養われたのだと思う。。。
人に物事を教えるとは...私も部下が出来、事あるごとに叱責を繰り返してきたが、それは怒っている教育してやっているという思いあがりと自己陶酔でしかなかったのではないかと自己嫌悪に陥る。そして人が教えを受け、それが花開くなんて実際には長い年月がかかり、教えた者も即時結果を求めることのできな事、いや、求めてはいけないことを遅まきながら自分を通して理解できたような気がする。。。
うつむいて歩いていて、ある時勾配が急になり、自分が歩いているところが大きな山だと気付く。そして戻る事のできない状況まで来ている事に気付き顔をあげると、まだまだ頂上は遥か彼方、40歳を向える自分の道程は五合目。
その時その山が“親父の背中”と気付く。。

投稿者 junca 02:29 | コメント(0) | トラックバック(1) | 子供
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