2006年03月30日(木)
今日亦無事・2 
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入社して暫くすると営業部に配属され、市内担当になった。
市内担当は2名でエリアをカバーし、私の就いた上司は30歳の中堅社員だった。
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よろしくお願いします。
営業と言っても毎日毎日納品ばかりで、納品から夕方帰ってくると、次の日の荷物がドッサリと用意されていた。確かに納品代行などのシステムでは間に合わないくらいに荷物が動いており、有る意味営業なんかする必要もなかった。。
朝出勤してから午後に出かけるのだが、午前中の3時間、注文と納期確認の電話が鳴りっ放しであった。。笑い話だが、まったくトイレにも行けないような状況で、携帯電話がなかった当時、館内アナウンスと言うのがあり全館中に呼び出しの声が流れていた。。
「営業部の○○さん3番にお電話です!!」
と言ったアナウンスが引っ切り無しに館内に流れていた。。
新入社員の私ですら例外ではなく、倉庫にいても、どこにいてもこの館内アナウンスで呼ばれていた。。
場合によっては、突如襲われる腹痛に耐え、なんとか仕事の段落をつけ便所に駆け込み“しゃがんだ”と同時に「○○さん至急4番の電話に出てください!!」
「あかんちゅうねん。。。今わぁ~…」
と、こんな時に限ってクレームなどの電話で、しつこくアナウンスで呼ばれたりする!!
そして、こんな時に限って過去無いくらいの量が出たりし、なかなか綺麗に拭き取れなかったりしたものだった。。。
事務所でも「あいつどこいっとんねん!!こんな時!」
と先輩や上司の非難にさらされてたりするのだ。。。。。
ようやく出産?して事務所に戻ると
「どこいっとたんやー アホ!!」
「ちょ、ちょっとトイレに。。。」
「我慢せんかい!トイレはいつでもいけるやろ!お客さんの電話はいつもいつもあらへんど!!」
「緊急事態だったもので。。。。」
「アホ! 陣痛が始ってから出産までには少し時間がかかるんや!!」
。。。。。なんの話や・・・
なんとも無茶苦茶である。。。。。。しかしそのくらい忙しかったし、今から思うと実にアナログチックでもあった。。コンピューターが全盛の今だとパチパチと入力し、それに沿ったシステムで人は動き、画面で確認しながら連絡をするのだが、当時そんなものがそれほど高度に導入されておらず、注文の電話が入ると走って倉庫を見に行き折り返しの電話をしていた。。
何か聞こうものなら・・
「目と耳と口があったら何でもできて、どこでもいけるから!いちいち聞くな!」
と、社員教育などは皆無で、実践オンリーだった。。
だから、何を怒られてるのかすら分からなかった。。
ある得意先がライバル会社と間違って注文の電話をしてきた。
電話口でいきなり注文!
自分の会社の商品すらまともに覚えてない者が聞くのであるから、聞き間違いはあるのだが
その得意先は会社を間違っているので、もともと自分の会社に無い商品を注文していたのだが、それもわからないからそのまま聞いた。。
「はい、○○が20で△△が30ですね!今日の出荷いたします!!ありがとうございます!」
と電話を切り、カタログをみるが載っていない。仕方無いから先輩に聞くと
「アホ!それ○○社の商品や!!」
とこんなことが日常茶飯事であった。。。
なにか将来の不安とか、そういった脆弱な考え方などまったく芽生えなかった。。家に帰るとバタンキューで目が覚めるとまた何時もの如く納品の毎日だった。。しかも週休二日では無く、その上休日出勤まであった。。
何にも考えてなかった。。というより夢遊病のように働いていた。。。
市内担当とは会社の所在地が営業エリアであるので、営業以外の会社の関係各所への諸々の雑事も手伝わされた。よく何処何処へ行ってくれ、是を届けてくれなどの“お使い”も頻繁に依頼された。しかもその日の出掛けに。。
分刻みの納品の合間を縫って処理していたが、大抵初めて行く先々なので、地図を見持って
探しながら行っていた。。すぐ見つかることもあったが、そうでない事もたびたびで、納品の時間を気にしながら、よく“イライラ”していた。。
そんなときに、初めての事故をおこしたのだった。。
つづく。。

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