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家に帰るなり、嫁から
昨日、5月16日の予定を聞かれた。
「うーん・・分からんなぁ??。。」
「そう・・」
「なにかあるの?そんな先に?」
「うーん、、実は、、」
と、その理由を聞かされた。
その内容とは、義理の父、嫁のお父さんから甲子園に行かないか?という誘いだった。
用意できるチケットは2枚。もともとU君を連れて行きたいための誘いだから一枚はU君。
もう一枚は?さてどうする?ということで嫁が私に聞いてきたのであった。。。
うーん!正直行きたい。。が、、、
「ところで、お前?甲子園って行ったことあんの?」
「ない。。小さい時、弟は連れて行ってもらってたけど、私は行ったことがない。」
「そうかぁ!じゃお前行けや!俺が行っても義理父さん気ぃ使わはるし、、お前が行った方がええわ!俺は行ったこともあるし。。」
「そうぉ!」
という事で決まった。
本当はだいぶ前からU君にはプロ野球を見せてやりたかった。特に少年野球を始めてからは、連れていってやりたいと言うより、本来は連れて行かなくてはいけないような気がしていた。
が、忙しさにかまけ、なにより今やプラチナチケット、そうやすやすとは手に入らないと聞く。パリーグ、オリックスvsロッテとかどうや?と以前提案したことがあったが、、ケンモホロロに馬鹿にされた。。。
当たり前だ。。、、
やっぱり阪神タイガース!これに限る!
タイガースこそがプロ野球!
プロ野球とは阪神タイガース!
見るべきは!甲子園で躍動する、タイガース!
まぁいずれにしても義理の父のおかげで、見せてやることができる。。
その話を聞かされたU君、大喜び!だった。
「ほんものの金本みれるのぉ!やったー!!」
それから数日後、やはり家に帰るなり嫁から
「なぁ、ちょっと聞いて!」
「なに?」
「今度甲子園行くヤン!そしたらU君グローブもって行く言うんやわ!」
「はははっは!俺も小さい時そうやったでぇ!ボール取るつもりやったから!ええやないかぁ!」
「そうなん?じゃ小さい子はもって行くんか。。。」
「そうそう!まぁええやないか、荷物にはなるけど、これも一つの野球少年の夢やから!」
「ふーん。。でもバットまで持って行く??」
「なっ、、なにぃ?バットぉぉぉっぉ!」
「そう!バット!俺、打ち返すねん!ファールボール!って言うて・・あかん言うても聞かへんねん。。それもやっぱり野球少年の一つの夢??」
「あほぉ!ちゃうわい!そんなやつおるかい!」
投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 子供
birkin
昨日
そう
ただの1日
いつもと変わらず
毎日が同じように悲しく
1人ぼっちで過ごす
太陽は私がいなくても沈んだ
突然誰かが私の影に触れた
彼は言った
こんにちは
彼は言おうとした
1人で何をしようとしたの
何故1人で
自分の影の中で泣いているの
彼は言った
知っているよ
太陽はあなたがいなくても沈んだ
彼の胸に抱かれ私は彼の影になった
彼は言った
帰ろう
彼がいない人生を生きる
行かせてはだめ
彼は私の影をみつけた
彼を
離してはだめ
昨日
そう
ただの1日
でも今はかまわない
いつもと同じように悲しく過ごすと
他の人が言っても
みんな知らずに生きているのだから
影の中で愛し合うこと
今日
私は知った。。。
<JANE BIRKIN / YESTERDAY YES A DAY>
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投稿者 junca 00:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | song
落書きのような予言から壁は破れ
たわいない死の瞬間を誰かが弄ぶ
誰もが現実と幻の間でさいなまれ
最早 手を貸す人もなく叫びも音を消す
混乱が 私の墓碑銘
泥の中を進むように
もしも明日がやって来ても
今日の涙を繰り返す
同じ涙を繰り返す
同じ涙を繰り返す
運命の狭き門より時は生まれ
名もなき者の命を溶かし流す
愚かな人の言葉は時に甘く響き
ついには 心とらわれ無法の闇が降る
混乱は 私の墓碑銘
泥の中を進むように
もしも明日がやって来ても
今日の涙を繰り返す
同じ涙を繰り返す
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投稿者 junca 10:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | song
最近、記憶が
記憶力が
・・・
忘れる
どこかの引出に
引出の場所が分からない
引出しの場所をメモしても
メモの意味を忘れている
なんか
全部が
次々に消えている感じだ。。
・・・・・・
King Crimson - 21st Century Schizoid Man
猫のあゆみ
鉄の一閃
神経外科医が煽る
金切り声
妄想狂の毒のドアが開き
21世紀の精神分裂者
血の拷問 有刺鉄線
政治家があげる 火刑の炎
ナパームの業火に無知は汚され
21世紀の精神分裂者
死の種子
盲人の貪欲
詩人の飢えた子孫は 血まみれ
何ら望みは叶いはしない
21世紀の精神分裂者
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投稿者 junca 00:41 | コメント(0) | トラックバック(0) | song
ゴールデンウィークといっても子供たちは
それぞれ自分の活動、kyoちゃんはバレー部、U君は野球に毎日出かけ
嫁もそれらの活動を見に出かけていた。。。
朝起きると、大概誰も居ない。
私一人である。。。
こんな時こそ普段欠乏している“栄養”を補給しなくては!!
