2005年07月19日(火)
kyoちゃんがお母さんになる日 
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ここ数年突如便利な世の中になった。最大の変化はコンピュータの文化であると思う。
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しかしそれよりも凄いのは、この変化のスピードである。私が小さい頃と同じ5年のスパンで変化の状況を考えると、ある意味今の子供は凄いと思う。何事も教えていないのに物怖じすることなくドンドン新しい変化に順応していく。テレビゲームの操作などを見ていると、とてもじゃないがついていけない。
私もマラソン選手がスタミナ切れ寸前のヘトヘト状態に近い姿ではあるが、何とか社会生活を送れるレベルでついていっている。
今ツーカーフォンで話すだけの携帯が売り出されているが、我が家の子供たちは「おじいさんの携帯」と呼んで馬鹿にしている。そんなに遠くない将来ああゆうレベルに自分が立ち入るんだなぁっと思うと一緒になって笑えない。
確かに何事もコンピューターを中心に便利だ、先日もお世話になっている人にお中元をインターネットの予約で送ったが、6月中の早期割引で注文し7月の初め到着というオーダーにした。7月に入ってからお礼の電話を頂いたが、最初何のことかと思ってしまうくらいでした。とにかく人を介在しての煩わしい事が全てショートカットされるのである。
確かに私もこの時代の恩恵を十分ではないにしろ受けているが、こうも人と人のコミュニケーションが希薄で良いのだろうかと考えてしまう。コンピューターを駆使しネット長者なる者が出現し、とにかく時代の寵児として取り扱われている。
先日も嘘の様な話だがある人に聞いたところ、上司がとにかく指示をメールで伝える人らしい。ある意味説教も少なく部下としては良い面もあるのだが、隣のデスクで仕事をしているとプルプルと携帯がなったのでみるとその上司からのメールでした。
“とっ隣にいるのに?” おそらく一斉送信だったと思うのですが、ちらっとその上司を見、返信を隣から打ったらしい。
こういう時代に生まれ育つ子供たちは、どのように人とのコミュニケーションをとるのだろうか?そして、人の死をどのように受け止めるのだろう?
最近のアンケートで“人は死んでも生まれ変わる、死なない”という答えをかなりの子供が真剣に答えていたという事をしりました。一体どうなっているのか、社会病理なのか?とてつもなく、うすら寒い感覚が私を包みました。
昔はおばあちゃんやおじいちゃんが各家に存在するか、一緒に住まなくても近い存在としていました。それは今のように孫にべったりのおもちゃを買う存在じゃなく、ある意味うるさい存在だったと思います。しかし自分が成人を迎える頃、大抵の祖父母は死期を迎えます。そのとき、今まで存在した者がいなくなる恐怖や戻ることの無い時間を体感し、実際の人間の死と向き合います。そういうトレーニングが昔は存在したような気がします。それは気づかない間に芽生え育まれる情愛が深く体に浸透しているから感じる事で、殺伐としたビジネス感覚ネット感覚では到底生まれない事だと思います。今の子供たちが答える“死なない”という感覚は一体どこからやって来たのでしょうか?
そういう意味で、今の子供には犬等の生き物を飼わすのは良いことだと聞きます。生き物をかわいがる事で情愛を育み、そして死を体感するのだそうです。それがある種のトレーニングになるらしいです。
我が家でもそんな事を考えてでは無いですが、あるときハムスターを飼いました。お世話係はKyoちゃんです。ペットショップに行き確か500円で買ったと思います。飼うための“かご”は7500円だったと思います。自らの対価に対して15倍の住居である。私の年収から計算すると現在の住居の倍程の邸宅となる。うーん。。。。。
Kyoちゃんは家族からハムスターのお母さんを拝命し張り切っていました。
名前は「チースケ!」
飲み水の交換、“かご”の掃除、食べ過ぎないよう餌の管理、ストレスが溜まらない様に部屋を散歩までさせていました。U君は自分より下の存在が出来たので、Kyoちゃんに隠れ「コラッ」っと叱って陶酔していたようです。(笑。。)
日曜日、私などがゴロゴロしていると完全に邪魔者扱いでした。まさにハムスター様のお通りでした。深夜テレビを見ていると突如“カラカラカラ…・”と遊技用のリングで遊びだし
びっくりさせられましたが、ハムスター様には怒ることも出来ず、ご苦労様と声を掛けテレビを消し寝ました。
ある朝遂にその時が来ました。冷たくなって死んでいました。発見したのはKyoちゃんでした。手にとりあげピンピンとつつきましたが当然反応はありません。
Kyoちゃんは大泣きしました。学校から帰ってきてもそのままの状態で放置していました。
その後母親に説得され、近くの川にお墓を作りにいったみたいです。
