2007年03月27日(火)
支星 3 
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ほぼ、同い年どうしの打ち合わせ、会議というより酒席のようなノリでお互いのプライベートを語り合った。そしてそれぞれの夢、そして仕事の不満。そんなもろもろを長い時間喋った。会社の先輩や上司たちが仕切っている今の仕事や商品とは違うなにか新しいもの、具体的ではないが漠然とした希望がそれぞれの胸に宿った瞬間であった。
そんな30歳前後の一時であった。
唯一結婚し子供もいた私のプライベートに、彼女が他のメンバーよりも興味をひき、いろいろ質問された。うん?結婚生活に興味があるのかなぁ?いや、結婚するのか近々??
「誰かいるんですか?近々にでも結婚する相手が??」
「えっ?いないですよぉ!でも何時かはしたいと思ってますから、ハハ、少し興味があって。」
「あぁ、。。」
その時はそれで終わり、特別な引っ掛かりはなかった。
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仕事の会話中で一つ問題が出てきた。
新しいことしてもらうのに、名前が今までと同じではなぁ?という事であった。
現在の彼女の仕事の上での画号は先にも書いたが、先生の一字を貰ったものであった。しかし絵の雰囲気も現在の仕事とまったく違うものを模索し、なにより我々が考えてリリースするものに旧来のイメージが付きまとうのはどうかと各自の思いも整合していた。名前を変えることはさほど抵抗のいることではない。日本画や絵描きにはよくあることだ。絵描きのそれぞれの時代によって号を変えたり、内容によって変えたり、また画料による内容の違いによって変えたり、こんな事は常識の範囲であり許容の範囲でもあった。
しかし、その名前である。あまり苔むすような雰囲気では駄目であるし、気を衒ったようなものでも興ざめである。しかし、若いわれわれでは即時考えが思いつかなかったし、なにより彼女の意志の尊重もあるので、宿題にすることにした。そしてその日は別れた。
それから数日後出張の帰り電話をし、伺った。
アトリエに入ると作品が並んでいた。一目見て“イケる!”と直観した。こちらの希望通りだ!
文句ない。先に見たサンプルよりも数段良い。
「いいですよ!すばらしい!」
「そうですか?自分では分らないから。。」
「いや、大丈夫です。」
「よかった!あっ、それと・・」
「うん????」
「名前なんですが・・」
「あっ、そうか・・まだ考えてなかったですねぇ。」
「えぇ。それで、ちょっと考えたものがあるんですが、実はそれを使ってもらいたいんですが。」
使ってもらいたい?すこし疑問に感じたその言葉。自分の仕事の名前だからもっと主体的にとらえてもいいんだけど???
「もちろんです。お考えになったものを尊重しますよ。」
「よかった!」
「どんな名です。」
と尋ねると、用意していた和紙に筆で書き出した。
支星。
し・せ・い??
星を支える???
「そうです。」
「どんな意味ですか??」
「。。。。」
語らなかった。。
なにか思いつめたような雰囲気があったから、あえて聞かなかった。
唯一、
「星、それは夢という意味でいいんですけど。」
よくわからなかったが、
しかし、いい感じだ。古臭くもなく新しすぎもせず。ちょうどいい感じだ。そして女性の感受性も感じられる。
満足だった。
帰ろうと、アトリエを出ようとした時、大きな紙袋を手渡された。
「これ、お子さんに。」
「えぇ?いや、こまります。先日もごちそうになり。今日またこんな気遣いいただいて。。」
「気にしないでください、かわいいでしょ、お子さん?」
「えぇ。。いや、そうでも。。」
「くすっ!結婚された時って、お互いのお家でなんにも問題なかったですか?奥さんのご家族とか親戚とか?」
「問題?うーん??なんにもなかったですねぇ。お互い別段由緒がどうとかこうとかないですから。まぁいたって簡素なもんですよ。」
「そうですか。」
少し暗い表情になった気がしたが、すぐにニコッと笑った。
車に向かおうと歩き出した時、うしろから
「あのぉ」と声がしたので振り返った。
「さっきの夢。」
「あぁ!星は夢の意味だってことですか??」
「はい。人が見るから夢なんですよね。」
「そ、そうですね。」
「でも、人が見る夢って書くと“儚い”ですよね。」
「。。。。そ、そうですね。」
「いや、いいです。すいませんつまらないこと言って。ハハ」
すこし気になった。
持ち帰った彼女の作品、早速メンバーに見せ、上司にも見せると好評であり、早速商品化した。
間近に展示会があったのでそこで試験的に展示し、反応を見ることになった。
展示会ではこちらが想像していたよりも好評で完売。しかも追加のオーダーまで入った!
やったー!
しかし、連絡が入った。
Tさん、結婚したらしいよ!
えっ?やっぱり。少し胸騒ぎがした。
その後追加の連絡が入り、耳を疑った。
絵描きも辞めるらしい。
えぇ?なんで??せっかく順調な滑り出しだったのに?どうして??なにがあったの??
いろいろ揉めたらしい。先生とも家族とも結婚する相手のご両親とも。
すべて絵が中心で起こった問題であったみたいだ。趣味の絵ということではない、プロとしての絵描きという次元での。。
「なぜ?上村松園でも小倉遊亀も片岡球子も秋野不矩でも、それ以外の女性の絵描きも、みんないろいろな問題、女性で絵描きとしてやっていくのに起こる問題を抱えても絵の道を進んでるやないか?」
なんで彼女は簡単にあきらめるんや?
連絡をとりたいと思ったが、駄目であった。
もう関ヶ原にはいないらしい。
先生も破門に近いことを告げたらしい。
その後、風の便りで聞いたのは、大阪で名門医院の奥さんになったということと、子供ができたという事だった。。
彼女が突如去って
絵筆を折ってから
10年近く経つ。
今、どうしているんだろう?
絵、描いているんだろうか?
あの当時のメンバーだった会社の同僚もこの10年でほとんどいなくなった・・
同じ道を一人で歩む者、ぜんぜん違う道を歩んでいる者。あの時、あの瞬間見た夢を共有した者が今は私の周りには居なくなった。
あの時、最後に言っていた
彼女の支える夢って、なんだったんだろう?
儚いって感じたのは??
振り返ると、自分ひとりになった。
私は、あれから10年、今も一人儚い夢をおっているのか?
確かに夢は支えないと儚いものになってしまう。
彼女が名づけた
支星。
という名の意味が今頃おぼろげながら感じた。
時計を見ると約束の時間が迫っていた。
フッと現実に戻った。
行かなくては!
柔らかい早春の日差しを浴びた
関ヶ原をあとにした。。

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