2007年02月15日(木)
JOE 
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いや、かなり前から漫画を読んでいない。。
小中高、アレほど読んだのに…
中毒の様に、時間があれば漫画を手にしていた。。
一度読んだものでも、気に入った内容のものだと何度も何度も繰り返し読み、漫画の側面が手垢で真っ黒になるくらいであった。
ドラマティックなシーンやカットを何分も凝視し、悦に入ったりしていたものだ。。。
一種の至福の時間である。。
そんなお気に入りの漫画達が、今も実家には300冊近くあると思う。。。
それほど好きだったのだが、何時の頃からか漫画から遠ざかっていった。
たまに昼食で入った店で暇つぶしに漫画を手にする事があるが、数秒ペラペラめくると何故か苦痛になりパタンと閉じてしまう。。面白いとか面白くないとかという事を偉そうに言うほど耽溺できないのである。
だから当世の漫画事情などまったく知らないし、興味も起こらない。
今の漫画が面白くないなどと喝破する資格はないのである。おそらく知らないだけで、現在面白いものも沢山存在し人気を博しているものもあるのだろう。しかしだからといって“ドレドレ”などと興味をもって購入するなどという事は今はあり得ない。知らなくてもイイヤ!
という程度である。。
明かに漫画世界から遅れているというより、隔絶しているような感じである。。
今はそんな状態である私だが、本質は漫画を否定するどころか、漫画文化の信奉者を自認しており、日本の漫画文化は世界に冠たる表現であり誇りにも感じている。。
確かに多少の書物を今まで読み学んだ事も大きいが、漫画から得た知識や考え方なども比較にならないくらい大きなものがある。ともすれば人格形成上大きな役割を果たしたのではないかと思うくらいのウェートを持つものすらあるようにも感じる。。
そう考え、今まで読んだ中で一番はなんだろう??と考えるが、うーん??甲乙はつけられない!!でも、大きな影響と言う意味での印象としては、やはり私にとっては“あしたのジョー”だったのではないかなぁと思う。。
ラスト20巻のなんとも言えない寂寥感はそれまでに見たドラマで感じたことのない感覚であり、印象的な最終ページのカットは今でも頭の中に焼きついている。。
死んだのか?生きているのか?
生死を超越し、説明的でなく、読む人間のイマジネーションを何時までも持続し続けてしまう強烈さがあり日本漫画史上伝説的なワンカットであった。。
ボクシング、ボクサーに青春?人生をかけた青年が世界チャンピオンに挑戦し敗れるのであるが、勝敗を超えた大事なものを伝えたくれた。あたかも実在人物の伝記のように。。
そして“ジョー”の終始一貫したコンセプトは、一つの道で“真っ白な灰になるまで”という不器用で泥臭いが、しかし何物にも変え難いシンプルさと強さを兼ね備えたものであり、これは私の考え方の柱である“我を生かす道”というキーワードにも符号し、その信念が一貫したストーリーの構成は、バイブルに近いものすら感じる。。
私という人間の形成にとって、この“あしたのジョー”は大きな支柱として存在する漫画である。。。
私がジャイアンツの長嶋的引き際の美学、幕引きに相容れない感性を抱くのは、このジョーの
真っ白な灰になるまで的な感性が大きく影響しているのは間違いないであろうし、これまで
私が憧れを抱いてきた人物の典型は長嶋的恰好良さではなく、周りからみっともなく感じられ罵詈雑言を浴びせかけられても自らの信念に基づいて貫き通す人間たちである。。
ここ数年、感じる事がある。
野球選手達が中心であるが、全般的にスポーツ選手はボロボロになるまで自分と闘い続ける
人が多くなっている。。
引き際の美しさに抗するというより価値として認めていない!
特に40歳前後の私と同世代なのであるが、気づくと年々増えている。少し以前の選手にはこんな傾向はなかった。余力を残し、醜態を晒す事なく第二の人生で大きく稼いでいる。。
江川、掛布、定岡…これらは代表的であろう。。
しかし、
1967年生れ KAZU
1967年生れ 清原
1968年生れ 桑田
1963年生れ 工藤
1965年生れ 古田
1968年生れ 野茂
全て一級品の選手達であり、スポーツ界の至宝と呼んで差し支えない人物達だ!!
確実にピークを過ぎ、自らが知るピークに引退していれば、今までの価値観、引き際の美しさには十分過ぎるくらい相応したであろう。。そして巨万の富も稼げるレールも見えていたであろう、今のような苦しみやプレッシャーを感じなくても。
なぜ敢えて苦行のような晩節を選ぶのか??
真っ白な灰??
火種がある。。。
そんな彼らを見ているとなんとも言えない高揚感を感じる。。
同世代であり、彼らの人生の山と谷を見てきた者からすると、自らに重ねる事も出来得るし、他の選手の誰より応援もしている。
そして何よりも私の美意識にビンビン響いてくる!!
ある人がブログで書いていた。
スポーツ選手の年齢は我々の年齢に1.5を掛けると分かりやすい…
スポーツ選手40歳の人生に1.5をかけると我々では60歳である。。
我々にとっては定年退職にあたる年齢だ。
20歳だと30歳になる。。
なるほど!我々の30歳はおおよそ結婚し所帯家庭を持つ頃であり、サラリーマンから独立を考える最良の時期にもあたるのではないだろうか??
