2006年01月21日(土)

米朝さん

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人間国宝だ。。
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よろしくお願いします。
しかし、陶芸家やそんなものとは違う。。
米朝だ!!
といっても“アメリカと北朝鮮”のことではない。。
桂米朝さんだ。。
落語は“通”の方からすると全く知識の無いレベルではあるが、子供の時分より結構見聞きしていた。私の父親は、平日のテレビ視聴は、ニュース、野球のみ、日曜日はそれにゴルフ、将棋、そしてあればであるが演芸を見ていた。。だからそれ以外は全く見ない人で、子供の頃テレビが一台しかない時は、親父が早く帰ってくると妹と“あ~あ”と溜息をついた。。音楽番組などはおそらくNHKの紅白歌合戦くらいしか見てなかったと思う。。。
そんな親父と一緒に見ていたのが演芸番組で、意外とじっくり愉しそうに見ていた。。
最初、漫才はアクティブで世相も反映しているので、子供にもわかりやすく馴染みやすかったのだが、落語になるとテレビの前から離れていた。。
しかし、いつの頃からか、誰の噺がキッカケだったかは忘れたが引き込まれていった。。
その後は特別好きと言うほどの事はないが、たまたま見る機会があれば見ている程度であっったが、知らず知らずによく食べ物とかで、“なんか無性に食べたい!!”という感覚が生まれるのに近い状況が襲って来て、落語番組を探すようになっていった。。
中学生時分はたまにラジオで落語を聞いたりもしていた。。
しかし友人に、俺、落語好きやネン!とはなぜか言いにくく、一人でコソコソ楽しむ世界であった。。
そう言えばいまだに誰にも言っていない。
あるとき何時ものように親父と演芸番組を見ていると、誰か忘れたが、噺家の演目が終盤にかかった時、おもむろに立ち上がり「便所いこ!次は米朝やからな!」と言った。。。。。
「べいちょう??」
そのとき初めて名前を聞いた。
よく分からなかったが、親父がわざわざ次の噺に備えて便所に行くくらいだから“面白いのかなぁ?”くらいに思っていたが、反面、世代間の笑いに対してのギャップはかなり大きい物があるのであまり期待もしていなかった。。。
そして登場!
うん?
米朝さんの顔は、子供心にも“端正”だなぁ~と感じた。。
いわゆる落語家にありがちな”ヘチャ”ではなかった。。
この人が面白い事言うのぉ~???・・・
しかし、厳粛な面持ちと“おちょこちょい”のキャラクターを演じるときの、眉が少し下がり
情けない顔のギャップに大笑いした!!
そして客席をカメラが捕らえると、みんな講義を聴くように、そして乗り出すように真剣に聞いているではないか?
他の噺家とは“次元”が違った!!
噺の内容や演題は知らないが、とにかく面白かった!!
そのとき初めて“こんな世界があるのかぁ~”と驚嘆した。。
米朝さんの虜だ。。
その日から本当に好きです。。。20年以上。。
私は知識はない、だから十八番が何で?あの噺は!みたいな事は全く今もって知らないのだが、それでも米朝ファンの末席にいる自覚はある。。
今になって思うのだが、米朝さんはとにかく“品”があり話が凄く建設的で、聴衆の頭の中に、かなり正確な舞台セットを組み立ててくれ、イメージが立体的かつリアルな情感で仕組まれていくような感覚を感じた。それは落語の場合、おおよそ噺家のレベルの違いはあってもバーチャルな環境は米朝さんの仕事に近い形にはしてある。。
雑な上澄みを掬うようなのが多いが。。
しかし、米朝さんの噺の次元の違いは、イメージの中に喧騒や匂い、そして聴衆独自の世界の広がりを導き出してくれ、時間が存在するような魔力があるように思えた。。
そして、大阪弁も“まったりと”滑らか且つ“艶”があり、そして優しい包み込むような感覚がある。。
これは江戸の噺家には絶対無いものであると私は確信している。
この豊な言葉、そこからくる立体的表現による上質な噺の仕上り感覚が、米朝落語を現代落語の中でも最高の質、存在感を示す最大の要素であると考える。
米朝さんの噺に出てくる“おちょこちょい”(必ず落語にはつき物のキャラクターであるが)
の人間達は、是非あって“友達”になりたい人ばかりである。。
口一つで瞬時に風景・自然現象・人物・音楽を組み立て、すばらしい3D世界を作り出す!!
米朝さんこそ真のアーティストであると私は思っている!
いつまでもお元気でいて頂きたい!!
びっくり★Ⅱも、よろしくお願いします。。

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