2008年11月18日(火)
百恵ちゃんの旦那
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我が家のテレビは“嵐”にジャックされた。。。。
嵐とはご存知のアイドルグループである。
Kyoちゃんの大のお気に入りである。
今の彼女は
一に嵐
ニにリラックマ
三,四に食欲
五に受験。。。
である、、、
以前にも書いたが
我が家にはテレビが一台しかない。
そうなるとKyoちゃんの“嵐”
そしてU君のアニメ全般が
タイムスケジュールのほとんどをジャックしている。
インターネットのジャニーズホームページで嵐メンバー
が出演するものを全てチェックし、リアルタイムで見るもの、
録画するものとスケジュールを綿密に立てて行動しているようだ…
まぁなんというのか“凄い”
CM、、現在auのCMを嵐のメンバーがしているが、それが流れると
画面を凝視している。
私は再々皆の携帯をソフトバンクにしようと提言している。
私の携帯が会社貸与でソフトバンクだから、いっそのこと
ホワイトプランで行こうぜ!と笛と太鼓を鳴らしつづけている
のだが、、
頑としてauにこだわりつづけている・・・
その理由は偏に”嵐”がCMに出演しているからだ・・・
。。。。。。。。
嵐も嵐である
メンバーをばら売りにするから、5人それぞれがバラバラに各チャンネルに
出演する、そうなると一週間でかなりの数ジャックされることとなる…
大して面白くないものでも、ただ出演しているというだけでテレビは
ジャックされてしまうのである…こまったもんだ。。。。。。、、、
そういう訳で何時しか私も“嵐”のことを、41歳のおっさんにしては
よく知ることとなってしまった。。。
松潤、ニノ、大野くん、アイバちゃん、桜井くん
などと10代の子のような会話を娘とするのであるが
と、言うと実に良いおとうさんのようだが、実質は無視であり
私がそれらメンバーの名前を呼ぶことすら嫌悪している感じである。。。
しかし恐ろしいものである
釣られるのだ…
いつしか嵐が気になっている
自分がいる…
冷静に見ると
41歳のおっさんが嵐を気にしている
なんというのか…・
ホモのおっさんのようでもある…
現在上海公演でかなりの熱狂で迎えられていることも知っているし、
松潤が“顔色がわるくあまりイケメンに見えない”という現地報道まで
知っていて、、、気になっている自分がいる・・・大丈夫かぁ?…・
松潤・・
ある意味現在の政治状況、経済動向よりも
嵐の芸能活動のほうを熟知している始末である。。。
今の我が家にとっては
衆院の解散よりも
嵐の解散なんてニュースの方が
間違いなく大事件なわけである…・
トホホ…
もともと30歳前位からテレビは、ほとんど報道系のものか
芸術系、ドキュメンタリー的なものしか見なくなっていた。
ドラマなどというものは一週間で1本か2本見る程度でしかなかった
のだが、、この一、二年はかなりドラマを見るようになった…
そんなある日、Kyoちゃんが見ているドラマを一緒に見ていて
凄く気になるものにブツかった…
それは
三浦友和である。。。
見ていたドラマは流星の絆というやつだが、そこに彼が出演していた。
だからなに?
ということなのだが、私にとってこの役者はずっと気になる
存在であり、以前何度かこのブログに書こうかと考えたこともあった。。
しかしなんとなく書きそびれ、その都度それっきりになったのだが、
何年かぶりに彼が出演しているものを眺めると
実にいい味
改めて魅力的な役者に感じたのである。
派手な役者ではないし、性格俳優というほどの個性もない
しかし、独特の雰囲気を醸し出し、薄っすらとした影を放つ演技は、
彼独特のオリジナリティーがあり、知らず知らずにグッと
強く引き付けられる。
なんとなく、、諦めを持った虚無感、、しかしながらほんの僅かだけ
奥底に炎を感じるような部分がチラチラと見える不思議な雰囲気。。。。。
あぁそうそうこの感じ、彼は実に魅力的だ。
それを始めて感じたのは
台風クラブという映画だった。
今でもこの時の演技から彼は変わったと評価されているが
私もまったく同意見であった。。
それまでの彼は、アイドルであった。
その上に芸能史上比類なきアイドル“百恵ちゃん”を嫁にもらった。
皆の興味が引退する百恵ちゃんに注がれ、
芸能界に何時復帰するのか?ばかりが衆目の関心を集め、
マスコミが始終付きまとっていた…
ある意味、三浦友和に注目したマスコミなんかほとんどいなかった
のじゃないだろうか?完全な添え物状態。。
私が中学生の頃だったと思う。それは当時、凄い騒動であった。。。
しかし私は不思議とこの時から三浦友和に興味を持っていた。。。。
こんなに騒がれているけど、、、この人ってこれからずっと
百恵ちゃんの旦那ということで行くのだろうか?
