2007年06月24日(日)
花形敬のスカーフェイス 10
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この映画、実は以前からDVDを借りようとしたことが何度かあったが
レンタル屋でパッケージの内容を読み、毎回うーん??どうしようかな??
と悩み、結局借りず仕舞いになっていた。
理由の最大は、くだらない内容で時間も金も掛けるのが大嫌いということなのだが、
この映画にはもう少し別の要素が加わっていた。井筒監督は嫌いではない、しかし
内容がどうも“ガキ帝国”に類似してそうな雰囲気があり、リメイクに近いものだと
想像した。
リメイクが悪いのではない、リメイクは前作の足りない部分を補い、必要ない部分
については修正や削除という作業が加わるから、自然と作品の完成度は高くなる。しかし、問題は、初期の作品に比べ、著しく勢いやスピード感が喪失され、ダるーい印象が残ってしまい、
言いたいことは明確に分かるのだが、妙に説教くさかったりする。
初期作品の完成度は色々な意味で低く、荒削りであり、ともすれば全体を通じて散漫になりがちではあるのだが、言葉では言い表せない迫力あるメッセージがグングン伝わってくるという凄みがあり、小説的な感覚ではなく、激しい詩のような純粋でシンプルなメーセージを享受できる。私は、その比較からリメイク的なものをどうしても避けたがる強い傾向がある。世間に評価されているということはある一定以上の内容であるのは間違いないが、しかし私としては前作を越えるかぁ?という絶対的な疑問があり、大抵つまらないという固定観念が大きく心を支配していた。
しかし、大した期待もせず録画しておいたビデオテープを休日に見た。
よかった!!!
ガキ帝国と底流に流れるテーマ、そして時代背景を含めた設定はほぼ同じような構成だったのであるが、所謂リメイク的な作業で消しこまれる部分が少なく、それでいて綺麗にまとまってはいるのだが、スピード感や勢いが削がれる事無く仕上がっていたのには感心した。なによりも、ガキ帝国と印象が被らなかったのが、新しい映画として見られた最大の要因であったのと、ガキ帝国から一貫したテーマがよりポピュラナイズされているとは言え、キチンと尖った部分を削り取る事無く仕上がっている事が良かった。
この映画、よかったのであるが、実は少しの引っかかりがある。
京都以外、少なくとも京都を中心とした畿内以外の人にこの設定の感覚が分かるかなぁ?というものである。
基本的な構成は、京都在住の朝鮮人女性と日本人の青年の恋愛が中心の軸であり、そこに人種差別や歴史・社会が作り出した理不尽な境遇の差が鮮明に横軸を走っている。問題はその横の軸の幾本かが、実は京都の人間でないと深い意味を感じ取れない部分が無数に散りばめられているような気がした。おそらく井筒監督は奈良出身であり、この辺の事情は熟知していて、我々京都の人間もかなりのリアリティーとして受け止められる内容になっていた。
実は、この部分に深い理解や感覚を持っていると、この映画は現在評価されている以上の相当な優れた映画として受け入れられる事ができ、映画が伝えようとしているメッセージの感性は強烈な凄みを増して向かってくる。
これら横の軸は、実はかなりナーバスな問題であり、本来、数年前までは表現すらもある意味規制や妨害が起こっても不思議でない内容だったと感じる。実際、映画の評判に隠されているが、多分細かいところでは多少のトラブルはあったんじゃないかなぁ?とも想像する。
先般から京都は市役所で、被差別部落を中心とした過去からの対策としての問題が大きく噴出している。特に職員を中心としたその職務のあり方が常軌を逸しており、一般の感覚からかけ離れているような問題が噴出した。そして奈良も大阪も同じような問題が同時期に噴出していた。
法に触れることを行なう人間を正規に雇用する、しかも特別に儲けられた枠組みや仕組み、コネクションにて。。。
これは何故?何故放置していた??
