2006年02月05日(日)

お受験4

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よろしくお願いします。
我が家にもあるのだが、23年前のものだ。
私が高校に入るときに買ってもらったもので現在も使っている。。
私はこのエントリーで一貫して書いているが、勉強は大嫌いであった。
しかし不思議と本を読む事は中学生時分より比較的好きであったのと同時に,雑誌や新聞など活字は割りとコマメに読んでいた。
それは、所謂雑学と呼ばれる部分に興味があった。あまり誰も知らない情報を持つということが優越感につながっていたような気がする。。
インターネットのような情報ツールが存在しない時代、それぞれの情報入手があったが、
TV・ラジオよりも詳細で、コメントに主観が附記されているのは活字が主流であり、活字には独自に類推する要素がかなり存在し、主体的考えの形成を促した。又そう言った物を吸収すると回りよりも博識な感覚が生れ、勉強の成績が悪くても何かしらの拠所になった。それと根本的に時事問題にかんしても興味があったのだ。。
だから活字に対しては抵抗はなく案外相当の時間をかけても苦痛ではなかった。
私の場合すこし違ったのは、本・活字を読む場合必ず広辞苑を横に置いてた。
分からない文字が出てくるとその場ですぐに調べ、覚えるまで先には進まなかった。。
最初、分からない文字が現れると“気持ち悪い”という感覚から始まった習慣なのだが、次第と当たり前になり、分からない文字を好んで覚えるようにと努めるようになっていった。
なぜなのか?いまだに良く分からないが、そういった事に苦痛を感じなかった。。
ただ、漢字は凄いな!と思えた。感情が凝縮しており、一字でも多角度の内容と理解ができ、視覚による漢字の形や、言葉として音を発する聴覚的部分においても、ある種の世界観を浮き出させる効果が存在する事に気づいた。
“言霊”という言葉が存在するが、アジアに伝わるこの漢字には、他の文化圏の、言語のような記号的要素ではなく、感情が存在するような気がする。。
だから“俳句”という芸術が存在するのだろう。
言葉という記号を積み木のように積み上げ劇場をつくって、ストーリーを展開するような他文化圏の“詩”とは違い、文字そのものに絵画的要素が視覚においても聴覚においても存在する点が、文字数をあえて制約したな中でより際立った表現ができるのだろう。
どちらが優れているという事ではない、比類がないという事だ。。
さて受験の話しだが、実はこの活字好きがかなり大きな要素としてかかわって来るのだ。
私は大学受験に関しては高校三年まで、いや極端に言うと受験直前まではまったく無視であった。回りの環境も進学校ではないので、そう言った緊張した空気がまったく存在しなかった。実際大学に行った人間もすくなかったような気がする。。
しかし、いよいよ三年の夏前には母親をはじめとし、回りが煩くなり、真剣に考えなくてはならなくなった。仕方なく“付焼刃”ではあるが予備校の夏季講習会というのを2週間ほど受講したが、結局まともに受講しなかった。
その時分、一体あと何をやればいいのかすら分からない状態で、先を考えると目の前が真っ暗になり、取りあえず“一服”とタバコを吹かしていた!!
どうにかこうにか“推薦試験”の枠には入っていた。。
私もそうだが、文系に行く者の勉強の大半は“暗記”である。暗記力がものを言う、思考性とかよりも、とにかく丸暗記である。だから効率よく、精度の高い暗記を心がければ、其れなりに対応はできる。しかし、労力がかかり、時間もかかるし、何よりもツマラナイ!!
もともと何のために大学行くかという事のない私は、苦痛でしかなく集中力が持たないし、
まぁ!まだ時間もあるし!みたいな逃避傾向を常に抱えていた。。
そして秋が来、冬に差しかかろうかという頃に大学の推薦入試がスタートする!!
その頃でも私の勉強方法は暗記だけで、妹を相手に俳句の季語を、単語カードを使いクイズ形式にして覚えていた。
そんな程度だ。。。
「猫の恋?」
「うーん?春かな??」
みたいな。。実に大学受験のレベルではないし、なによりも緊張感がまったくない。。
その姿を見た母親が、「そんなんで大丈夫??」と珍しく不安がった。。
「大丈夫、大丈夫!!」
大丈夫なわけがない。。大体、どこまでで大丈夫なのか、大学受験のレベルそのものが分かっていないのだから。。。。。。
私は推薦試験で受かるつもりでいた。。自分でも根拠はないのだが、なぜか受かるものだと決めていた。
結局直前まで現実逃避をしていた。。
いよいよ推薦試験が始まり、私は2校受けた。。
はっきり言って出来たか出来なかったかまったく分からない。その程度の学力で、当てずっぽう!!でしかない。マークシートにしても“ロト”くらいの感覚でしかないのだ。。
しかし、いやぁ~終わった終わった!と束の間の休息を感じていたが、その休息も勉強をやった上ではない、ただ単なんる束縛からの解放でしかなく、充実感や焦燥感などはまったく感じない逃避でしかなかった!!
当然“不合格”!!
母親は仁王のような顔をしていた。
「あんたなぁ!あたしは“やれば出きる子!”とは言ったけど、誰も“やらなくても出きる子!”なんて言うてへんでぇ!だいたい、試験前に“猫の恋!”なんて言うてんの聞いて、こらあかんわぁ!って思たわぁ!もぉカッコ悪い。。」
憤懣やるかたない!!近所の“おばはん”連中が興味津々で息子の大学受験の結果を聞いてくる前に、機先を制するが如く!
「あんなん、あきませんわぁ!浪人ですわぁ!」
そこまでなら良いのだが、接触する人間、例えば新聞の集金のおばちゃんまでに同様の感想を述べるので、家の中に居ても落ち着かなかったし、閉口するしかなかった。。
仕方が無い現実である。。。
しかしこの時初めてある現実に直面した。。。
“浪人”という言葉だ。。。
うん???
このまま来年の本試験も受からなければ、浪人??
となると来年1年間勉強だけするのかぁ??
それでも受からなければもう1年勉強するのかぁ???
そっ、それわぁぁぁぁぁぁぁぁ。。。。。。
と軽いノイローゼになりかけた。。
当然の事柄なのだが、私にはとてつもない労役のような感じが襲ってきた!!
えーーーーーーそれだけはいやだぁ~……
しかし、現実はそのように動いていた。。。
つづく。。。
びっくり★Ⅱも、よろしくお願いします。。

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