栄養?
そう、この場合、私の栄養とは、即ち
映画である。。
今年のゴールデンウィークは映画を毎日見ることに決めた!
早速、嫁が作っておいてくれた“おにぎり”を食べ終わるとレンタルビデオに直行。
何を借りるかなどあらかじめ決めない、行って考える。その時の気分だ。
普段、私は大半“やくざ”映画を借りて見るのだが、こんな時こそ普段敬遠するようなものを!とコンセプトにして行く。
棚を右から左、上から下へ舐めるように探す。
悲しいかな、田舎のレンタルビデオショップ、50%はエロビデオ、10%韓流10%は人気のテレビドラマ15%アニメ、残り15%が今回のターゲットだ…・実に選択の幅が狭いのである。
ましてや往年の名作やレアな洋画などかなり少ない。。
そんな15%棚の下のほうに、
うん?と閃くスペル!
B・A・S・Q・U・I・A・T
バ・ス・ケェア・ト???
あー!
バスキア!
そうそうバスキアだ!!!
懐かしい名前だ。。
思い出した数年前に作られたのは知っていた。
見なくてはなぁーと思っていたがそのままだった。。
監督、ジュリアン・シュナーベル!
この名前も実に懐かしい。。
バスキア!シュナーベル!
私が高校を出て大学在学中にかけての“アイドル”
であり絵画界のスーパースターだった。。
ヘリング・バスキア・ウォホール・メアリーブーン・シュナーベル…・
これらのアイコンが頭の中に一気に蘇ってきて、慌ててクリックしまくった!!
早速借りて帰り見たのだが、面白かった。まぁ映画として優れているというよりは、この時代の
実像みたいな、あの時なにがあった?というような部分のリアルな感覚が私としては面白かったのだ。当時、僅かな紹介記事しかなく、彗星のように現れ、瞬く間にアートシーンを席捲し、あっという間に死んで消えてなくなった。。。。当時の私には、この程度の情報しかなかった。
作品を大きく取り上げた雑誌も我々田舎に住んでいるものには全く触れる機会がなかった。僅かなスリット記事を凝視し想像を掻き立てていたのが実際で、なぜか?ウォホールと近い距離におり、なんの関係なのか?それもよく分からなかったが、アートシーンの大御所と新進気鋭のペインターという絵図らは、我々にとって“こいつが今のトップランナーか?”という強烈なイメージを植え付けた。。この映画は、その当時の想像でしかなかったものを垣間見た、覗くような面白さが私にはあった。。
投稿者 junca 15:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 人物
Here's our list of the 100 men and women whose power,
talent or moral example is transforming the world.