いつまでも”爽やかな好青年”??・・・・
俳優っていっても
なんとなく赤いシリーズの百恵ちゃんの相手役専属みたいな
印象しかないけど…・
皆、本質的には同じような印象だったと思う。
場合によっては“髪結いの亭主”というような
悪印象をもった人もいたような気もする。
決して一人の確固たる実力を兼ね備えた俳優、表現者
などという捉え方をしていた人は皆無だったんじゃないだろうか?
そう思うと今の姿、確固たる役者という存在感を得る
までの時間というものに大いなる興味が沸いて来る。
彼が書いた本で被写体というのがあるらしい。私は読んではいないのだが
そのインタビュー記事を読んだのだが、凄まじいまでのマスコミ攻勢に対抗してきた過去の日々や、自分が本来趣向する役者のイメージと現実的な仕事の乖離などを語っていたのだが、
やはりある程度は覚悟し想像してたらしいが、
その想像を超える相当な悩みを抱えて過ごした月日であったのだろう。
そのインタビューの中で彼が語った一語が凄く興味深かった。
ショーケンに憧れと羨ましさをもった。。。。
これは彼の活躍に嫉妬してということよりも、ああいった反体制的な雰囲気を演技で出せることへの憧憬であり、もっと踏み込んで言えば、本来自分の持っている感情と合致したイメージを躍動感溢れ演じている彼と現状の自分の距離にやるせないものを感じたといのが正確だったのではないか?と感じた。。
周知の事だが彼は忌野清志郎というロックンローラーと同級生で親友である。
彼のステージに出たこともあるくらいで、そのステージで、”有名な女を嫁にした男”などという自虐メッセージを吐き出したこともあったらしい。
そんな彼を取り巻く背景の本質的な部分を考察しても、彼がデビューして以降、与えられたイメージは、彼本来と相当なギャップがあったであろうなという想像はつく。。。
そして国民的アイドルの旦那
これはもう自分ではどうしようもない強固なイメージであろう。
世の中に出るきっかけや安定的な存在になった印象とは
その人間を端的に表す”形容詞”になる。
これを打ち破るには…・・
そんな彼の今に繋がる転機を支えたのが
台風クラブという映画だったのであろう。
この映画は製作前から期待された
ロードショーではない、単館上映の自主映画に近いものである。
まずこれに出演をしたのが結果論かもしれないが
彼にとっては良かった・・・・
これも結果論だが、この機会がなければ
今の彼に繋がっていなかったかもしれない。。
本人もインタビューで答えていたが、それまでのアイドルシステム
とはかけ離れた境遇、例えばロケなんかも安宿、民宿で共演者・スタッフ
と合宿のような世界。。。
これは観客が彼に持った“網膜と知覚に支配された彼の印象”
というものを取り除くための彼の初期作業になったのではないかと思う。
観客が彼のこの当時の行動を見ていたわけではないが、そういった
芸術作品を作る際の集団の息吹、情熱、等が、それまでの作られた神輿にのって事を済ましていた自分という存在を冷静に見つめさせる環境を与え、自らの創作的行為なくしては、この現場を完遂することはできないという脅迫観念的な精神状態を生み出し、そしてその結果、彼の役者としての意識を大きく変革したことは間違いない。
その彼の転機となった配役であるが
彼が託された役は
中年に差し掛かった教師である。
ある程度のことを悟ってしまい、諦めからくる虚無感が
心を支配し、悲観的で、いい加減な言動をするという、
どこにでもいそうないい加減な大人であった。。。
私は今さらながらに彼にこの配役を与えた監督は偉かったと思う。
まさにその時の彼には適役であったのは間違いないし、この配役がそれまでの彼のイメージであった”爽やかで好青年”というものとのギャップが想像を越えるリアリティを生み出した。
この役柄は彼の内面をトレースしたようなものだったのじゃないか?
