2006年05月08日(月)
一澤信三郎帆布 
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そうそう買えないが、春夏、秋冬とシーズンごとに年1回づつくらい買いに行く。
まぁ安サラリーマン、良い物は買えないが、かといってあまり粗悪な安いものでもいけない。
我々にとっては色んな意味で“商売道具”である。
正直何度か値段だけで失敗した経験がある。
ある意味値段も嘘は言わない。
しかし高いから良いか?というと結局はその人その人の要望にそった上のバランスの問題である。絶対的な価格ではなく、その人の必要上イメージの相対的価値観である。
私などは始終机に座っているわけではなく、出張も多いし、スーツを着た上での力仕事も結構多い。そうなるとデザインだけが優れていてもいけないし、価格だけが安くてもいけない。かといって時代性のないものでは、自分の個性や仕事柄という観点から拒否したい。そして体形の問題もあるからなかなか難しい。
そしてこれが案外商品との“出会い”であったりもする。
今回はまぁまぁの出会いだったのではないかなぁ。。
しかし久しぶりに百貨店で物を買ったが、自分の物を探すということで改めて百貨店を見ると実に“面白くない・・”。。百貨店は百貨店というビル・建物でしかないのだ。。
結局今回は高島屋に行ったのであるが、別に私としては大丸でも伊勢丹でもよかったのである。要は“物”の問題であり、スーパー・GMSでも良いのである。
そう感じさせられる位、ある意味ツマラナイのだ。。理由があるから行くだけで、理由も無ければあえて行くことはない。。
まぁ私ごときが偉そうに言う事もないのだが、小さい頃から青年に至るまで百貨店は生活に大きな位置を占めていたような気がする。これは時代が変わり商売が変わりといった時代の趨勢を言っている訳ではない。
なんか、もっと大きな絶対的なものがあったような気がする。。存在として。
king of 小売りとして。我々消費者にとって売上高の問題ではなく。
往復2時間、電車に乗って、しかも“余所行き”と呼ばれるちょっと“こましな服”を着せられ朝から晩まで母親に手を引かれ。。
特別な存在だった。。。。
でも今はその大事なものがない、感じられない。
すこし寂しさがある。。。
そして冷たいというか無味乾燥した空間に感じた。。
経営戦略とか小賢しいことではない。。
小林一三翁が夢見た“ダイナミズム”がない。。。
と、考えながら百貨店での目的の買い物を済ました。
この後皆で食事にいく予定だが、時計を見ると午後3時…
う~ん?早いナァ~・・どうしよう??どっか行くかな??と考えるがメニューも予定していない…とそのとき嫁が・
「パパ?行きたいところあるんやけど?」
「うん??どこ??」
「イチザワ」
「イチザワ??うん??あー!!!鞄屋のぉ??」
「そうそう!」
「でも、なんか相続問題で兄弟揉めてるってテレビで言うてたけど?やってんの??」
「うん!4月から新しく“しんざぶろう”って言うのでやってるみたい!!」
「ふーん!!でもなんで??」
「買うかどうかわからへんけど見たいねん!!へへ・・ちょっと欲しいのもあるけど・・
あっ!場所は元の場所の前みたい!!」
。。。へぇ~、なんだか。。。なにも予定もないから行くかぁ。。
と、行く事にした。。
ニュースで相続の兄弟喧嘩もおおよそは知っていた。。そして20年前大学時代に友人と当時木造町屋の店舗に買いに行った事もある。その当時から人気があり、大量生産流通に一線を画した稀有な存在としてのブランドが確立しつつもあり、たまにマスコミにも取り上げられていた。。
懐かしいこともある。。大学時代、街を徘徊していると結構皆持っていた。。それが全国に知られると京都独特なブランドとして自慢の一つにもなった。。
そして見ると確かに“丈夫”。。レトロチックな感覚が斬新で、アルチザン!クラフトマンシップと呼ばれるテイストがムンムン!しかも日本的に!!妙な魅力の存在する“物”であったし、あれから20年経った今もその存在に変わらなさがある。
が、マスコミの好餌としてこの数ヶ月別の意味で取り上げられていた。。
私にもそんな興味も手伝ったので、早速行った!!
当時“テクテク”歩いた三条通りを車で行き、東大路の交差点を右折南下。
当時の面影の無い現在のビルが見え
「う~ん・・ここの前??あっ!!何??あれっ??」
「そうそう!テレビでもこうやったやよ!!」
「えー!!一杯やん“人”!!ならんどるでぇ~!!」
と急ぎ周辺の駐車場を探すが無い!
あるのだがゴールデンウィークで東大路通り沿いは満車だらけ!!
仕方なく円山公園地下の市営駐車場へ。。
行く途中で嫁が!
「パパ止めて!私先に行ってくる!」
「あっ…はい。。」
と嫁は先に行った。
円山公園の地下に車を停め子供と嫁の後を追いかける…
と、途中で嫁から携帯が入る!