という事が実は他府県の人には分からない微妙な感覚があると思う。普通の感覚では到底理解できない公的機関の便宜であったり優遇、こんな事が既成事実として成立している事自体が理解不能であるのが通常は常識ではないかと思う。しかし、これら一連の事件が世情を騒がせたとき、京都・大阪・奈良等の人間は、ある種の“当たり前”的知識で、あー!とうとう表に出てきたんかぁ!みたいな感覚であった筈である。朝鮮人の問題と被差別部落との問題は基本的には利害や組織も違うのであるが、根本的な差別という部分の底流は同じであり、それを包括する部分の対処としても同様の内容が伺える。臭いものには蓋。それぞれが歴史的に抱える差別的な内容の熟知ではなく、すべて包括的に“ややこしい”輩というまとめ方で対処する。私は基本的にはこれら反社会的事象を肯定するわけではない。しかし、現実に存在することであり、現実的に多くの人間がこれらの問題に正面から向き合えなかったのも事実である。
この映画の大部分で、往時の朝鮮人部落がロケーションとして設定され、そこで日常の風景が
活写されているのであるが、それらのディティールで差別と貧困はある程度理解できる表現になっているが、実は我々京都の人間からするとそれ以上の刺激的な内容が台詞や場面から感じ取れるものが存在した。
劇中若者が街中で日本人青年といがみ合う部分で具体的な地名が飛び出す。
九条。東九条。
この言葉の持つ意味は京都の人間でないと実は分からない。
劇中、その地名とそこを縄張りにする不良少年の頭目の名を聞いた青年がスゴスゴと退散することで、見ている人に共通の理解を演出しているが、これは京都以外の人間がこのシーンを見て感じるものと、京都の人間が感じるものでは大きな違いがある。
また、別のシーンで鴨川の橋の上から、朝鮮人の女性に恋をした青年と友人が、指差す彼女の住まいという場面があるが、このシーンも実は、隔離に近い状態で存在した朝鮮人居住区を指す意味であり、京都市内の人間からは特別な地区として映っており、この鴨川を境界とする場面は
ある種の38度線や北ベトナム南ベトナム、中国とチベット、東西ベルリン等に近い人間がつくりだした物理的差別・反目の象徴的具現物としての仮託があり、この部分も実は京都という地域とそれ以外の人間では微妙に感じ方が違うような気がする。
そして、劇中、沢尻エリカ演じる朝鮮人少女が鴨川ベリで夜、好意を寄せる青年に問い掛けるシーンがあるのだが、この台詞、胸に詰まるものがあった。
「この先、結婚することになったら、朝鮮人になれる??」
暗い夜のシーンでこの台詞がむなしく響く。。。
この台詞の意味はこの映画の中では非常に大きな意味を持ち、色々な歴史を背景として持つ京都という都市に生活する人間としても別の大きな意味を持つ。
世間では結婚差別などという言葉で括られるが、これ、実は切実な問題である。問題の本質は当人どうしの感情ではなく、家族親族それ以外も含めて巻き込む問題である。現実的な差別とは本人の差別感だけではない。その人間を取り巻く最小限の環境からも発生し、平たく言えばこの映画の設定は1960年代であり、主人公青年の親の世代は大半が戦前であり、朝鮮人や被差別部落に対する観念は戦後教育で培った平等概念とは明らかに違い、ある種変えがたい固定観念として大きく横たわっている。これを、純粋に好きだからというだけで事が解決するなどとは到底至難の所業であり、ここですべての関係を即時リセットするのが得策であるという対処が大半だったと思う。
私も実は結婚するとき、この部分は正直考えた。好きで一緒になろうと決めたはずであるが、
もし彼女の出自がそういうところであれば、と考えた。これは正直、差別である。しかし、もし
そうなら、あの時私が、家族、親兄弟とは離れることになるなぁ・・と考えたのも事実である。そして私は正直に今の嫁に聞き、違ってホッとした。この感覚も間違いなく差別であることは承知している。しかし、実際問題として、私をとりまく環境すべてがそういった事を認め祝福するとは到底思えないし、しかし必ずそうか?とも分からないが、そういう事を肯定的に無邪気に受け止めるなどは現実的ではないと感じる部分であったことも事実である。
実は京都という街は差別の街である。ある意味、日本の中で一番研ぎ澄まされているかもしれない。
