2006年07月30日(日)
おすもうさん 
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北天佑が死んだ。。
少しショックだった。。
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私は熱狂的な相撲ファンではないが、小学校から中学にかけては父親が好きだったので日曜日の千秋楽は必ずと言って良いくらい見ていた記憶がある。
丁度、北の湖が全盛で“憎たらしい”位強く、それに対抗するように、輪島、貴乃花等の人気力士がいた時分である。その後、千代の富士の“ウルフブーム”も興味を持って見ていた。
こんな筋肉質な力士がいるのかぁ?とそれまででは考えられない体形とスピーディーな攻撃は、過去の横綱相撲には存在しなかったスタイルで、ある種の興奮をもって見たいた。
が、生来の半眼贔屓気質が、絶対的強さを求められる“横綱”に対して好意がもてず、何時も敵愾心を持ち、必ず横綱に対抗する力士、特に大関に興味と好意が注がれた。その最初が貴乃花であり、その後の私のアイドルは北天佑と移っていくのである。
横綱には負ければ引退しかない、退路を断った孤独な絶対者という魅力も存在するが、自分に置き換えた時、その姿に自分を映すことはあまりにも違和感があり、必ずチャレンジャー側に自分の姿を置いていたような気がした。
大相撲では必ず横綱になれない在位の長い大関が出現する。そこに大相撲全体の個性が凝縮しているように感じるし、その大関の個性如何で全体の“興行の”雰囲気が決まるような気もした。地味な箇所ではあるが、そういう存在が番付の層の厚さを示すある意味でのバロメーターになるのではないだろうか?今のように当時“陥落大関”は存在しなかった。
大抵は角番大関だったように記憶している。
貴乃花が角番大関のもっともだったような気がする。
多分記録においてもそうなのではないだろうか?
日本全国がこの弱い大関の角番を毎回ハラハラみていたような気がする。
そして高田みずえの旦那である若島津、その後の小錦、現在の千代大海などがそうだろう。
記録ではそうではなかったかもしれないが、朝潮太郎なども同じだった。
そして北天佑も。。
所謂、クンロク大関だ。。
見ると、実に個性豊な、強さだけではない魅力を発揮した力士たちではないか!
しかし、これらの在位が長い角番大関は、普段精彩を欠く相撲が多いのだが、なぜか“みょーなここ一番”という記憶に残る場面で異様な力を発揮する。
そして劇的な勝利も多いが、劇的な負け方もしている。
弱くないのだが、横綱には及ばない、しかし常に大相撲勝負の要のように存在し“ここ一番”に横綱にはない、勿論関脇以下の力士にもない、実に魅力的な勝負を展開する。
角番大関の大半は登場したとき、末は大横綱の大器と期待されるが、怪我であったり色々な事情で挫折していった者達である。その最後の最高峰の地位に上がれなかった者達の相撲には一種独特の燻し銀のような勝負感と凄み、クールな寂寥感が背負われており、見ていて頼りないのだが、何故か引き寄せられるのである。
これらの存在にいつしか“勝負師”の面影を私は見ていたような気がする。
北天佑・彼こそが私にとってはそのイメージを具現化する存在だった。
先ず、その風貌が実に良かった!無愛想な決して美男力士ではないが、実に渋い表情が勝負師たる風貌を漂わせていた。そして体格、北海の白熊と呼ばれた、あんこ型でもソップでもない均整のとれた美しい姿!私が好きな力士らしい形だ。。
彼も横綱の大器として期待されたが、結局横綱の地位にはつけなかった。
彼の個性それは“怪力”と“大胆な大技”この二つではないか!
当時の千代の富士に唯一互角に対抗できた力士で、豪快な相撲が実に魅力的だったが、この良く言えば大技の相撲、悪く言えば雑な相撲が彼の肉体には重すぎ、結果怪我に泣いた。
そして突如の引退。その時分には昔年の輝きは当然なく、ごく限られたファンに惜しまれ土俵を去る。しかしこの時点で辞める理由はなかったし、たしか後僅かで大関在位の記録が更新する筈だったが、自分の相撲と大関という地位の責任を感じ潔く身を引いたような記憶がある。
私の相撲の興味は北天佑を最後に終わった。
しかし先日怒りに震える事件があった。露鵬の暴行事件だ。。
私は事件そのものより、現在の力士が本当に“相撲”を理解しているのか?と怒りに震えたと同じに、それを指導している親方はじめ幹部がどう考えているのか疑問でしょうがない!
