2005年08月19日(金)
NOBUNAGA様の国家 
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時代によって、歴史上の評価が大きく変わる人物は結構存在するが、信長の場合は何故か期待を込めた、もしくは理想のような変化が読みとれる。通常歴史上の人物像変化の場合、今まで知らなかった史実の発見や、メディアによって作り上げられた部分と事実の乖離を埋めるような作業が多いのだが、信長の場合、史実全体として大きく変化した箇所は見受けられない。
現代の社会状況、それを検証するための下敷きとしてのリーダー像が近年顕著に取り上げられている。客観的なストーリーではなく、窮地での判断や局面の行動、そして戦術ではなく戦略面にその志向性をかなり細かく検証しているように思います。その評価の高まりは同時代の秀吉・家康の比ではない。
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それまでの信長のイメージは、若年時の“傾き”振りや比叡山延暦寺の焼き討ちに代表されるような残虐性が強かったが、近年の代表的なイメージは楽市楽座や茶道、毛利水軍との鉄鋼戦艦による戦い、先進的な人材登用等、経済文化軍事組織の先進的戦略性が非常に強いように思う。それは軍事拠点を中心とした領地・陣取り合戦に終始する他の戦国武将に比べ、日本全土を見渡すような国家観が存在するからではないだろうか。そして検証しようがないが、間違いなく宣教師から地球の形態を教示され地動説までも理解していた事を考えると、地球の中の日本というポジションも頭の中にあったと判断できる。
宣教師の地動説に対して、「理にかなう」と答えたという。
信長は歴史に登場する草創期からすでに領土の観念が他の大名とは格段に違ったように思う。
よく言われるがそれまでの基本は、一所懸命で占有地を如何に保守し、その上で領土拡大を謀るかが戦国大名の天下統一への指向性であったが、信長の場合は占領すると次々に居城を移動していく。そして付き従えた綺羅星の如き武将に城及び領土を任せていく。その中で大きく革新したのは専門的軍人を創出した点にあげられる。それまでは兵隊(雑兵)はあくまで半農である。そのため基本的には農繁期に戦はせず、スケジュールの調整をした上で戦に取りかかる。この点が明らかに武田信玄や上杉謙信との違いになる。自身の確保した領土は自己実現のツールでしかない、よって確保した領土はあくまでも手段でしかないのだ。
そして、すでに日本国中に関しての領土分配が計算されていたのではないかと思う程の戦略が読みとれる。
もう一つの重要な点は、国土計画の動脈としての経済流通にかなりの重要性を見いだしている点だ。通常戦略的に道路の整備も橋を架ける工事も、領土防衛上・情報漏洩の観点からデメリットとなるため必要最小限でしかこの当時は行わないが、信長は逆でドンドン押し進めた。経済流通による近代都市ひいては近代国家の計画がすでに頭の中に存在していたのだと考えられる。
よく秀吉を登用したことについて、斬新な人事という論評するが、確かに間違いではない、しかし特筆すべきは、そう言った人事を慣行するもしくは出来る思考回路が重要なのだ。
そのため秀吉も計算高く近づけたはずであるし、実際に成果をあげられたと思います。
秀吉の類い希なる才能は間違いないが、あくまで基点は信長の資質に由来することが大きい。
それは茶道の最大の理解者としての信長も同じである。後年の利休七哲や秀吉、家康その他大名と、茶道に対しての考え方が大きく次元が違うのである。信長ほど利休の芸術を理解していたものはいないであろう。信長のもう一つの重要な国家形成の戦略は文化ソフトによる戦略であったと考えられる。茶器ひとつ茶会一回が何万石の領地に匹敵するという相対観は、戦国大名の権力ベクトルの変更を謀る遠大な計画であったと考えられる、それは限りある価値の配分から、限りない価値創出であった。間違っても秀吉の即物的茶道観とは違うのである。
いずれ国内が平定すると割譲地は確実に無くなるのである。秀吉は海外へ、家康は国内規範を高め階級社会と重農主義へと移行したが、信長は間違いなく重商主義への移行が目的であったのではないかと思います。
信長を基準に考えると、あまりにも超然的でその後の統治者が凡夫にさえ思える。世界標準そしてその中で高いレベルの存在を感じる。
何よりも家康がこの時代のクローザー的立場であるが故に人道的性格が強く現れるのであり、王道的人物のような歴史的評価も高いが、私は果たしてそうだろうかと最近疑問に感じる。
家康は覇者覇道ではなかったかと考えます。根拠としては、基本が徳川家でしかないのである。信長の国家観の方が限りなく王道ではないかと考えます。あまりにも国家形成上途上でそれまでの考え方からすると常識はずれだった点が多く、近年までそれらの行為ばかりが目立っていたため、最終的な目的への理解が埋没されていたのでは無いだろうか。現代になって信長の評価が高まるのは、ひとえに既成の崩壊が社会の命題として具体化してきたことが背景にあると考えます。信長のように目的までの手段がたとえ常識からはずれていても、改革革新が必要な時には一番有用かつ近道であり、ある意味説明義務を果たさなくても最終的国家観に到達する事を是とする気運とリーダーシップが先ず必要なのでは無いだろうかという閉塞感からの脱出願望があっても不思議ではない。信長の残虐行為の背景には、叡山等の既得権益護持者との戦いがあり、新たな国家の収益配分には必要ない反対勢力であった。
そういう意味では今回の郵政解散は、私にとって凄く耳目集中する政局である。

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