Artists & Entertainers
Scientists & Thinkers
Leaders & Revolutionaries
Builders & Titans
Heroes & Pioneers
IPS(人工多能性幹細胞)の生成技術を開発した山中伸弥氏(54位)、アーティストの村上隆氏(78位)
http://www.time.com/time/specials/2007/time100/article/0,28804,1733748_1733754_1736238,00.html
http://www.time.com/time/specials/2007/article/0,28804,1733748_1733752_1735733,00.html
所謂、芸術家という分類、絵描きという立ち位置をベースにしている者では、間違いなく
村上が初めてであろう。そして今後は誰?となると、このままでは我が国からはもう現れそうにないのもまた事実のような気がする。
2008年・4月5日~7月13日、ブルックリンミュージアムで大回顧展が開催され、ルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクター、マー ク・ジェイコブスとのコラボレーションにてルイ・ヴィトンのニューラインナップを展示というグッドタイミング!
そしてTIME100の村上の紹介文をなんとこのマー ク・ジェイコブスが寄稿している。
なにより、この号の裏表紙はゴルバチョフ元大統領が登場するルイ・ヴィトンの広告であるというのは・・・
なんと偶然なのだろうか?(笑。。)
村上はツイている!のだろう・・・(大笑い。。)
いずれにしても、どういった事があろうが、ここまでになると凄い!
村上はスゴイ!
過去世界に認められたという日本の芸術家は多少存在する・・
しかし、“こうなる”、“こうやる”、“これが勝てる方法だ”!と確信的に行動し開示しながら実現した芸術家はこの国には過去存在しない。なんとなく遠慮勝ちに・・後ろめたさを抱えながらというのは多い。それが海外では評価が高いが国内では無名という姿や、まったく話にならないが、国内では超有名だが海外では虫けら以下という存在がやたらと多い。
そしてそのほとんどが、どちらの認知のバランスにおいてもメディアでその考えをコメントしないから、なんとなく偶然かぁ?運が良かっただけ?処世上手?と疑いたくなるような脆弱な根拠しか感じられず、どちらのタイプも同じ日本人としてなんとなく誇りにも感じられない。。し、、まぁ関係ないなぁ的な取扱いか、本人が国内で“私は外国で認められた”という “タスキ”を大仰にかけ闊歩している姿か、“あんなものは芸術じゃない”というタスキをかけた姿しか見かけない。。
投稿者 junca 16:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | 人物
subject
ちょっと教えてほしいな~
日本初です。
あと4時間で終了です!
恐妻家の方へ。
特別メール便
連休忙しいの?
あなたのアドを知ってる以上、私の正体が誰なのか限定されると思うけど。
覚えていませんか?
週末限定なんですけど、人妻で良ければ。
地元のオバサンを抱きたいですか?レベルは低いですが確実に抱けますよ!!
【NBonline No.497】「老人いじめ」で自民自爆、民主圧勝
私の事を普通の女の子として見て
具体的に言うと【お金】持ってます
お金持っててもおばさんだからダメ?
私に欠点があってもHだけなら出来る?
エッチはスポーツです。あとくされなく一度だけ会ってエッチだけしませんか?
フェチですか?
何で?
性生活に満足出来ない女性がたくさん参加されています。
おっぱい!おっぱい!
中村 キミエ[65歳]おはようございます。クソババとセックス100では足りませんか?ウンコ
折り返し1通で会う約束しませんか?
ココじゃないよ。
おさせ紹介所
好きな尻を選んでGO
なんとアバンギャルドな詩なのだろうか?って・・
これ実はすべてspamメールのsubjectを無作為にコピー&ペーストで取り出し
順序を並び替えて作りました。。
私が考案したspam poemです。。
手は一切加えていません。。
同じモノをを見た人は沢山いるはずで、“おっ”と気付いた人も多いはずだ!
この今やインターネット社会では何気ない日常の取るに足りない言葉を繋ぐことで、あらたな文学が容易に構築でき、キャッチーであり、かつ不可避的に背負った性欲という十字架に対し、えぐるように突き刺さる言葉の連鎖は、歪んだ現代社会をストレートに表現していると思えないだろうか?。。
これほど言葉が軽薄にも関わらず、このキャッチの奥行には計り知れない“男性天国”が見えないだろうか?そう絵が見える・・いや、情景を想起させる力強さがみなぎっていないだろうか?
