2006年11月19日(日)
エネルギー源を探す旅 
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ある日家に帰ると嫁が悩んでいた。。
「うん?どうしたん??」
「いやぁ20日、自治会の福祉委員の集まりがあるんやけど。。」
「あ~。あれ。。」
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そう、この春から嫁は自治会の福祉委員になっていた。。
しかし今だ具体的な仕事らしい仕事はしていない。福祉委員になった日に、一体何するのぉ?
と聞くと、“わからへん?”と答えていた。
実際とくにする事はないらしい。。本来は“やりゃ”いろいろあるのだろうが・・
さしあたって地域のご老人の監視?いや関係をもつという事があるのだが。
ひらたく言うと、一人住まいのご老人などが“生きているか??”を見ていくという事らしいのだ。。。本来は定期的に伺ったりしてコミュニケーションをという定義がそこにはあるのだが、ご老人にしても大きなお世話みたいなものがあり、実際には特別福祉委員だから何かをしなくてはとか、何かして貰わなくては等と言う事が無い。。
極端に言うと、町中で見かけるだけで“あー生きてはる!”と言う事になり、それで終いだそうだ!いいかげんなもんだが、案外そんなもんらしい。。
が、嫁が悩む問題は、その福祉委員の集まりが定期的にあり、一応集まりには行かなくてはいけないという事だった。。たいして何にもないのにぃ!と憤る。。
そして今回どうも大事な用事と重なっている様子・・
「なんかあった??20日!」
「Kyoちゃんの塾の冬期講習会の保護者説明会があんねん!」
「へぇ~!同じ日の同じ時間??」
「そう。。初めてやしなぁ~。。一応聞いときたいんやけど・・こんな時に限って福祉委員の集まりがあるねん。。。」
そう!先日からKyoちゃんは塾に行っている。。
「なんやぁ!そんな事!俺行ったるわ!塾の説明会!聞くだけやろ?」
「えっ!あっ?うん!ほんま?」
と…すこし気になったが。。。
「大丈夫や!」
「うわぁ!たすかるわぁ!」
と言う事で、私が塾の説明会に行く事になった!
行く前の日にKyoちゃんに
「Kyoちゃん!明日の塾の保護者説明会、パパが行くから!」
「えぇ?パパが行くの??」
「そうや!なんか問題ある??」
「うーん??」
「どうしたん??」
「パパ?どんな恰好でいくの??」
「はぁ??ジャージだよ。。」
「えぇ!あかんてぇ!」
「えっ??あかんのぉ?だったらチノパンに…」
と別の服装を言うが。。
「なんかぁなぁ~??。。」
と不満の様子!
「えぇ?じゃ、スーツで行くわ・・」
「うーん??まぁそれやったら。。」
となった。。
なんかなぁ?思いっきり“ハリキッている”みたいで嫌なんだけど。。
最近煩いのである。。
たかだか塾の説明会に、スーツで行く事になってしまった。。。
親の服装で勉強の成果が左右するわけではないのだが。。
そしていよいよ20日、朝一に嫁に聞く。
「ところで?何聞くんやろ??」
「さぁ??」
「よぉよぉ考えると、こんなん奥さん方ばっかりやろぉ??」
「そうやろなぁ。。」
「そんな中、俺、スーツ着て男一人かぁ??なんか浮く感じない??」
「べつにぃ?いいんちゃうん??それより遅れんと行ってや!!」
説明会の案内を見ると、“11時~12時半”とある。。
1時間半??そんなに何を聞くんだろぉ???講習会を受講するだけでぇ??
うーん??
少し早目に家を出た。
開始時間の15分前に塾に到着すると建物が2棟あった。。
“あれっ?どっちかなぁ??”とキョロキョロしていると、スーツ姿の男性が二人慌てて
走ってきた。。
「保護者の方ですか??」
「あぁ。今日の説明会に来たんやけど。どこかな??」
「ご苦労様です。。こちらですのでご案内します。どうぞ!」
実に丁寧でキビキビとしていた。。
“私も昔塾に行ってたけど、なんか感じがちがうなぁ?キチッとしてるなぁ?確かに商売ではあるが。。それでもこの対応は。。”
案内され建物の2階に上がり教室の前で名前を書く。
見渡すと壁の至るところに●●高校合格などというもが貼られている。。
あーここはそういうところなんだなぁ~と改めて感じた。。そして何年も前自分もこんな環境にいたときがあった。。などとぼぉ~と見ていると、受けつけている人から
「何組ですか??お子さん??」
と聞かれたが
「うん??知らん??」
「あっ?じゃぁ名前だけお書きください。。」
“何組もあるのかぁ??出きるやつと出来ないやつのクラスかなぁ??ぜんぜん何にも聞かんときたが。。”と考えながら教室に入ると。
前に大きな黒板が!そして、あの学校で使う机と椅子が結構な数並んでいるではないかぁ!!
