2006年10月08日(日)
親父のたのみ 
amazon.co.jpで 親父のたのみ を探す
胆石が胆管に2個詰まっていて取り出した。それは無事終了したのだが、
その時の検査で胃にポリープが2箇所みつかり、これも切除した。。
入院したときには無かったものだ…・
強烈なストレスがあったのだろう。。。。
いざ切除しようとしたとき、胃カメラでは確認できない巨大なポリープがみつかり
慌ててそれも医師の判断で切除した。
どちらにしても無事終了し退院の運びとなった。。
およそ1ヶ月間の入院であった。
しかし、1ヶ月後には又入院し、胆嚢を摘出するらしい。
これは、1泊2日の簡便な手術で心配はなく、とにかく、それが終われば取りあえず今回は終了だ。。。。。
世間ではもっと深刻な親族の病気と向き合っておられる方が多数いる。
それから思うと如何ほどの事もないような内容だが、私にしては、あの元気な父親に対して初めて健康という部分で向き合ったような気がした。。
必ず歳をとれば誰しもが向かえる事ではあるのだが…・
勝手にもっともっと先?無いもの??
でも、これからは親の身体が確実に弱っていくんだなぁ~…と。。。。
そして、親は確実にいなくなるんだなぁ~と。。。今まで元気であったが故にギャップが大き過ぎた。。。
入院したその日、私は仕事の帰りに病院にいった。
病院の面会時間は午後8時まで。
その日に限り忙しく、結局病室についたのは午後7時45分だった。。
母親も妹も、もう帰っていた。。。
病室のドアを開けると、点滴のポールをつけた親父がたって茶を飲もうとしていた。
「あっ!」
「おう!きたんか??」
「あっ、うん。。」
とくに喋る事もない。。
今まで体験した事無いシチュエーション、なんかお互い照れくさい。。
いろいろ病状や手術の事を聞いた。。しかしそれは既に妹から携帯で聞いていた事だったが
黙って聞いていた。。。
しばらくして、フッと思い聞いた。
「親父、初めてやろ、入院??」
「いや。」
「えぇ?」
「実は小学校のとき3週間入院したことあるんや、日赤に。。」
知らなかった。。
「これや!」
と、右手を出した。。
人差し指の付け根のあたりが陥没していて、少し指が歪んだようになっている。
これはもちろん知っていた。
母親から聞いている。小さい時分に破傷風になりかけたらしいのだ。
「小さい時怪我したんやけど、そのまま川に魚とりにいって、ばい菌が入ったんや!」
「あぁ、少しきいたことがある。。」
「うん、そうか、その時、指落とす手前までいったんや!」
「えぇ?それは知らんかった。。」
「お袋がなぁ、さんざん苦労してなぁ、戦後間も無いころやろ、ろくな薬もないんや。手当言うても消毒だけなんや。そんなもんで治るはずもないしな。いよいよ指切るいう手前までいった時に、ペニシリンいうのが入ってきて、治ったんや!!けどなこの有様や、指。。。握力が無いんや、わし。。」
へえ~。。知らんかった。。
というか、親父の事、知らないことが多い。。
結婚してからは勿論だが、その前もあまりそんな事を喋る人間ではなかったし、そんな事、そう親父自身の事など話した事はなかった。。
第一、家に居なかった。モーレツ社員などともてはやされ、仕事こそが男の生きる道であり、家庭をほっても仕事を先ず持って優先する人間だった。。男は誰もがそうだったような時代だろう。。
そんな親父に反発もしていた。だから喋ることなどあるはずも無い。。
家庭ができ、子供ができ、気づくと私は40歳。。
親父は今多少友人の会社で働いているが、本質は10年弱前に仕事はリタイヤしている。。
今立ち止まると、親父と似たような事をしている。。決して家庭優先ではない。。仕事の皺寄せを家庭に押しつけていたりする。。
血だなぁ~。。
時計を見ると8時を回っていた。
「あっ!帰るわ、また来るし。。」
「おう!きぃつけてな。。」
帰りに実家に寄った。。
妹と母親が弁当を食べていた。。
「おう!ごくろうさん。。今よってきたわ!元気そうやった!」
