2005年12月05日(月)
大嶋さん 
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数年前までそんなものはあまり無かったが、ここ数年多くなった。友人の親やお世話になった方々の両親だ。
しかし、今日帰ると一枚、実際にお世話になった方の奥様より届いていた。
大嶋さんだ。。
大嶋さんが亡くなられていた。。。。
その名前を知らない嫁が私にその人物を“誰?”と聞く前に、私の頬に涙が流れ落ちた。。
大嶋さんが亡くなった。。
亡くなった日付がハガキに書いてあった、それは丁度私が腰椎間板ヘルニアで寝こんでいた時と合致する。。。
大嶋さんとは“ヒョンナ”ことでしりあった。私が大学3回生そう21歳のときだ。
当時、大嶋さんは京都商工会議所に勤めておられた。私の先輩も商工会議所に勤めておられ、
ある時、飲み会で隣になった先輩に
「じぶん!バイトせんか?」
「ハイ!やります。」この当時先輩の言う事は絶対だ!!
「おぉ!そうか、そしたら明後日会議所にこい!」
「ハイ!わかりました!!」
内容なんかなんにも聞かない。当たり前だ!先輩の紹介だ。
そして明後日になり伺った。
「あのぉ~Mさん居られますでしょうか?後輩の●●と申します。」
「はい、ちょっとまってください。」
暫くするとM先輩と初老の男性が現われた。
「おう!すまんすまん!バイトの担当の大嶋さんや!」
「あっ、どうも。。」
「こんにちは、お世話になるね!」
と言われても、何をするのか??
「じゃ!あとは大嶋さんに聞いてくれ!じゃ!!」
と商工会議所の地下の喫茶店に二人残された。
「バイトの内容は聞いてますね?」
「いや~。。それが知らないんです。。。」
「えっ?知らないで今日来たんですか??」
「はい。。すいません。。でもいい加減な気持ちではないですから。。先輩からの話しですから。。」
「ハハハ。。M君らしいですね!フフ。。」
「すいません。。」
「いいですよ。バイトは挿絵を描いてもらいます。」
「挿絵ですか?」
「そう!この会議所の会報みたいなものがあるんですが、その記事の挿絵を描いてください。」
「はい。。」私はこの時分油絵を描いていたが、挿絵かぁ~???と少し不安になった。。。。
「それから!バイト代ですが5,000円です。」
「一枚5,000円ですか?」それは良いバイトだと思ったが、次の瞬間。。
「何枚描いてもらっても5,000円です。。」
「あっ。。そうですよね。。。」
と言う事で大嶋さんのバイトが始まった。。
月初に記事を渡され、挿絵の指示を受ける。そして要望通りの枚数を描き会議所に伺う。
しかし1回目は大抵“NO”と言われる。そして再度、しかし“NO”。。何回か伺いやっと
OKを貰う。気づくと電車代と諸々で5,000円なんかすぐに無くなる。。。
しかし、自分の挿絵が載ったのをはじめて見た時、嬉しかった。。嬉しがりやの私は、“金なんか!”と意気軒昂にこの仕事を続けた。
大嶋さんは読売新聞出身、そしてクリスチャンだった。
たとえ少数の読者しかいない会報でも、こだわり抜く大嶋さんは自分の納得いく内容に形づくまで妥協を許さなかった。それはバイトの挿絵といえども同じだ。
“これでええやん。。”と心の中で思っても、「駄目です!」の一言。。。腹がたったが、月の内何日も伺ううちに奇妙な関係が生れた。
いつしか挿絵の打ち合わせが、人生の先輩との討議の時間に変わっていった。
生意気だった私は、世の中の出来事を斜めからみた意見をぶつけ、そして自分の不満をぶつけた。。
しかし、どんな時も大嶋さんは表情を変えずに私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
そして決まって、
「むずかしいですねぇ。でも時間をかけて、あきらめないで!」
とだけ、言っていた。。。
バイト代は5,000円だが、それ以上に一杯ご馳走してもらった。。
お互い酒好きどうし意気投合というか、酒のみとして可愛がってもらい、いろいろ連れていってもらった。
この時分に大嶋さんに大変な迷惑をおかけした。。
酔って酒場で喧嘩した。大嶋さんと一緒の時だ。
酔って正体を失った私は、酒場である客を“ぶん殴り”怪我を負わせた。この時分、たまに自分でも怖くなる野獣のような自分が存在していた。ときおり顔を覗かすのだが、自分で抑えられなかった。そして、その時の事も記憶にない。翌朝起きても記憶にはなかった。“が”
電話が鳴った。大嶋さんだ。。
「一緒にきてくれ」
わからなかったが
「ハイ。。」
一緒に行く途中
「なにも言わずに私の横で誤りなさい。」
わからないが
「ハイ」
ある喫茶店に着いた。なかに3人男がいたが、顔が挑戦的だった。。
「昨日は申し訳ありません!」
といきなり、大嶋さんは土下座した。。
呆気にとられたが、私も同じくした。
たしか、散々罵声を浴びせかけられたが、最後、嫌味一発を浴びせられその場を離れた。
その内容で十分理解した。
“俺がとんでもないことした。。どうしよ。。”
帰り道、大嶋さんが
「失敗しましたねぇ!ハハハ!若いからねぇ!」
「。。。。。。。。」
それ以上なにも言われなかった。下手すると大嶋さんの職を無くすような迷惑をかけたのに。。
情けなかった。。ありがたかった。。。
このときの事は今日初めて言う、誰にも言った事がない。
その後大学を卒業しバイトも辞める。
結婚式の時、大嶋さんも来ていただいた。式が終わりお見送りをしているとき、大嶋さんが私の前にたち、黙って“にっこり”微笑んだ。そして握手!
ギュッと力のこもった握手を今でも覚えている。。。。
その後、年賀状のやりとりだけになってしまった。必ず文面には、
“飲みにいきましょう!”と書いていただいていた。。。。。。。。。
結局、恩返しはなにもできないまま。。亡くなられたことも知らなかった。。。。
最後まで“ドジ”で迷惑だけかけたなりだ。。。
涙が止まらない。。。。。

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