2008年06月24日(火)
ノムラ 
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たいていテレビで済ますのだが、
先日ネットのニュースを見ていて
うん?と引っかかるものがあった
野村、岡田野球に衝撃! 夢は“トリプルストッパー!!
いまさら驚く出来事ではない。阪神のトリプルストッパー
は、もう数年前に確立し驚異的な威力を発揮しているのは
衆目の一致するところだ。
しかしこの記事の“キモ”はなにか?それは
野村が激賞しているところにあり、私の目に留まったのもその部分である。
記事の中で野村は
「野球のルールが変わったね。9イニングじゃないのか、野球は。6イニング?」
「野球は終盤が大事。ダブルストッパーは前からあったが…。阪神のやっていることはある意味、野球の神髄。近代野球の新しいスタイルだね。初めに描いてこういうチームを作り出したのか、たまたまなのかわからないけど。まあ、俺はたまたまだと思うけどね」
「先発組からリリーフにおろすことを考えないかん。今リリーフやってるヤツを先発に替えるとかな。後半の方が大事だから。ウィリアムスのように外国人を1枚挟んでるのがいいよな。『オレの仕事』と割り切って毎日でも投げるでしょ」
というコメントだった。
当然今までも多数の解説者がこの程度のことは言ってきたのだろうが、あえてこの内容が
記事になるその背景には、野村が語っているというところが大きな要素として存在する。
”俺はたまたまだと思うけどね!”
この言葉は決して嫌味ではない。野村だからこそ核心的に突くことができる
本質が存在しているのだ・・
プロ野球が現在のショービジネス化した大きな要素と始まりを考察すると、それは長嶋・王に行き着く。この二人のスタープレイヤーが読売巨人軍に存在したことこそが現在のプロ野球の形を作り出した最大要因であるのは間違いない。この二人の存在は興行というビジネス、テレビという存在への大きなコンテンツの確立、そしてこの二人を中心とした同時代の選手たちのライバル心、また、その後のプロ野球選手への影響等、存在の大きさははかり知れないものがある。
この二人の出現はある意味プロ野球を変えたのであるが、それは自らが努力し研鑽する
その行為によって今までにないプロ野球選手のスター性を極めたという事柄に集約することが出来ると思う。もっと突き詰めて言えば、一個人として最大のパフォーマンスを発揮すること、これが、それまでのプロ野球にない衝撃、ディープインパクトを与えたのである。
長嶋のエラーは絵になり、ちびっ子があこがれたり、三振してもヘルメットが落ちる姿に痺れたり、はたまた王のとんでもない記録に皆が驚愕したり、そう言った美しいパフォーマンスとそのパフォーマンスに対抗する村山や江夏、稲尾、野村などのライバルとの関係、これが今までになかった、筋書きのないドラマとして劇場化したことが現代のプロ野球の発展への大きな礎になった。。
しかし、長嶋・王はプレイヤーであり、劇場化したプロ野球においてはすばらしい役者ではあったが演出や監督というような劇場・及びその中での出し物そのものが持つ機能を変革したか?というと少し疑問が残る。王、長嶋がやっていたことと今の野球そのものの大きな変更点はなにか?それを中心に考えても、そこに差異は感じられない。
しかし冷静に見てその当時のプロ野球と現代の野球の差は何か?そういうポイントで考察すると大きな違いが現れてくる。その最大はなにか?一番大きな違いはピッチャーの仕事内容が著しく違うことに気がつく。バッターは決められた打順ごとに打席に入る,これは戦前、いや野球が始まったころから変わりはない。打撃理論という枝葉は大きな革新を続けてはいるが、それは野球全体の変化からすると小さな割合でしかない。
しかしピッチャーはどうだろう?現代野球でピッチャーが最初から最後まで投げぬく、これは今や珍しい事になってはいないだろうか?ピッチャーの概念が大きく変わったのである。それは先発・中継ぎ抑えという分業制の確立が変革点として上げられる。今では当たり前の概念だが、私が小学生時分にはなかったものだ。これほど野球全体の変革、そしてその割合の大きなもの他にはないのではないだろうか?