今はあまり若者感覚としてはないかもしれないが、京都はブルース、フォーク、ハードロックが盛んな街でありそれらのベースはすべてブルースが下地になっている。
特にブルースは特異な感覚があり、ブルージーな楽曲が京都を中心に多く発信されてきた。ブルースが盛んなのは、そう言う楽曲にたいするテクニックが集団として局所的に突き抜けた訳ではない、それなりのブルージーな背景が存在しないと自然とは発生しない。
もちろん学生の街でもあるから、そういう学生の人口密度から流行が他の地域より塊として伝播しやすい側面もあるが、しかし底流に流れている部分、基礎的な地域文化が絡まないと、本物としての地域性は生まれないし、そして育たないはずである。
上田正樹&サウストゥサウス、優歌団、フォーククルセダーズ、岡林信康、数え上げれば有名無名を問わず数多往時の京都には存在した。
中でもこの映画の立て軸と横軸を繋ぐパーツとして、フォーククルセダースの“イムジン川”の歌が随所に使われているが、この歌もやはり京都の大学出身者で結成されたグループによって日本語に訳され出来た曲である。この38度を境に分断された悲劇から出来た歌を、当時の京都の学生が作ったのは偶然ではない、ある意味必然だったと考える。それなりの素地が京都には確実に存在するのだと思う。
平安京というものが出来て早1,200年以上になる。当時と今では基本的な街区は全然違う。
平安京が造営された頃の街区を想像するとき、今でも役に立つのが“東寺”の存在である。この寺は空海が深く関わったこともあり現在も尚大事に保存され、京都の数ある歴史的遺構の中でも特にシンボリックな存在である。この東寺、呼んで字の如く、東の寺である。この寺のもともとの地域的な位置付けは、都の南端部の東側、所謂都の入り口を守護する役目を担わされていた。という事は、その対になる西の寺も存在したのか?となるが、史実存在した。しかし現在その遺構を偲ぶものはほとんど無い。現在は公園になり、そこにわずかな礎石が残っているだけである。この西寺、基本的には現在の東寺と全く同じ作りであったらしい。それは、建物(五重塔を含む)はもちろん面積までもが同様であったらしい。この東寺と西寺、この位置を挟む部分が都の入り口であり、そこから大路が北に向かって伸び、その突き当たりに当時は御所が構えられていた。そしてこの東寺と西寺が挟む部分が都の真の入り口に相当し、その場所に“羅城門”というものが存在した。芥川龍之介や黒沢明などの作品では羅生門という呼称なのだが、現在は羅城門と統一されている。この門も現在遺構がまったくない。小さな公園に石碑が建っているだけである。当時の様相として伝えられているものは、かなり立派なものであり、都の入口、そして門としてはかなりの威容を誇っていたらしい。基本的な意味からパリの凱旋門にも相当する建築物であったとも伝えられている。事実、往時の平家武将が凱旋パレード?に近いものをこの門を使って敢行したという史実も残っている。
時代が下ると、この西寺と羅城門が廃れる。都自体が地図を俯瞰してみると全体に東に寄って街区が形成されていく。全体に東にスライドしていった。現在の御所は烏丸通りの東側に存在する。
しかし、平安京造営時代、この現在烏丸通りと呼ばれる通りは都の街区上かなり東の隅でしかなかったのである。それが現在の京都の街区では中心を走る通りとなっている。それぐらい街区が東側にスライドしたということになる。もちろん鴨川自体が現在のような護岸工事が施されたストレートな川ではなかったこともあるが、しかし、鎌倉から室町時代には間違いなく、今の街区に相当する場所に都は移動していたと想像できる。
それと同時に羅城門という都に接した過去の遺構は著しく荒んでいき、小説、映画が示すとおりの存在となる。ここで京都の本質的な部分が実は出現している。所謂現在の被差別部落や差別対象の村落が如何に形成されていったか、それを考えると、都の入口に接した外側に分布することになる。九条という東西の通りは都に一番近い外側であり、この部分に当時、都を追放されるべき人間たちや、通常は都での生活は許されないが、都においてなにがしかの用事や仕事が存在する者たちが村落を形成していたと考えられる。現在のそういった村落すべてが以上のような事情から形成されたわけではないが、後年の事情を考えても、それらほとんどの多くが都に流入する街道で事情が許す地域に形成されているのは間違いないと考えられる。
