2006年05月20日(土)
ガチャマン 
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この言葉を知っている人も現在は少ないだろう!!
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ガチャマン景気。昭和30年代日本が繊維業で栄えた時代、とりわけ愛知岐阜とくに“一宮”は空前の好景気を迎えた。。
織機が一度動き“ガチャン”という音をたてると、ジャラジャラ金を生み出す!
その形容としての言葉だ!!
日本経済の峠の群像!そんな時代の話だ。。
昨日その一宮に我が社の会長と行った。約10年振り位だ。。
長年のお得意先であった会社の社長が亡くなられたのでお参りに伺ったのだ。
亡くなったのはゴールデンウィーク期間中で関係者に迷惑を掛けないよう、ひっそり身内だけで密葬を営まれた後だったので、昨日は葬儀に伺ったわけではなく、ご自宅兼会社に伺い焼香させていただいた。。
長年の取引先ではあるのだが、ここ近年は実質的な取引は全くなかった。丁度私が現在のセクションの仕事を始める頃に完全に疎遠となり、現在この会社社長を知っているのが私ぐらいなので会長のお供をすることになった。。
我が社にとっては取引以上に20年前商品の海外生産の橋渡しをしていただいた事もあり、我が社の会長もその社長が亡くなられた事についてはある種のショックがあったようだ。。
実は我が社の会長もここ1・2年は体調が悪くあまり出社されておられない。。
実は私も久しぶりに合ったのだが、やはりかなり衰えておられた。原因はパーキンソンと糖尿で、体の自由が効かないのだ。
会長と取引先の社長は同世代で、同じように戦後いまの商売の興隆に関わり、そしてバブル景気を迎え、そしてお互い現在の過酷な環境を向かえている。
商売は違うが“ガチャマン”の世代である!!
私は入社まもなく亡くなった社長の会社を担当することになった、今から15年位前の話だ。
その当時社長の会社は一小売店から脱却し、海外で商品を生産し、連戦連勝街道を驀進している最中で、経験のない営業マンの私などとりあってもらえる環境ではなかった。。しかし往年の取引を知っている会社の先輩、上司から、営業力不足を指摘され、私にとっては非常に行きにくい得意先の一つであった。行っても“どうせ商談にならん!”と捨て鉢で、出張予定の訪問先から削除していても、上司から“何故行かん?!”行って社長にあってこんかい!と
毎度毎度叱られていた。。
でも、実際は。。あってもくれないし、商談できる商品もないし。。
と、弱気で嫌・嫌毎月訪問していた。。
それがある時、その会社の駐車場で車から降りて俯き加減に歩いていると、紺のクラウンが入ってきて、にこやかな初老の紳士が降りてきた。。
「うん?君見かけん顔やな??どこの子や??」
「はい、○○社の○○です。。。」
と、このときその初老の紳士が誰か分からなかったが
「おー!!○○社かぁ!みんな元気かぁ!」
「は、はい。。。??」
「なんや君うちの担当か?」
「はい。。」
「そうかぁ!すまんな忙しいて中々合えずで!ハハハ・・おい○○!」
と仕入れ担当を呼びつけた。。
「はい!」
とすっ飛んできた・・
「この子毎月うち来てるんか??」
「はい、毎月きていただいていますが、中々商談には結びついていないのが現状です」
「そうかぁ・・まぁこっちおいで!」
と事務所に案内され、立派なソファーに腰掛け、30分ほど話をした。
我が社とのこれまでの関わり、そして世話になった我が社の先輩達の話など・・
私にとってはおじいちゃんと話をしているようだった。。
その間いつも“こんなもんウチで扱えるかい!”と偉そうにいっている仕入れ担当も神妙に話を聞いていた。。。
しばらくすると
「君、今日なんか商談の商品あるんか??」
「はい」
「ちょっと持ってきてみ!」
と言われ、すっ飛んで車に行き、両手に溢れんばかりの資料やサンプルを抱え事務所に戻った!!
「へぇ~懐かしい商品があるやないか!おっ?これは新しいのか?」
「はっはい!これは…・」という私のヘタクソな説明をゆっくり聞いていただいた。。
「ふ~ん。。そしたらこれとこれとこれ!それぞれ○○○個送っときなさい」
「。。。。。。???はっ??いいんですか」
それは相当な数量だった。
慌てたのは仕入れ担当で
「社長、これとこれは○○社の方が安くて現在そちらから入れております。そしてこちらは現在ほとんど売れていない商品です!」
と、売り込みに行っている私ですら納得する説明であった。。
しかし、
「うるさい!!」
の一言であった。。。
帰り際、社長が「まぁ大変やけど、ええもん持ってきてな!」
とニッコリ笑われた。。
その後その会社と取引が発展したかというと、又もとの状態であった。
このときの対面以降、訪問時に顔を合わせることがあったが
「おっ!頑張ってるな!気張りや!」と声を掛けていただいた。。。
しかし、あの時のような注文は一切なかった。。。。。。。。。。。。。。。。。。
昨日祭壇の遺影を前にして、当時の状況が蘇ってきた。。
豪快な社長さんやった。。。。。
京都へ帰る車の中で2時間、会長と色々話した。。
昔話が多かったが
「今は難しい時代や、われわれが歩んだ道とは全然違う。。でも商売の本質は一緒や!」
。。。。。。
「亡くなった○○さんもワシも物凄い流れの中で昇っていった!しかし、お互いただ景気の良いということだけで上昇気流に乗ったんとはちゃう!」
。。。。。。
「こだわった!お客さんに喜んでもらえるもんを!!値段で勝負したことはない!!車や電車なんて無かった戦後すぐ、両手にいっぱい商品抱えて歩いて商売した!」
。。。。。。
「今、そんな話してもなぁ。。せやけど気持ちは一緒やで!時代が変ろうがこれは一緒や!経営戦略やなんや色々難しい事も、そら必要や!それもないといかん!せやけど」
。。。。。。
“石橋叩くだけではあかん!最後は売らな!”

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