と考える。。。。
世間には日本一の女を手にした男という羨ましい限りのイメージをもたされていたが、実際には常に百恵ちゃんの旦那という形容詞付の表現しかされない男であり、それを覆そうとしても延々とその主戦場のマスコミ、メディアは百恵ちゃんにしか興味を持たない状況で、その状況でモガイテも貧すれば鈍するで、なにもかもが鈍重に動かない。
そうこうしている内に年をとり、自分の行く道が定まらない状況がドンドンと続く。
その動きとは反対に世間の中で増幅する神秘的なイメージの百恵ちゃん。
そこには加速度的んな離が生れ、悪循環が回りだす、、、伝説が加速するスーパースターと伸張しない自分というものの距離・・・
そんなものが自分の意志を無視して世間の中でドンドン勝手に走り出す。
これは被害妄想的なものを勝手に想像しているのかも
しれないが、当たらずとも遠からず的な想像の範囲として
世間的には受容できる内容だと思う。。
そう考えると
この映画の内容と彼が託された役柄は、彼のその当時の感情とピタリと符号したのじゃないか?と思うのである。。。
これを読み取った監督・演出家は凄いと思う。
そしてインディーズに近い映画、しかもイメージを損ないかねない、
その後の役者生活に少なからず影響を及ぼしかねない役に突貫し
挑戦しそれに見事応えた三浦友和も偉かったと思う。。
間違いなくこの映画以降彼は役者としての居場所を掴んだと思う。
そして彼以外には出来ない演技というのもが現れた瞬間だった。
そう思うと、、、、百恵ちゃんが“頑として”芸能界に復帰しなかった最大の理由とは旦那のことだったんだろうなぁと勝手に想像する。決して彼女自身が自分のイメージを保守したわけではない。
が故に、、、やっぱり皆の憧れの存在であり
カリスマ的な女性なんだろうなぁとも思う…
キッパリと芸能界から身を引いた、その自分の存在が旦那の苦悩と不遇を生み出したかもしれないと考えられる環境の中で、モクモクと仕事をしていた旦那の邪魔をしなかったということが魅力的なんだろうと思えた…・
短絡的な感想だが、二人して辛抱を一杯した夫婦なんだろうなと思う。。。。
その辛抱の軸が実は、芸術家としての表現者たる旦那の可能性だったんじゃないかな?と思う。。。その可能性こそが彼女を一切にわたり表舞台に立たせなかった最大だと想像する。。
そして三浦友和も
逃げずに壁を突き破った。
過去と決別
それ故に獲た
自分らしさと
良い年の取り方。。。
三浦友和には、
そういう尊敬の念を禁じえない。。
……・・
今、私は若者たちと仕事をする機会が増えている。
懐かしい自分がそこかしこに居る、、自分も歩んできた道を
可能性と夢を両手一杯にぶら下げて歩いている若者。
どこかにその名残を求めている自分も見える。。
しかし、現実には、私は彼らの前に41歳で出現した
おっさんでしかない。私だけがバーチャルな若かりし頃の
自分を想像という画像で持ち出している…
もう若くはない
自分を説明する形容詞も
もう過去のものになりつつある?
いや、、実際には風化したはずだ・・
若い者と仕事をして改めて見える
今の自分の姿
もう無邪気に若くはない
目を閉じても聳え立つ
眼前の厚く高い壁…・
この壁を迂回せず
突き破らなければ
自分らしいものは見つけられない
年をとっていく
自分らしい自分は
発見できない。。。。。
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