2006年02月24日(金)

ゴトンゴトン 

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いけまあー(岡山弁で我々の回りでちょっとしたブームだ!!)
。。。。。
久しぶりに一週間の出張に出かけていた。。
広島→岡山→松江→三原。。
すべて電車!!
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よろしくお願いします。
昔は当たり前のようにこのくらいは“フフン”と軽快に出かけていたが、なんとまぁ今際疲れることしきりだ。。。
今回は久しぶりの場所ばかりで、
「おー!!久しぶり元気にしてたぁ?」
という言葉を行く先々でかけられた。。。
ホテルも以前使っていた所と違い、安くてあたらしい所ばかり、2年も行かないと様々な事が大きく変わる。。
今回、久しぶりに新幹線“こだま”に乗った!!
三原という場所に行くためで、“のぞみ”が止まらないからだ。。
急いでいたが仕方なく一時間“こだま”に乗った。。
広島県は東西に長い県で、東、岡山に近い位置に福山という30万位の人口の街があり、西に県庁所在地の広島市がある。。その中間は観光で有名な尾道が存在するのだが、今回行ったのは三原である。。
そういう意味では全国的にメジャーなのは広島市を別にすると“尾道”になるのだが、しかし戦国時代は実はこの地域の中心は三原であった。。
今は三原城の一部しか駅前に残っていないが、往時は海上城郭として瀬戸内から山陽地区にかけて睨みを聞かせていたのは間違いなく“三原”である。。
ここの城主は2種の意味でその名も高い!!
一人は小早川隆景だ。。言わずと知れた毛利三川の一人で、海上戦の猛者、豊臣政権の5大老の一人である。。一時は伊予までも支配下に抑え、瀬戸内の海賊の大半を掌握していた知将である。
もう一人は小早川秀秋である。。この人は関ヶ原の裏切りものとして後世に名を残すことになる。。
いずれにしても歴史上重要な拠点であり重要人物がいた地域であった。。
それが今どうか?
人口8万人の“パッ”としない街だ。。
この地域では福山が大きく発展し、三原は取り残された感が強い!!
最近ではホリエモンと亀井静香の一騎打ちで有名になったが。。
以前この街の人にこの事を聞いたことがあるのだが、一番の要因は企業誘致の失敗だそうだ。
その点福山は日本鋼管、洋服の青山、福山通運等の全国規模の企業を輩出し安定的雇用と消費の向上が街を発展させた。そして何より徳川譜代が支配していた影響からか文化意識も高く、
芸術家としても木彫の巨人“平櫛田中”を輩出している。。そして鞆の浦という歴史資源もあり、
そこそこの観光客も望める。。この鞆の浦は本来九州から流れる潮と関西から流れる潮が合流する場所で、古くから貴人が西国に流れるときに逗留する場所となっており、戦国時代は毛利の連絡所の役割を果たしていた。。また近世ではあの坂本龍馬が紀州藩の舟と衝突を犯し、日本初めての海事裁判を行った場所としても名高い!!
まぁ、とにかく戦国時代の栄華からは比べものにならないくらい貧相な街になったのだ。。
新幹線が止まるのが不思議なくらいだが、まぁ例に漏れず魑魅魍魎たる政治的背景が存在するのだろう。。。
さて、“こだまの旅”だが、久しぶりに乗るとなかなかいいではないか!!
各駅停車で駅ごとに“のぞみ”やJR西日本ご自慢の“レイルスター”に抜かされ、それはそれはのんびりしたものだ。。
いつも“のぞみ”に乗り慣れてる者からするとまさしく“鈍行”で、ゆっくりと一人旅をしているような感覚を彷彿とさせてくれる!!
ある意味、貴重なような気がした。。
それと、こだまは基本的に昔の車両で社内も昔のままで、現在の新幹線は3席2席の構造なのだが、こだまは2席2席でゆったりとしており、椅子も心なしかドッシリと豪華で肘掛けも太くとても快適なのだ!!そしてシート前部の折り畳みトレーも大きく、全体に高級感がある。
多分当時は豪華な乗り物だったんだなぁ!と関心した。。
行きは時間の約束もあり堪能出来なかったが、帰りは福山で乗り換えず、あえて岡山までのんびりと乗った!!
いいではないか!ゆったりと、追い抜かされても!!
実に優雅で豊かな時間であった!!
トレーには私の旅の友、横山大観愛飲の“酔心”のワンカップと焼きたこ。。
ゴトンゴトン。。。
忙中に閑在り・・仕事を忘れる一時間の一人旅でした。。。
びっくり★Ⅱも、よろしくお願いします。。

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