2005年10月01日(土)

吼えない酒 

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ただ飲まされることは無いのだが、学生時代は
明日を考えずに飲んで、次の日は“やーすも”と簡単
に解決してきたが、働くとそうゆう訳にはいかない。
その事を知人に話すと“あたりまえやろ!アホか”と一喝された。
働き出した時分も味より量という飲みかたで、へべれけになるまで飲んだ。止まらないのである。実に賤しいのだが、あればあるだけ自分の許容量一杯飲んでいた。しかしお金の問題があり、勢い安酒場がホームグラウンドだった。
世の中には“立飲み”という場所があり、とりわけ酒屋が経営しているのが実に良いのだ。お酒を店頭で売っている値段で提供してくれるから、結構安上がりだ。会社から2・3分のところにあり、就職したての頃は毎日行っていた。
食べ物は年中“おでん、缶詰、ソーセージ”と実にゴージャスなメニューが揃っており、たまに刺身などが置いてあったが、そんなものはブルジョアの食べる物風であった。いかに安く酔っ払え、楽しいかが大事で、おいしい物を食おうなんていうのは、“立飲み作法”に反しているのだ。
そこには基本的にスーツを着た人はおらず、トラックの運転手、土建屋の作業員、トビ職等の強面の面々が毎晩たむろしていた。しかしこれらの人は案外やさしくて思いやりのある人が多く、結構可愛がってもらった。
「おーよう来たなァ!まぁ一杯飲めよ!」とかと言って若い私に結構おごってくれる。飲みっぷりがいいと、また別の人がおごってくれる。そして結局なにも注文しなくてもいい気分に酔っ払った。別に“おねだり”したわけではない、自然な流れでそうなるのだ。
その時分は完全なビール党で、とくに生ビールを良く飲んでいた。日本酒は学生時代のトラウマがあり敬遠していた。
しかし結婚し家庭が出来るとだんだん飲み方が変わる。もちろんお金の事もあるが、時間やその他もろもろ社会人たる節度が多いに加わってくる。そしてそれとは別に不思議だが30歳を境に体質・味覚も変化していき、なぜか日本酒に引き寄せられるように嗜好が変化していった。
確かに日本酒は良く出来た酒である。酒そのものの味もそうだが、何よりも食との相性が実に良く考えられている。日本酒に嗜好が向ってからは今日に至るまで、それまで浴びるように飲んでいたビールにはまったく興味がなくなった。
先輩たちにもいろいろ教えてもらったが、結局私は“八海山”が大のお気に入りになった。それと“土佐鶴”だ。飲む方はお分かりだと思うが、所謂“辛口”で日本酒度+4というのが私の口にはベストマッチなのだ。甘い酒はどうも苦手だ。だからさっきいった食との相性もどちらかというと、懐石よりも豪快な山海の珍味を、食材の旨みで食べるのが大好きだ。あまり捏ね繰りまわした料理は好きではない。
一升瓶があると3日位で空になる、健康にもサイフにも良くないのでここ数年は買わないことにしている。では、どうしているかというと、その日飲む分だけ会社の帰りにワンカップを買い、飲んでいるのだ。これが実に“おじんくさい”のだが、そんな他人の目は関係ない。嬉しい時も、腹立つときも、悲しいときも一人自分を見つめるために飲むのには実に便利で安価な私の友人なのだ。
休みの日飲んでいると、KYOちゃんとU君が私に寄って来る。酒のアテ目当てだ。そういえばお父さんの夕餉は子供たちとは何故か違い、そのなかの酒のアテを少し貰うのが格別においしかったのを覚えている。父親も何故か嬉しそうで、そんな時決まって「酒のアテ欲しがりよる、酒飲みになるんちゃうかぁ!」と未来の同志誕生を期待するかのように目を細めていた。
吼えるように飲んだ時代、浴びるように飲んだ時代、味にこだわって飲みはじめた頃、自分の分身に早く同志になってもらいたいと思い飲む今、お酒と人生がシンクロする。
KYOちゃんU君!いつか酒飲もうな!

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