同時にこれらの言葉はインターネット社会の常識的知識として、純朴な男性が騙されるための扉であることの恐怖感も漂わせている。これらを総合しても実に現代社会のある一部分の実相を見事に表した文学的要素、そう、絵画でいうところのコンテポラリ‐アートと同様のコンテポラリ‐ポエムとして見えないだろうか?
これらの言葉ひとつひとつを翻訳しても、外国人が反応するものはない!あくまで日本の社会環境の中で培われたエロスであり言葉ばかりだ。そういった意味においても日本独特の文化的背景を兼ね備えた言葉の連続性であり、日本が世界に誇れないにしても独自の文化を濃密に凝縮しているのは間違いない!!
投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
昨日
橋の上から
鴨川を覗くと
川の真ん中に
椅子が一つ
誰を座らせることもない
椅子が一つ
何か待ってるような
踏ん張って川の流れに逆らってるような
誰を座らせる?
座らせるつもりもないくせに・・
椅子なんかいらないよ。。
明日、
そう、明日まで
あるかな?
あの椅子。。
All the Young Dudes
一晩中ビリーは
25歳で死んだ彼の話。
早死っていうけど、
25歳以上生きる意味がある?
ウェンディはブランド店から服を盗み、
フレディはスターをペテンにかけて生計を立ててる。
彼の顔はファンキーな
八百長やってる奴の顔。
テレビに出てる男は頭がおかしくて、
「めちゃくちゃな不良少年たち」を評論してる。
ああ、見たいテレビ番組なんて、
T. Rex くらいさ。
俺たちには。
すべての若き野郎ども、
何か新しいニュースはないか?
ブーガルーな野郎ども、
何か新しいことを知ってないか?
すべての若き野郎ども
だってさ・・・・・
俺・・あんまり変わってないんだけど・・
いまも、いつも
何か新しいこと知ってないか?だ。。。
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投稿者 junca 00:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | song
現代美術
現代アート
コンテンポラリーアート
まずもって現代とは?何時からの事を指すのであろか。
商売人に惑わされていけない。
現代と
コンテンポラリーという語の間には
途方もないくらいの開きがあることを知らなければならない。
コンテンポラリーとは“同時代”という意味が正確であり
正確な時系列の配置から考察すると、現代という語と同義ではない。
もっと切なくも追い込まれた瞬発力であり
十字架に磔にされた直後の苦悶だ・・・・
あくまで同時代。これが大事なのだ。
時間、
時間に見つめられる
時間
個人と集団の見た時間
時間が見た個人と集団
時間とは?
By:Mega Death 1999 tatsuomiyajima.com
私の、カウンター・ガジェット(LED)は人間の生命の輝きを象徴している。
そのカウンター・ガジェットは9~1をカントダウンして、"0"は表示せず、暗闇になり、また、 9へ戻ってそれを繰り返す。数字が変化し輝いている様は人間の「生」を象徴し、"0"の暗闇は 「死」を象徴している。
仏教哲学において、人間の生命は「生」と「死」を繰り返すと説かれている。
つまり、「死」は終 わりではなく、「次の生」を準備する睡眠のようなものであると言うのである。しかも、その「生」 から「死」、「死」から「次の生」へのリズム(Life Time)は個々人の生命にもともと備わって いて、個別性があり、一人として同じリズムはないとも言われている。
あらゆる人間は、このような「生と死」の荘厳なドラマを何億年ものあいだ営み続けてきた。
地球 上のいたるところで、このような「生と死」が生まれては消え、消えては生まれてきた。それは満天に輝く星の煌きを見るように美しい。一人一人の「生」が違うように、「死」もまた ひとつと して同じではない。それゆえ、一人一人の「生」も「死」も輝き、お互いの「生」と「死」に響き 合いながら、まるで壮大な宇宙の交響曲を奏でるかのようである。 私は、これが「通常の生死」(Natural Life Time)の美しさであると考える。
しかし、その荘厳な「通常の生死」の営みは時として破壊され分断させられた。
魔性に犯された人為による仕業である。
元カーター大統領の特別補佐官であるブレジンスキー試算によれば、20世紀で戦争や革命、紛争などにより、人為的に奪われた人命の数は一億六千七百万人に上ると言う。この数は1997年時のイタリアとフランス、イギリスの人口を合計した数に匹敵する恐るべき数字である。このように、ある意味で、今世紀は、「人為的大量死」(Artificial Mega Death)がもたらされた時代だったといえよう。
投稿者 junca 01:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
★
こいつぁスゲェ!!!
