2007年01月21日(日)
二杯のうどん 
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今から20年前、1980年代中旬だ。。
その時分はバブル経済のさなかで、今と比べると確実に世の中全体が浮かれていた。
我々の就職についても、ほとんどの者が炙れる事がないどころか、企業の就職内定を複数もっているなどと言うのが当たり前であった。
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もう、あまり覚えていないが
当時人気があったのが、銀行・証券会社、保険会社などの金融関係と当時勃興したてのコンピューター関連企業だった。
確かに給料がよく、なんとも華やかな時代の主役のような感じがしていた。
公務員などはそれなりの人気があったと思うが、やはり時代の主役ではなかった。。
景気の良い時、そう、全ての人が世の中右肩上がりで行くものだと信じている時代に、公務員という公僕にはあまり魅力を感じなかったのも事実である。民間で自分の力を出しきれない、虚弱な奴が逃げ込む職場だなどという極端な印象をもったのも事実である。
上昇曲線を描けない安定などは実に地味で、そして暗く感じていた。。
しかし、自分の仕事と考えた時、金融関係にしても公務員にしてもあまりピンとはこなかった。正直、興味がなかった。そんな仕事をしている自分もイメージできなかった。それと、どこか根拠はないが嫌いでもあった。。向いている向いていないという軸ではなく、嫌いであった。これは今も本質的には変わらない。。
友人達の多くは世の中の流れに沿うかのごとく金融機関やコンピュータ関連に就職していった。しかし、幾人、今も一線で活躍?しているのか。。もう何人もその後の事は知らないが、
多分職を変わった者、変わらざる負えなかった者が多かったのじゃないかと勝手な想像ながらに思う。
当時、あまり将来に対して具体的な展望を持っていなかった私に対しても、偉そうになにか詳しく調べている様で、高邁な講釈を相当垂れられたが、結局仕事の本質など、なんにもしらずに収入の計画だけで働き出した、そんな印象であった。
まぁ自分自身の就職にしても状況的にそう変わらないからあまり偉そうには言えないのだが
確実に違う点が一つだけある。それは好きな世界、業界の片隅であったが、そういう軸で仕事を選んだという事だ。。。この先の事はわからないが、今も続けられている一つの要因である事は間違い無い。
この就職という時期の少し前に、友人たちの数人が“教育実習”という事で1~2週間学校から姿が見えなくなる。
今は知らないが、当時、カリキュラムの中で任意の講義として教職課程というのがあった。
その過程の一つとしての最終的な教育実習なのだが、大半が真剣に教職に就こうなどというものはいなかった。資格の一つとしてもっておこうという程度であり、事実教育実習に行ったものでその後教職についた者は私の周りにはいなかった。。
かく言う私も教職課程を受ける事はできた。簡単なことである、申し込めば済むだけである。
しかし、全然頭の中にそのような選択はなかった。先生になる?などというのは資格の問題ではなかった。そんなものが運転免許のような資格と同義と捉えることも具の骨頂の様に感じられた。。何の為の資格なのか??活かすべき事がないものをコレクションの如く有するのか??何時か身をたすく!が如くか?いずれにしても間違っているような気がした。。
実際、教職に就くか否かを別にして、その課程を就学している人間達を端で見ていて、正直、教職というものに適性があるのかどうか?疑問に感じていた。
こんなのが“先生?”か。。。
と言うのが正直な感想である。
確かに先生になってから、その道を極めていくと言う事もあるだろうが、しかしながら果たしてそうだろうか???
私は明かに無理があると思う。。第一、現在のシステムでは適性不適正の淘汰がない。
どの部分が適性なのか??も良く分からない。。
プロの仕事に厳格な適性は必要ではないか??
しかも人命を預かる仕事であれば尚の事である。
なぜこんな疑問を持つのか、それは私が過ごした中学時代と、大学で見た教職課程などというシステムに大きな影響がある。
私の中学時分は“校内暴力”花盛り?の時代であった。
学校のガラスが割られるなど日常茶飯な事柄で、先生が生徒にぶん殴られ、校内で平然と恐喝が行われたりもしていた。これは全国的な広がりがあり、どの学校でも同じ問題を抱えていたと思う。その世相を背景に金八先生の2部、沖田浩之出演の回は構成され、評判を呼んだ。
あの時の無力な先生方を私は目の当たりにしている。
学校に警察が来たことすらある。
しかも問題は、問題の生徒ばかりに気をかけ、その他大勢の我々にそれほどの意識がなかった事だ。問題は問題を起す生徒が元凶でしかないのである。
そういう生徒が問題なら、はなから隔離すれば、その当時の問題は解決したであろう。しかし普通の生徒との学校生活の融合が問題を複雑にしていく。しかし、社会とは本来そういうものである。極端な者は刑務所に送られるが、スレスレは社会の普通の構成員として融合している。。こういう事があの当時の先生には感じられなかった。。
今の私の感覚からすると、普通の社会人として“一杯飲むかぁ!”などと感覚的に通ずる人間には相応しない。やはり少しズレたような感覚が想像の世界だが存在する。。
その後、校内暴力は沈静化するが、学校教育はその後も無風の平穏などはなかった。
事実、校内暴力も私が見る限り、自然と沈静化したとしか感じられない。有効な施策が効を奏したなどという具体例は見当たらない。時代が変わったというぐらいのモンだろう。
だが、その時すでに問題は変質して別の問題にアメーバーのように変態しているのである。
この兆しが見逃されている。それは現場の職員があまりにも世間知らずという事も上げられるであろう。子供は社会の鏡である。大人社会の歪を常に反映するのである。それは想像もつかない形で現れてくる。社会生活と隔絶したような教職員で対応できるのか??