必ず物事には影が存在する。影はある意味、日のあたる場所の者からは忌み嫌う陰鬱な存在であるのだが、客観的に見ると、影の存在があるからこそ日のあたる部分は輪郭が鮮明になることができ、そしてともすれば砂上の楼閣かもしれないが、美しさと正当性を作り出す可能性を秘めるのである。
この事情が実は大きい。こういう形成はおそらく平安京から出現したものではないと思う。それ以前の平城京でも存在し、またそれ以外の遷都した各都でもあったんじゃやないかとも思う。
機内以外の地域と、これら事情はかなり大きな違いがあることは間違いない。仮にそういった被差別的な村落が存在したとしても、それは王城の地から発生したものの二次的な形成だったのではないかと考えられる。ある意味、身分などという尖鋭なヒエラルキーの形成は全て都で創出していたものであり、ある意味、差別の源流は都であることは間違いない。そしてその差別の理由も都の形成上必要とされるものが理由であり、それ以外の地域が情報として持つ差別観念とは基本的には異質なものであると考える。
今回の映画は朝鮮人の差別というものが重要な要素であり、同和問題とは少し質は違うのであるが、差別そのものの本質は同様であるはずである。そして朝鮮人差別と同和問題は形成上の時系列は大きく違うが、しかし同様の問題処理として京都が抱え込んだのは、もともと同和という大きな問題のコアが存在したためその遠心力として肥大したような気がする。ある意味付け込まれる隙が大きく開いていたような気もする。先に述べたが、優遇や便宜などの臭いものに蓋式な対処は他の地域の想像を超える感性が神経質に存在したのも事実だったのではないだろうか?
なんども言うが、特別な歴史的な事情を差別形成として肯定しているわけではない。あくまで1200年以上も王城の地として存在した地域が持つ差別感情は他の地域とは大きく違うという事と“ぱっちぎ”という映画のディティール部分においてその意味が指し示すものが、実は他の地域の人間では理解しにくいものがある事を述べたまでである。
別の視点で我々が大人になって感じるのは、同和教育に大きな差が他の地域とあったという事実である。私は大学に入って以降、様々な地域の人間とこの手の教育の話をする機会があったのだが、物理的な時間ですら大きな違いが存在していた。
子供時分の我々ですら、当時すでに“寝た子を起こす”という問題定義を知っていた。知らない子供にわざわざ差別があることを教える教育は如何なものか?という考え方である。それぐらい我々はこの手の問題を通常のカリキュラムの中で教育として受けていた。これは他の地域とは各段の違いがあることは間違いないと思う。京都は工業で人口増減がある街ではないし、大名が領地替えの対象となった場所でもない。今でもそうだが、大きな割合としての人口流入が発生したことがない街である。そういう意味では感覚が大きくぶれるということがあまりなかった街であり、問題が社会的事情で変質する要素が極端に少ない街でもある。ある意味京都は閉鎖的などというのは当然の事情からくるものであり、京都の人間の特性というより、街の形成上の特性だと考えられる。
いずれにしてもこの“ぱっちぎ”という映画、訴えたものは“差別をなくそう”だったのであろか?いや?そういうことではないと思う。もちろん社会通念上、ない方が良いというに越したことはない。社会人としての常識や見識を疑いかねられない。しかし、現実問題として差別はなくなるのか?先ほども書いたが、物事全般にすべて陰陽は存在する。いずれが陽でいずれが影か分らないものも実は存在する。例えば戦争などはその最たるものではないかと考える。確かに人類皆兄弟、世界平和!などのスローガンは心地よい。しかし、攻めてこられて果たしてそんな呑気な事を言ってられるだろうか?大体の反戦活動などはいつの時代でも、勝ち負けが判然としなく混戦になり、厭戦気分がピークになった時点で本格化する。最初に大きな社会的な意見として
あれば戦争などは起こるはずもない。しかし、戦争が起こるということは明らかな敵愾心があり
それをぶつける対象の存在が明確化されているわけである。この敵愾心とは一体なんなのか?