ではいつから?と探るとその大きな分岐点に姿を現す存在こそ“野村”なのだ。この概念変革を取り入れ具体的に実行した人間、それこそが野村というプロ野球選手・監督の真骨頂なのだと私は思う。
野村はプレイヤーとしても超一流である。
今誰も話題にしないし、しても気づかないが、そんな彼のプレイヤーとしての存在を象徴的に現す事柄がある。
それは“生涯一捕手”や“月見草”という言葉先行からのイメージだけではない。
日本で一番ホームランを打ったのは?と聞くと
誰でも“王”と答えられる。
しかし二番目は?と聞いて答えられる人間はかなり少ないのではないだろうか?
この二番目こそ
野村なのである。
じゃ?長嶋は?と考えるとせいぜい10番目に入るのがやっとでしかない。
月見草というには程遠い、限りなくひまわりに近い実績だ・・
確かに野村の月見草という言葉は実績をさしたものではなく、その人気や注目度を表現しているのであるが、なにか本質的に私は違和感があるのと、冷静な相対間が欠如しているように感じるのである。。
まぁ、そこが存在としての野村の面白いところではあるのだが。。
このデーターが示すものは、興行のとしてのプロ野球からみる野村を実に正確に捉えているなぁ!と以前から私は関心していた。王、長嶋に匹敵すれども、プレイヤーとしてプロ野球発展の牽引者としてまったく注目されていない。それどころかパ・リーグというマイナー集団にいたことも要因ではあるが、ライバルという存在にも併記されにくく、明確なヒール役にもなっていない。本来なら野村という存在も王・長嶋ほどでないにしてももっと大きな存在としてあってもいいのだがまったくもって黙殺に近い状態である。
後年、そう後15年もすれば、彼らは皆死んでいなくなる。
その時、彼らの評価とは?と考えるとどんな姿がでてくるのだろう?
王・長嶋・野村はプレイヤーとしては今とさほど変わらない評価だろうと想像できる。
しかし、私はある意味、プロ野球全体を見ての評価となったときそれは大きな違いが現れると想像している。
野村の存在が王・長嶋以上のものになるのではないか?
それは何か?
日本のプロ野球、その野球の概念を変革した“革命者”という評価が必ず現れると確信する。
野村の大きな革命はなにか?
私はそのほとんどがピッチャーに集約されるのであるが、二つあると思う。
一つはクイックモーション!
これも今では当たり前であり、世界中の野球選手・ピッチャーが取り入れているが、これを考案したのは紛れもなく“野村”である。
それまで盗塁を許すというのはすべてキャッチャーの責任であった。
しかし、野村は盗塁という行為とその成否を鋭く細かく分析し、そこにそれまですべて捕手の機能に任せていた考え方の問題を突き止める。
それは、野球とはピッチャーの動作が始まってからすべてのプレーが動き出し、そしてそのプレーは、成否がそのつどはっきりと決着し一旦休憩する。
そしてまたピッチャーが動作に入り始まる。この繰り返しなのである。逆に考えれば、考えて休んで動き、という休憩時間と動きとが交互に連動するスポーツであるという基本的な概念を突き止める。
そうなるとすべてのプレーには必ず長短の時間が存在し、プレーの成否にその時間がかなりの割合でかかわることが見えてくる。ましてや、それが盗塁という時間的な部分に集約されるプレーはいかにその動作の時間を短縮するか?に問題の部分があることに気づく。それを捕手の機能、特に肩という部品に問題の箇所を集約しているのはかなり小さな割合の問題なのではないかという結論にいたるのは実に明晰な論理的思考である。野村は究極の問題部分は投手のモーション、投球動作が起点であると結論付ける。捕手の肩は二次的な要素でしかないのである。もちろんこれは絶対的なプロ野球レベルの内容が補完されてこそ成り立つ論理であり、へなへなの肩の捕手ではもとから話にはならない。
もう一つの革命的なものは、先述のとおり投手の分業制である。
これはアメリカでは日本よりも先んじて行われていたから、野村の独創ではない。しかし日本で具体的に取り入れたのは野村が初めてであり、江夏がその実行者である。
私が革新的であると考えるのは、それを具体的に成功させたという結論だけではなく、重要なのは、それを任せるピッチャーの選択、資質の見極めにあったと思うのである。
この選択眼とそれを裏付ける論理的背景、なによりも具体的実行に移す指導力が並外れたものを感じるのである。
当時先発完投が当たり前であり、途中から出てくるピッチャーなどたいていが敗戦処理投手的な存在であったり、中途半端な存在、なによりまったく評価基準がないため査定にまったく反映されないような状況であった。
ピッチャーとは先発完投が当たり前であり、それ以外は2千級ということが観念として定着していたものを変革したことにこそ野村の革新性が存在する。
当時の事情から考えれば、当然どのピッチャーも途中から出るのは嫌である。ましてやそれなりの実績を積んだピッチャーなど引退を天秤にかけるくらいの選択になる。それがよりにもよって江夏などという大投手に自分の考えを実行させるというのは恐ろしく感じはしないだろうか?