「お好きなところにお座りください。。」
早かったのか私1人だけである。。椅子に腰掛け前を見ると!!
黒板が目に飛び込んできた!!
“あーーーー!この感じ!なんと懐かしいではないか!教室にいる!!”
と昔年が一気に蘇ってきた!!うーん。。。なんか緊張する。。一種のパブロフ現象だ。。
返りたくなってきた。。いや、逃げ出したくなってきた。。
しばらくするとガヤガヤと奥さん連中が連れ立って入って来た。。
“やっぱり。。俺だけか男は。。”どうもジロジロ見られる感じ。。
トホホ。。
定刻の11時に開始。
説明に入って来た講師の男性、若いではないかぁ!私より五歳以上は若い感じだ。。
こんな若い人が講師なのかぁ?
説明に入った。
説明は3要素の構成になっていた。講師も3人いて、それぞれの説明を担当する。
講習内容。高校受験の現状。現在の高校生の状況。
高校生の状況??なんで中学生の冬期講習に高校生の状況??
レジュメを見ると講義内容が細かく記載されている。。
“英語・・be動詞、一般動詞、疑問文…等々、数学・・方程式、平面図形。。。
こんな内容聞いても。。
わからんなぁ…
しかし!
なんと!
いろいろ説明してくれるのだが、よく考えられている!
しかも、本質的な理解の重要性をトコトン説くのである。
大半が基礎の不充分さからくる受験勉強の不整合性に問題の論拠があるらしい。。
それは本質的理解をしないまま次々にカリキュラムを消化するため、センテンスだけの暗記に終始し、中学で習う勉強が一本の太い櫛刺し状になっていない事が上げられるのだ。
例えば英語。ほとんどの子供が3人称単数現在形でつまずくらしいのだ。。
I Play tennis。
が、Tom君がする場合
Tom Plays Tennisとなる。。この場合の“S”が理解されていないらしいのだ。
確かに記号のように覚えればそれでいいのだが、しかし元来、なぜつまずくのかが検証されていないらしいのだ。それは日本語と違うという根本的な起点が無視されがちで、当然そうだという固定観念からいきなりスタートするのだ。
その筈である、日本語で本は複数あっても表現としては本でしかない。それはTom君がもっていても本としか表現しない。本sとか本2とかと表記も表現もしない。これが本来語学を学ぶ進入口として重要なポイントとなる。。
なるほどぉ!そらそうだ。日本語も不充分な子供がいきなり“ハイ英語”と言われても、基本的な概念の差など大半がわからないだろうナァ??
そしてここにカリキュラムが進むと
Tom will play tennisとまた“s”がなくなるのである。
これは一連の流れで勉強するのだが、この間に子供の間にはすでに断層が発生しているらしいのだ。。それがドンドン進行すると、フラッシュバックのような知識が積み重ねられ、グチャグチャな形状の積み木にしかならないのだ。確かに綺麗に積み重ねられたものにはならないだろ。。そうなると“暗記・暗記”の連続で瓦解を防ぐ作業に終始することになるのだ。。
なるほどぉ!まさしく私はこれだったような気がする。。
理解するまでなんて学校の教育にはない。。
先延ばしはできない。トコトン基礎を理解しないで応用的な理解に進めるわけがない。こんな事は当たり前なのだが…
現在の子供は著しい読解力不足があるらしいのだ。数学でも英語でも高校入試に求められるものは文章読解力なのだが、これは基礎が不充分では対応できない。この本質を伝える前に、カリキュラムが進行する。そうなると、ほとんどクイズのような形式しか残像として残らず、どうしても回答は暗記力からひねり出すしかないのだ。。
うーん??何を教えるかは、何が学べていないかを探る事から始めるのかぁ。。
そのポイントをつきとめないと意味あるものにはなっていかない!!