天才だ!!!
もじゃモギさんを見たかい!!
このページに急ぎ飛ぶんだ!
そして真ん中を思いっきりクリック!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
魅惑のサイバーアート“もじゃモギさん”
すんげぇアーティストがいたもんだ。。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 人物
PCのスクリーンを眺めていると
入り口の方から女性の大きな声
「おじゃまします!」
あーー、、なんかの売り込みか?といつもの事なので
スクリーンから目線を上げることもなかった。。。。が・・
その女性が話し出した内容に
うん?・・引っかかった…
「私、15年まえこちらにお世話になってました“A”と申します」
はっ!として
瞬時に目線を上げ確認すると!
なんと!
Aちゃん!!
瞬間に立ち上がり、右手を上げた
「おーーー!」
「あっ!おひさしぶりですぅ!お元気そうで!!」
商談コーナーへ誘い込んだ。。
Aちゃんは私が入社4.5年目位に入ってきた営業事務の女性だった。
私の課の事務をしてくれていたのだが、素直で真面目、おとなしいのだが、空手をやっていたこともあり芯が強く、何を頼んでも嫌な顔ひとつせず実に好感のもてる存在だった。。
そんな彼女が入社2年目位だったと思うが、会社にも慣れ、事細かに説明せずとも仕事がスムーズに流れ出した矢先、辞めるという事を聞いた。。
フワフワした感じはないし、堅実な感じを抱いていた私は、結婚?と考えたのだが、その理由を聞いて仰天した。。
女優になります!
演劇がしたいんです!
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ???
Aちゃんが????
おとなしい、どちらかと言うと表情がさほど豊かではない、そしてそんなに派手さもない、目立つという事とは無縁のような彼女が???
学生時代に演劇活動していた?
いや、違う!“空手”だった筈だ…
なぜ???
結局、理由ははっきりしたことは言わなかったし、正直、悪いのだが、皆誰も成功するなどと思っていなかったと思う。
なんとなく、その当時の自分に置き換えて考えてみても、
俺!野球選手になります!だから会社辞めます!というくらいの衝撃と、無謀な計画に映ったのは間違いなかった。
しかし、よくよく考えると・・
二十代前半、どの若者も夢を棄てきれず!というのは特別なことではなく、ある種自然な現象かもしれない。。しかし、その夢を描く人間と目標にするものにイメージのギャップがあった場合
それはどうなん??となる。。。Aちゃんはまさしくそういうタイプであった。
日ごろからそういう夢を語っていたわけではなく・・ある日突然聞かされたのだ。。。
まぁ、内に秘めていたのだろ。。。
15年前、もう思い出せないが、、なんか女優になります宣言と共に去っていき、それっきりだった。。しかしその後何人かの女性事務と仕事をしてきたが、不思議と強い印象が残った女性でもあった。もちろん辞め方が鮮烈であったのもそうなのだが、思い返せばいろんなスナップのような情景が思い出せる女性でもあった。そういう意味では女優?役者?の特質はもっていたのかなぁ?などと忘れた頃に存在を思い出させてくれる人物ではあった。。
投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅
私が初めてピカソを見たのは
友人の家に遊びに行った
14歳の時だった。
今から30年近く前。。
壁に泣く女が貼られていた。。
その時まで正直ピカソを知らなかった。知らないことを友人から嘲笑された。
しかし、この時、私の中で何かが弾けた。それは今でも鮮明な感覚として残っている。
絵の具という物質。