相手を屈服させるというモチベーションの根底はなにからきているのであろう?それは単純に自らに従わせるという支配欲であり、明らかに自分より下の存在であるという誇示を必要とする気持からでしかない。これも差別である。
今の日本では軍隊は必要ない、自衛隊も違憲であるなどという輩が存在する。考え方の次元を国家的なレベルにまで持っていくと、現実味が薄れ、ある種の理想?空想も理論などというものに転嫁してしまう。そして平和主義者・差別撤廃論者という輝かしい勲章が与えられる。しかしどうも似非な匂いがプンプンだ。
こういう意見の方々の大半が、対話という事を解決の最大ポイントとしてあげ、話し合うことは人間が持った最大の利点のように、そして教養のように唱える。その前提は人間に悪い者はいない!という哲学か宗教かは分らないが、まったくの客観性をもたない理論ではなく屁理屈からの妄信として存在する。しかし、私はつくづく思う、もっと最少単位で現実を考えたとき、この対話という理屈に照らしたら、警察など要らないのではないか?と・・・・
なぜ?これらの人は軍隊はいらないというのに、武器を装備した警察はいらないとならないのであろう?
明らかに次元は違うが、人を蹂躙する行為としては戦争も個人的な犯罪も同議ではないかと考える。果たして警察の存在を否定できるか?まったく市民生活を保障・担保してくれる組織がなくても平気に生活を送れるのか?一度聞いてみたいところである。それとは違う!というかも知れないが、基本的に私は同じだと思う。そこに人間の本質がありそれを認めなくてはいけないと考える。人は必ず間違いを起こし、そしてそれを罰する機関が必要となり、お互いが自己主張を重ねお互いに罰を与えるに辞さないなどという局面をいとも簡単に創出する生き物であるという本質を認識しなくてはいけない。ある意味、それらのエゴを最小限に抑えることこそが本来人間に与えられた知恵としての対話ではないかと考える。
それらをまったく無視し、対話ありきというのは愚の骨頂と言わざる負えないし、穿った見方をすればそれらの活動家の存在意義や存在理由は、人間の本質的愚かな部分というものがカウンターで存在するから保てるわけであり、存在のためにひょっとすると一番理解しているのかもしれない。そしてその理解は職業という次元まで昇華してこそ存在するのかもしれない。
人間の危うい純粋さや危険性の本質は、5.15事件に参加しその後右翼の大物カリスマとして存在した三上卓が裁判上吐露した言葉に凝縮しているのではないだろうか?