良く学生時代、予習も大事だが、何よりも復習だと耳が痛いほど聞かされたが。。
私にはお経にしか聞こえなかった。。しかし今の子供も同じだ。。
暗記と反復練習で終始する訓練所だったら“公文”に行けば良い、しかし我々講師が報酬を貰う本質はこの本質的理解を促す事にあり、強いては受験に対応することだと明言もしていた。
うーん。。
確かKyoちゃん入塾試験のとき英語17点だったと聞いた。。しかし学校の英語の試験では80点以上取っている。。この開きはなんなのか?よくわからなかった。その後補習を施してもらっていると聞くが、なるほど理解できた。。
次に受験の現状だが。。これは私の時代とは大きく違う。
特に京都は!
私の時分にⅡ類Ⅰ類などの種別はなかった。それより公立高校の選択など出来なかった。
地域地域で行く公立高校は限定されており、私立か限定された地域の公立かの選択しかなかった。勢いこの状況では公立高校は中学の延長でしかなくなり、優秀な子は皆私立を選択していた。
それが現代は公立高校も全て選択になっておりレベルの差が如実にあらわれている。こんなことは数年前からの当たり前事項なのだが、子供が直面するまで深い理解などしてこなかった。。。
そうかぁ!違うんだ。。そしてより複雑になっている。。
ところで私が出た公立高校は?どんなレベル?と聞くと、あまり良くないらしい。。
はぁ~??なんで??勝手にレベルが下がったような。。なんかあんまり気持ちのいいものではなかった。。
現代の京都の高校は堀川高校という公立と、洛南という私立が激しい進学率の競争をしているらしい。。洛南はもちろん知っている。私の時分も有名な進学校だった。大学の友人も多数出身者だった。しかしこの堀川?
ここ数年やたら耳にする。“奇跡の公立高校”とも聞いた事がある。。
そしてレジュメの1つとして堀川高校の入試問題が配られた。。
見るとサッパリ分からない。。英語などは裏表ありそして2枚もある。。
講師曰く、これくらい難しい問題に相当するものを、皆さんのお子様は2年後には出きるようになるのです。この2年の習熟の量を理解してください。そして基礎から始まりここに至るまでの過程の構築を。
むむむ。。そうかぁ!そうだった自分も。。
いつまでも小さい時分のイメージをkyoちゃんに投影しているが、間違いなく私が通った道に進入している。。
うーん。。そんな状況かぁ?
Kyoちゃんどこ行くんやろ??
正直、私は公立で良いと思っていた。しかも自分に相応の。。
しかし、状況を聞くとそうも言ってられないらしい。細かい選択が存在する。
私の時分のような公立イコール1つのイメージではないのだ。。
親の考えが現状を理解し、その上で子供の選択を熟考できなければいけないのに、今の私の考えでは、昔の印象とフワッ~とした“伸び伸びそだてるんやぁ~!”という幻想しかないような気がしてきた。。確かに理想は大事だが、逆に子供が置かれている状況から子供がそんな親を見たらどう感じるだろう??
自分は通りすぎた道で、そこそこの結果らしきものが得られた。その過程で苦痛や虚無に感じたものから、理想を作りだし、子供にそれを大きなウェートで伝える事に自己満足している状況では、あまりにも独り善がりすぎないだろうか??
“なんにも分かっていない!無責任。。”としか感じないんじゃないだろうか??
結果に据え置く理想から状況を知って下す判断と、状況をまったく知らず下す理想的だろうという判断では大きな違いがある。それは受け取る側の感じ方になると伝える側の数倍いやまったく違う感受性になってしまう。これは仕事でも同じじゃないかなぁ?
“やれやれ”って言っても現状認識して具体的な指示でなければ、また“言うてはる”としかならない。それは
返って精神的プレッシャーになり、何も助力しやっていない事にしかかんじられない。。。
子供はどうせなんか聞いても、現実離れした理想しか言わないし、理想が理想としては伝わらない。。。何よりも聞かなくなる。。
これが大きい。。
イジメの問題にしても大人は活発に議論するが、所詮自分に降りかかった問題でない。
しかし子供は自らに降りかかった問題である。多数死者が出ると言う事は犯罪である。
該当する子供の親であっても心配はするが、現状がわからない。そして分かっても理想を並べると、受け取る子供はどう感じるだろう??
もっと強くなれ!
現実の理解は重要だ。そして判断が。。
ここの理解が必要だ。子供の意見が世の中に無い。現状を隠蔽することに大人は終始していて、そこを問題のポイントにしているが、しかしそうだろうか本当に?徹頭徹尾子供の理解に励んだであろうか??身近な大人が。。結果がでてから、あーだったこーだった。。なんでこうしてくれんかった?かくしてたやろ?などと言っても、実にどの理由を聞いても無責任でしかない。。。
現実はある。そして理想もある。それは子供にも親にもある。
合一しているから幸せで、しないから不幸とは一概にはならない。
しかし子供の現実を理解することで、例え合一していなくても接点は生れてくる。。
この接点感覚が大事なんじゃないだろうか?