もともと物質として有する性格を平面上で融合し、網膜上の記憶との整合をいかに精緻に再現するか、その際、作業過程で感覚的に許される主観的要素、所謂、感情を合致させる平均的な認識、赤は情熱的、青は冷静で静謐な感じというものや、客観的事象から記号化された印象、緑の木々に人は癒される、光の陰影により現れる外形の構造や時間、その光が持つ人間生活や過去から持ちあわす歴史的認識との合致などを作業過程上の僅かな隙間に混入するということに対し絵画の感動部分の肝が存在し、そこに絵画鑑賞の大きな価値?絶対的判断の序列?いや、ある種の呪縛に私は縛り付けられていた。
しかし、数学の回答を導きだすための公式を理解することと同じ仕組みで、それまでの絵画鑑賞上至高の部分・表現と呼んでいたものは、実は、数学においてはあくまで回答を求める設問でしかなく、本質的な問題の解答とは、いかに導くのかという回路を探す、作る、見つけるということではないか?と気づいたのである。
それまでの、絵画鑑賞法とは、問題をただ眺めていたにすぎない。そしてマニュアルに基づいたアンサーであって、なにを求めているか?なにが真理かなど無関係であった。答えがすべてであり、それ以上のものはなかった。
しかし、本来、前にした問題を眺めることで本質的な解決はない。問題の仕組みを考察しそれを読み解く公式を探し出すのが実は答えを導きだすのと同義であるということに大いなる発見を見出したのである。
例えば数学はノートに記載しその回答を求めていく。しかしそのノートに書き遺されたものに価値はない。あくまで発見された公式があり、その公式を駆使し、そこから導き出された回答にこそ価値あるものとなる。だからそこにどのように導き出しかただったかという過程を記録したノートという物質そのものには何も価値はない。価値があるのは回答に導く見えない公式なのだ。
そこに大きな価値が存在する。
そしてこの公式は、実は今例えた数学のような公式ではなく、実にあいまいであり、対象とした問題すらもあいまいであり、答えと今、書いたが、それは答えという終着ではなく、そこから連鎖的に次の疑問が発生し新たな公式の発見を余儀なくされるという限りない広大無辺な解放感が得られる人間の可能性と人間・社会・歴史に対する想像の究極を示すものとして私は受け入れられた。
投稿者 junca 00:56 | コメント(0) | トラックバック(0) | think
あの子わぁ!
???
嫁の怒り。。。
「どないしてん??」
「今日U君の参観と懇談いってきてんけどなぁ」
。。。。あぁ、そう言えば昨日の晩そんな事言っていた、6年生になって初めてのって。。
「あいつまたなんかした?先生になんか言われた??」
「そういうのと違うねんけどさぁ、、後ろの壁に新学期やから自己紹介みたいの貼るヤン!それのこと!!」
「あぁ!よぉあるやつや!好きな食べ物とか、、いうあれやろ!」
「そうそう!それっ!その好きな食べ物!」
「おっ、いきなりミートしたか!あいつなんて書いた??」
「中華料理屋さんのチャーハン!」
「へぇー」
「へぇーって!おかしない??」
「いっ、いやぁ~。。どうかなぁ・?美味かったんちゃうかぁ?素直に・・」
「あのさぁ、別に“おかあさんの作った”なんて、わざと書かしたみたいな、ドランクドラゴンのコントみたいなんはええねんけどさぁ、せめて、なんで普通にチャーハンって書かん!!!!わざわざ中華料理屋さんって…しかも、普段使わんような難しい漢字その時に限って使ってさぁ!!笑われたわ!!!!もぉ!」
確かに面白い。。U君らしい。。
「まぁまぁ、、それで懇談わ?どうやった??先生なんか言うてた?」
「あっ、、そうそう!それは良かってん!みんなの前で誉められてん!」
「へぇー!誉められた?あいつが??なにしたん?」
「新入の一年生と一緒に遊んで上げてたらしい!」
「ほぉ!ええとこあるやないかぁ!慣れへん一年生を気にかけるやなんて!あっぱれ!!」
「そうそう、、先生もそう言うてはった!皆こういう優しい気持ちが必要ですって!」
「そやろ!あいつなかなかやるやないかぁ!!えぇ!これでチャラか?」
「まぁ、、」
そうかぁ!これは直接誉めてやらな!
あまり誉めるとこがないから、、こんな時にはやっぱり親として誉めなくては。。
自慢ではないが、私はどちらかというとそう言う自分が陶酔できることが“大好き”であり、、陶酔している自分もまた好きな、、形から入るカッコウつけである!