「そやろ、でもお兄ちゃん、大変やってんで!」
「なにが??」
「おとうさん、病院には行かん!っていうてさぁ!おかあさんと大喧嘩したんやで!」
「はぁ~??なんやそれ??」
「おかあさんが、病院行かんかったら“家でていく”言うてやっと行かはってん!!」
「なんやそれ??ほんまか??」と母親を見ると
頷いていた。。
「ほんでな、おにいちゃん、おとうさん今日1日なんにも喋らんと天井ばっかり見てたんやで。」
「最初から医者が大した事無い言うてはったんやろ??」
「そうや!でもな自分で考えすぎてな、最後、わし、多分胆石だけやないんや!胃がんやって言い始めて…もう、たいへんやってんや、なだめたりすかしたり。。。」
へぇ~。。。そんな神経質だったのかぁ???仕方ないかナァ~。。
すると母親が・・
「おとうさんな、たぶん、おばちゃんのことが頭にあるんやと思う。。。」
「あっ。。。。。そうか。。。」
「うん。。」
長年癌と闘っている叔母だ。。母親の妹で3人姉妹の一番下である。
入院を拒否し、家で普通の生活を大切に、今も毎日病院通いだ。
抵抗力が落ちているため外部との接触は極力さけている。。咽喉もやられほとんど声がでないから会話もできない。母親も会うことがままならないのだ。。
唯一のコミュニケーション手段は携帯のメールだ!!
母親は勿論、長女で75歳の叔母も、75歳からの手習いで一念発起メールを覚えた!!
闘病の叔母は、孫の顔を見る事を人生の最大の夢として、苦しい治療と闘っている。。
そんな義理の妹の姿を傍で、親父は定年後ずっと見てきている。。。。
親父が頭にあったのはその苦しい闘病の事ではなく、回りの人間の事だったと思う。。。。
叔父さんは24時間つきっきりだ。。
小さい時分、長身細身で大手都市銀行に勤める颯爽としてダンディーな叔父さんだった。。
しかし、数年まえ久しぶりに会うと、頭の毛は抜け落ち、正直憔悴したような、当時のカッコ良さはなかった。。。
。。。。。。
妹が帰り、母親と二人になった。。
「あんな。。」
「なに??なんかある??隠してる事??」
「いやないよ。。」
「じゃ、なに?不安??」
「ちゃう!」
「。。。。」
「おとうさんな、入院するとき私に言うたんや!」
「???」
「おまえな!・・わしにもしもの事があったら、あいつに頼まなあかんことがるんや!!」
「??おかあはんの事やろ??」
「ちゃうと思う。。」
「思うって??」
「それ以上言わはらへんかってん。。」
「ほな、なんや??」
「Nちゃんの事やと思う。。。」
「N??」
私の妹の事である。。。。
妹もずっと身体の調子が悪い。。
結婚はしたが、数年前、子供の産めない体になっていた。。
結婚まで、いや、結婚してからもあんまり健康な状態で家庭生活を送っているとは言いがたい。。
結婚した旦那、私の義理の弟が良い奴で家族一同喜んでいた!!
私は事あるごとに義理の弟に
「あんたでよかった!!あんたには感謝してるよ。。」と言っていた。。
親父はそれでも妹の事が唯一の不安なのだ。。
「ふーん。。。」
「おとうさんな、ああ見えて、いつもいつも子供の事、家族の事心配してるんやで。。なんにも言わはらへんけど。。」
「。。。。。」
「定年してからちゃうよ、家にほとんど居なかったときでもやで…」
「。。。。。」
「だから病院行ってなんかあるのが分かるのが怖かったんや!」
親父が背負ってきた荷物を、初めて持ち上げたような気がした。。
重かった。。。
これをずっと持ち上げていくのか…と気づいた
夜だった。。。
人気blogランキングへ
お手数ですが、一票よろしくお願いします。
カテゴリー移籍しました。。。。。。

リンク元(referer)
コメント
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加
上海
夏草の賦 
人気blogランキングへ
ブログ王へ
週刊ブログランキング













.jpg)





