2007年12月29日(土)
表裏一体 
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それは、
過去経験したことがないくらい猛スピードの一年だったということと、明らかにこの一年がここ数年に経験したものとは異質であったということである。。
自分が前のめりで時間に引っ張られているような感覚、これは時間が足りないという感覚ではなく、恐ろしく知恵を要求される感覚だった。この感覚は、頭を使ったというよりも、過去の経験則でしか今まで日々を過ごしてこなかった証左であり、自分の力不足を痛切に感じた結果だった。
この一年を振り返ると
表裏という言葉が大きなテーマだったような気がする。
物事には必ず表裏が存在する。
陰影ではなく、表裏なのである。
表は確認することができても、裏は確認することができるものとできないもの、それは自信のインスピレーションを働かせ、イメージでしか認識できないものが存在する。しかし人間は必ずこの裏の存在を気にかける生き物であると同時に、探求したがる動物でもある。
そして確信的な結果を必ず導きださないといけない局面を突きつけられ、正解不正解に関わらず表裏の定義を完備しなくてはいけない。
これをこの一年はかなり迫られたような気がする。
ある種、これまでの経験からの部分に頼ろうとも、その割合が極端に低く、アレンジだけでは無理があり、オリジナルの創出を求められた。独創的な発想、これは、ぼぉーとした中で作られるものではないことを始めて感じた。常に頭をフル稼働し、情報を集め、何度も検証し、これを延々繰り返す。そして選択肢を構築し結論を導きだす。
誰かから得た知識だけで裏は構築できない。
相対的な情報選択ではなく、絶対的なオリジナリティーの構築が必要なのである。
私はこの一年それをつくづく感じた。
明らかな勉強不足と経験不足であった。もっと言うとそういった思考回路が脆弱すぎたのである。
しかし、この年末にあることに気づいた。だからかも知れない、この一年をやたらと振り返ろうとするのは・・・・
それを導きだしたキーワードというか
アイコンは
表裏一体という言葉である。
表裏の探求とは表の確認と、その表に写りこまない裏側の色彩であったり、内容の創造という二つの確認行為だと考えていたのであるが、実は一つの真理を導き出す手段に過ぎないことに気づいたのである。表と裏の定義とは、どちらが裏でどちらが表などという区分はもちろん自分で行うのであるが、これは固定的なものでは決してない。関わるものによってコロコロと簡単に変化する。しかし、軸は一つしかない。この軸を中心に回転していて、この軸こそが真理なのではないかと気づいたのである。この軸を理解するための手段として表裏をそのつど想定するのだが、結局、なぜ見えないものが存在する、またさせるのか!ということを考えれば、表に見えているものから十分にその裏の意味は読み解けてくる。まだ初歩的な感覚しかないが、この表裏一体というアイコンからはそれらの指向性を掴み取ることができたような気がした。。
しかし、これは本当に初歩的感覚でしかない、もっと重要なのは、その物事が存在する意義を相対的状況の中からまずかぎ分ける必要があり、その中から核心に肉薄しないと表裏とその物事の軸までは到底たどり着くことはできない。
ひょっとすると案外、理性の枠から外れるような、新大陸に存在し、その感性は理性という氷塊から抜け出さないと確認できないような“破廉恥”な感性が必要なのかしれない。
表裏一体という言葉の素直な意味は、
●一つのものの表と裏のように切り離せない関係にあること
●相反する二つのものが大もとでは一つであること。また、二つのものの関係が密接で切り離せないこと
とある。表と裏は違うとよく訳知り顔で言ってしまうが、本質は同義なのだ。
シェークスピアの言葉に
人間一度しか死ぬことはできない!
というのがある。普通これは人間一度しかない人生とよく言われたり、言ったりするフレーズなのであるが、実際、この言葉を逆転、いわゆる裏を創造すると、人間一度しか死ねないということに簡単に突き当たる。
しかし、この軸は?と考えると、人間は何のために存在するのかということを限られた時間で探求することを突きつけられた生き物であるという事なのではないだろうか?
また、同義として、生きることは死ぬための行為であるとも考えられる。また飛躍すれば、意味を考え続けるというのは、究極の暇つぶしなのかもしれない!!
またこんな言葉もある、これは誰が言ったのかはしらないが・・
・・・今日という日は、残りの人生の最初の一日・・・
人間の通常の感性では、あつかましくも、一日とは平均寿命を分母に据えた割合と考える。
しかし、逆転した考え方を創造すれば、もともと分母なんかは存在しないのである。今日一日、いや、もっと極端に言えば、今、そうたった今、それだけは生きていれば確実に担保されるが、それ以外の前後の時間など存在しないのである。
これの軸は、人間は生かされている存在、もしくは活かされている存在であるということが真理なのじゃないだろうか?
私は今年大きなテーマとめぐり合えた。
そして来年具体的にそれと向き合い、自分のオリジナリティーを作り上げないといけない。
自らの表裏を把握し、軸、そう真理を構築しなくてはいけない。
・・オーケストラを先導しようとする者は
聴衆に背を向けねばならない・・・・・
この言葉に私は大きな意味を見つけたような気がした。。。
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