2005年07月30日(土)
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ハッちゃんフォーエヴァー
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このテーマを本当はもっと前に書こうかと思ったが、土曜日まで待ちました。岡八朗と土曜日そして吉本新喜劇というワードは、関西に育ったわれわれ世代には特別なものがあるはずです!
昔小学校は現在の様に週休二日では無かった。しかし土曜日は4時間授業で12時過ぎに終わり、小学校時分はこの土曜日が楽しみで待ち遠しかった。もともと休みではないのだから半日で授業が終わるのは少し得な気分があり、家に帰ってから友達と遊んだり等のスケジュールが目白押しだった。
でもスケジュールは午後1時から始まる吉本新喜劇を見てからしか始まりませんでした!
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これは、みんなそうでした!だからみんなとの約束は午後2時からなのです。
12時過ぎに学校が終わり、みんなダッシュで吉本新喜劇のオンエアーに間に合うように家に帰り、用意していた昼ごはん、大抵“チキンラーメン”“昨日の残りのカレー”とかなのだが、取りあえず食べてテレビに噛り付き,
「えげつなー!」「くっさー!」と毎週同じタイミングでのギャグなのではあるが、笑っていました。
こういう小学校時分の土曜のスケジュールは私だけの思い出かと思うと、大学に入って別の関西地域から通学していた友人も同じ思い出を共有しており、その状況がまったく同じであった。「そうや、そやねん!汗かいてダッシュで帰って見ててん!」
「俺も!俺も!」類は友を呼ぶで集まった傾向かなーとも思いましたが、これが実はそうではなく結構なムーブメント?いや関西人DNA!!。
“おはよう朝日”で岡八郎訃報のコメントを宮根誠司アナが喋っていたが、まったく同じ思い出を語っていた。「とにかく土曜は走って学校から帰り見てましたねー」、彼も1963年生れでわれわれ世代だ。
吉本新喜劇の笑いは洗練された都会の笑いとは違い、泥臭く直接的でおしゃれではない。
関東の人には受け入れがたいものが存在するんじゃないだろうか、特に当時の吉本新喜劇の笑いというのは。
確かに笑いに種類が存在するのは認めるが、笑う側には笑い方の種類はない!おしゃれな構成とか洒脱な会話とか以上に、笑えるか笑えないかが絶対的な基準で、私は吉本の泥臭く直接的で“これでもか”の笑いを体いっぱいに充満させて育ちました。
笑わせる行為は、人間にとって一番崇高な行為ではないかと思います。人間以外に状況を笑う生き物は存在しますが、考えて相手を笑わす生き物は存在しません。。
笑いの基本・根底には“差別・優越”という人間にとってはあまり他人見せたくない欲望が存在しているのは事実でしょう。あこがれる・尊敬・敬愛と言うような存在を笑いの対象には考えないでしょう、しかし劣る・愚鈍・不運という事は笑いの対象になり得るのです。
プロのお笑いは、笑わせるのであって“笑われる”のではない。人間の不道徳な感情をクスグリ、自らを笑わせる対象と化す緻密な計算を企てる哲学者であります。
表面的洒脱感や泥臭さそんな違いではなく、芸人の笑いに対する哲学の凄みが、われわれの笑いのボルテージを左右するのと、ハッちゃんはじめ吉本の役者さんたちは、われわれの関西人DNAをよく解剖し理解しています。
だから「ハッちゃん」を偲ぶコメントで、楽屋では物静かで読書家だったというのは理解できるし、究極はビートたけしのような存在を輩出するフィールドとなり得るのだと思います。
ある日の土曜日、昼ごはんを待つてるとKYOちゃんが、
「いやー!今日ヤスオが出るでー」と新聞をみて騒いでいました。
「ヤスオ???」
ヤスオとは、現在の吉本新喜劇の役者で、独特のシニカルなギャグとトボケタ風貌にて人気を博している(一部かな?)安尾信乃助です。
登場と同時に、
「おじゃましますかー」
「聞くな!言いきれよ!」と突っ込まれ、切り返しに“言いきるんですね、わかりました”
「みなさん!おげんきです!」
「そこは聞けよ!」
KYOちゃんはこの“ヤスオ”が大好物で、かならず土曜日午後1時にはテレビの前に座っています。
弟のU君もつられて一緒にみていて、オンエアー終了後は新喜劇ごっこまでふたりでしています。
うーん、関西人DNAが流れてるぞー!!!
「スキがあったらかかってこんかい!」
「えげつなー」「くっさー!!!」
ハッちゃんフォーエヴァー!!!!

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