2007年12月19日(水)

fire 影武者 fire

 影武者 13歳の時が実質的な“映画館”へ足を運ぶデビューであった。


この年、私は初めて自分の意志で、これが見たいという思いをもって、天平の甍と影武者を劇場に見に行った。

どちらもプロモーション規模も大きく話題の大作であり、封切り前から見たいという欲求、ワクワク感が高まっており、実に待ち遠しい新作であった。

今のようにネット、dvdやレンタルビデオなどがない時代、そして日本映画が衰退しきっていた当時は、大掛かりな予算を使うこともままならない状況下で出てきたこれら映画はいやがうえにも注目の的だった。

商業的に今のような仕組みが出来上がる前、それこそ完全な興行という意味合いが強かった日本の映画は、観客動員のみが興行収入の全てであり、博打のような様相がプロモーション側にも漂っており、その中で大博打的に封切られる映画は今のプロモーションにはない凄みがあった!

所謂、劇場での次回作の宣伝に使われる

史上空前の規模

空前絶後のスペクタクル

過去最高の観客動員必至!

抱腹絶倒、感動の渦!!

というような壮大な宣伝文句を乱発し

そして最後に

撮影快調!!!

と観客の期待をこれでもかと、豚骨スープのような濃厚さと、そしてとてつもない暑苦しさで引き出していた!!!我々もそれに引きずられ、おぉ!と単純に驚き、封切りを待っていた…


しかも、その監督が黒澤明となれば、世間の注目は他のどの作家よりもボルテージは高く、当時まったく黒澤明や日本の映画界の事を知らなかった私ですらその盛り上がりの波の中に飲み込まれた!

私は黒澤明に関心や興味があった分けではない。影武者というテーマが気になっただけである。この時分より歴史小説にのめり込みはじめ、まぁ、多くの人間がそうだと思うのだが、分かりやすくて面白い戦国時代が私も例に漏れず起点となった。そのタイミングで封切られた影武者という内容に私はミートしただけであり、黒澤作品というモチベーションではない理由で劇場に行かなくては!と思ったのである・・


劇場で見るのはいい。

いや、映画はもともと劇場用に全てが作られているわけであるから、劇場以外、テレビなどで見るのは別物と考えていても相違ないと思う。

映画の内容そのもの以外の、劇場が持つ雰囲気も作品の要素には欠かせない無いものだと私は考えている。。

あの、すぅーっと暗くなり、ふんわりと暗闇の中に誘ってくれ、ついさっきまでの日常と綺麗に分断してくれるのは、色々な芸術が存在すが映画独特のものであり、特にその部分が私は大好きだ。

そして人間が実物大よりも大きく迫ってくる、その迫力は色々なメディアが存在するが、追随を許さないくらいの迫力と感動を有する。これを最大限満足するため、私は基本的に映画は一人で見に行くことにしている。

一人で暗闇の中、その世界に没入したいたからであり、デートでは過去映画館をほとんど使わなかった。気が散るのである。何か話し掛けられるのも嫌だし、相手のことを気にかけるのも煩わしい、そして一番嫌なのは、終わってから感想を喋りあうのが一番鬱陶しいのである。

私は映画を見た直後は秀作であろうが、駄作であろうが、何故か不思議と感想が出てこないのである。ゆっくりと時間をかけ自己分析するのに時間が欲しいのと、実はその時間が私にとっては一番至福の時間であり邪魔をしてほしくないのである。。。。

とにかく映画館は出来るだけ一人で行くことにしている。

さて、影武者であるが、正直、面白かったのであるが、皆が騒ぐのと同じ重みで私の天秤が水平を保ったか?というと当時13歳の私は、そういった感覚がなかった。

確かにスケールや迫力というものには凄さを感じたのであるが、感動?というものはあまり感じなかった…歴史的な事象として武田信玄が亡くなってから3年間回りの大名との紛争がなく、その死が隠されていたということは想像に難しくないことであり、映画のストーリとしてもリアリティはある。

しかし、それが映画の支柱でないことは十分理解していたが、かといって…??何が大きな柱としてこの映画が組み立てられているのかは、理解できなかった。だから当時の私は、映画のスクリーンから体感できるスケールと迫力、音響の方が見た感覚として全面を覆ってしまい、その底流を流そうとしていた核心がまったく見えなかったのであった。。。。

