2008年01月20日(日)

fire 黒猫 fire

 黒猫 事務所の引越しも完了し



毎日、京都の街の真中まで通勤している。


大学時分も京都市内に通学していたのであるが、20年ぶりに同じ経路を使うことになった。

当時、時間がかかった記憶があったのだが、今は電車のダイヤも格段に過密化し、冷静に移動時間を考えると家から市内主要箇所へはどこでもそんなに大きな差がないことに気づいた。

京都の交通網は少し不便なところがある。関西以外の他府県から来た場合、先ず京都駅に到着するのであるが、京都駅そのものが南北の線で言えば烏丸という通りに位置し、このポイントから北上するには地下鉄網がここ数年で延伸が完了している。そして東西の主要幹線の延伸も進み御池通りという東西の通りの中心にて京都市内の東西方面への移動が可能となった。これが無かった時分は徒歩、タクシー、路線経路がわかりにくいバスという手段でしか無理があった。

しかしであるこの御池から東に出ても、実は京都の東側の中心地からはかなり北側に位置しており、実際には徒歩もしくはバスにて移動しないと到達できない。ましてや神社仏閣を初めとする観光地はそれ以上に離れているため、至極不便であり以前と基本的にはあまり変わりがないのである。東側の主要交通網は京阪と呼ばれる私鉄が大阪から京都へ入って来るのであるが、この路線は京都駅とは交差していない。そのため京都駅から東側へ行く場合はタクシーかバスもしくは徒歩からしか選択肢がないのである。本質は京都の街のインフラは南北の線にて構築されており、東西の線が非情に脆弱なのだ。その東西の脆弱さをカバーするためにバスの路線が網羅し分かりにくい系統をウェブ状態にて絡ませている。しかし、これが実はひじょうに面倒であると同時に、ある種の利益を生み出してもいるのだが、日本一の観光都市としては如何なものか?と以前から痛感していた。

実は私が今通勤に使用しているのがこの京阪電車であり京都の東側なのである。本来なら私も京都駅に直行していくルートが一番最適なのであるが、これを利用し京都の街中で降りた場合、かなりの距離を徒歩でカバーしなくてはいけないのと、京阪併用よりも一割も運賃が割高になってしまうのである。。

今はこの京阪電車、地下に潜ってしまったが、昔、大学時分は鴨川の横を走っていたため僅かな時間ではあるが車窓から京都の四季を眺められた。今はその感覚をこの電車に乗っても得られないが、それでも20年ぶりにこの電車を使い移動していること、そして京都の街中で仕事をしていることに少しだがワクワクしている。

しかし、帰るときは今までにには無かった強烈な誘惑が存在し、繁華街、ネオンをなにもなく後にするにはもう少しの修行が必要であることがこの数日で判明した…・

昨日も帰るとき、ぼぉーと歩いていたとき、この新しい事務所の前は九条通りという京都の街区では一番南側に位置する場所にあるビルを仮事務所にしていたのであるが、よく考えれば、さほどの距離を移動したわけではないが格段に感覚がわるもんだなぁ?と一人感心していた。
東京や大阪、名古屋ほどの都会ではないが、独特の華やいだ雰囲気がこの京都の中心地にはある。

なんとなく観光客が多いせいか、他の都市部で感じる忙しないものとは違い、どことなく茫洋とした賑やかさがある。この雰囲気は戦後や最近人工的に作られたものではなく、最低でも江戸時代に熟成された街の持つ雰囲気、感性なんだろうなと思う。人工建築物の数や人口の増減、インフラ、生活情報の量とは比例しない、歴史という絶対的な要素を割合高く有する都会なのだろうな・・・と

私はこういう京都の街全体を考える時、必ず浮かんでくる古のイメージが幕末時代であり、その夢想の中心を駆け回るのは決まって新撰組である。昨日もこの京都の街を頭の中で移動しているとき、一瞬にして想像に被ってきたのは新撰組の隊列を組んだ隊士達であり、壬生という九条から少し北に位置する場所に屯所を置き、そこから京都の繁華街へ毎日出動していた姿をなんとなく想像していた。その時、改めて感じた、そう言えば新撰組って好きだったよなぁ!一時期関連書籍を読み漁ったのに・・と思い出した。それと同時に一人の名前がフワッと浮き上がってきた。