「チースケ」はどこいったの?「…・・」魂の存在に疑問をもったみたいです。
今でもKyoちゃんは「チースケ」の漫画を描き続けています。漫画の中の「チースケ」は今でもKyoちゃんと遊んでいます。
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私もマラソン選手がスタミナ切れ寸前のヘトヘト状態に近い姿ではあるが、何とか社会生活を送れるレベルでついていっている。
今ツーカーフォンで話すだけの携帯が売り出されているが、我が家の子供たちは「おじいさんの携帯」と呼んで馬鹿にしている。そんなに遠くない将来ああゆうレベルに自分が立ち入るんだなぁっと思うと一緒になって笑えない。
確かに何事もコンピューターを中心に便利だ、先日もお世話になっている人にお中元をインターネットの予約で送ったが、6月中の早期割引で注文し7月の初め到着というオーダーにした。7月に入ってからお礼の電話を頂いたが、最初何のことかと思ってしまうくらいでした。とにかく人を介在しての煩わしい事が全てショートカットされるのである。
確かに私もこの時代の恩恵を十分ではないにしろ受けているが、こうも人と人のコミュニケーションが希薄で良いのだろうかと考えてしまう。コンピューターを駆使しネット長者なる者が出現し、とにかく時代の寵児として取り扱われている。
先日も嘘の様な話だがある人に聞いたところ、上司がとにかく指示をメールで伝える人らしい。ある意味説教も少なく部下としては良い面もあるのだが、隣のデスクで仕事をしているとプルプルと携帯がなったのでみるとその上司からのメールでした。
“とっ隣にいるのに?” おそらく一斉送信だったと思うのですが、ちらっとその上司を見、返信を隣から打ったらしい。
こういう時代に生まれ育つ子供たちは、どのように人とのコミュニケーションをとるのだろうか?そして、人の死をどのように受け止めるのだろう?
最近のアンケートで“人は死んでも生まれ変わる、死なない”という答えをかなりの子供が真剣に答えていたという事をしりました。一体どうなっているのか、社会病理なのか?とてつもなく、うすら寒い感覚が私を包みました。
昔はおばあちゃんやおじいちゃんが各家に存在するか、一緒に住まなくても近い存在としていました。それは今のように孫にべったりのおもちゃを買う存在じゃなく、ある意味うるさい存在だったと思います。しかし自分が成人を迎える頃、大抵の祖父母は死期を迎えます。そのとき、今まで存在した者がいなくなる恐怖や戻ることの無い時間を体感し、実際の人間の死と向き合います。そういうトレーニングが昔は存在したような気がします。それは気づかない間に芽生え育まれる情愛が深く体に浸透しているから感じる事で、殺伐としたビジネス感覚ネット感覚では到底生まれない事だと思います。今の子供たちが答える“死なない”という感覚は一体どこからやって来たのでしょうか?
そういう意味で、今の子供には犬等の生き物を飼わすのは良いことだと聞きます。生き物をかわいがる事で情愛を育み、そして死を体感するのだそうです。それがある種のトレーニングになるらしいです。
我が家でもそんな事を考えてでは無いですが、あるときハムスターを飼いました。お世話係はKyoちゃんです。ペットショップに行き確か500円で買ったと思います。飼うための“かご”は7500円だったと思います。自らの対価に対して15倍の住居である。私の年収から計算すると現在の住居の倍程の邸宅となる。うーん。。。。。
Kyoちゃんは家族からハムスターのお母さんを拝命し張り切っていました。
名前は「チースケ!」
飲み水の交換、“かご”の掃除、食べ過ぎないよう餌の管理、ストレスが溜まらない様に部屋を散歩までさせていました。U君は自分より下の存在が出来たので、Kyoちゃんに隠れ「コラッ」っと叱って陶酔していたようです。(笑。。)
日曜日、私などがゴロゴロしていると完全に邪魔者扱いでした。まさにハムスター様のお通りでした。深夜テレビを見ていると突如“カラカラカラ…・”と遊技用のリングで遊びだし
びっくりさせられましたが、ハムスター様には怒ることも出来ず、ご苦労様と声を掛けテレビを消し寝ました。
ある朝遂にその時が来ました。冷たくなって死んでいました。発見したのはKyoちゃんでした。手にとりあげピンピンとつつきましたが当然反応はありません。
Kyoちゃんは大泣きしました。学校から帰ってきてもそのままの状態で放置していました。
その後母親に説得され、近くの川にお墓を作りにいったみたいです。
「チースケ」はどこいったの?「…・・」魂の存在に疑問をもったみたいです。
今でもKyoちゃんは「チースケ」の漫画を描き続けています。漫画の中の「チースケ」は今でもKyoちゃんと遊んでいます。

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