2005年09月06日(火)
ジェームス・バイロン・ディーン 
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何故かハッと気付き“ジェームスディーン”を
調べようと思い立った。
特に根拠は無いのだが、なにか引き寄せられるように
検索キーワードを頼りに覗いた。一体何が知りたかったのか自分でも
分からないのだが、とにかく見たのである。
すると、没後50年と言う事と、
当月30日に亡くなっていることが分かった。
だから何かがあると言うわけではないのだが、みょーな
偶然を感じたのと、生きていたら74歳かぁと変な事に関心した。
以前リーゼントの稿でも書いたが、
(リーゼントな生き方 http://junca.wablog.com/9.html)
中学2年生の時に初めて“理由無き反抗”を見て以来、そのファッションスタイルに興味をもち、その後ビデオであるが“エデンの東”“ジャイアンツ”を見て、あの独特の上目使い、立ち居振舞いに強烈な憧れを抱いた。
数年前ロサンジェルスに行った時、偶然時間があいたので現地を案内してくれ
た人が、近くに理由無き反抗のロケをした場所があるから行きましょうと
誘ってくれた。その場所は、映画の冒頭にあるナイフ決闘の場所、天文台
であった。残念にも少し暗かったのだが、映画のシーンを想像し、この場所に
ジェームスディーンがいてあの決闘シーンを撮影したんだなぁと思うと
体がすこし熱くなったのと、少年時代に見て憧れのキッカケを作った場所に今いるのかと考えると不思議さと興奮をおぼえた。
ジェームスディーンは改めて私が書くまでも無く、大概の人がその生涯をしっている。
彗星の如く現われ、3作の映画に出演し24歳でポルシェスパイダーで事故死する。
実人生においては、生き急ぐかの如く激しく儚く、役者としてはアメリカのカウンターカルチャー代弁者の如く、やりきれない若者の鬱屈した心情を見事に演じきった。
彼の表現した若者像は、その後全ての演技者がいまだに超えられずにいるくらい普遍的な若者像であった。
私も憧れの入り口として疾風のように去っていた姿があったのは間違いない。
しかし好きになればなるほど彼のことを調べる、その結果彼への憧憬はだんだん
俳優そして表現者、芸術家としての側面を見出して行き、彼の映画芸術に対しての
考え方、これはあくまでも個人的な推測しかできないが、そういった領域に興味の対象が浸透していった。
私が考える彼とそれ以前の俳優の大きな違いは、単純に全身の演技か、へそから上
いわゆる顔を中心にしたバストショットの演技の差ではないかと考える。
それまでは脚本・監督・演出が強すぎ、役者の演技というものが重要ではなかったのではないだろうか。それは脚本・監督・演出の枠組みの中での仕事の良し悪し
が全てで、脚本・監督・演出の仕事から役者の演技能力と可能性を通し、変質昇華し上質なものに仕上げるということは考えなかったのではないだろうか。
現代からみると少しナチュラルさに欠ける舞台演技的な大仰さも多少あるが、
全身からのリアリティーある演技は、演技者の表面(脚本・監督・演出への忠実さ)というより俳優自身の独自解釈による内面を具体的に表現していたと考える。
それは、印象派絵画の光と影の表現を出来なかったゴッホが、絵の具の隆起や筆むらのアクションで、描き手の“感情”を激しく解りやすく表現する新たな主体的芸術表現を創出したのに似ているような気がする。
見た物の絵画的再現性への可能性、そのことによるオリジナリティーではなく、見た対象と結果としての作品との距離の中間に位置する描き手の考え方を作品の主体にする。究極は、何をどのように描くかではなく、どう描くかである。見た対象(心象を含むモチーフ)は絵の具同様の表現を支える手段としての道具でしかない。
ただしゴッホの場合は論理性においては偶然的産物に近いのだが。(後年形成された
論理)ジェームスディーンの場合は計算した確信犯である。