沖田総司

私が幕末史に入り込んだ最初、確か中学生時分、始まりは坂本竜馬だったのだが、おそらくほぼ時期を同じくして突き抜けた興味をもったもう一人は沖田総司だったような記憶がある。

この沖田総司に関しては最初司馬遼太郎ではなく、誰か女性作家の小説だったように覚えている。しかも自宅近くにある市立図書館まで出向き借りた本だった。。

この人物、私が最初に知ったのは歴史的な事ではなく、映画の主人公としてやたらストーリー化されている事や、なぜか美男子の代名詞的に漫画やその他にその姿が仮託され登場する情報に、実際はどんな人物なのだろうという興味を持たされたような気がするのである。

それと決定的だったのは、昭和49年作だったと思うが、草刈正雄がこの人物を描いた映画に主演しており、その映画をテレビで放映したものを見かけた事だった。なぜ?こんなバタ臭い顔がサムライを演じているのか?こんな人物なのか?少々の美男俳優だと気にならなかったことが、ハーフの青年が演じる人物、しかも江戸時代の人物に対してこの配役?強烈な興味が湧きあがったのである。。

それから市立図書館へ行き小説を借り、おおよその人物像を掴んだのである。

天才剣士、結核により夭折、僅か5年で栄光から挫折へ追い込まれた組織の筆頭実働部隊長、最後誰にも知られずひっそりと死んだ、などという皆が哀れみをもつ要素を如何なく持ち合わせ、ある意味劇画的ヒーローキャラとしては最高点に近い人物だった。中学生の私もそのヒーロー像に飲み込まれた一人となり、それ以降、司馬遼太郎の新撰組ものやその他色々な新撰組関連を読み漁り、坂本竜馬とともに2正面で幕末史を理解していったのであった。

しかし、幕末史を理解するればするほど坂本竜馬は大きく常に傍らから離れることはなかったのであるが、片方の沖田総司はどんどん小さくなっていったのである。そうこうすると何時の間にか消えてなくなり、新撰組における興味の対象は土方歳三に移っていったのと、新撰組という幕末のアダ花的な組織の出現の理由などに向かっていった・・

ある程度の年になりその理由を考えた時があったのだが、その時決定的な要素として浮かび上がったのは、“ノンポリ”の剣士というキーワードだった。確かにその短い人生は客観的には劇的なものがあるのだが、しかし本人自身の正確な人物像でいけば、思想もなく幼少より世話になった人物に付き添い京都まできて、数え切れないぐらい人を斬り、最後帰属組織が斜陽化し、それに追随して人生を閉じたという冷静な見方が正確なんじゃないか?と気づいたのである。。

決定的なのは歴史的な役割がなにもないという事であった。また、極端な見方をすれば、幕末に存在した志士や幕府側の人物達、それぞれ歴史に名を連ねる要素、歴史に対する功績などを持ち合わせた者達を押しのけずば抜けて映画・小説、その他色々なメディアで取り上げられているのは、ある意味異常に近いと感じたのである。歴史的事象には僅か接触したかもしれないが、主体的な思想をもとに行動しその上で評価された人物とはまるっきり違うのであるが、現代の我々の前へメディア的に露出する割合は、坂本竜馬や西郷隆盛にも匹敵する…

新撰組という組織を別にした場合、個人としてだけの評価としては

冷静な判断からその時代に比較できる人物を当てはめると、土佐の人斬り以蔵、熊本の川上彦斎、薩摩の中村半次郎(幕末時期)、田中新兵衛なんかと本質的には合致するんじゃないのか?と思うのである。個人の思想とは別にというのではなく、盲目的にテロルを繰り返した人物。特に人斬り以蔵こと岡田以蔵とはそんなに差を見つけられないくらいに似通っている。ただ僅かに違いがあるとするならば、集団的な構成員として活躍した者と、個人的なエージェントとして上手く利用されたものの違いくらいしか見いだせない。いやそれも正確な差とは思えない。沖田の暗殺は岡田以蔵が武市半平太の指示があったように、近藤・土方の指示が確実にあったはずである。

もし違いがあるなら、時として指示した側すらも暗殺の現場におり、同じベクトルで動き同じ結果を求めたということかもしれない。しかし本質は大義の在り方を差し引いても強引な殺戮に違いはない。