頭だけの想像で終わっていないだろうか??通じ合うものが育成されているだろうか??
気づくとレジュメにメモを満載していた。
私は会議でもほとんどメモをとらない。それは議事録というモノが存在するからではあるが、どうも他人の意見を聞かない傾向があり、決定したものだけ議事録に備忘されていればいいや!という考えだ。
しかし、この説明会は何故かメモ満載になった。。
最後に現状の高校生ということで、高校の部を担当している校長という人が教室に入ってきた。
● ●です。
うーん・・やっぱり若い!聞くと30歳との事。。
やはりこれくらい若くないといけないかもしれない。。現状と乖離しすぎた人間だとテクニックはあるが、状況の把握が疎くなるだろう。。それは感性の違いからも考えられる。
しかし、なんで高校を担当している講師が説明に入るのかナァ??
と最初考えたが、なるほど意味があった。。
現在の高校のカリキュラムが配られた。ある公立高校のものらしい。
講師曰く
「この高校では国公立は進学できません!それは高校のレベル以前の問題です。」
“うん?なんで??”
「みなさん国公立文系の受験教科は5教科7科目です。英国数1数Ⅱ社会社会理科です。しかしこのカリキュラムを見てください。理科の時間がまったくに近いほどありません。僅かに2年3年で生物があるだけです。」
“あぁ、ほんまや!これでは無理や。。しかし理科言うても生物だけ??他の物理や科学なんかは??いらないんだろうか??”
「お気づきでしょうが、ない上に生物に特化しています!これは学校のカリキュラムを組む先生の意図です。」
“意図?”
「つまり、理科は生物だけで対抗するわけです。ということは全体のなかでこの教科にウェートを置いていないことは理解できます。最低の線を目指すわけなのですが、基本的に文系ですから暗記に特化した生物を選択しているのです。。」
“なるほどぉ?”
「ここに現在国で問題になっている履修問題の本質があります。
時間がないのです。この生物ですら全部は出来ません。あとは皆自分でとなるのです。そんな状況です。必要ないものはしない。。」
そしておもむろに教卓にドンと本を置いた。。
「これは堀川高校の教科書です・・そしてこっちは一般的な中学の教科書」
“また堀川かぁ?なんともすごいブランドやなぁ?”
「この厚みの差をみてください。これほど違いがあるのです。こども達はこの分量のものを勉強するのです。それは中学1年生から始まるのです。いかに有効に時間を使うかという事と、なにより一番大事なのは動機です!!これがないと駄目です!!」
動機??
「最終的には親御さんは子供の幸せを願います。しかしその幸せは一体なんなのか?その幸せと今現実に向き合う勉強とは一体どういう関係か?ここを理解し動機付けをきっちりしないと行けないのです。でないと続きません。。私どものなかには大学に行かないお子様もいらっしゃいます。それも勉強する上での1つの選択かもしれません。しかしこの動機付けはなにも高校、ましてや大学入試前からつくるものではないのです。今から始めるべきものです。。では、みなさん今からお配りする用紙で考えて見ましょう!」
と、問題用紙みたいなものが配られた。
見ると“エネルギー源を探す旅”となっていて、無地のグラフが書いてある。
グラフの横の中心に破線があり上部がプラス下部がマイナスとなっている。起点には0歳と書かれてある。。“なんじゃこりゃ??”
「これは今高校生にやってもらっているものとまったく一緒のものです。このグラフの終点に現在の年齢をかいてください。そしてプラスの部分に今までで良かった事、マイナスに駄目だった事を書いて折れ線グラフを作ってください。」
と、やりだした。。
うーん良い事??大学入学?子供ができた??
悪い事??うーん・・結婚??あっ違うかぁ。。。
などと書くが、なんか意味があるんかなぁ???なにを示すグラフ??
「はい、出来ましたか??」
できない。。思いついてもプラスしかない。。横一本線だ。。
となりの奥さんのを盗み見すると上下に綺麗に振っている。
駄目なんだろうか??俺のこのグラフ??