これ以来、黒澤映画は見ていない。

中学を卒業し高校に入学するころからビデオというものが一般の家庭にも当たり前に普及し、皆、レンタルビデオで映画を見るようになると、我々がリアルタイムで見ることが出来なかった過去の映画なども容易に鑑賞でき、友人達同士で映画を話す内容にも現在封切られている映画と同様のボリュウムで過去の秀作映画が普通に会話に現れるようになってきたのである。

いや、どちらかと言うと、それまで大人たちの占有であった過去の秀作が開放されたという色合いが強く、過去の映画を話す方が多かったかもしれない。。
そういった会話を友人などとしていると必ずと言っていいほど黒澤の存在に突き当たり、大半が感動したと語るのである。。

しかし、私は影武者を見て以降、さしずめ日本の映画界の巨人であることは過去の賞歴から知識としては得ていたが、感動するということにはなにか解せないものを常に抱えていた。

それと、生来の天邪鬼気質が、皆が良いというものに迎合を許さなかったのもその要因であったことは自分でも十分理解していた。なぜ、皆が口をそろえて良いというのか?いつも私はそういう印象をもつものが目の前に提示されると、独特のアレルギーが出て好きにならないという頑なな傾向を示す癖がある。しかしこれは意固地になって認めないということも僅かな割合ではあるが、よくよく冷静に考えると、やはりそういったものは、基本的に好きではないもの達なのである。だからこの感覚を私は内面として自己批判しているわけではなく基本的には肯定している。しかし、圧倒的に肯定されているものを、特に根拠も示さず嫌いという事はかなり危険な行為であり、過去何回か痛い目にあった。

話は逸れるが、その具体的な内容として、私はサザンオールスターズとビートルズが嫌いではないが、好きでもない…

これが、過去何度も痛い目にあった。あのメロディアスな・・やめておこう。。。

話を戻すが、あまりにも皆が黒澤を良いというのと、黒澤を知らずして映画は語れないであろう!的な圧力が凄まじく…

うーん・・見てみようかな?と言う気持ちがポツっと芽生えたころ、偶然京都駅前にあった小劇場(今もあるかどうか知らないが?)で黒澤ウィークという企画があった。

じゃまぁ一度見てみるか!という事で行くことにした。何作か見て・・うん?面白い!なぁ、いや凄いなぁ・・あの13歳の時、感じたものとは明らかに違う。。。

ひょっとしてこの監督って??

ものすごい芸術家では・・・

そして何作目かに七人の侍が上映された。。

すっ、スゴイ!

これは…

息を呑んだ。。。

これが、白黒映画??

いや、これ作ったのいつ???

ボコボコにヤラレタ…

黒澤?そんなにスゴイ?へぇー

俺?べつにぃ…

なんて言っていたのが、猛烈に恥ずかしく感じた。。。。
なんと・・無知とは恐ろしいのか…

とにかく凄かった。圧倒された。

当時の東宝があまりにも膨大な予算を消費する黒澤に、映画撮影の進行をストップさせ、出来たところまで社の幹部で見て中止かどうかの判断をするという結論を下し、上映会を開いたが、あまりにもの凄さに、即時続行を決定したというのは有名な伝説として残っているが、それはこの映画を見れば良く分かるし、当然の結果だとも思う。

映画は興行であるから、端から博打の色彩は強いのであるが、しかしそれでも通常の試算は商業的な採算があってビジネスとして考えるのが普通であり、資金が無尽蔵にあるわけではないから、基本的には封切る前から予測のつく採算ラインを割り込めばお蔵入りか中断というのが普通であろう。

しかし映画そのものが普通ではなかったのである。それは奇異なという意味ではなく、世界中の誰もが見たことのないスケールと内容・・この迫力とは、ビジネスで雁字搦めに計画を遂行する人間に対し、ある意味での大博打を打たせるだけの説得力があったのと、多少なりとも映画という芸術を商売にしている人間の中に宿る活動屋の魂の琴線を弦が切れんばかりに弾いた結果だったと推察できる。

そして単純に“続きが見たい!”という人間の根底にながれる欲望を鷲づかみにしたのだと思う。。。


そう感じてから、あの影武者…あの映画・・

と、再度見る必要に駆られたのだったが、そのままになってしまった。。

それから数年後、何気なくレンタルビデオに立ち寄り、フッと当時の宿題を思い出した。

あっそうそう、あの宿題がまだ片付いていない!
迷うことなく影武者を借り、家で見た。。。。。。。

あっ!