家庭の問題も当然ながらある。しかし、ある意味子供を預かるプロからするとその情報は折り込み済みの筈で無いとどのように対応するのか??やはり家庭が問題だ、などと結論付けるのは簡単である。しかし現実はそういう問題を抱えた子供が複数人やってくる環境を司るのである。その時全てを家庭の問題と結論つけられるのか??生きている現場の放棄でしかない。。プロは結果である。例えどのような状況であっても結果を出さなければならない。
問題が顕在化してから原因を探るのはプロならざる所業でしかない。
どうも“目線”が違うような気がしてならない。
様々な問題がマスコミで取り上げられ、その問題のキャッチコピーが喧伝され続けてきた。それは今のイジメ問題にまで繋がっている。。もうかれこれ20年以上。。今だに教育現場は問題を抱えている。いや元々教育には問題が常に内包されているものであり、その対応をプロの教師がしていくものなのである。それが本質だ!行政の指示で動くものではない。こんな事は当たり前である。現場が最大優先される判断ポイントを現場と関係ないものがその職責を担い権限まで持っている形態が有効に働く筈も無い。
私は大学の時分、同輩の教職課程の選択を見ていて、少なからず大いなる疑問があった。
それは、選択する人物の選択する理由もあるが、そんなシステムで選ばれる先生という職業の軽さに大いなる疑問を感じていた。
やっぱり、それなりの素養は最低限必要であろう!
普通の就職の様に先生という職業は選べないであろう。。
単純に、友からの人望も得れない人物でも先生にはなれるのである。
景気が鈍化してから公務員には人気が高まる。
下降する曲線に絶対的安定はある種の上昇に捉えられなくも無い。
教員の人気は??
高いのか低いのかは知らない。。
しかし、世の中の憧れの職業でないことは間違い無い。
そんな印象が私にはある。
しかし、本来、私は憧れに余りある職業だと真剣に思っているし、そのようにあってもらいたい。現代の状況からするとオカシイと言われるかもしれないが、私は心底“聖職”であると信じている。何物にも変え難い尊い仕事だと信じている。職業には、勿論、貴賎はないが、先生という職業はその次元が遥か彼方に違う。
先生がいなくては国家は成り立っていかない!
先日ある女性の先生を知った。
特別有名な方でも何でも無い。
普通の中学校の先生だった方である。
お得意先のお客様だ。いつもご贔屓頂いている関係で、ご挨拶程度は以前からさせてもらっていた。しかし詳しくは存じ上げなかった。
快活な方で、大きな声で明るく笑うその姿はとても70歳を越えるようには感じられないぐらいお若い!大きな包容力がみなぎったような方である。少々の失敗は鷹揚に許して頂いている。。。
しかし、先日その現役時代をある方から聞いた。
色々聞いたが、ある話しが心の琴線を弾いた!!
先生はある時、養護学級も担当されたらしい。
今は特別学級や、花や動物の名前をつけているが、その昔は“知恵遅れ”や“障害者”などと平然と呼んでいた。。同じ子供を持つ親として、実に心に突き刺さるような言葉であり、明かに隔絶された学級だったような気がする。。。
ある日、その生徒達を引き連れ街に繰り出した。
一種の社会勉強だ。
生徒たちと言っても2人だけなのだが。。。
お昼になったとき
「一人500円までやったらなんでも食べていいよ!!」
と、定食屋の暖簾をくぐった!!
一人の子は嬉しくて500円までのメニューを探して注文した。
しかし、もう一人の子が“うどん一杯250円”というのに気がついて
二杯うどんを注文した。。。。
すると
「先生!こいつずるい!二つも頼んでる!怒って!」と泣いたらしい。。。
先生はその時の事を昨日の事のように笑いながら話される!!
「あの子、頭が良いんよ!計算ができたんよ!!ははははははははは!!!ほんと頭の良い子よ!!」
私はこの目線が大事だと思う。。。。

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