2006年08月22日(火)
甘粕正彦と土方歳三 2 
amazon.co.jpで 甘粕正彦と土方歳三 2 を探す
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
多分、中学生時代だったような気がする。。
しかし、このときはその名前よりも、彼が起こした事件について当時の社会科の先生が語っているだけで、その主犯であった甘粕には触れていなかったと思う。。
彼の名前が世に顔を出したのは、関東大震災時のアナーキスト大杉栄・伊藤野枝、その甥の橘宗一を殺害した事件が最初である。この事件について中学のとき習ったのは、残虐な軍人(正確には憲兵)非民主主義下の軍国主義国家の象徴的事件という印象を先生は残しただけであった。。(例に漏れず日教組であった。。)
次に私の前に彼の名前が現れたのは、映画ラストエンペラーでの坂本龍一が演じ、それが話題になった頃である。
そのインタビューで坂本龍一が『学生時代の友達に甘粕役をやると言ったら、皆が批判すると。。』と冗談めかして語っていたのが、深い印象として残った。。坂本龍一が学生時分はまだ左翼学生がハバを効かせている風潮が残っており、軍国主義の化身のような人物を演じるのには少し抵抗感があるという比喩なのだろう…・
大半の甘粕イメージは悪逆非道、軍国主義、謀略に謀略を重ね、満州帝国建国の暗部に関与し影の支配者というダーティーさが現在も一般的だろう。。
当時は今のようにインターネットもなく、私もそれ以上の知識を得るに至らなかった。
しかし私はこのようなアウトローに非常に興味があり、どこかで頭の隅に残っていたのであろう。。数ヶ月前、靖国問題や北朝鮮のミサイル発射、それらに伴うメディアの報道からか、
所謂、物事には表面の事象とは別に裏で画策される様々な事情が存在し、それらの憶測までも含めて論評されているのを見ていて、
突如“アマカス”というキーワードが頭をかすめ、
そう言えば、甘粕という人間もつまるところよくわからない部分があるなぁ??
思わずインターネットで検索した。
するとどうであろう??
あのときの印象に残ったままになっていたのだが
なんか違う人物像が出てくる。。。
うーん??
全て違うわけではない。史実上起こったことについて関与がはっきりしている部分の状況は間違いではない。しかしどのような人物が?という点については印象が少し違うのである。
あまりにも彼の起こした事件や彼の特異な行為の印象が強く、そこから来る想像がかなり肥大している感じが無きしもあらずで、なにより彼が周りを含め、それらの一切を否定していない事が、彼のキャラクターを決定した。そして謀略という国家暗部に深く関わっていた事も大きな要因であろう。そして何より敗戦からアメリカ民主主義へ向かう途上、過去の忌まわしい集団のコアという事実が彼を全否定へ向かわせ現在のキャラクターを確率させたのであろう。
いろいろ読むと実に興味深い人物であり、案外当時回りにいた人間の印象は好いものが多い。。
甘粕事件は現在も謎が多く当時の世論の高まりも相当厳しいものがあり軍部も苦慮し、判決は甘粕一人に全責任を負わせた形だが、どうも真実は違うような感じが濃い。
裁判中、揺れ動く彼の心情が残されている。が判決には結果的に反映はされていなかった。。
大杉という人物の真実が近年明らかに成りつつあるが、どうも、いかがわしさを背景に持っていたいたようで、アナーキストからの転向も画策していたようである。なにより近年検死結果が発見されたらしいが、リンチに近い状態の死であり、当時の裁判結果とはかなり乖離しているようである。そうなると甘粕事件の真相とは…・
明らかに甘粕は黙して語らずを貫き通した感が強いし、どのくらい関与したのかも謎だ。事実、求刑10年だったものが恩赦にて3年で釈放、その後、軍の費用でパリに渡航している。しかも妻帯で。。これは意外な感覚が残る。。
その後パリで画家のレオナルド藤田などの人物と関わり謀略工作に没入し、クライマックスは満州国建国になる。その間、傀儡政権の正当性を保つためラストエンペラー溥儀を引っ張り出す事にも深く関与していく。最後のポジションは満州映画協会理事長。なんか不思議な感じだ。
満州国は昼は関東軍、夜は甘粕が支配する。。。
なんで映画会社の理事が満州国の夜の支配者なのか??
最初から不思議な人物で、そういう意味では憲兵大尉という本来闇の部分の番人が、突如歴史に現れ、最後映画会社の理事。そして本来歴史の闇に葬られるベキ謀略活動家のはずが、何故ここまで明るみに出てくるのか??
これが、ひょっとすると彼が持っていた本質なのかもしれない。
後世、不気味な人物として描かれているが、悪事を働く輩の如き奥の浅さではなかったのではないだろうか??そこには徹頭徹尾の哲学、良いか悪いか別にして持っていたのではないだろうか??高潔なものを。。。
鉄の様に立ちはだかる人物で、突き通せない強固さがあったんじゃないだろうか??
そうでなければ、恐れられない・・
とにかく謎だらけで不思議な人物である。
しかし、現在の戦争史観からすると甘粕などは最悪の人物として表現される事が多いが、当時の甘粕が、自分の謀略を含む行動についてどういう印象をもっていたのであろうか?
間違い無い国家に対する忠誠という表層があったであろうが、裏面の深層では何か、何か疑問を常にもっていたんじゃないだろうか?