しかし、岡田以蔵のようなダーティーさは微塵もない。その差はまったく私心がなかった、邪な考えが入り込む隙もないくらいに無邪気に新撰組に参加していたんじゃないか?とも思うのである。新撰組の暗殺には必ずと言っていい位中心に存在するのであるが、彼個人が切り殺したというよりも必ず新撰組が殺したという結論に結び付いてる。彼の暗殺剣とは個人の剣ではないのである。天才的な剣士とはあくまで周りの人間の証言なのだが、実際の暗殺現場における彼の剣を詳細に伝えるものはない。また彼の剣が閃光を放った意味を伝えるものもない。あくまでトコロテンのように大きな塊がドロドロと押し出されるような作業の現場に立ち会っていたにすぎない。

私はこの人物が見た幕末と新撰組というのはどのようなものだったのだろう?と興味を抱く。

そしてその中で何をしようとしていたのであろう?類まれなる剣の才能が殺戮に役立つ事を至上の喜びに転嫁していたのだろうか?それにしては個人としての存在があまりにも希薄なような気がする・・・

おそらく正しいか間違っているか、合っているかかいないは別にして、この時代のテロリストは時代や空気、権力の所在が見えていたと思うのである。その中で自分の出来ることをアピールし、ある時は金に換えある時はシガラミ、またある時は自己保身として、その中を泳いでいたのだろうと思うのである。

しかし、沖田総司に限って言えばそれらはまったく感じられない。ただ単純に毎日無意識に殺戮を繰り返していたような気がするのである。この青年の実像とは本当に如何なるものだろう?なぜこのように現代にある程度のヒーロー像が確立したのだろうか?

おそらく彼は幕末史上、史実には残っていないがおそらく一番人を斬った剣士だったように思う。

それは他の幕末のテロリストと違い、ある種の合法的な手段として行使できたということが大きかったと思う。それは逆に言えば、主体的な惨殺がほとんどないということにも通じる。機械的に殺戮を繰り返していたことにも繋がる。ある意味岡田以蔵ですら、暗殺する相手のことは調べ、
その暗殺の役目についての指示があったと思うのと同時に達成感が存在したと思うが、新撰組はパブロフの犬的に尊王攘夷、所謂反幕府勢力という事を察知した時点で殺戮に及ぶ、ここに仕事としての達成感はあまりないような気がする。この違いは量的にも大きな違いがあるのも確かだが、人を斬るという行為そのものに対する人間が持つ感情の大きさもかなり違うような気がする。

人を斬ることが日常の仕事であるのと、人を斬ることによって自らの仕事の意味や対価を追求する、もしくは、私叔するものへの忠誠心を具現化する事とは本質的には大きな違いがある。

そして新撰組の殺戮は、これは私の考えだが、決して果たしあいのようなものではなく、大人数で追い込み、なますのように八つ裂きにするかのごとき戦術で、必ず殺す剣法だったと確信する。治安部隊であるから、絶対的な勝利をまず確立してでないと行動には移さないと思うのである。このような日々を送った者とは・・・よほどでない限りなにかの疑問を持たないのだろうか?おそらく反幕府の勢力を毎日駆逐しても尽きることなく京に溢れてくる状況とは、また初期からその暗殺の指示を繰り返してきた近藤や土方に対しての思いとは?まったくのノンポリであることは間違いないとしても、機械的に毎日現場で機械的に繰り返す殺戮を続ける精神状態とモチベーションとは一体なんだったのだろう?局中法度のみで拘束できるものではないような気がする。

ある種の虚無感を感じてはいなかったのであろうか?流石に考えるのである、例え新撰組にいたとしてもある程度の時代の空気を感じないはずはない。近藤に対する絶対忠誠心のみで行動したのだろうか?新撰組初期の彼の剣は忠誠者近藤の為の剣であったが、近藤の立場が確立して以降の彼の剣はイデオロギーの為のものであったはずである。ここに彼が殺戮を続けるモチベーションの変更があったとは到底思えないのである。間接的に近藤のためになるという事を最後まで彼はモチベーションにしていたと思うのだ。しかし、一人二人重要人物を切り殺しても、終わることがない殺戮業務と見えない運動法則の中で頂点を極めていく組織、ここに彼は何を見ていたのだろう?このギャップの挟間で無感情に殺人を繰り返した彼にはニヒリズムの接点が存在し、他の人斬りと異名をとった人物と背反する。

