2005年09月03日(土)
☆ コムデギャルソン☆
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COMME des GARCONS 。
今から20年前、私は18歳だった。
その当時、DCブランドブームというのが巻き起こっていた。
女の子はもちろんだが、とくに男の子が熱狂したのだ。
それまでアイビーや様々なメンズファッションブームはあったが、
私が体験したのはDCブランドブームだった。
数多のデザイナーが出現し、百貨店やファッション館に出店していた。
バーゲンシーズンになると、店に入りきれないくらいの男の子達が
駆けつけるのであった。最盛期にはバーゲン時に器物が破損すると
いう事件も珍しいものではなかった。
私も例に漏れず買いにはしったくちである。
DCブランドとはカジュアルではなく、スーツスタイルが基本
だった。だから大学の構内はスーツを着た男性が多く、今から思うと
大学というより会社の様な雰囲気だった。
そして学生には決して安くなかった。
私もバイトしては少しずつではあるが買っていた。
その中でも別格の存在が二つあった。
川久保玲とヨージヤマモトである。(イッセイもそうだが、少し別ける)
私が18歳のとき既にパリコレで“ボロルック”というスタイルで
衝撃の発表をしており、斯界ではアバンギャルドな評価を確立
しつつあった。そしてその後の“黒の衝撃”と表現されるカラスルック
にて世界のファッション界で磐石な評価を得る。
しかしこのような内容は後日知るのであって、その当時の我々はなにも
知らなかった。ただただ他のブランドと服、ショップ全てが一線を画し
別格然としていたのである。そして確実に1割から2割は他のブランドより
高かったのである。
私はコムデギャルソンが欲しくて欲しくて、
バイトをして、確か8万円するスーツを買ったのを今でも
昨日の事のように覚えている。うれしかった!
そして大事に大事に着た。椅子に座るとパンツのひざが出るので
極力座らなかったし、ひじも極力出ないように心がけた。
その当時は僅かだが今のような三つボタンもあったが、(私はヨージヤマモトで
四つボタンスーツを買ったが)基本は二つボタンで胸元の
Vゾーンが大きく開いたものが主流だった。
ジャケットのラペルもさほど広くなく、ネクタイも今よりはかなり細いものだった。
その後ダブルが主流になるが、私が18・9の頃はシングルが主流だった。
今から考えると18のガキが高いスーツを着て生意気なんだが!
その時の私は流行りだったので買ったのだが、その後、川久保玲に興味を
持ちいろいろ調べた。今のようにインターネットがあるわけではないので
調べるといっても雑誌を読むとか、詳しい人に聞く程度だったが、その中で
知った彼女には今に至るまで強烈な魅力を感じる。
川久保玲は反体制デザイナーであり、破壊をコンセプトとする芸術家である。
彼女が初期表現してきた服飾は完全にアンチパリコレであった。
黒というのは、西洋では無彩色として分類され、黒そのものには個性を求めない
のである。しかし日本はどうであろうか?水墨画を始め書等、黒と白のバランス
で色や空気、匂いまでをも表現する。そして黒といっても一色とは考えず、
数多の表現を許容する豊な感性が存在する。そして川久保玲の“黒”は西洋の黒
ではなく、日本の修行僧が着衣する“墨染め”から着想されているのだ。日本の
黒は世界の黒とは違うのであり、黒に強烈な個性の存在を感じているのだ。
そして日本の美意識にとって、西洋と大きく違うのは、アンシンメトリーという
観念が研ぎ澄まされている点だ。彼女の服飾にもその点は強烈に西洋服飾との
対比として表現が盛り込まれている。
西洋の宮殿、特に庭園設計を考えてもらえば解りやすいが、シンメトリーなのだ。
庭園内に身を置くと、庭園全体の設計がまったくわからないのだが、上から見ると
美しい設計が理解できる。しかし日本の庭園は山水構図で設計され決してシンメトリー
を考えないし、逆に設計の基本にシンメトリーであってはいけない思想が定着している
シンメトリーとは自然界において不自然極まりないのであるのと、庭とは自然界の
模倣ではあるが、それはそれで自然の世界を創出する事に究極の美を想念している。
そして視界だけの美しさではなく心・時間に対しての表現を試みているのである。
表現主体は見せるのではなく、その中において感じさせるのである。
そういった日本独特の感性を、媚びたネオジャパネスク的に紹介するのではなく、
服飾という西洋で創作された世界観に対しての、独自の服飾表現哲学として
確立している。
しかしそれは日本のジャーナリズムが先行して紹介した訳でなく、現地パリの
ジャーナリズムが理論確立をしたのだ。この点が彼女のデザインの次元の高さ
を示すのではないだろうか。そしてそれを瞬時に理解したパリのファッション界の
奥深さにも感服する。
彼女の服飾概念には強烈な日本思想・日本人美意識が存在する。そしてそれは
ともすれば卑屈になりがちな日本人とは違い、真っ向から日本人として堂々と
西洋以上の美意識と存在感を示した。模倣ではないオリジナルとして、川久保
玲が出現し西洋服飾の流れ・歴史に断層ができたのである。ディープなインパクトとして。
それは、ゴッホが北斎や歌麿に驚愕したのと
同次元の話である。そしてガレやドームという工芸作家が自然界からのデザインを
流用するきっかけとなったジャポニスムとも同様である。
川久保玲の服はそれまでの西洋の服飾概念を徹底的にたたき壊したのである。
それまでのオートクチュールに代表される、体のラインを美しく
見せるための服・ドレスではなく、服そのものが主体なのだ。その考えの根底には“着物”が存在し着物はいかようにも着て見せれるし、表現主体が体のラインではない。あくまで
着物そのものが主体である。そして日本は“包装文化”が確立した文化権である。
体に合わせ仕立て着るのではなく、“包むのである”。
それら本質をみごとに服飾によって表現したアーティストであり、世界に衝撃を与えたのである。
我らの同民族が!!!これほどの誉れがあるだろうか!
彼女の信念、「現代のあたらしい女性たちのために、旧来のドレスの形から抜け出さなくてはならない。過去に逆行しない、強力なあたらしいイメージが必要だ!」
そしてヨージヤマモトは、
「芸術と名のつくもののうち、人間と直接関わり合いを持つ数少ないもの、それがファッションと音楽なのだ。」と語る。
確かに20年前別格だったことが、そのとき全然解らなかったが、今、彼らのことが
すこしわかる。
しかし、わかったのは良いが、買う金がないぃぃぃぃ。。。。
がんばって仕事していつか又着たいと思うが、その前にもっと痩せなくては(涙。。。。。)
よろしくお願い致します。
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投稿者 junca 23:37 | コメント(0) | トラックバック(1) | 人物
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昨日のエントリーの続きです。その前に服飾デザイナー川久保玲氏とは?
http://junca.wablog.com/61.html?y=2006&m=9
何でも「黒」を最初に持ち出し、パリコレに革命をもたらした程に凄い
デザイナーだそうです。勿論、ご婦人方にはこんな事は「常識」なんで
しょ...
【続き】服飾デザイナー川久保玲氏に噛みつく朝日新聞の狂乱記事 [Absenteの酔いどれblog]
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