かなり完璧な演技教育と才能を有していたであろうと簡単に想像つくが(アクターズスタジオの150という倍率を通過した事が全てではないが、たしかに権威ではある)それ以上に凄いのが、それらを自身で壊し再編集というより、それらを部材としてしか扱わず、動物的な洞察力で瞬間瞬間を構築している点だ。今だと正統というより個性派、性格俳優という分類を受けるだろうが、現在の俳優の様に自身の性質に演技要素を振り掛けた程度の個性ではなく、完全に計算しつくした“演技”としての個性と判断できる。
しかし世間は役柄と彼を同一視しアイドル的に見ていたのではないだろうか、しかし
本当は彼と役柄の間にはかなりの距離が存在したと私は思う。彼の下敷きにマーロン
ブランドがあったのは間違いないだろうし、マーロンブランドが作り出したものとの距離は常に冷静に測り計算していたのではないだろうか。
(もともと理由無き反抗は最初マーロンブランドにオファーがいったんじゃなかったかなぁ?わからないけどしっている人がいたら教えて下さい。)
彼の趣味であった“写真”をみると、そのセルフポートレートの完璧さに舌をまく。
自身がどのようにファインダーにあるべきかを完璧に把握しているのと、写真に独自のストーリーを作り上げている。これは単純に自身を客体化することに長けているというだけではなく、肉体の外側にもう一人の冷徹な自分がおり、監督として自在に
魂のぬけた人形のような自分を細胞単位のディティールで動かすという作業が出来たのではないだろうか。そして魔法のストローで独特の洞察力から得た感情を吹込んだのではないだろうか!
そういう意味では、彼の出演した3作のなかで、彼の考える演技論が凝縮しているのがジャイアンツであり、私は一番好きである。
もしその後も生きていたらと考えると、彼の表現の広がりを感じる作品だ。
エデンの東、理由無き反抗は、それまでの彼の舞台演技やアクターズスタジオという雰囲気(エリアカザンの流れ)等からのイメージをもとにキャスティングを選んだのだが、ジャイアンツはジェームスディーン自らの売りこみだったらしい。
虚無感漂うが、その内面は野心と反骨心というハングリーさを匂わす牧童、そして全編通じて、役柄の年齢が21から50近い人生の流転、埋まる事のない渇望感を表現しなくてはいけない、彼にとっては絶好の対戦相手だったのではないだろうか。そしてアイドル的側面を払拭し新たな自分の商品価値を創出する機会だったのではないだろうか。
ある意味ロックハドソンという旧来のハリウッドスターとの向き合いで、明らかに
ジェームスディーンは俳優として彼を飲みこんでいたし、エリザベステーラーすらもただの美しいお人形状態にしていた。本来は主演作品ではないが、いつしか映画の主旨がジェームスディーンの演じた役柄から見ることが、この映画を理解するには自然になったのではないだろうか。(個人的な解釈だが、脚本との整合において、結果はかなり乖離したのではないだろうか。しかし明かに完成度は高くなったと想像できる。事実、撮影途中ジェームスディーンは自身の役柄がストーリーに埋没しすぎると監督に抗議し、かなり演出面で衝突したと聞く。この衝突はエデンの東や理由無き反抗のようなアドリブ的ハプニング要素の取り込みによって得られるリアリティーとは確実に次元が違うと類推できる。)
私はこの映画中で2カット好きなシーンがある。放逐されわずかな土地を与えられた
牧童が石油採掘を成功させ、重油でまっくろになり成功の喚起をあげる瞬間と怨嗟に似た慟哭をロックハドソンに吐き出すシーンだ。そしてもう一つはロックハドソンの息子役のデニスホッパーがアングロサクソン以外の女性と結婚する事を嘲笑するシーンだ。この2シーンに生きていれば新たなジェームスディーンの可能性を私は強く感じ、ハリウッドに対しての挑戦的感情を同時に強く感じる。
特に嘲笑シーンには、カルト的な要素を見出せるが、これはデニスホッパーが引き継いで行ったのであろう!
今月の30日には十数年ぶりに“ジャイアンツ”でも見ようかなぁ!
新しいジェームスディーンと会えるかもしれない!!
いつもありがとうございます。
よろしくお願い致します。
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