沖田に限り言えば彼のもう一つ表情の無邪気な子供好き、冗談を言い続けた明るい朗らかな青年というイメージがその闇の仕事とのギャップや陰影を強烈に浮き彫りにさせるから余計に難解になるのと同時に、何か無思想ではあるが、まっすぐな青年像と神の気まぐれかのような神技的な剣法を利用されたという本人が気付かない悲哀が生まれているのである。。。


昼間朗らかに子供と遊び、夜、誰もが震えあがる無感情・無慈悲な剣士になる。この二面性とはなんなのだろうか?実に大きな疑問が噴き出すのと同時に、この部分が他のテロリストとは大きな違いがあるような気がするのである。他のテロリストはある意味“殺したくて殺している”のだが、沖田はどちらでもなかったように思うのである。ただそこに無感情に向き合っていた。しかし、それは自らの本質とは乖離したものであることを、冷静に眺め日々過していたのじゃないか?それは彼にはある種の達観があったのじゃないだろうか?

そういう意味では彼の剣は幕末史においてあまりにも意味をもたない最強の剣だったのと同時に歴史的意味をまったく持たずに振り回され、意味なく人を大量に殺戮したように思うのである。

近藤や土方に意志があったとしても彼は無感情に動いただけである。以蔵もそうなのかもしれないが、少なくとも彼が最後怖れ慄いたのは、その殺人の意味を少なくとも理解していたからだと思う。そういう意味では・・沖田は、

悲しいかなテロリスト以下の最強剣士。
ロボットのような天才剣士。
決して首輪をつけたられた狂犬ではなく
従順なる狩猟犬。。。。。

彼は新撰組の前進であり母体となる試衛館という剣術道場において若年ながら師範を務め、その剣は近在に響き渡るほどの名声を得ていた。そんな彼は剣術に何を求めてきたのだろうか?試衛館という道場で行われた天然理心流という流派は実戦剣法だったと聞くが、本当に後年、この実戦のためにそれまで修養を積んできたのだろうか?それは本来、漠然とした具体性のない前提でしかなかったと思う。そして当然、新撰組が出現しなければ彼の剣は歴史の中に葬られていたであろう。本来彼の剣とはそういうものだったはずだ。

近藤という忠誠心の対象に従事する自分とそこから解放された自分というのを、子供や隊士間の何気ない戯言の中でバランスをとっていたような気がするのである。

彼は死ぬ間際、「先生はどうされたのでしょうね、お便りは来ませんか?」と、師を気遣う言葉を幾度となく口にしたとも伝えられている。。

そしてこれは子母澤寛の創作らしいのだが、これに仮託したものには大きな意味があると私は感じる・・・


労咳療養のため死にぎわ隠れ住んでいた植木屋の庭に現れる黒猫を斬ろうとして幾度となく失敗し、己の衰えを痛感した沖田は「ああ、斬れない。婆さん(付添いの老婆)、俺は斬れないよ」と嘆いていたという。


これは、私は己の体力的な衰えからの嘆きではないような気がするのである。。

斬るという行為の意味を見出せない、自らの剣の意味を感じての痛恨だったのじゃないかと思うのである。。

これはある意味われわれも同じじゃないのか?と思うのである。
真の自らの仕事を考えたとき、黒猫は斬れるのだろうか?盲目的でないといけない自分に突き当たる。

たくさん黒猫を斬ったんじゃないだろうか?

時代や社会、組織の空気を読んで上手に立ち回っているようだが、自らの行動に真の大義や意義をちゃんと感じられるのだろうか?組織にいて、家族があって、親がいて、金という絶対的な原資。。。

沖田総司は

あまりにも普通の青年が幕末、自らの意思を見つけることもなく時代の波にさらわれたという如何ともしがたい喪失感がいつまでもこの青年の背中を追いかける要素につながっているような気がするのと同時に、それは茫漠として中心が定まらない幕末時代の街角に本来無数にいた普通の青年となんら変わることのないはずだったはずの姿へ、何かの失望感を味合わないと感じられない真の自分の姿を追い求める我々を重ねているような気がするのだ・・


久し振りに帰ってきた


四条通を歩き、遠くに祇園の灯りを見ながら


明日もまた任務がある


黒猫は現れるのだろうか?


そんな事を考えていた・・



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投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 人物
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