「どこから始まるか?それぞれです!生れたというだけで大きなプラスと考える方もおられるでしょうし、マイナスが一切ないという方もおられるようです!」
俺ではないか。。。
「このグラフ、例えば私を例に出して考えますと、私は中学入学の時はマイナスです、入学したてで環境に順応できず回りに気を使いました、その思いではマイナスな印象です。しかしその後プラスに転じます。学園祭など私は大好きで、活躍し良い思いでが沢山あります。しかし高校入学でまたしてもマイナスになります。やはり中学と同じ環境に順応できず馴染めない。しかしその後プラスに転じます。やはり中学と同じ学園祭など皆で1つのものを作ることに情熱を傾けていくことに幸せを感じたのです。」
???
「自分の幸せの根源?これを私の場合で考えると仲間で1つのものを作り上げるというところに大きなモノを感じるのです。このグラフでプラスに位置するものを考えると、どうも私の場合そういう内容が読み取れるのです。何かの目標を立て、そこに向かい達成する。より多くの人間と分かち合いたい。そんな事が今塾で子供に勉強を教えるに至った動機じゃないかと考えているのです。」
はぁ~そうかぁ~!そう言う意味のグラフかぁ!
「大事なのは人は様々だと言う事です。ある人は出世をプラスに感じる人もいるでしょう、結果、成果を幸せの源と捉える。また恋愛という人もいるでしょう。様々です。ここが大きいのです!このグラフで子供が幸せを考えるとまったく皆さんとまったく違うものがでてくるでしょう!皆さんのグラフをもって子供を見ていませんか??」
確かに。。。
「動機付けとは常に子供の目線が大事なのです。。ただ単純に勉強しろしろでは動機を保つことは出来ません。なんの為にするのか?そのための多種あるソースを掴めなくてはいけません。」
うーん。。
これが現代の塾か??
そう言うとKyoちゃんが入塾して間の無い頃、午後9時過ぎに塾から電話があった。
「大丈夫ですか??なにか言っていましたか??」
フン!そんなもん。商売だからだろう!子供も今は少ないから、お客様第1なんだろう!と考えていた。確かにそれは本質だろう、塾という商売の本質を考えると。
私には自分の過去における塾に対する嫌悪感が先入観として強くあった。。
しかし。。。昔とは大きくその商売の性格も変わっている。。
現実に即応しているプロ集団のように感じたし、なにより現代の子供の感情も理解しているようにも感じた。
そのはずだ、そうでなければ商売が立ち行かない。
昔のように多くの子供が存在する状況ではない。商売の競争も昔に比べ苛烈であろう。。
比べて
今の学校って??どうなのか??
義務教育って??
勉強以外の重要性を多く説くが、実際にできているのか??
ゆとりなどと言うが、ほんとにゆったりしてしまったら、現実社会ではどうなるのか??
6・3・3制にゆとりって?その後は昔と不変なのに??その間にゆとりって??中間の時間が単順に割愛あれているだけではないか?文部行政に従事する人間のマスターベーション
じゃないのか??
6・3・3以降の事は手のひらを返した様にそこからは昔と一緒!などとなるのはゆとりの本質と現実に整合しているのか??
いい加減なゆとりなどという時間の捻出で一体今の子供はなにを見つけ創り出せたのか??
他人を苛めることだけかぁ??
なにより、学校などは成果をどこに求められるのか?成否は誰が判断するのか??
基準がない。。
昔私塾という形が存在した。松下村塾や適塾がそうだろう。剣術の道場もその内だろう。
そこでは蘭学や様々な勉学を講義したはずであるが、後世塾の優秀さを考える場合、その塾で教えていた精神性が大きく反映されている。尊王攘夷、開国、先進国に追いつく等々。。
決してあそこの蘭学は優れていたとか言う事柄ではない。ある意味出身者による1派が存在するくらいの支柱が構築されている。しかも世に対する貢献として。
ここに塾の門を叩くものの大きな動機が存在し、教えるものの動機も存在したような気がする。。。
塾だけを肯定するわけではない。既存の学校というカウンターの存在があるから際立つ側面、そして対応が出てくる。。
しかし。。。
気づくと予定時間を30分近く越えるものになっていた。
2時間である。。そんな感じがしない。。あっと言う間だった。。
塾を出ると、福祉委員の集まりが終わった嫁からメールが入っていた。
「車で迎えにいこうか??」
断った。。
すこし1人で歩いて帰りたかった。
自分が歩んだ道で、単純に嫌だったのもに目を閉じ、そんなもんは人間育成には必要無い
、大きな人間に育ったらそれで良いという漠然とした理想を漠然ともち、逃げているんじゃないだろうか?
子供の現実にほんとに向き合っているんだろうか?
俺は・・??
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