「あのぉ・・もう駐車場入れた??」
「うん。円山の地下!どうしたん??だいぶん待つのか??入場制限やろ!折角やから待ってもええやん!!気にするな!!」
「う~ん。。それが。。ないねん。。」
「なにが??」
「かばん。。」
「????うん??どうゆこと??」
「売りきれて何にもない。。って言うか今日は閉店。。」
「はぁ~??」
「ごめん。。」
「いやぁ、かめへんけど・・なんなんそれ??とにかく俺も店行くわ!!」
「えー買えへんけどぉ・・」
そんなことより状況に興味があった!!
子供を連れ急ぎ店まで行く!
店の前にさっき見たのと同様に人が“タムロ”しておりその中に嫁がいた。。
「あっ!パパこっち!!」
「おう!どうゆうこっちゃ??」
「今日は終わりなんやて。。」
はぁ~!!!
と嫁から三つ折りのリーフレットを渡された。。
「あの店の前の若い子がこれ配ってるだけなんや。。」
うん??サンプル布地がホッチキスで止められたリーフレット
開くと真中に
初めまして、
信三郎帆布 布地帆布
信三郎“かばん”(布包と書きカバンと読む造語が書かれてあった)
と大きく書かれていた。。
リーフレットを見ていると私の前を通り、写真を撮っている若者までいる。。
なんなんだぁ??
私はおもむろに店の前に行きリーフレットを配っている若い従業員の女の子に聞いた。
「もう終わりなん??」
「は、はい。。申し訳ありません。。」
と実に申し訳なさそうだ。。人気があるから不遜なのではと勘繰ったが、違う。
「もう終わりってなんにもないの??ちょっと位あるやろぉ??」
と聞きながら店内を覗くと
“まったくない!!”“きれいさっぱり!!”
「ほっ、ほんまにないなぁ!!」
「申し訳ありません。。ずっと作っているのですけどぉ、朝からも作っているのですけどぉ。。
午前中で全部売れてしまいまして。。。」
「えぇ??まるで“パン屋”みたいやなぁ!」
「。。。。。。」
まさしく人気のパン屋さながらである。。
仕方なく店を後にした。。。
が、さすがにパン屋でもないのにカバンが朝から作ってそれが午前中に売れるという事の不思議さ、例え色々な問題以降マスコミに取り上げられているという状況があるにせよ、物凄く奇異な感覚が突き上げた!!
この現象のピークは一時のことではあるが、それにしても発生することの意味と理由がしりたかった。それはマスコミや経営評論家の解釈ではなく自分自身の考えとして。。
家に帰り“一澤信三郎帆布”をネットで見た。
マスコミで取り上げている問題に関して是までの経緯とそれに対するコメントが掲載されていた。
そして同時に新たに㈱一澤信三郎帆布を立ち上げた社長の商売哲学も掲載されていた。
そこにある言葉に“心の琴線”が弾かれた!!
なるほどぉ!
伊達ではない!!
「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」と言う言葉がありますが、その言葉のように、良い材料を使い、手間隙かけてよいものを作り、お客様に買っていただく。それを作っている職人は仕事に誇りを持ち、仕事に見合った賃金をもらう。その結果お客様に、良いものを買ったと喜んでいただく。」
この言葉に以前から気になる言葉が重なる。。
「 掌 」
たなごころ。。
手のひらの意である。そして広辞苑で調べると
“手の心”と解釈する。
よく考えると日本語には、何々“手”とよく出てくる。
そう、今回の帆布会社社長の哲学にもある。
売り手・買い手と…・
そしてその“手”に“の心”と繋げると
売り手の心・買い手の心…・
まさしく“ 掌 ”である。。
そして世間よし!仏教でいう“生かされている、活かされている”意味での“掌”。これが商売だけではなく、世に名を成す者はすべからく大事であり、逆に一時期頂点を極めても凋落する原因の本質はこの“世間よし”が無いか無くなるかで瓦解するからである。。
社長の言葉にある、仕事に見合った賃金を貰う。。
まず利ありきからではない。世間よしとして利を初めて得れる。。
売り買いだけの問題で莫大な“利”が転がり込んでも“世間よし”とはならないし、利の大きさだけでは一人の人間が生(活)かされている意味とは本質的には相違する。
それは“ 掌 ”とは本来一人の人間にとって限られた物かもしれない。しかしこの哲学が一人又一人と増えればその集団そのものが“ 掌 ”となり、大きなものになる。
決して一人の人間が無理に手のひらを大きくする事ではないし、出来はしない。。
ましてや建物の大小や蓄財の増減でもない。。
これは人間としての一人の役割が見えにくい、”世間よし”と感じにくい大きな集団を動かす者や同じく属しているものでも先ず持っておく哲学ではないだろうか?
世間よし!これが大事だ!!しかし難しい事でもある。
ホリエモン、ライブドアは売り手よし買い手よしまでは行った。しかし“世間よし”だったのであろうか??
時価総額経営の本質とはなんだろうか??
この日、百貨店とある一つの小さなカバン店と見たが、
私は“掌”の本質は同じなのではないか?と考えさせられた。。
たなごころ
とは
店(タナ)心とも解釈できる。。

投稿者 junca 01:33 | コメント(0) | トラックバック(1) | スタイル
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