「国法に照らした罪の軽重は、われわれの考慮の外」
こういう行動原理が人間には確実に存在する。
表面的な部分とその裏側、これは人間及び人間社会には確実に存在する。その存在はある種必要悪であり、そういう事がないと円滑な流動性も生まれてこないという本質もある。皆が道徳的で
エゴを持つことない社会に果たして競争は存在するのだろうか?人間の行動原理、行動起点には必ず他を圧倒するというDNAが組み込まれている筈であり、それは既に精子という最少単位の生命として存在してしまった時点からも明らかに表出しているのである。生命は全て尊いのは明らかなのだが、悲しいかな死という存在がまた生を生み出す原動力になっているのも又事実である。細胞はある部分が死ぬ事で人間の機能をより完全なものへ形成していくらしい。たとえば指や顔など、最初の生命細胞には存在しない。しかしあらゆる細胞が死にその代わりに生きる細胞が存在するから、形の整形が出てくるのである。これがなければいつまでたってもアメーバーのような存在でしかない。また、死ぬべきものが死ななければ整形上の奇形が出てしまうのも事実である。影の存在はやはり凝視し、理解しなくてはいけないのである。
必ず表裏や陰陽が存在し、その割合により、形は出来上がる。その総体としての社会という具体物ではない観念もまた同じだと考える。“ぱっちぎ”に出てくる差別や、今、現実社会に存在する差別もある意味、無くなることはないだろう。もしなくなってもそれはそれまでのものとは価値や形が変わっただけであり、本質的な存在はけっしてなくなることはない。
話を少しだけ逸らすが・・
今、ネチズンという言葉があるらしい。シチズンのネット版らしい。ネット空間の市民ということだろうが、この中の差別表現は凄さまじい。例えば在日は誰か?などというテーマの掲示板は辟易するような内容でありまったくの根拠もないまま平然と書き連ねられている。具体的な体面上の差別からある意味だんだんと変質してきており、しかも差別側の存在がまったく見えない状態である。誰が差別しているのか?まったくわからない状態である。これは実に恐ろしい事である。具体的な視覚に訴えてきたものから、バーチャルな空間で自分の認識しない所で進行するのである。これは今まで書いてきた陰陽とか表裏とかという対象では図ることはできない。ある意味すべて裏でありすべて表でもある。そして同じく影であり光でもある。そして局所的なものではなく境界がはっきりとしない、煉獄のような空間でもある。こんなものこそが現代ではひょっとすると具体的社会活動と反目する価値観なのかもしれない。これはヒタヒタと現実的に具体的社会生活を覆い尽くし始めている。これの問題はミサイルも交渉も効かないのが最大の難点であり、頼れるのは人間のモラルだけしかないのである。
話を元に戻すが・・
現代もし具体的な部分を見るならば、そういう影の部分はある意味裏社会などという言葉で括られているのではないかと考える。“ぱっちぎ”の根っこは、表に現れない裏の社会史であり、人間が常に持ち続ける性質であり、それを持ち続け生きなくてはいけない定めの認識であると思うのと同時に、そこからの離脱を飽くなく考え続ける人間の理想との乖離の問題だ。そして考え続けることだとも思う。その考えの具体的根拠としての対象が根っこに存在する裏社会だったのではないだろうか。京都という地域はその性格が際立った形で特化しているのである。
裏社会・・
これは実に危険な匂いがするこの言葉であるが、実は合理的なカテゴライズでもある。これらは裏側の仕組み人間、組織という客観的な姿が留保されているわけであり、そういう意味では明らかに表と裏の違いを明確に表現している。実は統計上でもその存在は明確になっている。
先日、元国家公安委員長の外国人記者クラブでの講演を見たが、その中で明らかな数値を述べていた。
裏社会の構成、やくざ、同和、在日(朝鮮・韓国人)の3要素が構成をなしている。
ある意味これらを包括的に組織するのが“やくざ”になる。組成率は同和が約60%、在日が30%中国・日本人が10%ということらしい。これが具体的な社会の影である。日のあたる時間によって変質する影ではなく、構造上かならず影になる部分である。これは正確な統計だと思う。
これから見ても同和・在日の存在がこの社会の中で持つ意味は大きなものとして認識できる。
