2005年09月10日(土)
一番高い塔へお出かけ 
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なかなか面白い映画だった。
詩人ランボオ(ランボーではないらしい)の一通りを知るには結構良く出来ていたと思う。
そして、ディカプリオの風貌がランボオの肖像に酷似していたのが,違和感なく入りこめる要素であったのかもしれない。
私は比較的詩はすきであるが、一人の詩人の詩集等を深く読込むとか,研究するのは嫌いであるというか根気に欠けてしまうのである。
だから大抵詩集を買っても中途半端になる。
偶然見かけた一編の詩、それに興味が引かれれば、それでいいのである。
本来もっと知りたいと思うのだろうが、なぜかそういう行動には疲れを感じるし、それ以上の興味を持たないのである。
実際駄作も多いし、大半好きになれないものもあり、全てを読んだり考えたりするのが苦痛なのだ。
だからランボオについて大半が語る、堀口大学や小林秀雄、金子光晴、粟津則雄等の評論や訳詩については私は完全に門外漢である(知らないのである)。
私が初めてランボオの詩を見たのは雑誌である。当時、以前にも書いたがサントリーローヤルのCMでランボオをイメージとしていたものがあり、すごく評判が良く、雑誌で少し特集を組んでいたのを見たのだ。その中の一編の詩が今も大好だ。
(私のお気に入りは粟津則雄の訳詩である。それ以外の人の訳詩は正直好きではない)
一番高い塔の歌
万事に心つながれて、 無為にすごした青春よ、 心やさしいばっかりに、
もう生活というものがない。 ああ!時よ、来い、 人の心の酔う時よ。
おれは思った、やめちまえ、 誰にも姿を見せるまい、 一番高いよろこびの
約束ごとでもない限り。 何にも足をとどめるな、 心きびしい隠退だ。
おれはこんなに我慢した、 もう永久に忘れよう。 恐れもまた苦しみも、
大空に向って発った。 気持ちの悪い渇きのために、 おれの血管はかげる。
このようにして牧場は、 忘れられて伸びさかり、 まんねんそうや毒麦が、
花を開いて飾りあげ、 きたならしい無数の蝿が、 たけだけしい翅音をたてる。
ああ!聖母の姿しか 心に浮ぶことのない こんなあわれな魂の
やもめ暮らしは限りない!
いったい聖処女マリアさまに、 お祈りしようというのかい?
万事に心つながれて、 無為にすごした青春よ、 心やさしいばっかりに、
もう生活というものがない、 ああ!時よ、来い、 人の心の酔う時よ!
粟津則雄 訳
私にとっての好きな詩を判断する基準は、詩の中のワンフレーズ、特に冒頭に心揺さぶられるかどうかが決めてである。
詩人の言葉は“金”(GOLD)に値する。
そして私は常々想う、詩人は砂漠で砂金を探しているようなものだと。
ランボオの探し出した“金”(GOLD)は今も私の心の“コレクション”です。

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