2006年10月27日(金)
侠客 
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広辞苑で調べると
強きをくじき弱きを助けることを標榜した任侠の徒。
うん?じゃ任侠とは?同じく広辞苑で調べる。。
弱きを助け強きをくじく気性に富むこと。
だ、そうだ。。。
いずれにしても今“ピン”とこない言葉である。。
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出張から帰ってきた。
今回は宇多津のドンちゃん騒ぎを含め約1週間近く出ずっぱりであった。。
そして滞在のほとんどが香川県である。
この五年近くよく行く。。もちろん仕事であるのだが、
しかし、これほどこの地域に縁ができるとは考えていなかった。。
以前にも書いたが、私は四国自体20歳を越えてから初めて土を踏んだような次第であり
これほどまで頻繁に行くとは当時想像もつかなかった。。。
不思議な事がある。
私が仕事で行くのは大半香川県の高松なのだが、この地域、昔で言うところの
讃岐・賛州は
他の地域とは一味も二味も違う“偉人”を輩出している。。
切れ味の鋭いと言ってもいいんじゃないだろうか??
空海、平賀源内、久米通賢、三木武吉、他にも沢山存在するのだろうが
一癖も二癖もある、日本史の中でも特異な存在感をしめす人物たちを、各時代を縫うように輩出している。
そしてもう1つ不思議な事がある。
それはこれら偉大な人物を輩出しながら、この地域は地元としての顕彰の念が希薄であり、観光資源としてまったく活かしていないのである。。
おかしなものだ。。
これは歴史的に由来するところがある。この地域から出てきた偉人は、この地域に厚く遇される事なく、場合によっては冷遇すらされている。。とくに久米通賢などはその代表的存在であろう。。
この地域の人は不思議でならない。
調べると日本で一番小さな面積であり、廃藩置県の後、一時県として存在せず、愛媛県に編入されたり徳島県に編入されたり、紆余曲折の末、県として立脚したように聞く。
比較的主体性が弱いのか??その後も四国の玄関口という立地からか、関東や関西の大手企業の支店営業所が多数流入することにより、独自の資本形成ではない形で人口と商圏が出来あがって行く。だからなのか?
この地域に存在する三越は70年以上の歴史を誇っており、街の者もその存在を誇りにしている。その性格的特徴はケチである。ある種他の地域のケチさとは質が違う。
昨今さぬきうどんのブームであるが、この地域産物のうどん、これは偏に水がない事によるものから来ている。。川が無いのである。だから水不足の恐怖と常に背中併せに生活を送っている。そんな地域であるから米などという作物は育たない。麦になるのだ。。その結果のうどん文化であり、常に天変地異に対する備えからくるケチ性なのだ。。
この性格が起因するのか?郷土の偉人に対しての顕彰の希薄さは??
現世利益、即物的な有為性を感じられないからか?
でも、久米通賢は塩田を開発して当時の地域領主である藩、そして領民に莫大な利益をもたらしたのにナァ??しかも私財を投じて。。。。
それにしては…
他の地域に比べ、この特異な偉人たちを盛大に顕彰していない。
善通寺といって全国の人がどれほど知っているか??
空海などという日本史上最大の宗教者というよりも哲学者というより
超能力者に近いスーパースターが生れているにも関わらず…・・
世間一般には非常に希薄な印象しか持たれていないのである。。。
とにかく変わっている。。
正直商売もキツイ。大阪・名古屋もキツイのであるが、ある意味比ではない。。
それらの常識が通じない感がある。。
私は彼らを、こっそり“讃岐原人”と呼んでいる。。
こんな地域なのだが…・
が…
近代の日本史上、最高の侠客をまたもやこの地域は輩出している。。
なんで??良く分からない。。
しかも悔しいが、私はこの地域が輩出する偉人が悉く“大好き”なのである。。
大平正芳を含め。。。
日柳燕石!
この名前は幕末史が好きな方は大抵ご存知だろう!
綺羅星の如き維新功労者を捨て身で幕吏から守った博徒である。。
あの司馬遼太郎ですら、世に棲む日々という高杉晋作を題材にとった小説でわざわざ一章設けている位の人物である。。
千人からの子分を従える琴平の博徒であり、その存在は四国に留まらず関西以西にもその勇名は聞こえたという猛者である。吉田松陰・久坂玄瑞・西郷隆盛・坂本竜馬・高杉晋作という並み居る豪傑と五分で付き合い、自分の信念に従い、身命を斗して彼らを守り抜く。。
ただの乱暴な博徒ではない。高い教養と詩の造詣も深い知識人でもあり、なにより独自の確固たる勤皇の厚い志を有していた。
私は大好きである。。こういう市井の偉人が!!
彼の人生クライマックスは何と言っても“高杉晋作”との出会いであろう!!
出会った頃の高杉は正直、犯罪者である。
関わっただけでも災厄は間違いなく身に降りかかる。。
しかし、自身の勤皇思想から、この青年の持つ可能性に全てを投げ出す覚悟が出来たのであろう!!
彼を頼って幕吏から逃げてきた晋作に対して
燕石は言う
「一身を投げうって守る!!」
そしてその通り、晋作を匿ったために藩に捕らわれ
3年以上牢に繋がれる。。。
この獄中の労がたたって間もなく死去するのである。。
晋作の師、吉田松陰は男子の死せる時を教えている。。
生きて大業をなす見込みがあれば、いつまでも生きよ
死んで不朽の価値があると思えば、いつでも死んだらよい
晋作と燕石が交叉した瞬間である。。。。
燕石という名前、妙である。。
燕の石??
なんだろう??
燕が海から運んできて、巣に置くという。
燕が海辺から運んできて、巣の中にしまっておく。
雛鳥の盲を治すのに効くと言う。
伝説の石である。。

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