彼らが存在していけるのは、やはり表側の存在があるからであり、その増減もまた表の状況によって大きく左右されるのである。ある意味こういう形で統計が取れるというのは、合理的にアウトローが纏まっているわけである。具体的な管理という部分においては実に最低限の安全情報とも考えられる。悲しいかなこれらの社会は表の社会の鏡面的存在であり、これら社会を無視して自分たちの価値観だけで社会は動かない側面も備えている。そして認めたくはないが、これら社会に頼む部分が存在するもまた事実なのである。社会悪だが、社会の歪みはどこかで調整が必要になり、また歪みやしわ寄せを受ける箇所を決めなくてもいけない。これは確実に存在する調整である。
しかし現代はこのカテゴリーが崩れ始めている。確たる裏社会の枠組みが崩壊し、表裏の区分が
グラデーション化しているらしいのである。統計上日本のやくざは8~9万人おり、その7割が3団体、山口組、稲川会、住吉会にて構成されており、やくざ人口の50%は山口組らしいのである。しかし、全体のやくざ人口は統計上減少している現実があるのだが、実質的にやくざが減った訳ではない。様々な規制や法整備により、形を変えてきているのである。今までは右翼という政治結社化するのが一般的な方法論だったのであるが、現在はそれだけではないらしい。一般の法人に化けているケースが常識らしい。よく考えると、山口組6代目は現在収監中だ。
これを考えても、過去からの事例と重ね合わせると異常に感じないだろうか?やくざのしかも日本を代表する組の親分が牢屋にいるのである。この点を考えても過去と事情が違うのが良くわかる。
一般法人に化けるというのは、これはある意味表裏の境界がないのと同じであり、知らず知らずにそういった関係とのつながりが発生していてもおかしくない。実際、元国家公安委員長の講演のなかではその一般的な部分として産業廃棄物業者などは、既存やくざの融資対象であり、それらの存在は一般社会においては社会の歪み部分との重要な癒着箇所でもある。そういう部分も裏から表への経路が明らかに出来つつあるのである。
先日、渋谷かどこかの東京の繁華街でピストルによる抗争事件が勃発した。こんな事、冷静に考えればこの何年、少なく考えても10年以上なかったことである。当然こういう事を起こすと、その団体はどういう結末が待っているかは明らかなはずである。しかし事件は起こった。これは一体なにが起こっているのか?長崎の市長を殺害した事件も同様だ。ニュースやマスコミは事件の表層しか伝えない。しかし本質的な問題は一体なんなのであろう?表と裏の境界がなくなるという事は全体の問題として見るのではなく、裏が表に表出する原因は明らかに裏の世界が住みにくく小さくなっているか、表が裏の世界に侵食しているか、いずれにしてもその縄張りが崩れてきているのは間違いない。これはある意味、それぞれの方向性が瓦解した結果なのではないだろうか?特に裏の社会は寡占が確立し、その突破口が法的な制約も含め思いのままにならないのも事実であろう。
そしてそれら裏社会を構成、組織する人間を糾合する目的意識が明確に示されなくなってきているのも事実なのではないだろうか?喧嘩から経済へ移行してきたが、世の中全体がやくざのような拝金主義に変質し、全体の枠組みとして明確であった裏社会が表社会にも“おでき”のように出現し、表社会のアウトローも統計上の判然としない数値化され、そして実は悪辣さのランキングでかなり裏社会よりも表社会の方が勝ってきている現実があり、全体の裏社会構成人口の割合が減少したという観念が実質なのではないだろうか?
やくざを定義するならば、具体的には堅気ではない人間の行動様式・原理を指し、その虚像は自己矛盾を含みながら大衆文化史の一翼を担ってきた。
これは同時に大衆から乖離したヤクザの安全弁でもあったが、1980年代後半以降、結束点を喪失した大衆もヤクザとともに刹那主義、拝金主義、虚無主義に拠っており、反面ではアイデンティティ喪失の危機に常に晒されているとされ、この意味で今日のヤクザとは「理念なき多数派」を指しているという。
しかし、これは裏社会の定義だけの問題ではない。
根本はこの国の在り方の問題からきている。
それは裏社会とは表社会と鏡面の関係が厳然と存在するからである。
「儲けてなにが悪い!」などと言う言葉を世間に恥もなく投げかけるのは、ゴロツキの所業以外のなにものでもない!
