2005年09月24日(土)

The angel came

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今日はそのための買出しに近くのスーパーに行った。
早いもので今月の29日には12歳になる。今でも12年前の事は
昨日のことのように覚えている。
そして私を指導、教授してくださった諸先輩方も、折りにふれ
“子供大きくなったか”と気にして下さる。それは子供の成長もさる事ながら
私自身の成長をも心配してくださっている。
思い返せば何も具体的な事を考えずに結婚し、なにも考えずに知らないうち、意識しないところで子供ができた。そんな感覚が正直な感想であった。
結婚し半年経った頃、仕事も責任重い担当に配置換えになり、いっぱしの社会人としての自分が,主体的でなくても回りからどんどん求められるようになり、そして色々なことが自分として求める求めないとに拘わらず変化していき、独身時代とは違う自分を作り出して行かなければまともな仕事が出来ないような環境になっていった。
そのとき具体的に家庭という事に自分の意識が向かったのを覚えている。平たく言うと“逃げられない”という事が目の前に現われた。
今までは、気に入らなければそれだけでも理由として通してきたのだが、ある種の責任、それは自分のためだけでは無くなっているのに“やっと”気づいた。
それまでの私はまったくの“アホ”でした。金銭・時間その他もろもろ、大学から延々野放図な生活を送っていただけなのでした。
それまでの家庭は、結婚後も恋愛の延長でしかなかった。
しかし子供ができたということを聞いたとき、私はうれしいよりも先に、今の自分を冷静に見ると“なんと頼りない”こんな父親では生れてくる子供に申し訳ないと強く感じたのと、同時に強い恐怖感も感じた。
ドラマとかでは“やったぁー”とかといって父親になる夫が喜び、嫁を抱きかかえるというシーンがよくあるが、正直私にはそんなものはなかった。
「俺が父親かぁ。。。。どうしよぉ。。。」という思いがあっただけだ。
12年前、ちょうど今ごろの時期、予定よりかなり遅れて子供が生れてくるカウントダウンだったが、この時期いろいろ大変な事が多かった。
私は出張に2週間出なくてはいけなかったし(出産予定に併せて日程を組んだが出産予定がことのほか遅れた)、嫁の母親は交通事故で入院したところだった。
今のように携帯電話がなかったあの頃、カウントダウンが進むなか、皆が不安にかられていたのでした。。。。。
(つづく)

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