2006年06月08日(木)
ウィキペディアの旅 
amazon.co.jpで ウィキペディアの旅 を探す
いや大抵のひとは皆そう思うだろうという
みょーな“癖”をもっている。。
人気blogランキングへ
一票よろしくお願いします。
テレビのチャンネルを四六時中変えるのだ。。
あー!そんなことだったらと思う方もいるかもしれないが、
私のは並みのものではない。。。
数分いや数秒ごとにカチャカチャ変えるのだ。何時の頃から始めた癖かは覚えていないが、
とにかく一つのものをじっと見ていられない。正直イライラしてきて、他のチャンネルが同時進行で気になってしょうがないのだ。。
小さい時分の回すチャンネルですらガチャガチャ回したおした!!
みなさんも経験がおありだろうとおもうが、こんな事をしていれば最後にはチャンネルが取れてしまう。。
その後ペンチで回したりと悲惨な状況下でもこの癖は治らなかった。。
だから変な話だがビデオがなくても複数の番組を見たかのような気分になり、そして実際見ている人と話が出来たりする。。
もともとテレビっ子だ。一日中見ていても苦にならない。よく日曜日の深夜1時半位で各局が放送終了になるが、その瞬間!
はっ!となり・・えー!!となり・・そして“怖く”なる。
とにかく見ていようが見てなかろうがテレビが点いていないと落ち着かない。。
ご飯を食べながら小説を読み、そして新聞も読み、インターネットも見、家族とも会話する。
多重“ながら”属なのだ。。
唯一その中に入らなかったものは“お勉強”だけである。。。
どんな時も中心はテレビであり、“カチャカチャ”とチャンネルを変える。。
こんな状態だから家族はもちろん嫌がり、テレビのチャンネルリモコンは取り上げられている…・・
Kyoちゃんが特に“怖い”
最近は何も言わず目を細めて“睨む”でけで、物凄い迫力を増した怒り方を覚えた…
何故カチャカチャ??・
どうも次々と興味の対象が現れる事に、物凄い恍惚感を覚えるのと同時に、自分の判断で
クダラナイ!となれば一時でも早く変えたくなる。。宝探し的感覚のような。。
テレビがくだらないという人もいるが、私などは大好きですばらしいものだと思っている。
亡くなったナンシー関さんが一日中テレビの前のカウチにもたれテレビを見ているドキュメンタリーを見たことがあるが、まさしく私も同じであり、共感できるものがあった。。
出来れば働かなく一日中こうしていたい…
今は言わなくなったが、少し前にカウチポテト族!というのがあったが、私などは間違いなくその種族である。
よくよく考えると程度の違いはあるが、往々にしてそういう傾向が他にもある。。
美術館などもその一つだろう。友や恋人と見に行っても、私だけが先に出口にたどり着いている。。そのはずだ早いときには10分位しかいない。歩きながら横目で見ていくのだ。
私の信念でもあるが、つまらないものを“ジッーと”観察しても無意味であり、真の優れたものは瞬間私の手をとり作品の前で止まらせてくれるはずだと思っている。。
しかし彫刻の場合は少し違う。立体は角度などによって見え方が違ったり感じ方が違うので何時までも眺めている。。そして何より絵画とは違う“実存”であるのが大きいのかもしれない。
そしてこんな私にうって付けのメディアが数年前に出現した!!
それは、インターネット!ウェッブの世界だ!!
これの本質は“カチャカチャ”変える事でスピーディーにウェッブ上の情報が入手できることにあり、その回数が多いほど比例して情報入手が増加する。特にアナログ回線からADSLに移行したときは感謝感激!であった。。。
なんと素晴らしい!!うーん・・満足!!
そして最近自分で見つけた遊びがあり、会社などでも調べ物をしている風を装い、実はこの遊びで“悦”にいっている。。
その遊びは“ウィキペディアの旅”である。。
ウィキペディアはネット百科事典みたいなもので、大抵検索キーワードを入れてページが開く上位に位置しているので改めてこの事を説明するまでもないが、一般人の書き込みが出来るシステムであり、内容の信憑性や偏向傾向など、一般の情報に比べて精度が多少低かったりする。
しかし私の遊びについて、そんな事はどうでもよいのだ。
どうやるか?
それは、あるキーワードでスタートして次々にリンクしているキーワードを手繰っていくだけなのだが、それが私のみょーなカチャカチャの癖にマッチしていて非常に面白い。。
先日も“児玉誉士夫”という戦後のフィクサーを調べようとウィキペディアに進入したのだが、呼んでいるうちにリンクされているキーワードが次々に気になり、ドンドン最初の児玉誉士夫から離れていき、最後に “あれっ??”何見てたと気付いた時には
「叶姉妹」にたどりついていた。。。叶姉妹も興味があり児玉誉士夫も興味があるのだ。。。。。
これは思わず漂流して辿りついた先に叶姉妹が待っていた?ようなネット空間の漂流である。
これはある種ウィキペディアで出来る特質なんじゃないだろうか?他の場合その都度検索キーワード入力という手間が発生するが、ウィキペディアの場合ページ上からドンドン漂流していける。。波を乗りこなしているようで次々現れる自分の興味に引きづられ、結局最初の目的地から遥かかなた、いや全く別世界に流されてしまう。。
これがエロサイトの場合目的が明確で探したおすのだが結局見つからず、どうにもストレスのたまる閉塞感を味わったりする。。。。。。
このとき覚えたこのトラベル「ウィキペディアの旅」が面白くて面白くて、最近は暇があればやっている。。
しかし、私はこれは面白いだけじゃなくある種の情報の本質じゃないか?とも考えている。
錯綜し渦巻く情報社会の構造とは案外こんなもので、自分という柱がグニュグニュでは引き潮の如くドンドン途方も無い沖に流され漂流してしまうんじゃないだろうか??
そう思うとわたしの“ウィキペディアの旅”は案外馬鹿馬鹿しくない部分もある。。
誰が言ったのか覚えていないが、確か何代も前の東大の総長だったと思うが、その方が卒業生に送った言葉が今も私の支柱として“ぶっとく”存在している。
「朝日ジャーナルと朝日芸能を同じように読めなければ駄目だ!」

投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(1) | 旅
<前の記事 | 次の記事>
<前の記事 | 次の記事>
リンク元(referer)
トラックバック
今日は、吐き気と便秘がひどく、ふらつきも昨日からあったのですが、がんばって、ネク
玄関で、ダウン!副作用が、きつ~~い! [RSD友の会]
コメント
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加
みなづき
夏草の賦
泣く女 
人気blogランキングへ
ブログ王へ
週刊ブログランキング













.jpg)