これ、実は近い時代があった。
戦後である。所謂愚連隊が闊歩した時代はそういう内容と符号する。表も裏もない混沌とした社会。しかもそれまで従属を強いられていた在日が反逆に転じたのもこの時代である。この時明確な統計はないが、実際は全てが裏であり、表であったのではないか?そして皮肉だが、一番社会が平等であり差別がなかった時代なのではないかと考える。国家が崩壊すると理想が出現するのである。差別は実はこういう本質も内包している。だからと言って差別対象の人がそのままいつまでもその存在で言いと言っているのではない。人間の欲望という本質部分の事である。
しかし、愚連隊が既存のやくざに取り込まれ、裏社会の確立がなされ自己矛盾を含みながらも大衆文化史の一翼を担うと、明確な影は出来上がる。
この混沌とした戦後が形を整形していく、ある種の凝固がはじまる時期の風景を感じる言葉が、阿佐田哲也の「疵」の解説文に見ることができる。
敗戦直後、新宿のはずれにBという(今風にいえば)ぼろスナックがあり、不思議な店で、
やくざ、前科者、薬中毒、愚連隊、ヒッピィ、そういう者たちしか集まらなかった。
見知らぬネクタイ族なんかがくると、ここはお前たちのくるところじゃないよ、といって
ママが追い帰してしまう。アメリカ物資だの薬などがここで取引されており、新宿界隈でなにか事件がおきると、淀橋署の刑事がまっすぐここに飛んできて、情報を探ったりするという店だった。
この店で、何度か、若き日の安藤昇を見かけたことがある。当時は多分、愚連隊の先駆者といわれた万年東一や小池光雄たちの若い衆だった時分ではないか。
私は戦時中に同人誌で無期停学になったまま、中学には戻らず、子供のくせにばくちを打ちあるいていた頃で、ケチな不良を自認していたから、本筋の不良で凄い男前の安藤を遠くから眺めていただけだったが。安藤たちはBにも、洋モクやウィスキーなどを持ち込んでいたようだった。
あれが花形だよ、
と誰かに教わった記憶もある。
安藤はもちろん、花形も、その時分から無関係な不良でも名前ぐらいは聞いていた。
私の記憶にはその夜の花形が粗暴な振舞いをしたという印象はない。しかし私などより年上に見えた。<本田靖春・疵・解説より>
結局、安藤も花形もやくざには成れなかった。なるつもりもなかったであろう。しかしそれは裏社会のもともと住人資質がなかったような気がする。現代のやくざ統計でいう約10%の部分の人間たちだったのは間違いない。安藤組幹部の大半が高学歴であり大学中退者がほとんであった事情を考えても、もともとの感性が違いすぎるのではないかとも考える。
自己矛盾を含みながら大衆文化史の一翼を担ってきたなどという事の役割は果たせなかったであろう。事実、崩壊のキッカケは表に存在する裏社会の窓口的人物への暴力であった。
陰陽ポジショニングを間違え圧殺されたような気もするし、影という前提を拒否したような気もする。しかし、彼らの存在も高度成長を迎えるまでの日本には確実に必要とされた影の部分であったが、その影は確実なものではなく、朝日が昇る時には建物の角度に接するかの如く狭小となり、正午を迎えると、影は無くなった。そういう存在だったような気がする。本当の影は朝であろうが正午であろうが、特に斜陽などはその翼を大きく広げるものであり、その本質はそういう社会の住人として虐げられてきたという側面を内包しているからである。
今、この国の首相は、美しい国と唱えている。
しかし、本当に理解しているのだろうか?
美しいと綺麗は違うという事を。
綺麗とは一時的なものであり、一時的に創出する行為でしかない。
美しいものはそれを美しく見せる要素が重なりあうから生まれるのであって、美しくないものが確実に存在するから美しいものが美しく見えるのである。
美しいものとは一体なにか?
美しいものの実体とは明らかな補色関係を認識しなくては無理であり、醜悪なものをより理解し、確実な感覚として持っているという事が客観的にも見受けられなければ、指し示す美しさに人は追随することはないと思う。常に解消されない醜悪な部分と虚無感に耐え、常に
具体的理想を明示し、考え続けるモチベーションを作り出さなくてはいけない。
しかし、それでもその指し示す美しさとは
常なる錯覚との戦いかもしれない。
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