と、気づいた。。

これが分からなかったのか…

この映画・・戦国時代の時代考証などをまったく知らなければ、武田信玄のことを何も知らなく、只の“殿様”西洋で言う“王様”として単純に仮定すれば、この映画の骨格がものすごい色彩を帯びて浮かび上がってくる…・

影武者とは、人間に内在する自分じゃないか?

表面の自分・・これは他人が判断する客観的な自分であり、ある意味正確ではあるが、しかし本当の自分というものであるかは、内在する自分とのギャップを常に人間は悩みとして抱えている。世間のイメージと心の内に存在する自分。。。

人間は生きたいようには生きられはしない、しかし、じゃぁどのように生きたいかと問われても、明確に出来る人間もまた少ない。それは現実的には不可能であったり、そこからくる諦め、反抗。。

これはイメージとしての自分から始まり、結局行き着くところはシンプルな人間としての素直な自分という、よく分からない自分の気持ちとイメージに帰着していくような気がするのである。。

人間は心の中に存在する自分像を想像し、先々の生きかたの台本を書きつづけ、演出するのである・・しかし、表面にそれを出せるのはごく僅かであり、いつしか、ある種の逃避が心の中を支配し、もしくは片隅に存在することに気づき、その気持ちと付き合い続けている。。それが人間の影だったりするのではないだろうか??

この映画の影武者の現実社会でのポジションは盗人である。。

武田信玄という人間と顔は同じだが、まったく生活環境も生い立ちも教養も、全てにおいて正反対な存在が世の中に具体的に出現するという想定は、表面的な見える部分での同一性と、常に人間が抱えている内在する人間のギャップを具体的な陰影として表しているのでは?という部分に突き当たった。。

これは…あまり斬新なテーマではないかもしれないが、しかし、影武者という、本来、人間としては“無”の存在をモチーフにしているところが、他の似通ったテーマ性とは光彩が格段に違い、そして同じ時系列でそのギャップを見せていない所にこの映画の妙味も存在する。

影武者のあまりにも武田信玄像とのギャップのある行動のみで、信玄の存在を浮かびあがらせ、そしてイメージさせる。こういう手法が中盤から終盤にいたると、ひょっとして信玄という存在は現実的な史実内の想像として固定的なイメージはあるが、人間としての信玄は誰も分からないという根本的な問題に皆を誘導する。

それがある時から、信玄と影武者に仮託していたものが取り払われ、人間そのものに存在する、二面性であったり、多面性であったり、真の自分という人間が常に抱える永遠のテーマへと運び込むというところが、実は大いなる支柱ではないかと気づいたのである。。

人間は誰しも、他人と会話しているとき以外にも話しをしている。
それは誰と話をしているのだろう?
歩いていても、電車に乗っていても、車を運転していても・・人間は常に話をしている。

頭の中なのか?

心の中からなのか?

音無き声を発している・・・

一人悩みその解決策を考えたり

実社会での失敗を何度も何度も悔やんだり

時には一人ほくそ笑んだり。。。

時には他人を想像し、話かけたり、

しかしこれなんかは落語のような、記憶にある他人の言語
以外の未来予測は自分で考えてセリフを作っている・・

いつも話している、ずっと話している。。

これは命続く限り行うのだろうか?

・・・・

しかしこの声は他人には聞こえない。

誰とはなしているのだろう?

間違いなく自分である。

自分が自分に?ではどういう自分がどういう自分に話ているのだろう?

世間的な固定化されたイメージの自分が、それとはギャップのある心の内の自分?
心の内にある自分と自分の会話に、世間的なイメージの自分がオブザーバーとして会話に参加している?

色々なケースがあるだろう…

しかし、どれが本当の自分で主役なのだろうか?

どちらが影武者なのか?

主役に語りかける自分は本物ではないのだろうか?演出の上語りかけているのだろうか?ではその演出と台本は誰が書いたのか?

考え出すときりがない。。しかし、人間は常にこころの内で見えない自分と語りつづけている。。


この映画は、私にとってはそういった事を語りかけているように思えた。。



今日も私は

私に話し掛けている


遠い未来の

自分を想像し


今日、心の中に数人いる


自分と


会話している。。



命差し出す影武者を決めているのかもしれない。。


しかし


この会話の中だけは







嘘はない。。



嘘は存在しようもないから・・・


嘘が嘘にならないから。。。。。。




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投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(1) | think
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