一つ間違えば不協和音では済まない。。
しかし、野村には冷静な分析があった。
当時江夏は長年の疲弊・血行障害・腰痛で先発完投は出来ない状態であった。しかし3~長くても4回だと投げられ、ましてや2回だと往年のパフォーマンスを引き出すことが出来た。そしてこの抑えの仕事を貫徹する最大要素はなにか?それは基本的に三振を取る技術に長けていないといけない。試合終盤に差し掛かり、ピッチャーの疲労がピークになり、その球筋も見極められつつある瞬間、突如一からリセットするような勢いのあるピッチャーが現れればとてもではないが対戦相手の大半は追いつけない。その際、技巧と球の絶対的スピード、そして三振をなんなく取れる能力と勝負勘がかね備わっていれば、これは申し分ない。
その要素を総合すると、江夏はすべてに当てはまる。
もし問題があるとするなばら意識だけである。
ピッチャーとは先発完投!このプライドを変革しなければならない。
江夏は後年このときのことを語っている
当初、当然、NOであった。
阪神のスター選手から放出の憂き目に会い、その上ピッチャーとして不完全な形の登坂を余儀なくされるリリーフという見たことも聞いたこともない仕事とその姿、成功の確率どころか、なにが成功なのかもよく分からないものに関わらせ、今までの栄光を崩壊させられるのは惨めに感じたのであった。
どこまで俺に恥をかかせるのか?
しかし野村の一言に心を動かされ決断した。
“野球に革命を起こそう!”
江夏は、この一言に当時未知なる領域だったリリーフ、現在のクローザーという仕事に投手生命を賭けてみることにしたのであった。
チャレンジである。
そして江夏は独自の調整法を編み出し、日本のプロ野球にそれまでなかった
リリーフという専門職を確立し、見事に復活を果たす。。
江夏はその後南海を追われた野村に殉じ、自らも南海を去り
孤独な狼として球団を渡り歩く。。。
優勝請負人という異名を持ち
各球団の勝利に貢献し、クローザーとしてプロ野球の歴史に名を刻む。
彼の野球人生は最後
日本人初のメジャー挑戦者として夢潰えて終わる。
しかも36歳の・・・
孤独な革命的な戦いであった。
江夏のスピリットは野村との出会いが
始まりだったと私は思う。。。
そしてこの江夏のスピリットは
サムライ・野茂への道につながっている。。
私は、
“野球に革命を起こそう!”
この一言が現代野球の大きな分岐点になったのと、この一言に、野村の王・長嶋を軽く超える野球感が存在するのと同時に革命者の人間観があると確信する。
自己革命
これこそが野村の野球革命理論であり
日本のプロ野球の革命ポイントを作り出した仕事の本質だと思う。
進化し続ける
進化し続けなくてはいけない使命。。
野村の野球感は、特別な存在であるプロ野球選手のみにだけに通じる世界ではなく、それを超えた一般の人間社会にも通じる大きなテーマが常に存在している。
強いチームが勝つのではない!勝つチームが強いのである。
弱いものには弱いものなりの戦い方がある!
野村の野球感からは、自らの力に挑戦せざる終えないような状況、タフな戦いを挑まなくてはならない局面、それを乗り越えようと努力する者たちへの強烈なメッセージが含まれ、学ぶべきものが多く存在する。
野村の野球は決して”マジック”とは呼ばれない。
ドラマとも呼ばれない。
あるのは、数年かけた着実な結果の積み重ねである。。。。
一過性の強さではない。
野村を軸にした確実な革命の結果である。。
今、私が仕事をしていて痛切に感じるのは
この革命という
常に野村が自らの野球に対して命題としたもの
その言葉の持つ大きな意味だ。。
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