スポーツ選手の20歳、我々の30歳に当たる歳は、いままで修練してきたものでプロや世界を相手に闘う一流選手になる端境期に相当する。。
30歳前後で引退する選手は、われわれで言うと45歳でリタイヤという事になる。
これだと少し疑問が残る。現実的に、ホリエモンのような巨万の富を稼ぎ悠々と若い成功者として、イギリスのカントリージェントルマンが如き隠居者など、絵空事にしか感じない。現実的符号点で考えると、我々の場合、リストラやドロップアウトに相当する。。
今の時代、我々が一つの道で定年退職を迎える事は難しくなってきている。ましてや右肩上がりの経済で驚くような成功を体現することすら稀少であり、実際はへとへとになり報われない日々が続くのが現実である。。
長嶋の有終の美は本当に美しいのか??我々が応援し感動するスポーツ選手に求める本質なのだろうか??私にはピンとはこない!
長嶋が半身不随になり突如姿を消したのは、ある種この価値観の変遷における象徴的事柄だったのか??などとも考えてしまう。。。彼のようなヒーローの役割は終わったのだろう。。
もう一人
自らの宿命に懸命に抗っている人物がいる。
1970年生れ。
先日ある記事が目に飛び込んで来た!!
「定年37歳目前の辰吉が世界への思い激白」
浪速のジョー!
周囲には引退を勧告され、試合の見通しが立たない厳しい状況だ。黙々と練習をこなし、国内初の3度目の世界王座返り咲きに執念を燃やす。
あの辰吉が37歳というのも驚くが、記事を読むと現在も“世界チャンプ”を目指しトレーニングしているという。しかもボクサーを志した長男と。。。。
ジムの会長は絶対にマッチメークはしないと断言している。辰吉本人は今も強気な口調は変わらないが、実際には6回戦、8回戦ボーイにスパーリングでボコボコにやられるらしい。。
これをジムの会長は理由としてコメントしているが、私は嘘だと思う。。。
確かにボコボコにやられているとは思うが、最大の理由は
彼がパンチドランカーだからではないかと考えている。。
いや、間違いなくパンチドランカーであろう。しかも年々症状が重くなっていると考えられる。。
もし試合などしたら
間違いなく廃人になることは必至なのではないだろうか??生きていればいいが、おそらく生死のやり取りになるだろう…・
それは強がって嘯いているが本人が一番理解しているのではないか??
「ホンマ言うとぼくも早う引退したいんや。もう1回チャンピオンになったら辞めるよ。今のぼくには他に何も関心はない。3階級制覇とかにはまったく興味はない。WBC世界バンタム級チャンピオンだけ。今も果たせていない亡き父との「2人でチャンピオンになる」という約束がある。それがあるから毎日練習できるし、この状況にも耐えられる。自転車に乗って練習に向かうといつも初心に帰れるんや。」
「チャンピオンに「なりたい」のとちゃうよ、「なる」や。なってからぼくはやっとスタートできる。「学校に入学したんだから必ず卒業しよう」というのとよく似てる。JBC(日本ボクシングコミッション)の規定で、ぼくのように網膜はく離の既往症のあるボクサーは世界戦かそれに準じる試合しかできない。だからタイトルマッチをやるしかない。調整のための試合は、でけへんのですよ」
-網膜はく離のその後は?
「日常生活には支障はない。でもボクシングやれば当然、ほかの選手と同じくリスクはある。そんなことは十分分かってる。ほかのスポーツもそうやけど、ギリギリの死闘を繰り返せば、誰でも当然ガタはくる。だけどそれを言い訳にせず、隠して見せないのがプロでしょ。」
-その網膜はく離で引退の危機に追い込まれながら、海外で活路を見出して今日まで…。
「元ボクサーの先輩から「俺も眼をやられて引退したんや。お前はいつまでやってんねん」と言われたことがある。でも、こっちが聞きたい。「ぼくは海外行って、ルールも変えさせてボクシングを続けた。だれもがアカンと言ったことを変えさせてまで、ここまで来た。アンタはそこまでやったんか?」って。結果は結果。今置かれた状況を受け入れた上で、ベストは尽くしきったんか。でないと、言い訳になるだけや。」
「グレート金山という元日本バンタム級チャンピオンを知ってますか? 彼は本名を李東春と言って韓国バンタム級チャンピオンにもなり、世界ジュニアバンタム級のタイトルマッチもやったことがある選手やった。90年代前半に活動の拠点を日本に移した。自分はちょうど世界戦を数多く戦っている時期だったし、彼にはスパーリングパートナーとして何度も世話になったし、大先輩であり親友でもあった。しかし、95年の日本タイトル戦後に亡くなった。ボクシングは本当に命のやり取りをしてる。」
「そら20代とは違うからね。でも、ボクシングが好きやから。試合ができる体をつくらないと。それができなくなったら、やめる。普通の人にはしんどいやろけど、僕は苦痛に感じてない」
「厳しいからこそ、面白い。自分の信じた道を進む。自分のしてきたことに、何も後悔していない。今の方が充実してるよ。今の僕に勝つ方が難しいよ。酸いも甘いも知ってるから。最終的に結果を残したもん勝ち。終わりよければすべてよし、や」
JOE!!
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