だから、ここぞとばかりにだった!
あっぱれ!
早速、U君の部屋に行った。
「おい!聞いたぞぉ!ええとこあるやないかぁ」
「なにぃ?なんのこと??」
「なんのことって??その自然さがまた“あっぱれ”やないかぁ!見直したぞ!おい!」
「パパなに言うてるの??」
「お前、新入の学校に慣れてへん一年生と遊んであげたらしいやないか!先生がそれを見て今日の懇談会で誉めてはったって!」
投稿者 junca 23:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 子供
嫁は風呂、子供たちは自分の部屋にいて
居間には誰もいなかった。
まぁ我が家によくあるパターンの内の一つだから別段気になるものではないのだが
その日少し違ったのはテーブルの上にある冊子が目についたことだった。
???
手に取り表題を見ると
“生きる力”
学習指導要領がかわります
平成21年4月から、幼稚園、小学校、中学校で、
新しい教育内容がスタートします
ははぁん、、まあ所謂“ゆとり教育”が、まずかった?という結論??
何年もかけて“駄目”だった?もしくは状況が許さなくなったという社会の変化に対する対応?
いずれにしても“あきまへんわ!!”
“こちゃにしますわぁ!”
という・・ありがたい?お上のお達しであることは間違いないだろう…
ペラペラとめくり目を通す、、
今回の改定のポイント!
教育基本法の改正等で明確になった教育理念を踏まえて教育内容を見直します
教育の目標に新たに規定された内容
1、能力の伸長、創造性、職業との関連を重視
2、公共の精神、社会の形成に参画する態度
3、生命や自然の尊重、環境の保全
4、伝統と文化の尊重、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛し
他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与
うーーーーん???・こ、これが新たに規定された????
新たに?っていうことは・・今まで規定のなかに無かったのかぁ???
次に!
学力の重要な3つの要素を育成します
1、基礎的な知識・技能をしっかりと身に付けさせます
2、知識・技能を活用し、自ら考え、判断し、表現する力をはぐくみます
3、学習に取り組む意欲を養います
えぇぇぇぇ?今までも育成しているつもりではあったのだろうが?それにしても…
あえて宣言するとは?これまでは…とならないかぁ???
特に、、学習に取り組む意欲を養いますって・・・
私もそんなものはなかったが、、それにしても、あからさまに書き込むのは如何なものなのか?
まぁ冷静に考えれば大半の子供にとっては永遠のテーマかもしれず、、善しとしよう。。。
まぁ続けて
道徳教育や体育などの充実により、豊かな心や健やかな体を育成します。
改めて宣言するのか?これ?現実とのギャップがあり、ともすれば現状から鑑みて虚言的な虚無感があったにしても、これまでの教育の根底にすでにあるものだと思っていたのだが…
この理念からなにが新しいのかは正直まったく分からない。。。
これら改定の肝を分かり安く纏めたものがあった!!
投稿者 junca 23:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 子供
2週間前・・
恐ろしいものを見た。
人間という、個人ではなく総体
人類?の
いかんともしがたい問題は
その生命体の確固たる存在の確立が
いつ始まったのか
それが分からないことだ。。
そしていつ終わるのか
その間の時間軸を
今支配しているが
それは始発と終着を教えられていない
支配で、瞬間的略奪なのかもしれない・・
自然界?
地球?
いや、そうじゃない!とは言い切れない
科学も宗教も哲学も完璧な補完はない。
どれもが制圧できていない
常に局地戦での戦いを強いられている、、
なんのためなのか?
恐怖を常に無視しつづける?だけのものかもしれない・・
間違った根幹の示唆
生贄を選択できない終末・・
いつかその支配を奪われるかもしれない
恐怖が
人間には常に付きまとう。
本来、無に等しい存在。
時間とともに膨大に消えてなくなる個人
毎秒消しこまれる自らの存在
連綿とつながるはずのない無の存在
切断と継続と
遺伝子による知覚の経路
目の前にある
仮想的具体物は
頼りない記号でしかない。
それを人間は
ペットのような
生き物として
愛しんでいる。
自分勝手に・・・
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投稿者 junca 10:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅
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