ある時まで国家、国体という呪縛の中で行動し、かなり汚い部分も国家国体という正義を根拠にこなしてきたのだろうが、満州国が建国された時よりなにか自分のこれまでの国家観に対する限界と疑問を持ち始めたのではないかなぁ??それは満州国などという、もともと存在する民に対し、嘘を強要するとんでもないものを創り出した事に対する悔恨があったんではないだろうか?そしてせめてその考えが間違いである様、支配層である軍部(関東軍)という似非愛国精神の反逆者を仮想し、改めての原則論を強固に持ったんではないだろうか?
国家あっての民、民あっての国家ではない!!
しかし私は、どうも終局は確実に自身が間違っていた事に気づき、満州国の持つ非整合性の認識を持っていたような気がする。。
だから、関東軍と対極の位置を保て、支配者というよりも対立軸となりえたのではないだろうか…それが逆説的に彼が気づいた事の結果だったような気がする。
関東軍に対して単純な原則論者であっただけではないと思う。
【私はもと軍人でしたから、日本刀で切腹をするべきですが、不忠不尽の者であまりしてそれに価しませぬゆえ別の方法でしぬことにしました】
この言葉は、甘粕事件やその他を指すのではなく、虚飾に満ちた満州国に荷担し、嘘をついた愛国者が、真の自身の哲学との相違である溝に気づいた結果から発したのではないだろうか??しかしそこから反発脱出できなかったのも甘粕ではないだろうか??だからこそ軍人作法ではない死に方をえらんだのではないだろうか?それか・・
“ほっぽり”だしたかっんじゃないだろうか??
自分らしい結論をだすために。もしくは衆目に対する初めての主体性行動として。。
関東軍の非道な行いに徹底抗議したり、支配下の中国人に対しての接し方など人間味溢れる部分が数多く見受けられている。。ある意味慕われていたのである。。
俺は国家にとってどうか??と
おそらく彼は過去の行為を国家最善の為の行動であると確信していたに違いないだろうし、かなりの後ろめたい事も、国体護持のためという根拠を持ち、自ら汚れ役をやっていたのではないだろうか??満州国にしても、これは推測でしかないが、おそらく心の奥底で、不毛な国家観と虚飾欺瞞を感じていたような気がしてないらない。
彼が残した僅かな言動の隙間から、なにか虚無感というかニヒルな感じを受けるのは私だけではないはずだ。。。
俳優の森繁久弥は甘粕について。「満州という新しい国に、我々若い者と一緒に情熱を傾け、一緒に夢を見てくれた。ビルを建てようの、金を儲けようのというケチな夢じゃない。一つの国を立派に育て上げようという、大きな夢に酔った人だった 」と証言しているし、又別の人物も、「甘粕は私利私欲を思わず、その上生命に対する執着もなかった。彼とつきあった人は、甘粕の様な生き方が出来たら…と羨望の気持ちさえ持った。また、そこに魅せられた人が多かった」と述べている。
何か戦後の悪辣な印象とは違い、私利とは超然とした感じを受ける。しかしどこか日本や天皇というより、もっと別の広義に殉じたような気もするし、軍人と言う狭義から脱出出来なかったような気もする。。
この時代に入り甘粕の印象は少しずつ変化してきている。
それを私は感じる。。。
他人はどう思うか知らないが、私はある種、土方歳三とダブって仕方が無いのだ。
彼らの生きた時代の差は僅か20年位しかない。
方や幕末、方や昭和史と別時代の人物のようだが、実際にはさほど差が無い。
甘粕が土方を知っていたかどうかはしらないし、知っていてもどのような印象を持っていたかは現代の土方像からは想像はできない。
しかし、私は彼らに強い共通の匂いを感じるのだ・・・
徹底した哲学を有するのだが、ある種の限界を持っていた事。散々汚い仕事を闇の中で行い
平然とその部分を自分の中で“飼う”事が出来る点。
どこか未来に対しての発展的な考えよりも虚無感が先走るようなニヒリズム。
多分、土方も明治期は悪逆非道の人物として巷では通っていたはずだ。
現在のようなロマンチックな人物像などありえるはずも無かったであろう。
当時の政府に敵対し、同志を虐殺した頭目としてしか評価されていなかったはずだ。
明治維新に対しての新撰組の果した役割などは皆無で、盗賊くらいの評価しかなかったはずである。。
これくらい現代の印象とは違うはずだ。
鞍馬天狗が流行った時分でも悪役の代名詞だったはずである。。
それが現代ではどうであろうか?
天領に生まれ育った百姓が、武士でもないのに最後の武士として、そして幕府に対する義に殉じたという事になっている。。
悪魔ののような存在が、男性だけでなく女性までもが思慕するヒーローに変化している。
土方もあの世で苦笑している筈である。。。
そんな事になろうとは……・・
私は数十年後、いやひょっとすると数年後に甘粕は土方の様な印象の変換が劇的に訪れるのではないかと考えている。
それはこの章の最初に語ったが、後世の評価は最終的には様々な不確実な印象が研磨され、その人物のシンプルな本質が見え始めたときに現れるからである。。。
それは、自ら見つけた独善的な哲学の強固さが一つの煌きを放つが、これらの人物は全て最後は肉体言語をもって自己完結する。
良いか悪いかは自身の信義との関係であり、多数決の結果ではない。
彼の辞世…・・
大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん

リンク元(referer)
コメント
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加
上海
夏草の賦 
人気blogランキングへ
ブログ王へ
週刊ブログランキング













.jpg)





