2006年02月12日(日)
たこ八郎(ボクサー、2) 
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よろしくお願いします。
これを知ったのは漫画「あしたのジョー」に登場する“カーロスリベラ”に由ってである。
結局主人公のジョーもこのパンチドランカーの症状を抱えながら世界戦に臨んでいくというストーリーになるのだが、正直漫画ではあるが、登場人物カーロスリベラの変貌ぶりにショックを受けたのを覚えている。
カーロスのキャラはベネズエラ・南米の陽気でお洒落、どちらかというとナンパなイメージであった。しかし、ボクシングに関しては天賦の才があり、あまりにも強すぎるため対戦相手が居ず、無冠の帝王という設定であった。それが世界チャンピオンに挑戦し敗退以降消息を断ち、再びジョーの前に現れた時は浮浪者になっているのだ。。
こども心に、この見た目のギャップは考えさせられた。。
ボクシングの後遺症というのがあるのか。。と初めて知った。。
僅かなピュアな記憶と余計な諸々が破壊され取り除かれた人間。。
廃人という言葉を当てはめていたが、少し違和感をもった。。
でも、なんでそんなになるまで。。。?
あるとき、何を見たのか今は覚えていないが、ノックアウトを狙うパンチについて解説しているTVを見たのだが、顔に当てるパンチは決して“痛打”ではなく、切れ良く顔面を揺さぶる事により、脳に振動を与え倒すというのを知った。。確かに痛打をあびる事によって脳細胞も破壊され試合中にダメージを与えるのだろうが、実際には瞬時の閃光が如きパンチで決する。その高度なテクニックによるノックダウンの仕組みを知り改めて感心させられた。。また、確かに長年こういった世界に身を置くというのは、ある種廃人になるかもしれないという事と背中併せになっているという覚悟がいるのだなぁと思った。。
昨日のエントリーで書いた好きなボクサーのタイプとしての“ファイター”タイプは、まさしくこの廃人になる、パンチドランカーになる確率が高いのである。。
一般の人にとってのパンチドランカーの具体的症状を目撃したのは、タレントであった
たこ八郎であろう。。
話しは少し逸れるが、芸能人や有名人が急逝するニュースがよく流れるが、確かにおどろく事も多々あるのだが、この“たこ八郎”が死んだニュースは、自分でも驚くぐらいの驚愕であった。。理由はわからないが、とにかくショックだった。。
彼が好きであったのか?なんなのかわからないが、なんとも言えない寂寥感を感じたのは間違いない。。。
彼の人生はよく知らなかったが、カーロスリベラがダブったんだろうか?と自分では考えている。。パンチドランカーが人の好奇の目に晒され、それによって仕事が成立しているような気がしていた。。だから正直すこし高潔であろうという“欺瞞の心”をもっていた私には、彼を“使う”回りに対し、見るに絶えない存在、痛い存在としていたのかもしれない。。それはピュアな存在に対しての自分の心の欺瞞をモロに映し出す存在、鏡の如くに見え、遠ざけたい存在ある意味自分に“ゲスな差別心”があることを知らしめる存在として直感していたのかもしれない。。だから興味を持ちたくないのだが見てしまう、興味をもってしまうのだ。。
その彼が死んだ。。。
しかも海辺で酒を飲み、海水に入り心臓発作で亡くなる。。
どうも上手く説明できないが、なぜか彼には退廃的なものではない、ストレートに生きた匂いがあった。。
その後である彼の人生を知るのは。。。。
壮絶である。。
そして壮絶なボクサーであった。。
彼の人生がドラマ化された。。もちろん見た。。
その中で彼の現役時代の試合のフィルムが流れるのであるが、
絶句である。。
今では到底考えられない試合である。。
当時ダウンに制限が無かったのだ。。だから今のように三度ダウンでノックアウトという医療上の配慮は無い。もちろんTKOに関しても現在ほど厳格ではなかったであろう。。
たこ八郎は、何度も何度もダウンし、そして立ち上がり向かって行くのである。。
尋常な打たれ強さではないし、なにより常識外である!!
そのはずだ!“ノーガード”なのだ!!
相手にわざとパンチを打たせている、そして相手の疲れたところを畳み掛けて倒すのである。。
漫画ではそれに近い物を見た事あるが。。。現実で。。。。
唖然である。。。
理由が凄い、
プロデビュー以前、しかも幼少時代に片目を失明しているのだ。。だから相手に眼が見えない事を悟られない様にわざと打たせるのだ。。。しかも正面から。。
なぜこんな事をしてまでボクシングを?と思うが、その理由がまた凄い。
コメディアンになりたいためである。。
理由として繋がらない様だが、彼にとっては繋がるのである。
ボクシングで名を上げ、芸能界に入るという計画があったのだ。。。
良くわからないが、なんか笑えない。。しかもあの試合をみれば余計に。。。
結果、彼は新人王こそ同門のファイティング原田に譲るが、日本チャンピオンにまでなる。。
その後希望通り由利徹の弟子になりコメディアンになる。
しかし、すでにパンチドランカーであった。。。。。。。。。。。。。。
コメディアンになる計画云々は別にして、彼のボクサーとしてのファイトスタイルは凄かった。。勝ちぬく闘志が。。
なんか無条件に“尊敬”できる姿があった。そして心震えた。。
彼の残した言葉
めいわくかけて、ありがとう。。
日本語としてはおかしいのだが、名言だと思う。。
ボクサーは他の格闘技者と少し違うような気がする。。
其処には勿論強くなくてはいけない論理が存在するのだが、強さを競うだけでは無いなにかが存在するような気がする。。
あしたのジョーの名文句“真っ白な灰になるまで”。。この刹那的な雰囲気はボクシング特有のものだ。。
あしたのジョーを描いた“ちばてつや”がインタビューで答えていたのが印象深かった。
薄ぐらいジムの片隅に黙々とトレーニングを積む若者の姿があった。瞬間彼は眩い場所に行く、そしてまた薄ぐらいジムに戻ってくる。。
そのストイックな姿が、あしたのジョーの原型である。。
エディーさんの“ちょっとの差”
この言葉に大きなものを感じる今日このごろだ。。。。
びっくり★Ⅱも、よろしくお願いします。。

投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(1) | 人物
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