2005年09月23日(金)

運動会に瑠璃色の閃光

amazon.co.jpで運動会に瑠璃色の閃光を探す
家に帰ってから一人で祝杯をあげていた。帰るのが
遅くなり、疲れていたせいか結構早くに酔いがまわり
知らないうちに居間で寝てしまっていた。
この私の状態を通常家族は気絶と呼ぶのだが、まさしく
昨日は気絶だった。
何時間くらい寝たのかわからなかったが、目がまぶしくなり
瞼を薄っすらあけると、見覚えのある顔が除きこんでいた
嫁である!
「いつまで寝てるの、今日何の日かわかってる?」
こう言う問いかけにはわからなくても解ったように返事をしないと
ハリケーン・カトリーナ級の大惨事を招くので、
「あぁ!もちろん!」
「だったらさっさと起きてグランドいって寝てきたら!」
「???」
「あっうんそうするわ!」と答えたがまったくわかっていない。
たいした容量もない自分の脳みそというハードディスクと
スローモーなCPUをフル可動し煙が出るくらい考えたすえ
“あっ今日子供の運動会や!”とやっとわかった。が!
その瞬間、嫁が察知し「やっぱりわかてなかたんとちゃうん!」
「そっそんなことあるかい!KYOちゃん小学校最後の勇姿を父親の俺が
忘れるわけないやろ!あほやなぁ」ととにかく繕って出かける事にした。
しかしである、運動会は9時からなのだが、私が出かけたのは7時半である。
嫁に「ちょっと早いんとちゃう?大体、門しまってないかぁ?」と聞くと
「わかってないな!毎年言うやろ!カメラポジション!」ととにかく良い場所を
とってこいという指令なのでした。
レジャーシートを脇に抱えトボトボと小学校まで歩いていくと、すでに数名の
男性、そう、まさしく同胞が来ているではないか。
私は嫁の指令通りゴール前の場所にレジャーシートをひき、体を横にしウトウトと寝る事にしました。
いよいよ始まりの時刻となり、定例どおり校長の挨拶が始まる。
私は現在の教育者に対してはネガティブな考えを持っているので、この校長の
挨拶にも大した興味を最初もっていなかったし、ただのセレモニーとして、ぼぉーと眺めていたが、この校長の一言で体に電流が走った!
「運動会は“勝ち負け”の世界です!」
えっ?今の教育者って、平等とか、ゆとり、参加することの意義とかいう眠たい事言うのではと思っていたが、この校長、開口一番“勝負”です、だからそのために努力してきたことを如何なく発揮しなさいと“のたまった”!
私は思わず、「そうだ!」と言ってしまい、回りの父兄の注目を浴び、嫁におこられたのでした。
しかし私は間違いなく、この校長の意見に賛成である。運動会は真剣に勝ち負けを競うものであると考えているし、それによって適わない相手の存在を認識したり、姑息な手段にでる人間が出て来たり、勝負であるから時の運的に強いものが負けたりという、社会の縮図のようなものが生れるのではないだろうか?それが、ゆとりや公平という間違った考えが混入したような状態が数年前は平然とあったが、やっぱり、きっちりと勝ち負けを競わせるべきだと考える。それは子供だけにではなく教師や親もこぞって勝ち負けに興じるべきだとも考える。
足の遅い子は他の競技をがんばればいいし、足の速い子は如何なくその才能を皆の前で誇示すべきである。必ず世の中は結果として優勝劣敗なのだから、その事を綺麗な言葉と間違った思想で隠してはいけない。人間は差別する生き物である。常に強者の存在を競うが、強者が弱者を守る道徳も兼ね備えている。それは最終的には自分一人では存在が保てない事もわかっているからだ。
じつに良い挨拶だった。
その言葉のせいか今回は何故か面白かった。
しかし納得できない事もあった。チームの別け方が、赤組“青組”なのである!
古来源平時代より対戦の色分けは、赤組“白組”でなくてはいけないのだ!
青組赤組では“紅白歌合戦”も成立しないではないか!とひとり憤りを感じたのでした。
競技が始まりKYOちゃんU君ともにがんばって走っていた。
デジカメで競技中の子供を毎年のごとく追いかけるのだが、“ふっ”とあることに気づいた。
“ファインダー越しでしか子供を見ていない”うーん、肉眼で見たことがない!
嫁にその事をいうと「へーあっそう!」で終わった。
KYOちゃんは正直足が遅いので大抵5人中の4位だったが、U君はそこそこ足が速いので
嫁も期待している。しかし障害走で怠慢な行動を見咎め「ちゃんと走らなあかんやろ!」と私の横で激怒していた。
「まぁええやないか、一生懸命やっとんのやし」というと、
「そんなんあかん!一番でないと!あの子約束したのに!もぉ」と勝ち負けの世界を強烈に意識している。他人事の場合、“そうだ”と言えるが、自分の子になると案外私も参加意義を強調したりしてしまう。
私はなぜか、リレーとか1年生や2年生の徒競走を見ていると涙が込み上げてくる。真剣に必死に競技に向かっている子供を見ると、自分の小さかった頃が蘇るのか涙がにじむ。
“あの頃早かった子がいて、どうしても勝てなかったが、一回だけ奇跡的に勝ったなぁ”
と感慨に耽ってしまう。なんか黄昏た気分になったのでタバコを吸いに校門をでて、学校の前の小川を眺めていた。すると遠くから“瑠璃色の閃光”が煌いた。
「あっ!カワセミだぁー」
「奇跡じゃないか!こんな所で渓流の宝石を見れるなんて!」
そういうと子供の頃の運動会、徒競走の思い出は瑠璃色の閃光だった。
あの時の奇跡の神がまた舞い降りたのかなぁと勝手に想像した。
瑠璃色の閃光。。。。。じーん。。。。
無事運動会も終了し、家に帰ってきたKyoちゃんとU君を誉めてやろうと待ち構えていると、先にU君が帰ってきた。“おかえりー”と言うや否や、嫁が、
「U君!障害走のとき縄跳びまでは一番やったのに、なんであの後ぼぉーと抜かされタン!」
U君曰く
「いや、俺あのとき縄跳び二重飛びしてしもて、何回飛んだかわからんようになってん、その間に抜かされてん!」ともっともな理由と私は理解したが
嫁曰く
「そんなん適当にいかなあかんやん!3番なんか!一番以外はビリや!」
U君曰く
「ふん!いいもーん」
嫁曰く
「バシッ!!」平手一発!「男の子がそんな負けん気がなくてどうすんの!」
私曰く
「おろおろ。。。。」
私は今日、瑠璃色の閃光を見たが、U君も目の前チカチカの張り手一発“閃光”を見たのでした。。。。
U君、運動会は勝ち負けだけじゃないかもしれないね。。。。。

コメント
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加
みなづき
上海 
人気blogランキングへ
ブログ王へ
週刊ブログランキング













.jpg)