スモウレスラーなどと呼ばれて久しい、その魁であった小錦のコメントに喧嘩だ!などというトンでもないものがあったが、北尾に敗れその後の相撲人生に関わる大怪我を起したのちの彼の相撲は、見張るべきものがあったと私は思う。負けても黙々と大関という地位の責任と大相撲という興行に対する責任感が実によかった。大関から陥落してもなお相撲現役にこだわり、最後の最後は、登場した当時の燦然と輝くパワーは見る影もなくヨロヨロと負ける情けない姿に、恥、醜態と揶揄もされたが、私はかくも立派な力士はいないと感動した。
相撲ってなんだ?スポーツか?格闘技か?
いろんな定義が存在するが、広義において国技であるというのも実は少し違和感がある。
私の相撲とは“神事”であり、興行である。
ある大人に教えられた!
四股名と呼ばれるものがある。そして四股!
これは悪鬼を踏み潰す“地鎮祭”と同義である。
多くは力士出身の郷土の山や川、そして海などの地名が四股名としてつけられている。しかしこれが重要なのだ。
その昔、日本の栄養事情が良くない時代、村村に現れた“大きな子供”にはその身体に郷土の山や川・海等の神が宿ったと考えたに違いないのだ。その郷土の神々に尊崇の念を抱き、隆々たる身体をもった
者が力士という存在で、神前にて奉納相撲を行った。だから今でも地方にいけば豊漁や豊作を祈願するための奉納相撲が残っている。これが相撲の全てではないだろうか?その後江戸時代に大名お抱えの帯刀を許された力士が存在し、興行としても発展したが、その本質は変わらず神事だったと思う。
今でも天皇陛下がご覧になられる天覧相撲で、陛下お出迎えの力士は“肌か”である!
当然である、この国の神事全般を司る陛下に対して、その身体に宿った八百万の神々を保持する力士がお出迎えになるという形が存在するのだ。陛下に対しその御前で裸身を晒せるのは唯一“力士”のみである。。
そういう意味で外国人力士という存在が問題か?というと私はそうではないと考える。多いに外国からもやって来てもらいたい。以前もこのブログで書いたが、日本は八百万の神々を受け入れる鷹揚な民族的気質があり、一神教的な狭義な感性ではない。ある意味キリスト教でも新しい神様がやって来られた!というような感性で受け入れて行ったのだと思う。だから外国各地から神が宿る筋骨隆々たる肉体を持つ力士がやってきても何らその本質からズレるものではないと思う。
日本で行う神事であるが、世界各地から来てもらって結構だ!
千と千尋の世界だ!!
しかし、だからこそ日本国の相撲自体の本質には従ってもらいたいし、教え込んでもらいたい!
ただ強いだけを求めるのであるならばk-1でもプライドでもプロレスでも存在するのだから。そちらの方が短期で“銭”にもなるだろう。。
ここ近年に起こっている力士、特に高位の力士による“品格”問題は、私はこれらの事をキッチリと教え込ませ、その前で真摯・謙虚な心を養っていない証拠ではないかと考えている。
相撲教習所で通り一辺倒な授業で、部屋でもその辺りの指導が無いのではないだろうか?
自分の強さが相撲界をリード・席捲しているのではない、相撲と言う歴史の中に活かされている事を。
そこには相撲独特の感性、勝っても喜ばない、それは負けたものが背負っているものに対する敬意が込められているという、相撲が育んだ大事なモノが存在するはずだ。
ただ単なる強さだけで言えばスモウレスラーグランドチャンピオンはそんなに強いかぁ?
となる。
心・技・体というが私は是に史観を付け加えてもらいたい。相撲の歴史・本質が皆無な者の心に一体何が育つのか疑問であるし、力士が背負っているものを理解してもらいたい。
その上での“勝負”そして興行であると思う。
そうでない限りふたたび私の興味が芸能ニュースレベル以上として戻る事はないだろう。

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